再会編
(せっかく王都に居るのになあ)
かなしいかな、財布の中身は多くない。
(さて宿はドコ? 泊まれるかどうかは別問題)
周りは人人人である。左右には店、露天商、観光客。ここは繁華街の一つである。この国の特産品だけでなく、他国の品々も見ることができる。呼び込みのお姉さんをかわしつつ、旅のいり用品のチェックを怠らない。
(ま、国を出るときでいいか)
人にぶつからないように歩きながら、昼ごはんに買ったパンの最後の一口を飲み込み、通りを眺める。
瞬間、前から来る男が剣をぬき赤ん坊を抱く母親に斬りかかった。
キィン
考える間もなくリールは男の剣を自分の剣で受け止めた。
「キャー!!」
周りは大騒ぎである。二人の周りにいた通りの人は、みな遠巻きに二人を見ている。
(何なんだこいつ)
往来の真ん中で人に切りかかろうなど普通ではない。
(って思っているのは私だけ、なんて落ちじゃないでしょうね)
「……なぜ邪魔をする」
舌打ちをしながら男が苛立ちを隠さず言う。
リールは考えを打ち消し目の前の男に意識を集中した。頭から足首まですっぽりと覆うマントのようなものを着ている。顔は深くかぶったフードで見えないが、あんがい若いのではと思う。
「なにそれ。あたりまえでしょ(こんなところで人殺しなんてさせるか)」
「女にしてはやるな」
「そりゃどーも(だからなんだっての。でも……)」
リールは歯を噛んだ。大通り(こんなところ)で剣をぬいたのである。
(腕に自信があるかただのバカか……)
うれしくないが前者であろう。
「気づいた事はほめてやろう。だが、詰めが甘い」
「は?」
キン
リール剣の剣をはじき返した。
「な!」
男はリールが驚く間もなく人ごみに向かって走り出す。
そしておそらく大勢が見ていただろう人垣を飛び越え、見えなくなってしまった。
「なんだったんだよ……」
ガチャン!
「は?」
左腕に重さがきて、見て見ればかせが。周りにはおそらくこの国の警吏であろう軍団。
「キサマか往来で剣を振り回しているというのは!!」
「え!! ちが、私じゃなくて……」
「キサマ以外誰がいる!!」
(「詰めが甘い」)
言った男は逃走中。
(あのやろう……)
周りの人はかかわりたくないのか人垣が人ごみになりつつあった。
「振り回したのは私じゃなくっ……」
「じゃあそれはなんだ」
右手に持つものそれは剣。
「……あれ?」
「ちょっときてもらおう」
(マジ?)
リールが考えたのは、逃走手段だった。
(人数多!)
周りの隙をうかがう。とそこへ
「長官」
耳に響く声がした。
(え!?)
「なんだ」
声に驚き顔を上げれば、そこには……
「カイル!!」
かつて一緒に旅をした、仲間がいた。
「ひさしぶり」
通りの一角の食堂でお茶を飲みながらカイルは言った。リールの腕をひっぱり、半ば強引に食堂に連れて来て、頼んだお茶が来たところで口を開いた。
昼過ぎということもあって、テーブルに座る人はほとんどいない。
なぜかあの後、カイルの一言で警吏は皆行ってしまった。
「彼女は知り合いだ」
(なんでだ?)
普通ならとりあえず取調べだろう。しかし、カイルの名を出した私を、驚愕とも驚きとも言える目で見ていたのも事実である。
(???)
目の前にいる人物に聞けばいいものを、リールはだいぶ混乱していた。
「リール」
「っっはいぃ!」
目の前の人物がやっと認識できたようである。
「ってあんた! 何なのよいったい、こんなところで出てくるし! 捕まりかかるし! ……」
「ひさしぶり」
聞いていない。
「……本当に。まさか会えるなんてね」
「まあそうね……」
ふとカイルの身なりを見る。さっきの警吏とは違うが、大き目の襟にボタンの多い上着に、ズボン。紺色で統一されたの動きやすそうな型の服に、剣をさしている。
(ああ剣は変わってないのね。相変わらず髪長! そして剣も長いから!!)
腰まではありそうな髪を後ろで縛っている。そして、装飾が施された剣も長い。
「……」
「……(むっ、無言だ!)」
「っなんかひさしぶりねっ! なんでここにいるのよ?」
「それはこっちが聞きたいがね、ここは俺の国なんだが」
「へ~そうなんだ」
「……」
「……」
「今日はどこに泊まるんだ?」
「まだ決まってない」
「じゃ、ちょっとこないか?」
「?」
「え~と……?(ここはどこ?)」
城下で馬車乗り、(馬車の中ももちろん無言。)降りれば目の前には城。
四大大国の城だけあって大きさも警備も半端ではない。そびえ建つ城はさらに塀に囲まれ、堀で埋まり、すでに通ったが後ろには頑丈な門がある。
そしていったいどうやって上に上がるのかという勢いで高い塔が四つ建ち、真ん中にもう何年もの歴史をもちつつも、いまだ壮大さ衰えないグランディア城がある。
馬車の中では、外を見られないように窓のカーテンを閉めてあった。
(もちろんカイルが)
「行くか」
「うん! ……ってそうじゃないわよ! なんなのよドコよここ!!」
「城だが」
「んなもんみりゃわかるは!!」
「じゃあいいだろ」
「いいわけなっ!(何考えてるのよこいつ)」
怒鳴りつけようか考えたその時
「エルカベイル様」「王子」
何処から現れたのか数人の男たちが集まってきた。
「お戻りに。本日はどうなさったのですか、警吏長が申すには取り調べの女と……」
「セイジュ」
「はい」
「部屋を一つ用意するように手配してくれ」
「はい」
「じゃ行くか」
「だから何処に!!」
どこまで行くのかわからないリールは、カイルについて行くしかない。
歩く廊下は広いというか幅と長さがある。外見もみごとながら、中も派手すぎず控えめながら、美しく飾ってある。
リールは常に左右を見渡していた。
入り口からすんなり中に入り、迷わず前を行くカイルに送れずついて行く。さっきの男たちのうち一人が、後ろについてくる。
「……王子?」
「今頃その反応か?遅いだろ?」
「だれが?」
「俺が」
「ドコの?」
「ここエルディスの」
「王子? ……はぁ!?」
「予想通りの反応をありがとう。さっき言わなかったか、俺の国だと」
「聞き流したわ!!」
「ああここだ」
「聞けよ!」
怒りつつも、カイルの視線の先を見れば、目の前にはどでかい扉。
(すご!)
廊下の床は鏡のように磨かれ、壁には絵や紋様が刻まれ、ところどころに花や絵が飾ってあったが、目の前の扉に刻まれた紋様は、一段とすばらしいものだ。
(平凡な感想)
リールの知る言葉では表しきれないほど美しい紋様の刻まれ方だった。
横の立つ二人の兵士が、カイルに一例をし、扉を開ける。開けた扉の先には……
「戻ったかエルカベイルよ」
「はい父上」
玉座に王が座っている。
(はぁーー!?)
入り口で固まっているリールなどまったくきにせずカイルは先に進んで行く。
おそらく謁見の間であろう部屋(部屋と言えるのかわからない広さである)には、玉座に王が座り、二人の男が控えている。
リールがいるところから王のところまでは、ゆうに50mはありそうである。
カイルは黙々と進み、王座の手前にある階段の前で止まり、二人は話をし始めた。
(で、どうしろっての?)
とりあえず固まっている場合ではない。視線を変え部屋を見渡す。部屋にはゆうに20人は兵士がいる。しかし、みな一様に視線は王から離れない。リールから見て左手には窓が、右手には扉が二つ。玉座の後ろにも入り口がある。
(あれ?)
そんな中視線を感じ見渡せば、ちょうど右手の別の扉から一人の女の子がリールを見ていた。歳はリールと同じ、いや少し下かもしれない。金の巻き毛を腰まで伸ばし、青いドレスに身を包んでいる。
(王女だよ。いわゆる王女だよ。かわいい子もいるもんだ)
ふと目が合うと目をそらされた。
(ありゃ。……泣いていた?)
目が潤んでいたのは気のせいだろうか?
(つーか泣き出しそうって感じだな)
「してそこの娘よ」
「はぃ?(なんだよ!)」
そんなことを考えている中、突然話しかけられたのでだいぶ喧嘩腰になってしまった。
「……。(ああ……周りの視線が突き刺さるようだ……)」
「近くに」
(なんていうか死刑台に上る犯罪者? ものすごい視線が……。50mがこんなに長いとは思わなかったよ……)
カイルよりやや後ろの左に立つ。……また視線が。
(私を射殺すきか!! 座ればいいんでしょ! 王に敬意を表せってか?)
ひざを突き頭を下げる。
「知り合いか」
「昔の仲間です」
(仲間ね。……二人旅だなんて口が裂けても言えないわ)
結局、その後もカイルと王が話し続け、私はずっと下を向いているはめになった。
「首が痛い(体固まっているし)」
あてがわれた部屋で、ベッドに体を沈めてリールは考えていた。あの後二人はまた延々と話を続けた。
(まあ内容はあれだけど)
なぜリールと旅をしていたか、その娘の身柄は確かかと、すべてカイルに聞いていた。
(私のいる意味はないだろ。ていうかカイルも適当に話しているし)
リールの身柄についてはよくもまあという勢いで、でっちあげである。
(話してないし、聞いてないし)
「さらっとウソ吐くなよな~」
たいして非難するようでもなく言う。
コンコン
「どーぞ」
鍵を掛けていないので扉は開いている。出て行くのがめんどくさくて、リールは外の人に聞こえるように言った。
ベッドから起き上がるのと同時に部屋に入ってきたのは、さっき廊下で二人の後……いやつまりカイルの護衛のために付いてきた男だった。
「無用心すぎるのでは」
男はさほど興味もなさそうに淡々と言った。
(心配してくれているわけ?)
思いつつ扉の所まで移動する。男の前に立ち、見上げながら言う。
「この国じゃ王子の客人に刺客でも送る習慣?」
「そんなことはしない」
「じゃあいいじゃん」
男は話しても無駄だと思ったのか、大げさにため息をつきながら言った。
「呼んでいる」
(で、何なの)
行き先を告げずについて来いと言われ、廊下の先を歩く男について行く。
「どこいくのよ」
「お前を連れてくるように言われた」
(……話し聞いてる?)
話をするのは苛立つだけだからやめようと思う。なぜこんな所にいるかは別として、せっかく城の中にいるのである。普段なら見ることのできない城の中を堪能しよう。
まわりを見渡しながら、絵や飾りをみた。左右には扉や曲がり角があり、複雑な構造をしているが、また謁見の間のほうに向かっているようだった。
「ここだ」
(ちがうじゃん)
謁見の間ではない。扉の端に立つ兵士がリールのために扉を開く。
中には長方形のテーブルが縦に置かれ、長さは10mぐらいだろうか一番遠くに王が、リールから見て左手に婦人が、右手にカイルとさっきの少女が座っている。
(帰りたい)
切実に思った。
(むしろ帰らせろ)
扉が開いた瞬間、すべての人がリールに視線を向けたのである。
リールが国王の反対側に腰を下ろし晩餐が始まった。
メインディッシュは何にするかと聞かれ、迷わず肉と答えた後前菜が運ばれてきた。
食事の前に祈る習慣などないようで、国王から食べ始めると周りも食べ始めるので、リールも食べ始める。
料理が何かはわからなかったが……
「おいしい」
黙々と無言で皆が食べる中、リールの声はよくとおった。その声に周りがリールの方を向くが、当の本人は、いそがしくナイフとフォークを動かしている。
「お名前を聞いてもよろしいかしら」
ふわっと、風の様にやさしい声が響いた。
(私?)
リールが顔を上げると、声の主はやんわりと微笑んだ。王の右手に座る婦人だった。
ぼーっとリールは見とれてしまって、危うく反応を示さないところだった。
(だから私を射殺したいのか!)
「エアリー・リールです」
ものすごい非難の視線と、そういえばここに来てまだ一度も名のっていなかった事を感じる。
「リールさん? でよろしいかしら」
「どうとでも……お好きなようにお呼びませ王妃様」
(ああうざい)
何って視線が。
ここには給仕と、大臣らしきじじいと、側近だろうさっき王のそばにいた二人と、女中と、兵士がいる。それとリールを案内した男だ。
(特にあれ)
側近のうち一人と大臣が、まさに胡散臭いものでも見るようにリールを見ている。
「エルカベイルと一緒に五人で旅をしていたと聞きましたけど」
(エルカベイル? 誰だっけ? さっき聞いたような)
リールが首をかしげていると、何かを悟ったようで王妃は話し始めた。
「そういえばお話していませんでしたね、私(わたくし)はさっき言われたように、エルディス国王妃フレアイラと言いますわ」
(いやまあ王妃だって事はわかるけど)
身なりもよく王のそばにいるのである。カイルの母と言われれば、納得できる面影がある。
(逆か。カイルが、王妃に似ているんだ)
「王妃よ、なぜそんなに……」
「あら、初めてエルカベイルが連れてきた友達ですよ。歓迎いたさないと」
(一介の旅人にやさしすぎるとでも言いたいのかこのおやじ)
ガシャン!!
音に驚き視線をまわすと、カイルの隣に座っている、さっき泣いていたのかも知れない少女がナイフを取り落としたところだった。
「どうかなさいまして、ティアさん?」
やや驚いたように王妃が声をかける。
「いえ……なんでも……」
「そうですわ、彼女はティアイエル・レティシャ・エレンド。エルカベイルの許嫁にして未来の王妃ですわ」
ティアと呼ばれた少女は、微笑みながら顔を上げたが、リールには何かひっかかる笑みだった。
「……終わった」
沈むというよりは、倒れこむ勢いでベッドにうつ伏せになる。しかし、さすが王城のベッド、ぽふっとリールの体を受け止める。
「気持ちいい~」
あの後も王妃の質問攻めは終わらなかった。今リールはアストリッド国の商人の娘となっている、ようだ。確かにアストリッドは四大大国の一つであり、一番の商業国である。つまるところよくある話である。
(なにが、お父上はそちらでは商人を束ねているとか……。だよ!)
嘘八百である。まあそれにくわえてすらすらと嘘をつくリールもリールだが。
(本当に信じているからな~)
商人の娘として世界を見てまわり、旅をして経験ふやすために護衛つきで旅をしていた途中、カイルたち(その時カイルは三人で旅をしていた)と知り合い、一緒に旅をしてきたと。ちなみに、男三人、女二人で。
ということを国王と話しているときにカイルはでっち上げ、国王は王妃に話し、王妃は「あなたのお父上で商人の方は厳しいのね~。大変だったでしょう」などとリールに言い始め、旅の事について聞きまくるのであった。
ちなみに今は、旅をするのにも慣れたので、今度は一人でいろいろな国を見て回りたいと父に申し出て、一人旅をしているということにしておいた。
さらに「すばらしいわね」と王妃は見事に勘違いをしてくれたが。
「おいしかった~」
料理である。さすが王宮の一品。あの後も出てくる料理はすばらしかった。デザートまで残さず食べつくしたリールを、大臣はにらんでいた。
(知るか食事のマナーなんて)
それでもナイフとフォークの使い方は問題ない。だが問題はそこではない。リールの食べっぷりにある。
(貴婦人は少食でいろ、って言いたいんでしょうね)
まして国王の前である。ちなみに王妃とティアはほとんど食べていなかった。
せいぜい一皿に三口である。
しかし、リールのモットーは、「出されたものは残さず食べる」である。
なおかつ旅費がなくて節約のうえに、ここに来るまでの森では、ほとんどおなかにたまるものはなかったのである。果物が主だった。
(狩がへたくそで悪かったわね~)
というか小動物ばかりで、リールのおなかを満たすにはいかなかったのである。
コンコン
またノックの音がする。
「入れば~」
前より投げやりに答える。そしてまた入ってきたのも、同じ男だ。
もう何も言うつもりはないらしい、ため息をつくと中に入ってきた。
リールがベッドから起き上がるきも移動するきもないからである。
男がリールのいるベッドの横に立つのと、リールが体を起こすのはほとんど同時だった。
「呼んでいる」
「誰が?」
やや怒りを含めた口調で言うと、男は疲れたように言った。
「王子だ」
今度は階段を上がり、さらに歩く。城の中はこれでもかというほど広い。なおかつ、目的地は城の中でもだいぶ奥まった所に在ったらしい。
(とおい!)
仕方ないので前を歩く人物を観察しようと思う。この城の兵士の軍服はリールの見たところ、城の中の警護に当たるものは、皆同じ紺色で統一された服だが、肩と袖口などにはいる刺繍の色が違う。
とりあえず、朱色と黒色を見た。
しかし、彼は黒で統一された服だ、門番ともすれ違う兵士とも違う服。 襟首まで詰まった服は、ボタンなどの装飾もない。カイルと馬車を降りたとき、現れた男たちは城の兵士と違う服を着ていた。
一人は黒。
――前の人物。
(闇色)
とりあえずその名で行こう。勝手にリールは命名する。
考えに耽るのはいいが、いいかげんリールが歩くのにあきてきたころ、目的地だろうか、前に扉がある所で男は止まった。
守護のために立つ兵士と言葉を交わし、リールを振り返る。兵士もリールを一瞥したが、重そうな扉に手をかけ、開けた。
四人の兵士が守る扉を通った先に、隣りあわせで(まあ実際はだいぶ離れているが)二つの扉がある。
先の扉もそうだったが、侵入者を防ぐためであろう。その扉の前にも兵士が二人立っている。
「ここだ」
男は部屋をノックしてから扉を開き、リールに中に入るよううながす。
(あごでしゃくるってどうなのよ!)
さらに男に怒りを覚えつつリールは部屋に入る。
カーテンでさらにしきられ、すぐには部屋の中を見られるようにはなっていない。
そのカーテンを引き部屋に入れば……。
「やっときたか」
カイルの声がしたが、そんなことよりもリールが気になったのは、部屋の中である。
「なにこれ?」
部屋の中にも扉があるので寝室などは別にあるのだろう。しかし、
「掃除しろ」
あきれてリールは言った。
部屋の床は本で埋まり、ソファとその前のテーブルには、地図とペンとメモ書きの紙で埋まっている。ほかにも床を埋め尽くす勢いでいろいろ散らばっている。
「ああ悪い適当に座れ」
一人分座れるように空けたソファに座って言う。食事の時に着ていたゴーセーな服ではなく、今は、白のワイシャツに、カーキ色のズボン。茶色のブーツを履いた足を組み、読んでいた本から目を離さずカイルは言う。
「……」
適当に、カイルのいる反対のソファの上をかたづけ、(実際は載っているものを捨てて)カイルの座る場所の対角線上に座る。沈み具合は最高だ。
リールが部屋に入った後少し送れて、キャビネットを押しながら入ってきたリールを案内した男が、リールの行為に目を細めたが、カイルが何も言わないからか黙っていた。
「ああレランその辺に置いてくれ」
テーブルに置かれているものを、腕で横にスライドしながら全部落としてカイルは言う。さらに男(カイルにレランと呼ばれたので名前だろう)は、目を細めた。主の行動が気になるのだろう。
とがめるような視線になるが、あきらめる。
それとキャビネットには、カップにお茶とポット、ケーキが載っている。 ケーキが二種類あるので、どっちのケーキをカイルの前に置くか悩んでいたのであろう。
適当にと言われたので、カイルの前に一つ置く。
リールの前に置かれたのはチーズケーキだろう。
「いただきま~す!」
間髪いれずに食べ始める。
レランはお茶とポットを置いたら、カイルの後ろの本棚の前に立つ。
(監視?)
ほぼリールの目の前である。さらにあきれてリールを見ている。
「あれだけ食べただろ!」と言いたげに。
「おいし~い」
リールはシカトきめこむつもりだ。
夕食の後だからだろうか、レモンがきいたさっぱりしたケーキだ。
(う~ん。おいしけどもっとゴーカでもいいかも)
甘いものは別バラである。ワンホール出てきても食べきったであろう。
「で、待ち時間暇だから本を読んだら止まらなくなったと」
疑問ではなく確認風に聞く。
「まあな」
「あっそ」
リールは部屋を入った左手のソファに座っている。さらにリールの左手に はバルコニーに続く窓の前に、机とイスがある。後ろには低めの棚とレリーフ、本棚、ドアが二つ。
反対側もほとんど変わらないが、こちらは、ドアが一つしかない。
(まあさらにどれだけ部屋があるかはわかんないけど。ああそうだ)
「エルカベイル」
ビシっと音がしそうな勢いでカイルを指差す。
「ああ。エルカベイル・ビオレドラル・エルディス。正式には、な」
「長。(あんまり人の事言えないけど)」
レランはさっきから表情を変えなかったが、二人の会話は理解できないものがあるようだった。
(なぜわかる)
カイルの行動についてのリールの見方と、名を言っただけでリールの知りたいことを話したカイルとのことだ。
「どう思った」
そんな護衛の心中を察しているのかいないのか、もうすぐ読み終わりそうな本ごしに、カイルが聞く。
「いいんじゃない。民は明朗、王は健在、跡継ぎも問題なし。他国との交流活発で、内乱なし。クーデター起こりそうもなし。資源も物資も有り余り、今年の収穫も上々になるんじゃない」
この国の評価、感想である。
「ただ警備が異状」
瞬間、レランは顔を上げた。カイルはあいかわらず本を見ているが、何かを感じたように言う。
「やはりな……」
(ビンゴ!)
リールは城下の警備が以上であることを強調したいのである。
(どう考えても通りで騒いだだけにあの警吏の人数は異状)
昼間城下で捕まりかかっただけに確信がある。説明を求めているとカイルは口を開いた。
「最近、老若男女問わず、切り裂き魔が出没している。もう十人目だ、それも一太刀でな、即死だ」
「……」
「昼だろうが夜だろうが、大通りだろうが裏道だろうが、ところかまわずな。だからいつもの倍以上警吏が配置されている。特にあそこは主要通りだからな」
(だから捕まりかかったと)
リールは昼間の男が何か関係があると思う。
(つか犯人あいつでしょ。いきなり切りかかったんだから。しかも母親に。それに私は無実だ!)
――結局のところ一番の主張はそこである。
リールが考えに燃えているとき、やっとカイルは本を読み終わったらしい。閉じた本をいきなり本を後ろに投げ捨てた。それをあっさりと後ろにいたレランが受け取り、本棚に……いや本来の使い方をされていないが、本棚だ。並ぶ本は横向きに積み重なれ、書類が束に置かれ、その他もろもろ置かれているが、その本が、本来置かれるであろう場所に置く。
リールはそのタイミングで話を始める。
「昼間の……」
「それでお前を呼んだ理由だが」
さっき落とした物の中から必要なものを拾い上げる。
「……(だから聞けよ。この自己中心的!)」
「今、この部屋にはレラン以外は入らないように言ってある」
「は?(いきなり何?)……あぁつまり掃除する人がいないと。で、このありさま」
リールは両手を部屋の中に向けた。
「まあな。たまに整理はするんだが……」
「へたくそ」
「レランが」
「……」
リールは哀れみをこめながらレランを見る。彼は本棚の横の壁に背をあずけて目を閉じている。
「これを見てくれ」
リールの非難とあきれる視線を知ってか知らずか、カイルは地図を広げ話し始めた。
テーブルの上に広げられたのは、この国の地図だった。
リールはパクっとケーキの最後の一口を食べ、お茶を飲み干した。そのままポットのお茶をカップに注ぎ、左手に持ったままのフォークを、カイルの前に置かれたケーキに突き刺す。ちなみに、カイルはお茶を飲んだだけだった。
余談だがこっちはレモンムースのタルトだった。一口食べ、皿ごと引き寄せ食べ始める。
レランがだいぶ不快そうな表情をしたが、カイルはたいして気にせず続ける。
「ここに行く」
エルディス国は、バーミリオン大陸の北に位置する国である。国の北と南、西は海だ。東にはシャンファン共和国がある。王都は国の中心より南にあり、海までは馬車で二時間。国の北には、国土の四分の一ほどの広さの森が広がり、北の海岸線を埋めている。あとは比較的平坦な土地である。あまり高い山がないので、街道は、よく整備され、町と町の移動も簡単だ。その分、城や町を守る城壁は欠かせない。この国の外では内乱、紛争が起こっている国もある。エルディスにも火の粉が降りかかる可能性はゼロではない。
まぁ四大大国に戦争吹っかける方が自殺行為だが……。
カイルが指す場所は、その中でも北の森、俗にデンスネスと呼ばれる所である。
「何しに?」
「この湖に用がある」
森の西の方に比較的大きな湖がある。名は……
「クレイス湖? 何が、あるの?」
強調して聞く。この部屋の散らかり具合といい、カイルの様子といい、どうやらまともな場所ではなさそうだ。
「ここは聖魔獣域だ」
淡々と、だがはっきりした口調でカイルは言う。
『聖魔獣……
古来よりこの世界には、生態系で頂点に立つ知能を持つ者、ヒトと聖魔獣が共存している。
そして、聖魔獣は大きく四つの種族に分かれる。すなわち、
空を翔ける者 レピドライト
地を駆ける者 ルチルクォーツ
海を裂く者 アクアオーラ
地を割く者 オブシディアン
彼らの外見は獣、鳥、龍、そのほかいろいろな姿であるが、ヒトの形をとることもでき、人語を理解する者もいると伝わっている。それから、聖魔獣の中にはそれぞれの種に獣王(あわせて四獣王とよばれる)が存在し、同種の聖魔獣は獣王にしたがう。すべてのこれらの種(ヒト・聖魔獣)は、昔は共に協力しあい、種族の区別なく暮らしていた。
しかし、ある時から聖魔獣同士が争い始めた。彼らは、この四種族に分かれ争い、森を焼き、地を焼き、海をからし、大陸を一つ沈めた。その時、人間のある国の四人の王たちが、争いを止めるため四獣王との交渉を持ちかけることに成功した。
話し合い(実際はそんなに簡単な事ではないが)の結果、聖魔獣は四種族で分けられ、その四人の国の決められた領土で過ごし、国の象徴であり守護をする者となった。そして他の種族の聖魔獣と会うことは禁じられた。その時の四人の人間王の国、それが現在の四大大国にあたっている。すなわち、エルディス、アストリッド、シャフィアラ、ニクロケイルである。
だが、事実問題として、現在も聖魔獣と友好間系にあるヒトや国は少ない。あの聖魔獣同士の争い(今では歴史的には<キリング・タイム>とよばれる)の後、人々は聖魔獣に対する恐怖心を拭い去ることはできなかった。大陸を一つ沈めるほどの破壊力、すべてではないが異形な姿を持つ者。家を焼かれ、家族を失ったものの中には憎しみを抱くものもいる。
ヒトは急速に聖魔獣との関係を立ち切った。そして、今では聖魔獣域は立ち入り禁止となっている事が多い。ヒトとの関係もなく、他の種と会うことも禁じられ、聖魔獣は歴史の中で孤立して行った、と言っても過言ではない。
』
カイルから渡されたメモを読みながらリールは考える。
(にしてもよく調べたものね)
この部屋に散らばる書籍はすべて聖魔獣、キリング・タイム関連であろう。 古代史から始まり、現代に至るまでの歴史、聖魔獣の生態、特徴。あらためて部屋の本を見る。中には古代語の物や他国の言語の物もある。
この内容にふれる本すべてを集めたはずだ。
(あぁ、なるほどね。資料を集めたのはいいけど、量がありすぎて積みあがって、レランがかたづけようと思っても本人{カイル}は、自分がわかるように置いてあるからかってに移動するわけにもいかなくて、でも、あまりにも増えすぎたから整理したら、一日とおかず元の木阿弥~って感じね)
この部屋の散らかり具合をそう結論づける。
「で、この森何がいるの?」
「地を駆ける者、ルチルクォーツだ」
「仲いいん? (ま、十中八九……)」
「3代目ロウラルセイ王の時、不可侵条約が結ばれている」
(やっぱり。てか早!)
キリング・タイムを止めた国王の一人が、エルディス国、初代国王キギロン・ビオレラルド・エルディスである。ルチルクォーツを守護獣に迎えるにあたり、国名を改名したのである。
「どうやらキギロン王が亡くなるとすぐに条約を持ちかけたようだな。ただ ……裁判権は、その領土の者が持つ事になっている」
まあぶっちゃけた話、誤って聖魔獣が人間の領土に出て来て、殺されても文句は言えないと言う事である。
つまり、森に入ったら最後、殺されてもしかたない場所に、跡継ぎの王子が行こうとしているのである。
「止められるだろ……」
なぜ行きたがるか理解できないリールはあきれて言う。
「まあな。だから条件を出した」
「条件~?」
リールはものすごく不審そうな声をだした。
「一ヵ月以内に一緒に行くものが見つからなければ、あきらめる。だが、見つかれば行く」
「……あぁ神様、どうして私は、あの時道を右に曲がらなかったのでしょうか?」
ちなみに、右に曲がればシャンファン共和国に行けた。
「後悔先に立たず」
「そうね~あんたのせいだけど!」
にこやかに嫌味を吐いてみる。
「出発は明後日だ」
まったくきいていない。
「ちょっと待て、私に拒否権は!?」
「あると思ったか?」
「……。何で私なのよ、護衛なら掃いて捨てるほどいるでしょ」
リールは、反論こそ無意味だと悟ったのか根本的なことを聞いてみる。
「だからこそ、護衛ではない別の人間を連れて行く」
カイルは静かに、だが何者の反論も許さないほどはっきりと口にした。レランが口を開きかけて閉じるのを、リールは目にした。
(というかこいつ(レラン)が一番反対しそう)
ちなみにリールのレランに対する評価はあまりよくない。
「はぁ………。ま、しゃーないか。でも、なんで明日じゃないの? 早いほうがいいんじゃない?」
「明日(あす)の朝は無理だろう」
だいぶ、確信を含んだ言い方だ。
「?」
「とにかく明後日の朝、日の出とともに出発だ」
「はいはい」
リールはカイルに渡されたメモと地図を持ち、立ち上がる。
「帰りの案内は外の兵士に頼んである」
部屋を出ようとするリールに、レランは声をかける。
「ん~」
軽い返事をしながら、リールは部屋を出た。
リールが部屋から遠ざかるのを確認して、レランはまた本を読み始めたカイルに問う、
「だから、ケーキを二種類用意するように言われたのですか」
二人分のお茶の用意と、二種類のケーキを頼まれた。二人でお茶をするのなら、普通同じものを二つだろう。
レランはテーブルをかたし始める。カイルは本を閉じ一言。
「同じものでも食べただろうな」
100%食べただろう。
「さて、俺ももう休むか」
今度はテーブルの上に本を置き、部屋の照明を落としながらカイルは言う。
「もういい、レラン」
「はい」
レランも部屋の出口へと向かう。だが、彼は立ち止まり言う。
「王子、」
言葉に反応し、カイルはレランに視線を向ける。
「約束は守っていただけますか」
低い声で問う。
カイルは立ち上がり、窓際まで歩く。床につく靴音がよく響く。外を眺め振り返り、答える。
「約束は守る」
レランは何も言わず、一礼して部屋を出た。
「……条件を満たしたら……な……」
満月の光が部屋を照らす中、窓に背をあずけ、王子は不敵に微笑んだ。
リールが部屋を出て行くのを、隣の部屋の住人は見ていた。ティアイエルとお付のレレルだ。
「やっぱり、言ったとおりでしょうエル様。なんであの女がエルカベイル様のお部屋に~!! この数ヶ月、レラン様意外誰もお部屋に入ることをお許しにならなかったのに! なんでいきなり現れた素性の知れない女が出入りしているの!!」
早口でまくし立てる。ティアイエルは慣れているものでまったく動じない。
「あのかたは旅のお仲間だったとか。素性は知れていますし、仲がいいのも道理では? 積もるお話もありそうですし、久しぶりの再会で、お話が弾んだ のでしょう」
「甘いですわ、ティアエル様!! 素性なんてでっち上げたってばれませんわ! それに話なら談話室があります! あの部屋でなくたって、いったいあの部屋の中で二人きり。何をしていらしたか!」
「レラン様もいらしたでしょう?」
「うぐ!!」
「心配しなくても大丈夫ですわ」
「でもっ」
レレルはティアイエルを振り返り、その微笑を見て自分の行動、言ったことを後悔した。リールが部屋に入っていくのを目撃し、ティアイエルに報告した後、出てくるまで見張っていたのである。
(一番つらいのはエル様でしたわ)
ティアイエルの気持ちをさっし、急におとなしくなったレレル。
ティアイエルはもう一度、リールの消えた扉を見つめる。
(あのかたはお仲間。そうでしょう?)
だがレレルの言葉が突き刺さる。(「でっち上げたってばれませんわ!」)
(そんなことない。でも私は……入らせてもらえませんわ。……これからも……)
実際問題、リールの素性はでっち上げだ。
ところ変わって当の本人。
「さぁっすがお城! お風呂広い~~」
バシャバシャ
……泳ぎ始める。(オイ!)
「きもちいい~」
……お風呂に入っていた……。
静かな夜だった。部屋の住人はすーすーと、規則正しい寝息をたてている。
窓にはカーテンがかかる。しかし、天窓から射す満月の明かりは、青白く部屋の中を照らしている。
部屋の中はかたづいているが、もともと物がない。棚の中は暇つぶし用の本が数冊入るのみである。
テーブルの上の水差しの水と、飲みかけの水がコップに入っている。
もう一人ヒトがいる。部屋の中に。音をたてずにいつ入ったのか。ゆっくり、ベッドに近づく。
足音すらしない。
月明かりに照らされているとは言え、暗いことに変わりない。顔が見えないが、右手に光るものは判別出来る。
……剣だ。
ベッドの横で立ち止まる。右向きで眠る人物の背中側……その人物を見下ろしている。
ゆっくりとした動作で右手を上げ、……振り下ろした。
ザシュッッ
瞬間、寝ていた人物は剣を避け、叫んだ。
「王子の客に刺客送る習慣はないんでしょう!?」
ベッドの前方、枕の置かれたほうに片膝を衝く様にリールは体制を建て直しながら、剣をベッドに突き刺し、シーツや中を破いたレランに向かって。もうこのベッドで寝ることは出来ないだろう。
「そんな習慣はない」
「じゃあなんなのよ!!」
「王子には断っている。はたしてお前が王子と行くことが出来るだけの実力者かどうか、それにお前がいなければ王子も……」
「カイルが……」
リールはレランの話をさえぎり、頭を下げた。握られたコブシが小刻みに震えている。どことなく、怒っているようだ。
レランは叫んだときの剣幕の変わり具合を不審に思ったが、リールの怒(いか)り具合にはきづく事が出来ない。
ブンッ!!
「な!」
唐突にリールは枕を投げつけた。しかし、そこは軍人というかレランは驚きながらも剣で切り裂いた。
羽毛が宙に舞う。
バァン!!
だが、同時に走り出したリールは、部屋の扉を出たところだった。
カッカッカッ……
(油断した!)
ランプの明かりに照らされた広い廊下を走りながら、リールは後悔していた。まさか襲われるとは思わなかったのである。それも城内で、一応王子の客人で特別待遇を受けていたのだから。それも確認した男に襲われるとは考えもしなかった。もしここが宿屋だったら、もっと警戒心があっただろう。
剣を持ち、履物を履くことは出来たが。
それにしても……
「あのやろう……」
左手に持つ剣を握りしめながら、リールは目標まで走るスピードを速めた。
走り続けるリールは、その剣幕と勢いに驚き、止めるタイミングを失った兵士を歯牙にもかけず、目標地点の扉を……
バアン!!!
……蹴破った。
カイル(目標人物)は、寝室があるだろう……。あろうことかソファでそのまま寝ていた。
リールは、騒音に気づいたが覚醒しきっていないカイルの胸倉を掴んで引き寄せながら、だいぶドスの聞いた声で言う。
「お~の~れ~は~……私の安眠を妨害しようなんていい度胸ね!!」
リールの嫌いなこと その壱 安眠妨害(人・物・騒音・その他)
――補足:お城のふかふかベッド
なんとなく眠そうなカイルは、迷惑そうにリールを見て一言。
「……それで来たのか」
リールの旅服は洗濯中(城の人が)である。今は寝衣だ。ひじが隠れる袖、ゆったりとした首周り、丈はひざ下、スカートはタイトだが、腰の所で紺のリボンを巻いている。装飾のないあっさりとした水色のワンピースである。
「着替えろと!!」
カイルの一言はさらにリールを刺激した。
「ああ。寝首はかかれなかったようだな」
納得したように。むしろ当たり前のように言う。
「お~ま~え~!!」
リールの怒りボルテージ上昇中。
追いついたレランはカイルに食って掛かるリールを部屋の入り口で呆然と見ていた。
(なぜ此処が解る!)
レランはリールを案内した時、わざと遠回りをした。一介の旅人に城中の構造を知られるわけにはいかない。帰りも違う道に連れて行くように、一番近い道を教えないように言い渡しておいたのだ。
走り去ったリールを追い、たぶん行き先は一つのはずだから、真っ直ぐ短距離を走ってきた。にもかかわらず、リールはすでに部屋の中にいる。
(なぜ!! ……だが、そんなことはどうでもいい)
気配を殺し、部屋の中へと進む。
「にしても、衰えていないようだな」
「はぁ~?」
リールは怒ってます。
「構造を推測すること」
リールは断片的な情報で建物の構造を推測するのが得意である。……まぁ、方向がわかれば知らない道でも往ってみよう! って感じでもあるが。
今も、わかる範囲の城の構造をつなぎ合わせ、カイルの部屋(目標場所)に繋がるであろう道を予想してきたのである。
……行き当たりばったり……?
「言い忘れたが、」
「あ゛~!!?」
「制限時間は日が昇るまでだ」
キンッ
リールが数秒前にいた所にレランの剣が振り下ろされる。……リールがそのままいれば、真っ二つである。
ズザーッ
バルコニーの方向に逃げたリールは、
ガシャンッ
そのまま、窓を蹴破りバルコニーの手すりを乗り越えた。
剣を鞘に戻したレランはリールのあとを追う、カイルの前を過ぎた所で、言った。
「殺します」
「……」
レランは返事をまたず、バルコニーから飛び降りた。
カイルは扉の外に行き、護衛の兵士になんでもないから、持ち場を離れないように(つまり、邪魔をするな。と言いたいのだが……)扉を閉じ部屋に戻り、ソファの下においてあった剣を持ちバルコニーに向かう。
「殺せるならな……」
月は雲に隠れ、光は届かない。眼下に広がるは深い暗闇。カイルは四階の部屋から、堕ちていった……
月は、また雲の間から顔を覗かせている。最初は静かに、次ははっきりと、周りが見渡せるほど明るく照らす。
(なんなのよ!! ああもう!)
城の庭を走るリールは、だいぶ身の危険を感じていた。実際は危険どころではないが。
(とにかく、日が昇るまではどこかに隠れないと)
そう考えた時、
キン!! バキィッ!
横の植木が切り刻まれた。
「ッ!!」
すんでのところでよけたリールは、次の攻撃の剣を受け止めるので精一杯だった。
ガキンッ
「ッツ!」
重い。
キンッ
剣を押し返し、距離をとる。リールだってけして弱くはない。ただ、相手は軍人。
(せこいわよ! こっちはこんな薄着なのに、あっちは動きやすい軍服なんて!)
そして容赦ない。ひらいたと思った差は、簡単に消されてしまった。
「……っちょっと! 曲りなりとも王子の護衛が、人の寝込み襲うなんて卑怯じゃない!! ……キャア!」
はなからリールの話など聴く気がないらしい。いっきに間合いをつめ、リールの剣を弾き飛ばした。
ザシュッ
剣が土に刺さる音が、まるで自分の事ではないほど遠くから聞こえた。
「何とでも言え」
地にしりもちをつくリールにレランは言い放つ。地に手を着くリールは動くことが出来ない。剣を握りなおしながら近づいてくる人物(レラン)を見上げている。
「お前さへいなければ、王子はデンスネスに行くこともない。この国のために、死んでくれ」
――本気だ。
(冗談じゃない!)
だが、リールは動かない。動けない。逃げられない。それは、相手の力量を見れば一目瞭然だ。
レランは、一振りでリールの首を落とせる所まで近づいた。
「お前さへいなければ……」
許せない。なぜ、こんな女と。
……なぜ、自分じゃないのか。
何か、レランを普通じゃ無くさせているものが在る様だった。
何かと葛藤しているようだ。原因は一つだろう。自分を拒否したカイルへの疑問と憤りだ。
「死んでくれ」
容赦なくリールに剣を振り下ろした。
……ガキンッ
どこからきたのか、絶妙のタイミングでカイルがその剣を受け止める。
「っなぜ、邪魔をするのですか!!」
本心だろう。主から剣を引いたレランは叫ぶ。
「誰も邪魔しないとは言ってない」
しれっと、言う。
「な!!」
レランはカイルの言葉に驚きながらも、リールの姿がないことに気づいた(すごいな)しかし、その時にはもう遅かった。
「相変わらずの性格悪さ! ま、知ってるけど!」
自分の剣を回収したリールは、レランの背後から、首筋に剣をあてた。
「だから、あんなに落ち着いていたのか」
剣を向けても、振り下ろしても、微動だにしなかった。真っ直ぐ、レランを見ていた。
(あきらめた訳ではなかったということか。助けに来ることが、わかっていたという事か……)
リールを横目で見ていたが、カイルに視線を向ける。
「王子、邪魔をしないで下さい」
「いやだ」
「なぜ!」
「殺されたら困る」
「王子!!」
「邪魔をするなら、いや……」
「この女がいなければ、貴方はあきらめる」
カイルの言葉をさえぎって言う。
「お前が寝首をかくことが出来たらな。だが、リールは生きている。お前の負けだ。レラン、あきらめろ」
まあ起きているところを攻撃するのは、寝首をかくとは言えない。
「まだ日は昇っていません」
「日が昇る前までにそれを試せって事でしょ。この策略か~」
ちゃかす様にリールは言う。
微妙な解釈の食い違い、まぁカイルは明らかに狙って言ったはずだ。誤解させておくつもりで。
リールカイルを軽蔑中。そして容赦なく一言。
「この腹黒」
「おいおい、助けられといてなんだその態度」
「刺客送りつけた奴に言われたくない」
――事実だ。
「とにかく、お前はリールを殺せない」
カイルはレランを見据えて言う。
(ごまかしたな)
リールにはそうとれる。
「……――」
長い。長い沈黙があたりを支配する。月は、また雲の中へ向かう。
空は、深く暗い。
地は、松明の灯により影と光にはっきりと分かれる。
「――貴方を死なすわけにいかない」
レランの、願いだ。
「俺は死に行くのではない」
「ではなぜ!?」
「お前に関係ない」
(あ~らま、かわいそうに。わがまま王子のお守り~みたいね)
実際そうだろう。リールはすでにレランに向けていた剣を引き、すこし離れた所で成り行きを見ている。関わるきはまったくない。
「命令だ。レランお前は城城ここに居ろ」
「王子!!」
「もう一度言って欲しいか」
「……」
「……」
(無言ね~)
すでにリールには人事だ。……いや、最初から人事だったのだが。
(ていうか、この城警備の兵士とかいないわけ?)
辺りは松明が燃えるのみで、この三人以外、人のいる気配がない。
ドッッ
レランは地に膝を突き、もう、何も言わない……
月は雲を追い払い、輝きを増したようだ。月明かりは三人を照らす。だが夜の深さは、増したように思えた。
――そしてもう一つ。窓から中庭を覗く視線には、誰もきづかない……か……
「なんでか説明して」
「何を」
苛立っているのか、後ろめたいのか(←リール曰くそれはない)
早足で先を行くカイルに問う。
「言って欲しい?」
あの後、カイルは行動が止まってしまったレランを置いてきた。(いいのか?)そして、部屋に戻るようだ。
「レランが来れば、俺を守るだろう。何があっても、命に変えても」
リールはカイルの言いたいことがわからない。
前を歩くカイルは立ち止まった。
「それこそ、森の中で俺に怪我をさせないように、剣を抜かなくてすむように。……何が、あっても」
そして振り返る。
「だが、誰かを庇いながら進めるほど甘い場所じゃない」
現在の聖魔獣の生態・行動はまったくわかっていない。不可侵条約が結ばれている中に、武器を持って入っていけば攻撃されるだろう。持ってなくても同じかもしれないが。エルディス国とルチルクォーツは、関係を絶ってはや何十年か……。ヒトを喜んで迎えるとは考えられない。だからこそ、聖魔獣を迎え撃つのに、何かを庇いながら進むのではなく、互いの力を出し合って進むのが、確実だ。と考えたのだ。
「でも、それがアンタの運命でしょ」
もって生まれた権力的地位。それこそ、護衛は掃いて捨てるほど用意できる。
「さあな」
分かっているのかいないのか、あきらめているのか、リールにはいまいち わからなかった。
「んで、私が来なかったらどうするつもりだったの?」
「傭兵でも雇ったさ」
「殺されただろうね」
レランに。
リールはさっきから気になっていることを聞く。
「でこの城の、兵士とか護衛とか警備・警護その他は?」
「持ち場を離れないように言ってある」
「いや、いなかったじゃん。(つかそんな問題? 普通に考えて)」
「お前が常識を語語かたるな。そして俺は王子だが」
「……。(ああ知ってるよこんな性格だって……。何をしたのか知らんけど、こんな時だけ権力振り回すなよ)」
あきれをすっ飛ばして、納得してしまおうと決めたリールの質問に答える気がなくなったのか、話は終わりだと言いたいのか、目も合わさずカイルは先に進む。
(レランに一言言ったらいいのに。言えばいいのに。言っても意味無い。のかね~でも何か言ってもいいのかなとも思うけど……)
まあ考えてもしょうがない。もう解決したことだ。
(気にしなきゃいいのよ)
リールは歩くスピードを上げ、前の人物(カイル)を追い抜く。
「寝る」
「寝られるのか」
「寝られるわけないだろが!!」
ベッド、ズタズタ
「別に用意しろ!」
安眠を妨害された恨みは忘れてない。そしてまたふかふかベッドで寝る。というリールの願望(← 一回叶った?)。というか、しつこい?
普段の生活が想像つく様な……。
太陽が昇る。日差しはグランディア城を照らす。朝だ。
日差しに照らされて明るい部屋ではベッドの住人がまだ寝ている。ゆっくりとした時間だった。
「おはようございます」
「ん~~?」
新しく用意させたベッドの上で伸びながら、リールは声に起こされる。
「……だれ?」
「私はこの城の侍女です。本日のお召し物の用意と、王子に言われまして参りました」
「あ~~?」
「なんでも、起きないだろうと」
(なぐろう!!)
リールを寝不足にしたのは、きっと涼しげな顔で侍女に起こしに行くように言った奴だ。
コンコン
「いらっしゃいました」
「はぃ?」
「ごきげんよう。昨夜はよく眠れて?」
(あんたの息子に刺客送られたよ)
旅人(リール)を気遣うように、ある意味一番まともだが……。王妃フレイアは部屋に入ってきた。
「え~と……おはようございます」
「当分、こちらにいらっしゃるのでしょう。町は見て回りました?」
「ええまあ……(明日いないし!)町はまだゆっくりとは見てません(つーか捕まったし)」
「今日は何か予定でも?」
「いえべつに、何も……」
「でしたら今日は私(わたくし)に付き合っていただけません?」
「あ~(明日からいないし、いいか)――わかりました」
――甘かった。まさかこんなおっとり王妃に(おいおい……)まる一日つぶされることになるなんて。
「ん~~やっと開放された~……」
最初にあてがわれた部屋に入り、ドサッっとベッドに倒れる。(ベッド復活)お風呂に入り(広いお風呂に貸しきりだ)、後はもう寝るだけだ。夕食は昨日のメンバーでまた晩餐だった。(今日のメインは魚にした)
朝のあの後は……思い出したくもない。ずっと王妃の遊び相手(←失礼)だった。散々服を変えた後、お茶を用意してお話。まあ質問されるされる。(一日中)いやネタが尽きる事こそないものの……
「疲れた」
一国の王妃の話し相手だ、婦人にしてみれば(世間一般的に見て)とても光栄なことだろう。
はたしてリールが当てはまるかどうかは見てのとおりだ。
リールにしてみれば、王妃の話の中でつく嘘が増えたところでどうと言うことはない。これからの旅に支障が出ることがあるわけでもない。だが疲れる。五人で旅をしていたという話なのだ、つじつまを合わせるのがめんどい。
そして一つだけリールが気になった事と言えば。
(静かだったな~。あの子、ティアイエル)
一緒にいたが、王妃が話しかけた時に頷くか軽い返事をするだけだった。
(なんだかな~)
沈んでいたように見えた。
(ま、考えてもしゃーない。今日で最後のふかふかベッドを堪能しよう)
リールはベッドでゴロつく。
静かだった。部屋の明かりは、まだ消していない。ベッドに入り、ふかふか感を堪能しつつ、あれから切り裂き魔はどうなったのか。なんであの子は沈んでいたのか、ぼんやりリールは考えにふける。
(眠れないのだ)
……すっ
何かを感じ、リールはすばやく扉の向こうに視線を向けると、剣の位置を確認した。
(一人)
なるべく足音を立てないように、静かにリールの部屋の前に来て止まり、離れ、また戻る。
――あやしい。
熟練した達人や軍人というわけではなさそうだが、昨日の事もある。レランがあきらめたとは思えない。剣を手に持ち、警戒しておくべきだとリールは判断する。
コッコンッ
バタッ!
――ベッドに倒れこむ。リールの集中力は切れた。
(なんだよ! 普通にノックかよ!)
いやかなり控えめだが。
「はい~」
剣から手を離し、扉に近づきゆっくりと開く。
「今晩は」
(噂をすれば影?)
扉の向こうには、気になることの一つティアイエルがいた。
「……――今晩は」
挨拶を返すぐらいしか言葉が出ない。
「起きていらっしゃいました? 夜分にしつれいします」
ぺこりとお辞儀をする。
一つ一つのしぐさが流れるように行われる。
「へ!!? え! ああ!! どうぞ。中に。起きてたし」
なんだか言葉がうまく出ない。
「失礼します」
扉を閉める瞬間、リールは廊下の角からこちらをうかがう視線にきづいた。
(まあ護衛がいるわな)
次期国王のお相手だ。部屋に入れたのは失敗だったか? と考えながらも、視線には気付かない振りをして、リールは扉を閉めた。
廊下の角、リールのいる所から見えるか見えないか微妙な位置で。レレルはハラハラしながらティアイエルの進んだ扉を見つめる。
(「大丈夫よ」)
ティアエルが会いたいと言ったのだ、レレルにはどうしょうも出来ない。
(「あの女は何をするかわかりません」)
(「でも、エルカベイル様は彼女と旅をしていたのよ」)
かといって乗り込まなくても、呼びつけることも出来るはずだ。まあそんな事をする人ではないことは、レレルが一番よく知っている。
(でも私としては呼びつけてほしいですわ)
主の安否を祈りながら、どう乗り込んだら怪しまれないか、レレルは考えを巡らした。
レレルの気合の入り具合とは反対に、部屋の中は静かなものだ。
(ええっと~……。どうしよう)
何を話したらいいのやら、リールは途方に暮れている。
じ――……。
音にすればそんな感じだろう。部屋に入ったティアイエルは振り返り、後から入ったリールをずっと見ている。
――だいぶ居心地が悪い。
リールにしてみれば話すことは何も無いので、相手の出方を待つしかない。
(なんなんだーー!?)
苦笑いしか出来ない。
ふと視線をはずしたティアイエルは、意を決っしたようにリールを見て言う。
「――どこかに行かれるのでしょう」
「……なんのこと」
特別あわてる訳でもない。淡々とリールは言う。
「なんでそんなことを?」
あまり相手を刺激しないように、言い方が強くならないように言う。特別、 意識しないように。
ティアイエルは驚いたようだった。まったく動揺もしないリールを驚愕の顔で見てる。まるで、自分がまったく的外れな事を言ったような、そんな事を言い出すことがありえないような空気が流れる。
自分の言ったことに自身が持てないのか、ティアイエルは恥ずかしそうに顔を下に向ける。
「――そう、ですわよね……ごめんなさいっ!」
やっとだした声はかすれて、ほとんど音としてなかった。
バタン。パタパタ……。
ティアイエルは走り去る。
(なんだった……)
呆然とリールは扉を見るしかない。
(てかバレた?)
明日の朝カイルと出かけることは、この城の中ではレランしかしらない。はずだ。突然いなくなることを説明するわけにもいかない。
(でも言ったらやばいだろ)
あたりまえだ。
「まさか、あの子――(あの時?)」
窓からの視線の主が彼女なら。
「……でも、なんで? ……まさか――」
(何であんなことを……)
彼女(リール)を目の前にして口に出た言葉を、突然口をついて出た言葉に本人が驚き、廊下を走りながらティアイエルは考える。
(でもあの時……)
夜の庭でレランとリールが切りあいをしていたと思えば、カイルがリールを庇っていた。そして、レランに何かを言い聞かせていた。
(何だったの……?)
ティアイエルにわかるはずがない、関係無い。――後ろからレレルの声が聞こえる。涙をこらえながら走るティアイエルには、不安が大きくなるばかりだ。
人の思い。交差し、ぶつかり、まじあわらず残る。秘めたもの、表したもの、隠したもの――安心、怒り、不安。そして疑問。
すべてを知る者はいない。
それでも時は進む――夜(よ)がふける……
部屋は暗かった。天窓も新月の中、星明りを送ることは困難なようだ。ベッドの白いシーツと淡い緑のカーテンが良く映える。一箇所だけ、ドアの右手のランプが小さく灯をともす。ベッドの上の住人は広いベッドに満足なのか、すやすやと心地よさそうに寝ている。規則正しく体を上下させる。
静かに、部屋に入った人物に気付かずに。その人物はベッドに近づき、目の前のベッドの住人を見おろす。灯はあまりに小さくて、人物の背を薄く照らすのみだ。顔を余計に暗く映す。マントの下から、そっと剣を抜き、剣を逆さに持ち直す。
切っ先を寝る人物の上から突き刺すように向ける。
首筋の1cm上。
ただ剣から手を離すだけでも、ほっとけば出血多量で死ぬぐらいの傷をつけられるだろう。いや、即死か。
磨かれた剣は暗闇で顔を映す。剣は灯の光を反射する。たとえ後ろから照らされていたとしても、彼が無表情なのはよくわかる。
……剣を持つ人物は動かない。今、彼は剣を刺すだけでベッドの住人を殺せるだろう。だが、動かない。
在るのは静寂。
――静かに夜はふける。日は、昇る
「ん……」
広いベッドで、眠る人物はゴロッと寝返りをうつ。仰向けから、左を向く格好だ。
すべてが止まってしまったような錯覚。いつまでもあの状態が続きそうな雰囲気の中、ふっと力がぬける。
かまえていた人物もそれを感じたようだ。剣を引き鞘におさめる。カチッと音が響いた。しかし、それだけだ。
レランは入った時と同じように出て行った。眠るリールを振り返ることなく。
――まだ日は昇らない。
出発は日の出だ。
「行くか」
「はいはい」
馬上で交わしたのはそれくらいだ。リールは旅服で、腰に剣を二本差している。一本は元から持っていたほとんど装飾のない細身の剣。もう一本は何かあってもいいように予備に渡されたものだ。軽く、細く、柄が持ちやすいように、ねじれる形で削ってある。柄の先と鍔には丸い水晶が埋め込まれる。
水晶はエルディスの特産物だ。布袋の中には食料や薬草など。必要な物は 一通りそろっている。
なぜか、王妃が服を新調していたので、新品だ。「この服はどうかしら? 着ていた服は少し古くなっていましたし」……確かに長く着てはいた。
カイルは城での正装を脱ぎ、旅に適した軽装だ。そして、マントを羽織る。同じようにいつもの長剣と剣を持つ。
ちなみに警備の兵士を黙らせて。気絶させるとも言う。(むしろ闇撃ち?)人気のない道を、早馬を走らせながら進む。この国でも有数の駿馬だ。(勝手に拝借した)カイル曰く「俺の馬」、まぁ将来的には……。
ふと思い立ちリールは言う。
「大丈夫なの?」
「置手紙してあるからな」
「……(それが心配なんだけど!)」
リールの心中などまるできにせず、北の森――デンスネスへと馬を進めた。
北にある町の入り口(この場合出口になるが)の、ヴィオレット門を通る わけにはいかないので、裏道を通る。それも、城の地下から繋がっている道だ。カイルが言うには非常用の逃げ道らしい、ものすごく入り組み、迷路になっている。暗いは、曲がり道だは、トラップだは。
王族用の隠し通路。と言えば聞こえはいいが、実際は……「殺す気か!」リールはずっと叫んでいた。いやもちろんカイルがいるのだからトラップにひっかかることも迷う事もない。しかし、通り過ぎた後リールに向かって、わざわざトラッ プを発動させるものがいなければ。
そんな中、通りの向こうに見えるは閉ざされた門。門の外は、北の城壁の外に出ることが出来る。例のごとく警備の兵を通り魔宜闇討ちにあわす予定だったが……。
――先客がいたようだ。警備の兵は昏倒している。
「レラン……」
レランはいつもの黒い格好だ。カイルはあきれと驚き、そして、複雑そうな顔をした。後ろのリールの声は聞こえただろうか。「あらやっぱり」
「私も行きます」
「だめだ」
「王子!!」
「連れてったら~?着いて来るよ(絶対に)」
二人のやり取りにいいかげん飽きたのか、投げやりにリールは言う。
カイルはリールを半目で睨む。しかし、リールはあさっての方向を見ている。顔が悪どく笑っているのは気のせいではない。
「……(さっきの仕返しか!)」
トラップにはめたという自覚はあるようだ。しかし、リールも根に持って いる。
「……はぁ。……森の前まで」
(あ、あきらめた)
カイルの搾しぼしぼり出すような、苦々しい声とは裏腹に、リールは楽しそうだ。
日が昇り始めた朝もやの中、エルディス国首都エルファンの城壁の外で、馬を走らし遠ざかる三人の人影を見た者は、――いなかった。
……はず?
朝、人々が行動を起こし、一日が始まる。国王とて例外ではない。これから皆と食事をしようと王妃と一緒に食堂にいた。
「陛下!」
バアンッと周りの護衛の兵士に抑えられながらも、食堂に兵士が飛び込んできた。
ここを何処と心得る。貴様が軽々しく入れる所ではない」
王の後ろに控えていた男が、苛立って言う。
「罰ならお受けします。しかし、至急陛下のお耳に入れたいことがっ」
「くどい。連れて行け」
周りは兵士を取り押さえた。
「まて。リヴァロ」
国王は直属の護衛を制した。男はあまり好ましい顔をしなかったが、黙って従った。そして言う。
「なんだ」
「申し上げます。馬小屋より、王子の馬ソワールほかソラレルがいなくなりました。
――どちらとも、この国きっての駿馬だ。
「国王陛下~! 大変です!」
王が反応を示す前に、開いていた扉から大臣が血相変えて飛び込んで来た。
「何事だ」
「王子のお部屋に不吉な物が!!」
「不吉? まあなにかしら?」
国王の隣の席に座り、それまで成り行きを見守っていたフレアイラは小首を傾げた。大臣は侍女に渡された不吉な物を王に見せる。横から王妃が覗きこむ姿は、とてもなかむつまじい。
……しかし、
「あの馬鹿息子!!」
国王は切れた。
【拝啓 父上・母上 様
私(わたくし)エルカベイルは少しの間城を留守にします。この前のように二年も城を空けたりしませんので悪しからず。レランには付いて来るなと命令してあるので、彼を責めて責任を問うのは意味がありません。彼は知りませんので。捜索隊は出さないように、軍事費と税金の無駄です。エアリー・リールを同行させます。それと、適当にいろいろ持って行きます。
追伸――正直、城の警備手薄だな。】
「あらまあ、まあ、まあ」
「捜索隊を出せ!!」
「でも貴方、行き先を知っていますの?」
「……ええぃ!! レランは何処だ!」
「それがレラン隊長の馬ゲードルもいないのです」
最初に飛び込んできた兵士が言う。
「何を考えているんだ、あの時二年だけだから旅に出ることも許可したというに、あれは王子としての自覚があるのか! レランの主にしたのも、人の上に立つ者としての自覚を持たすためだというに!! こんなところであだとなるとは……」
レランは、今や国王でなくエルカベイルに従う。それは国王が決めたことだ。したがって、この国でレランだけは王子の命令において国王に逆らえる。目の前にいても事のいきさつを話すかどうか。
「しかも、物を持って行くだと!!」
国の物はすべて国王の物だと言えなくは無い。飛躍しすぎである話だが。
「まさか、あの女にたぶらかされて!」
「それはないのでは? エルカベイルはここのところ何か始めていたようですから。彼女はどちらかというと巻き込まれたのでは?」
「何を言う! あれは昔の仲間なのだろう」
「彼女はエルカベイルに特別な執着心は無いようでしたわ」
「なぜわかる?」
「見ていれば」
とりあえず国王にそんな事わかるわけがない。
「待ってみればよろしいのでは? どちらに行かれたかも知れませんし」
「そういう問題ではない」
国王の怒りは治まらない。周りがおたおたする中、王妃はにこにこ笑っていた。扉の外で話を聞き中に入るのをやめ、来た道を戻る少女に気付くことなく。
カツカツカツッ……バタン
ティアイエルは部屋に帰ってきた。あの状態で食事をする気になれなかった。
ズルッ……ドサッ
扉を背にしてしゃがみこむ。
「やっぱり……」
目頭が熱くなるが首を振り、最悪の事態を考えないようにする。
(大丈夫よ王妃様も言っていたもの。でも……)
しかし、昨日の事もある。リールにごまかされたのか?
顔を下げると泣きそうになってしまうティアイエルは、膝に突く額を離し、顔を上げた。
「……?」
顔を上げた先、ベッドの下に控えめだが、見付けられないこともない所に紙が落ちていた。のろのろと起き上がり、ベッドに近づく。しゃがみこみ紙を拾い、広げる。
「……ッツ!」
「ティアエル様!」
バン!!!
反射的にティアイエルは紙を握りつぶした。
「やっぱりこちらにいらしたのですね。お姿が見えないと皆が心配しておりました。ただ、王妃様からそっとしておくようにとの仰せなので、私が探しに参りました。――いかが、いたします?」
突然のエルカベイルの失踪。
レレルは自分の主を気づかった。傷つかないわけがない。そして、不安も。
「レレル」
「はい」
「今日は部屋で食事を取ることにします」
「わかりました。用意をしてきます」
「陛下と王妃様に申し訳ありませんとお伝えください」
「かしこまりました」
レレルは一礼して部屋を出る。国王と王妃に一緒に食事をしない旨を伝え、部屋に運ぶ用意をするために。
レレルが部屋から遠ざかるのを確認して、そっとティアイエルは紙を開く。握りつぶされてしわがよっているが読めないことはない。大きめの紙のはじを破いたのだろう、長方形の紙に横書きで一言。
【 一ヶ月待っていてくれない 】
バーミリオン大陸の共通語で書かれている。誰からか、ティアイエルにはわかった。
「なぜ?」
(「特別な執着心は無いようですわ」)王妃はそう言っていた。
「でも、もし……」
ティアイエルの恐れる事、不安は、一つだ。
それは――……
もし、エルカベイルが彼女を望んだら……?
……――不安ハ、ツノル……
「ここか~」
目の前には森。
「外見は普通?」
普通の森の定義はなんだろう。木は高く生い茂り風に揺れている。
あれから昼の休憩以外は、休みらしい休みも取らず馬を飛ばしてきた。さすがに馬は疲れ果ててしまったが。ちなみに、お昼によった町の宿屋での昼食に、リールが何人前食べたかは想像に任せるとしよう。
(だって~この国の王子持ちだし~)
そしてデザートは別バラだ。
今、リール達はデンスネスの手前にある背の低いかしの木の下にいる。今日はこの森の入り口(何処からでも入れる)で一晩過ごし、明日の朝森の中に入るという計画だ。
当に日は暮れた。暗闇の中、風に揺れる焚き火の光は唯一の明かりだ。残りは静寂が支配している。森に入らなければ焚き火を起こしても問題ないだろう。(聖魔獣に関しては。よく自殺者が来るらしいし)と結論付け、レランが火をおこした。次に彼は食事の用意にとりかかっている。
(こいつもしつこいな~)
黙々と用意するレランを眺めながら思う。
別の方向を見れば、カイルはさっきから森の方を凝視したままである。
(……なに見てるんだか)
ただリールが暇人なのである。
ここが立ち入り禁止とされている事は、ここに着く前までの警告の案内でよくわかった。看板、柵、落とし穴、その他トラップ。よくまあ作ったものだ。それこそ間違っても子供が入り込まないようになっている。北に行くリ ール達を、町の住人は大声で考え直すように言っていた。カイルが言うには自殺の名所だそうだ。
――はた迷惑な。(ただたんにリールの癇に障っただけ)
そんな曰く付きの森を、渡された地図と照らし合わせながらゆっくり眺める。森の入り口から中に向けてだんだんと木が高くなっている。手前にある木は低めだが、背の高い草、棘のある蔦で蔽われて生い茂っている。幹と幹の間から中をうかがうことも出来ない。中は暗く、地図上だと東から西へ深く続いている。
今いるのは、エルファンから北に真っ直ぐ進んで着いた森の南側だ。ここを真っ直ぐ突っ切れば反対側には海が広がる。
パチッ
焚き火の音が、やけに大きく響くくらいの静寂。ゆっくり、夜は更る。
「ここからは、馬は連れて行けない」
「別に歩きだろうが問題ない」
「レラン」
「はい」
「約束だからな、お前は来るな」
「……」
「こいつらを見ててくれ」
(……王子の護衛がお馬番? なんつーか……)
世間一般的にみれば王子の護衛だ、それこそ憧の的というか、尊敬に値する職業だろうが。
(実際はこんなん?)
ある意味なんでもこなさなければならないが、……馬番……?
(いいざまだ)
安眠妨害の原因の一端はレランにもある(リール談)。
「帰りに必要だからな」
レランは何も言わなかった。ただ深く頭を下げる。
「行くぞ」
カイルは森に向かって歩き出す。
「……心配しなくても帰りに私はいないわ」
頭を下げたままのレランにささやく。レランは、一瞬表情を変えたがリールには見えない。
「おい」
もう森の中に足を踏み出しそうなほど進んだカイルは、リールが来てないことに気付く。
「はいはい」
レランは顔を上げ、何かリールに聞きたそうだったが、
(――いつの間に……)
リールはさっさとカイルの所に行っていた。
二人は警戒しつつも森の中に足を進める。朝日に照らされているにもかかわらず、森は深い。すぐに二人は見えなくなる。
「………」
レランにはもう、どうすることも出来ない……
(なんだかな~……)
森の中を二人は進む。入り口は蔦や草で生い茂っていたので、剣で切りながら進んだ。かなり手ごわかったのか、微妙な引っかき傷や、切り傷がある。
森の中には、リールの足首くらいの草が生い茂る。
道らしい道があるわけではない。地を照らす日の光が道になる。
カイルは日の光を頼りに方向をさだめ、進む。リールもその横を歩き付いて行く。
「深くない?」
「そうだな」
森は深い、しかし、入ったところから覗いたほど暗いわけではない。むしろ、光ある。
サクサクと草を踏む音が耳に響く、――ただそれだけ。
……音が、ない――
リールはカイルに聞きたい事があったが、森の異様な静けさにただ飲み込まれないようにするしかない。風も、揺らぎも、流れも感じない。鳥の声もしない。
木の幹はほとんど蔦に蔽われる。ある(存在する)のは、見えるのは緑。
周りはすべて緑。そしてただ、明るい。
「死の森」――時に人は呼ぶ
ザシュッ!!
耳障りな音がする。カイルが、木の間から牙を向け襲いかかって来た獣に剣を突き刺す。
「来たか」
一突きで額を突き刺した剣を引き抜く。自分の二倍はありそうな獣を足元に転がす。
――もう動かない。
草の上に赤い、赤黒い血が流れ始める
――森を彩る――
血が流れ緑の森に別の色をつける。瞬間、現れた風、揺らぎ、音。そして、何かが、いる(存在する)。感じる、生き物の鼓動。
リールも剣を抜き、カイルと背を合わせるように向き直る。
「遅いんでない?」
だいぶ森の中にいる。そろそろ昼になるだろうか。
「まあ暇だしな」
はたして二人には動揺が感じられるだろうか。
二人の周りは、四本の足を持つ獣。ルチルクォーツが取り囲む。
「は!!」
襲いかかる獣の前足と後ろ足を切りつける。そのまま右から来る獣に、振り下ろした剣を振り上げる。右足を切り落とし、左の獣の額に剣の柄を突き当てる。ちなみに、実はリールは左利きだ。
(……6……7!)
もう襲い掛かる獣はいない。息を上げつつも背後のカイルを振り返る。そして見る。
カイルの周りは、なにも動かないことを。
……ただ一つ。
「グルル……」
一匹だけ絶え絶えと息をしている。カイルは生きているのが不思議なように静かに近づく。ただ淡々と、剣を振り下ろす。
「はい。ストップ」
リールはカイルの腕を掴む。
「なんだ」
カイルは緩慢(かんまん)な動作でリールを見る。
「不法侵入者」
リールはカイルを指差す。
「だから」
ここはルチルクォーツの領域である、歓迎されないのはあたりまえだ。それに、いきなり来たものが彼らの生活をかき回すわけにいかない。……もしやすでに手遅れ?
もしも、カイルの狙いがルチルクォーツの根絶やしであるなら――違うはずだ。しかし、リールの話しなど聞こうとせずカイルは獣に向き直る。イラついている事を何かにあたる。そんな感じだ。
「殺したら帰るわよ」
「……」
それは困るらしい。カイルは剣の血を払い鞘に収める。
ふとリールは振り返る。そこにはまるで、空間の境目があるようだった。
方や一面血の海と、一命は取り留めている獣がいる。
方や一撃で殺され、動かない獣の死体が並ぶ。
リールは返り血で服を汚している。獣の足を狙い、動けなくしただけだ。急所は外している。
カイルは一突きで確実に急所を狙った。心臓、頭、首、剣を抜くとき流れる血を避け、ほとんど返り血を浴びることない。
ザッ……
カイルは自分の行動の跡に目もくれず歩き始める。
リールは一度振り返ったが、進む。
今や森は動く、大きな怒りに二人はまとわりつかれる。しかし、リールに はこの方が落ち着く。怒りがあることは、感情を感じるもの(生き物)がいる事だから。森が、自分が、生きているから。前のように何もないと自分の存在も忘れそうだ。
カイルは歩きながらまた剣を抜く。リールは自分の剣を抜かずカイルに聞きたかった事を聞く。
「あんたさぁ、あの子とうまくやってるの?」
ガシャンッ!!!
カイルは剣を取り落とした。
(動揺したぁ!!?)
リール呆然。
「グルルル……!」
そして第二ラウンド
さっきの倍はいるだろうか、歩き始めた後、確実に数を増やしつつ木の隙間から襲い狂う機会を窺っていた。
そして、どうやらこれ以上待ってくれないようだ。
チャキッ……
カイルは剣を持ち直し、リールは剣を抜きかまえる。
「……ガウッ!!」
獣は、一気に襲いくる。
ザシュッ
肉の切り裂かれる音がする。二人はまた背中合わせだ。今度はカイルも、あえて急所をはずす。
半分戦闘不能にしたころだろうか。
「話をした事がない」
ふとカイルは言う。うなり声と剣で肉を割く音がする中、会話が始まる。
ドオッ
足元に転がる。二人は獣の死体が積みあがらないように同じ速さで左右に動いている。
「まったく?」
ザン ドッ
同時だ。
「ああ」
ギンッ
ある獣がカイルの剣を噛む、牙がこすれて耳障な音がする。
ドカッ
足で蹴り飛ばす。
「あんた一年あったんじゃないの?(私と別れて)」
剣の柄で額を突き、鈍い音を立てながらリールはいやな予感を感じていた。
「まあな」
カイルは左右二匹同時に現れたところを、両手に剣を持つ事で切り抜ける。
「なんにも話してないわけ? 挨拶とかあるでしょ!? ――(12!!)」
「廊下ですれ違っても向こうが軽く頭下げるぐらいだからな」
(おいおい……)
だいぶあきれてしまう。しかし、容赦なく襲い来る獣に切りつけるのは忘れない。
(いったい何をやってるんだこの男)
リールはティアイエルの心境がわかり始めたような気がする。
「何を話すべきだと思う?」
脱力しつつも、あきれつつも、応戦していたリールの行動が止まった。
「……はぁーー!?(何言い出すんだ!! つかありえないだろ!)」
自分の婚約者に話しかけたことがないって。
リールは襲いくる獣の存在を無視してカイルのほうを振り返る。
「話す事がないな」
「お前はアホかーー!!」
叫ぶ。
ティアイエルの性格上自分から話しかけないだろう。というか、カイルはまじめにしているとだいぶ話しかけにくい分類にはいるはずだ。
「それでいいのかよ!!」
「彼女に会う前まで二年間、一緒にいたのはお前だぞ」
☆ジャジャーンッ☆ 只今より「リールとティアイエル(以下ティア)の比較講座」をはじめま~す☆☆ この講座では、リールとティアの行動・性格・その他を比べてみま~す☆
☆わかりやすくまとめて☆
| リール | ティア | |
| 食事 | 食べる | 少食(カイルが見てないところで食べるのは別にする) |
| 話 | しゃべる(うるさい?) | 自分からあまり話さない |
| 第一印象? | 変な女 | なんだこの女 |
| キレやすさ | けっこう早い | 怒らない…? |
| 行動 | とりあえず動く | おとなしい |
| 性格 | 執念深いうえに根に持つ | 内気 |
| モットー | 出されたものは食べる | 参考なし |
☆提供はカイルさんで~す♪☆
さあ以上からお二人の事をそれぞれ一言でまとめると~……
「何あんた私にケンカ売ってるわけ!? ええ゛!! 何が言いたいのよ!」
リールにカイルの考えが伝わった。そしてキレた。
リールは右からやってきた獣の頭をなぐりつけ、カイル胸倉を引き寄せつつ怒る。
「5000ガルで」
一方のカイルは見事な切り返し。
「高いわ!!!」
1ガル=200円
「ガウッ!!」
リールの背後から襲い来る獣に対し、カイルから手を離し斬りつける。少し深いが気にしない。カイルもまた自分に襲い来る獣に切りかかる。二人の間では、複数の獲物を倒す時は数を半分に分けるのがルールだ。
「でももう一年でしょ」
どうやらあまりにリールの存在に慣れすぎたようだ。リールとティアイエルのギャップに、ついていけなかったのだろう。リールにしても、二人の時の旅と一人になってからはなれなかった。初めは一人のはずだったのに。
どちらとも、悄愴を感じていた。
「で、何しに来たのよ」
すべて二人を追う事が叶わないように叩きのめした獣に目もくれず、さっさと森の深奥へと進む。勝手に行くリールに、今度はカイルが着いていく。
「――今度の木曜日、」
リールの目線が外れた。カイルにはそれで十分だ。
「彼女が来て一年だ」
リールは話だすカイルに耳だけ傾ける。いつの間にか二人は並んで進んでいる。リールの歩みのためにカイルが、カイルの速さにリールが、足の進みを合わすわけではない。二人は自分のスピードで歩く。
並んで。
「で?」
「ちょっとな」
話したくないのか話す気がないのか。どちらにせよ、これ以上聞いても無駄だ。リールは森を見る。
……ツ!! ……
リールに聞こえた音、叫び声。
(「カナシイ。タスケテ」)
突然、走る。カイルは驚いたが、リールが何かを感じ取った事はわかる。後ろに着いて行く。
走るリールはまた声を聞いた。深く低く響く声を。今度はカイルも何かを 感じたようだ。いぶかしんでいた顔が先を見つめる。
二人は、目の前に広がる森の茂みに迷わず入り走り続ける。
ガサァッ!!
押し分けた茂みの先に広がっていたのは、少し開けた場所だった。形としては楕円に近い形に木が周りを囲み、何種類かの花が咲き乱れる。もちろんここはエルディスの土地であり、地に咲く花は見たことあるものばかりだ。 しかし、カイル口からは感嘆の声がもれる。この森の中で始めて咲く花を見るからだ。
が、リールの視線は別にそそがれている。中心にいる者。声の正体に。見れば、ルチルクォーツの親子ではなかろうか、先ほどまでカイルとリールの攻撃相手と同じぐらいの体格の者が母親。もう一匹はリールでも抱えあげられるだろう大きさの子獣だ。
横たわり、動かない子獣のそばで、母は必死に声を上げる。――なぜ?
助けるため。自分ではどうにもならないのだろう。悲しみの咆哮が森をゆるがす。木がざわつき、風が行き場を失い旋廻する。咲く花は風に薙ぎ倒される。日の光は、無常なあつさで冷静な判断を失わす。
その親子をずっと見ていたリールは、動かず、息も絶え絶えの子獣に向かい歩き出す。
「おいっ!」
あわてたカイルの声がする。
「ガウッ!!」
近づいてくるリールに気付いた母親は威嚇を始める。リールは真っ直ぐに動かない子獣に近づく。
「ガァウッ!」
母獣は全身の力でリールに体当たりをする。
バアンッ!
弾き飛ばされ、背後の木に直撃する。「ダッ!」っと苦痛を感じた後。ズッッっと木の下にずり落ちる。
リールには、母獣の存在は目に入らなかったのだろうか。特に避けるわけでもない。正面から容赦なく襲い来る獣の攻撃を直に受け、木の下で座り込むような格好でリールは痛みにうなる。
呆然とリールが叩き付けられる光景を見ていたカイルは、我に返った。
「大丈夫か」
リールに走り寄る。
「……ツー」
声に反応したリールは痛みにかかわらず、頭を上げる。視線の先で、母獣はまだリール達に警戒の目を向ける。
子獣を後ろにいつでも攻撃できる態勢だ。
リールはギリッと歯を噛んだ。
(早くしないと……)
明らかに子獣の様子がおかしい。
自分に何が出来るか……。リールは苛立を感じていた。腕からつたう血で汚れた手のひらを握り、カイルの呼び声にも答えることなく考える。
(落ち着いて、冷静に)
肩でしていた息を抑え静めつつ、初めて辺りに目を向ける。チラッと見た先にある物に目が留まる。リールの行動を不審に思っていたカイルもリールの視線の先を見る。
そこには、鐘形型のストロベリーピンク色の花が咲く。花の咲く所は一列に並び、並んだ花が穂のように直立する。上から下に行くにつれつぼみが開いている。薄緑の葉は刃針形で、先端が鋭く尖る。
(何の花だ?)
なんとなく見覚えのある花にカイルは思考思考しこうする。木の周りにところどころ咲く花、背丈は50cmくらいだろうか。
「メルトネンシス」
その花から一時も目を離さなかったリールが、静かに呟いた。
「メルト……?」
聞き咎とがとがめたカイルは、さらに思考する。聞いた事のあるような響きだ。
――昔に。
ガッッ!!
突然行動を起こしたリールは、一本の花を根元から折る。手にとった花を見た後。痛みを殺し立ち上がる。
「グルル……」
立ち上がったリールを見て、母獣はまた突進せんばかりだ。
母獣を見据えていたリールは歩き出す。一歩、また一歩と。特に早いわけでも、遅いわけでもない。淡々と歩いているようでも前を見据えている。突進しようと前足を進めた母獣に言う。
「助けたいんでしょう」
「ガウッ?」
母獣の動きを一瞬止めたようだが、こちらに向ける敵意は変わらない。
リールの前に改めて立ちはだかる。
「邪魔をするな!!」
ビクッっとリールの威勢にひるんだ横を、見向きもせず通り抜ける。
「!」
リールのただならない雰囲気を感じ取ってはいたカイルではあったが、さすがに獣一匹止める行動に驚いている。
ストッ
子獣の所に歩いていったリールは、横に膝をつく。横向きの子獣を仰向けにして、口に手を当てる。浅い息を繰り返していたように思えた子獣は、ほとんど息をしていない状態にあった。
パクッ
リールは手に持つ花と葉を噛み砕く。
「待てよ! 確かそれは!!」
それ(メルトネンシス)が何なのか思い出したカイルは、あわててリールのそばに走りよる。
リールは、荷物の中から取り出した小瓶の中に入っている液体を口に含み、噛み砕いた物とともに仰向けに寝かした子獣に口移しで飲ませる。
メルトネンシスのことを知る母獣が我に返り、カイルを突き倒す勢いでリールに向かい走り出す。しかし、母獣は、そしてカイルさえも、リールの睨みにまたも動くのを抑えるしかなかった。
コクッと子獣が液を飲み干したのを確認すると、リールは状態を起こした。そして……
「おい!! 大丈夫なのか!?」
カイルのあせった声が聞こえたのかもわからない。後ろに倒れこむリールは、気が遠くなる事は感じていた。
あんなにも騒いでいた森が静まっていた事など、二人は気付きもしなかった。
「……」
「気づいたか」
不機嫌そうなカイルの声が聞こえる。いつの間にかリールは、川べりの木の下に横たわっていた。
声の主は川の向こう岸を向き座っている。リールのほうに振り返ったときには、額に誰かとよく似たしわを寄せていた。
「気持ち悪い」
その事には突っ込まない。頭の上の水で濡らした布をずらしながら起き上がる。
「あたりまえだろうが」
怒鳴りつけるわけではないが、怒りを含んだ口調だ。言葉にとてつもないトゲを感じる。
「メルトネンシス(あれ)は毒草だろ」
「確かに有毒植物ではあるけど、葉は乾燥させれば薬になるわ。ただし、素人は使用禁止」
「そういう事を言っている訳じゃない! なぜあんな事をした!」
ガサァッ
茂の中から小さな子獣が現れた。母獣も続く。
突然の来訪者に気を取られたカイルだが、息をつくと落ち着いた口調で聞いてきた。
「いったい何をしたんだ。お前が気を失った後、母獣が噛殺そうとするところをどうにか押さえたら、子獣が生き返ったのだから」
(勝手に殺すなよ)
子獣は死にかけていたが、死んではいなかった。
「……」
リールは目の前に果物を並べる獣の家族を眺める。白に近い灰色で、翠の目を持つ。リールの視線受けた母獣は、その視線から逃げなかった。
「こいつらがここに案内してくれた。とりあえず水が必要だと思ったんで」
どうやって意思の疎通を図ったかは定かではない。
「ほら」
水の入った皮袋を差し出す。
リールが飲もうとした瞬間。
ザッ――
「お前たちか我らの仲間を助けたというのは」
どことなく暗い、静かな響きがした。
リールたちからさほど離れない川の上流のほうに、腰まで長く白っぽい銀髪に、翠の目を持つ男が立っていた。
――周りにルチルクォーツを従えて。
反射的に剣に手をかけたカイルは心の中で悪態をつく。数が多すぎるのと、リールが使えない状態にある事に。一方のリールは飲みかかった水を飲み始める。冷たく冷えた水はリールの吐き気と頭痛を洗い流した。
(……? これ……)
「お主……?」
男がリールに近づく。カイルは切りかかる態勢をとっていたが、そこに母獣が跳びかかり、上から覆いかぶさった。――カイルは潰された。
「あんた誰よ」
リールは落ち着いているかに見えたが、いきなり現れ近づいてくる男に、明らかに不信そうだ。
「ああ。このほうが親しみよいと思ったのだが、我はセイファート。お主らは獣王と呼ぶようだな」
(……なんだって?)
唖然とするリールのほうに真っ直ぐ近づいてきたセイファートは、怪訝そうな顔から一変して周りの獣を睨みつける。
「タキスト」
一匹の獣が前に出る。
「ガウ」
「この娘からお主のにおいがする。なぜだ」
「ってなによいきなり?」
セイファートはリールの疑問を気にとめもしない。周りからは、その名を呼ばれただろう獣が姿を現す。
「お主が人型を取れる事は知っている。そして森の外に出た事も。だが、人に危害を加えてはならない。この国の外に出る事も許されない」
タキストと呼ばれた獣は声を出すことなく、動くことなくいる。
「――人型になれ」
有無を言わさず命令する口調だった。
一瞬、風が流れたと思えば、そこには、フードで顔を隠した男が現れる。
「あの時の切り裂き魔!!」
成り行きを眺めていたリールは叫ぶ。一方、母獣の下から這い出したカイルは、驚きを隠せない。
「ばれていないとでも思っていたのか」
厳しく、問い詰めるように。怒りを抑えてはいるが、迫力が違う。周りの 獣が竦み上がり、一歩、また一歩と離れていく。
そんな中、問い詰められたタキストは、フードをずらして、セイファートに向かい怒鳴る。
「なぜあんな奴らのためにわれらがこの様な所に押し込められるのですか! われらが苦しんでいるというに奴らは自然を穢し、われらを異端とし、あまつさえこの森で首を吊る! われらが絶望の淵に立たさ れている時、奴らは安穏に子孫を増やし、私利私欲のためにわれらを利用しようとする。 許されるとでも思っているのか!! そこの女! 何をしに来た!! お前さえあの時邪魔をしなければ! 赤子と母親を二つに割れたというに」
また水を飲み始めたリールに言い放つ。
「お前が邪魔しなければ!!」
そう叫びながら剣を抜くタキスト。リールは飲み干した袋を投げて、タキストが剣を構える前に、首筋に剣を突きつける。
「そう、あんただったの。あの後(逃走後)私が、濡れ衣を着せられたのよ!」
見た目冷静そうだったがそんな事ない。だいぶキレ気味で剣を突きつける。
そして、キレるポイントはそこか?
まさに切りあいが始まらないのが不思議なくらい、二人は睨み合う。
「タキストの処分は任せてくれないか」
ほっとくと、二人が手に負えなくなると判断したのか、セイファートが仲裁に入る。ちなみにカイルは、自ら火の中に突っ込んでいく事はしない。
「はぁ!?」
不満そうに声を荒げるのはリールだ。タキストも言う事を聞くつもりはなさそうだったが、セイファートの睨みで仕方なく剣を納める。
「王として、彼に二度と人に危害を加えないようにさせる。当初の目的を果たそう」
セイファートはタキストが剣をしまうのを確認すると、何か自分に言い聞かせるように言う。
「我の仲間を助けてくれたのだろう。これへ」
逃げるように去ったルチルクォーツ達は、王の言葉に反応し、また集まりだした。その中で、さっきリールが助けた親子が前にでる。
「お主に助けられたと言ってきた」
母獣はまだリールに遠慮しているようだが、子獣はリールの足に擦り寄る。
「くー」
まだイライラしていたリールは、子獣を抱き上げ軽く和む。
「で、そのためだけに獣王様がお出ましになったと」
剣を突きつけるほどの警戒心はない。しかし、おじさんにしか見えないとはいえ、相手は聖魔獣。ルチルクォーツの王だ。カイルは固い口調でリールの横から話し出す。
「最近、この森で異変が起きている」
カイルが信用してない事などお見通しのように、まるで動じずに話を進める。
「生まれたばかりや歳のいかない子獣が、次々と息絶えている。このまま行けば確実に我らは滅びる。先の戦いで、ルチルクォーツ(我等)の数は半減した」
リールは時々腕の中の子獣を撫でながら聞く。カイルは腕を組み聞いてはいるが、警戒の目でセイファートを見る。
「今、お主のおかげで一匹の子獣の命が救われたと聞き、ぜひ礼をしたいと思ったのでな。この姿で来たのも、そのほうが警戒されずにすむと思ったのだが……」
周りにあれだけのルチルクォーツを従えていれば、警戒されて当然だ。
「どうしても一人では行かせてくれないのだ。お主らは相当腕が立つそうなのでな」
「……」
カイルは思い当たる節があるようだ。一瞬顔が引きつった。
「あっはははは……!!」
気付いたリールは大爆笑。腕からずり落ちた子獣は、地に着く前にカイルが手に掴み、母獣に渡す。
明らかに不機嫌そうになった男と、笑い続けるので男に睨まれる女を見て、ルチルクォーツに動揺が走る。セイファートも呆気にとられる。
「おなか痛い~~」
ひとしきり笑ったリールが、こらえきれずに呟く。
ゴンッ
「殴るな!!」
怒るリールをカイルは相手にしない。
「もうよいか」
二人が落ち着きを取り戻すまで、セイファートは待っていた。
「ああ! はいはい」
まだ顔はにやけているが、リールはセイファートを見る。カイルはあさってを向いている。
「この森に自殺しに来たわけではあるまい。お主らのようにあえて急所をはずして攻撃をしてきた人間もいた。我らを捕らえ、戦力として外に連れ出すのが目的だった。しかし、お主らはただ森の奥に進んで来ているだけだ。何をしに来たのだ」
「クレイス湖に行きたい」
カイルの視線が動いたことに、リールは気付かなかった。
「クレイス湖?」
セイファートは何のことだかわかっていない。
「大きな湖があるでしょう?」
リールは不審に思い、聞き返す。
「ああ、あそこか。――我らはセレアと呼んでいる」
「セレア?」
「何をしに、と聞きたいが、我は礼を果たすだけだ。案内しよう」
一瞬にして目の前に巨大な。周りに類を見ない白虎が現れる。他のルチルクォーツに緊張が走った。
(あれ? 今……)
翠の目が金の光を帯びたように見えた。
「待ってください!!」
タキストが叫ぶ。
「彼らをセレアに連れて行くのですか!?」
「お前に関係なかろう」
「しかし!!」
「クドイ」
冷めた目でタキストを睨みつける。セイファートはタキストを歯牙にもかけず二人に言う。
「乗れ」
巨大な白虎の背に、リールが前にカイルが後ろに乗る。二人が乗ってもま だ人が乗れそうだ。サラッとした毛は、リールの手のひらを滑る。
不意にセイファートは、呆然としている仲間を残し走り出す。あっという間に川べりを離れ、深い森を進む。不思議と何かに激突するという不安は起こらない。木が、森が、セイファートに道を空ける。
周りの景色を認識した時には違う景色が映る。どれくらいのスピードなのかもわからなかったが、手に伝わる獣の鼓動。二人は、のんびり風に吹かれる。
「ねえ」
背に乗るリールは前に抱いた疑問を口にする。
「なんであんなことになったの?」
何のことだろう。考えをめぐらしたセイファートは答えを出した。
「キリング・タイムか」
リールは頷いた。カイルは答えの見当はついていたので何も言わない。
「……我等(聖魔獣)は、元来獰猛な性質を持つ。お主ら」
「リール。これがカイル」
振り返らず、右手の親指だけ後ろに向ける。
ふっとカイルは口元を緩ませる。いつ名乗るか楽しみにしていた。相手が何であれ、こちらだけが名を知る状態は、リールが好む事ではなかったから。
「リールにカイルか。――森を入ってからずっと攻撃の対象とされたであろう。もともとはあれが本性だ。獲物を襲い、肉を食らう。自分と同じ体格の者だろうが空腹を満たす餌とする。仲間と連れだって襲いはするが、同属の結束はないようなものだ。今だってそうならんとはかぎらない。かろうじて王が押さえつけているだけだ。しかし、あの時は違った」
言葉にあるのはなつかしむ響きだ。
「すべての種族が個々の種族として独立し、他との関係を持たなかったのに。……あのころは皆同じこの地の上で、見えない境を作ることなく好き勝手に走り、海を渡り、人との交流を持った。――他の種族と交流を持つ事ですら異例の事なのに、人間とまで」
セイファートは自分をあざ笑った。
「もちろん、良い事もたくさんあったし、心地よい日が続いた。だが、人よりも長い寿命を持つ我等には、あの時は一瞬の出来事にしかなら ない。――そう思っていた。いつ我等の本性が現れるか。他を受け入れない我等だ。
――しかし、いつしかそんな考えも忘れるほど、我は満たされていた。
知っているか。古来より聖魔獣は同じ大陸に生まれ住んでいた。そのため、絶えず争いが起こった。他の種を滅ぼし、大陸の、世界の支配者となるために。それが変わったのは、聖魔獣を受け入れた人の存在が合った。大陸に移住した人の存在が、聖魔獣の仲裁の役目を果たした。我等人の言葉を理解した。人も快く我等との話しに応じた。川でアクアオーラが人を運び、レピドライトはよく人を空の旅に連れて行った。地上ではルチルクォーツとオブシディアンが人を運んだ。皆同じだ。人も聖魔獣も同じ 森で、町で、村で暮らしていた。同じことで喜び、悲しみ、眠り、楽しみ……。我の右にはいつもフェルカがいた」
(誰だよ!)
リールのつっこみに答えることはない。
「――あれを、幸福と言うのであろう」
今のセイファートは、長い年月を生きた年寄りに見えた。二人には親しみよい父親のようだ。という感覚しかなかったので、初めてセイファートが長い年月を生き抜いた獣なのだと気付かされる。
「崩壊は突然訪れた」
沈黙の後、セイファートは言った。
「聖魔獣の本性を考えれば当たり前の事だ。幸福がいつまでも続くわけがない。――きっかけは本当に些細な事だったが」
―――(「どっちが強いの?」)
「あの日、我はいつものようにフェルカと歩いていた。道の前からオブシディアンの王。いや、ヴォルケーノが来ておった。背に人の幼子を乗せて。珍しい事だった。二つの種族の王がすれ違う事など。そのまますれ違う事はない。四人で話し始めた。そこで、その幼子が行ったのだ。「どっちが強いの?」と」
「……」
「……は?」
「きっかけはそんな物だ。ただ、あのころの我等の本性を浮かび上がらせるには十分な言葉だった。――いや、何でもよかったのだ。我等が安穏に暮らせる。理性を保てる限界が来ていたのだろうな。我とヴォルケーノはすぐに「それは我・儂だ」と答えた。――まだ あのころは若かったのでな。それからだ、互いに互いを傷つけあう事となったのは。止めに来た一族。人間。――いつからか、周りは血の海だった。違う種族同士が争う。小さな火種はすぐに火をつけ、飛び火した。大陸すべての聖魔獣が争う事となった。他の大陸にいた者まで海を越えやってきた。波を荒らし、地を揺らし、空を濁らせ。大地を、天を、海を、引き離した。
――惨状は知っておろう。
そんな時だ。キギロンが現れたのは。彼等は我等を止めた。そしてこの場に我はいる。我とキギロンは友だった。いや、なったと言うべきか。――友はよく一人で我を訪ねてきた。いつもそうだ、森の中で我を呼びながら歩き回るのだからな」
セイファートは苦々しそうに笑いながら言った。
「何事かと行ってみれば、この国の名を考えろと言われた。友なりに我をきづかったのだろう。ルチルクォーツは孤立していたからな。それを元に首都の名を考えるからと。
「早くしろよ! 俺の即位の日までにな」
……次の日だったのだがな」
軽くお怒り気味。
「その後も、たびたびやって来ては、やれ「妻を連れてきたいがそれは叶わん」だの「大臣が小うるさい!」だの、ぼやいていた。――そのうち、娘を連れてきた」
あの場所(セレア)で友は言ったのだ。
「いつか俺は死ぬだろう。だから、お前に頼んでおく」
天気の良い日だった。
「おとうさま~」
そう、シェイレンは我らの周りを回っていた。
「この子の未来を。これからを。この国を見ていてくれないか」
「我はそんな大それた事は出来ん」
「お前に見ていて欲しい。俺の理想の国を作るからお前に見てもらいたい。俺の夢が叶うところを!」
「ユメ?」
「そうだ! 俺の夢は……」
友は長く王の座にいなければならなかった。人の期待と、尊敬の中で。人々はいつまでも英雄(友)の統治を望んだ。だからであろう、日が経つにつれ友はなかなか来なくなった。友がやってくる事、それはいつからか我の楽しみとなっていた。そのうち、友が来た時に我は違和感に気付いた。最後にあったのはほんの少し前のはずなのに、来るとき来るとき、友は年をとっていた。それから、たまに来るシェイレンが、夫を連れてきたと思えば、赤子を抱いてやって来た。
――最後に来たときは、シェイレンと一緒だった。もう一人では動けなくなっていた。あのころの友と話しぶりは少しも変わらず、我に言った。
「約束を覚えているか」
「ああ」
「どうやら、俺が叶えられそうにない」
友は自分の手を眺めていた。
「年を取ったようだ。体も、周りも、思うようにならん」
「……」
我は何を言えばよいかわからなかった。
「もう一度、セイファート、お前と、ルチルクォーツと、聖魔獣と同じ時を過ごしたかった」
あの時の、我に話をした時と同じ目で我を見て言った。我が息を呑んだ事に、友はわかっているという風に笑った。
「でも、俺では力不足だったようだ」
(「今話したらつまらないだろ、叶った時だ。セイファート、お前に俺の夢をおしえる!」)
あの時の続きをあんな形で聞く事になろうとはな。
それから、しばらくは誰も来なかった。
そして、シェイレンの息子がやってきたとき、我は友の死を知った。ロウラルセイは、我らをここに一生閉じ込めるつもりであった。でも。シェイレンがそれに反対した。
「何を考えているのよ! 彼らは、ロウセイお前の部下じゃない。彼らが出て行けないのはこの国の外。この森の外じゃない!」
「お言葉ですが、母上」
「彼らが出てはいけないのはこの国よ」
「シェイレン。もうよい」
「本人がよいと言っているのですから、母上は下がっていてください」
「ロウセイ。お前がいくら不可侵条約を結ぼうとも、ルチルクォーツはこの国中を歩ける。エルディス国キギロン王が長子、シェイレイン・ビオレラル ド・エルディスが定める」
シェイレンは我を見て言った、
「貴方を縛るのは、森ではない」
それから先は、シェイレンが来ていた。しかし、日増しに足が遠くなり、ついには、一通の手紙だけとなった。
――我は森の外へは行けるが、この国を出る事はならなかった。
それからの我は他に関心を持たなくなった。今回の事も。タキストが森の外に出た事も知ってはいた。だが、何をしていようがまるで気にしなかった。
ただ、……ただ一度だけ、森を、エルディスを出た事がある」
リールは目を見開き、カイルは咎めるような反応をした。
――二人とも、声には出さなかったが。
「フェルカに、あのときの幼子に会いに行ったのだ。あの道のある場所へ。あの時いた村に。――行ってみれば、そこは海だった。我がフェルカと歩いた道、あの村の在る場所。そこは、そこは聖魔獣(われら)がキリング・タイムでキリング・タイムであのとき沈めた、エルン大陸の上だった」
「「………」」
「年寄りの長話はここまでにするとしよう」
ザァッ
視界が開けた。
「セレアだ」
そこは、深翠の湖だった。湖畔に降り立った二人は、しばらくそこに立ち尽くした。
風もないのに水面は揺れている。何かが沸き立つような、そんな感じだった。波紋が現れたと思えば、風に吹かれたように右から左へ、左から右へ水が揺れる。どうかしたら、揺れた水が左右からぶつかり合う。
どこからか流れが生まれ、そして、止まった。
水面は、もう揺れていない。
「ここにクォーツが」
言葉を失っていたカイルは、我に返り湖の端に移動する。あと一歩で水の中だ。リールはこの場の美しさに呑まれていたが、水を前に止まっているカイルの後ろに回り、マントを引っぺがす。
バサッ ゲシッッ バシャーン!!
そして背中を蹴り飛ばす。
「お前なあぁ!!」
水面に顔を出したカイルは叫ぶ。
「うるっさいわね! 用事があるならさっさとしなさいよ! 固まってないで!! この中なんでしょうが!?」
「………」
黙っていたカイルは、無言で水の中に沈んでいった。
「……っったくっ」
パシャッ
両の足の履物を脱ぎ、膝下までを水につける。
「恋人か」
ガクゥッッ!
リールはこけた。
いつの間にか人型になり、リールの後ろにやってきたセイファートは、こけたリールを見て不思議そうだ。
「違う違う」
頭と頭の前で手を振りながらリールは否定する。
「お相手がいるし」
訝しく思ったセイファートだが、その事にはもうふれず別の話題を振る。
「なぜ彼はセレアのみならず、クォーツの存在をも知っているのだ。この事は一握りの人物しか知らないはずだが」
「一握りってのは~?」
「キギロンだ」
「じゃぁ知っていても不思議はないわ」
「?」
「カイルの本名はエルカベイル・ビオレドラル・エルディス。第83代カルバード王が一子。そして、次代の国王なんだから」
「なんと!! 彼はキギロンの子供か!」
「……正確には子孫ね」
昔の資料か、カルバード王の日誌(あるのか?)にでも記述があったのだろう。城の書籍室には、それこそ何万と本があるはずだ。
(まぁ、閲覧禁止でも無理やり奪っただろうけど。――それか盗んで)
そして、カイルの部屋カイルのに散乱する本を元に戻すのは、絶対レランだ。
「では、リール。お前は?」
「……昔の、旅仲間よ……」
声にはっきりと現してみると、心に消していた引っかかりを思い出した。
水の中は深く、暗い。下へ泳ぎ進むカイルは、まるで行き着く先がないような錯覚に囚われた。
だが、進むうちにカイルは、下が明るくなっている事に気付いた。下から、泡が上へと浮かんでいく。波紋の正体はこの泡にあったのかも知れない。とカイルは考える。濃い水の中、一瞬目をつむり開いたカイルの周りに、外から見た水の濃さが嘘のように、透明感のある薄翠色の水があった。
(息が……)
見上げてみると、濃い色の水と薄い色の水の境が見える。カイルの上、底から一定の高さから深い翠の水だ。
(ここは湖の底?)
周りの景色が揺らいでいる。水の中にいることは確かだ。
「なんで息できるんだ?」
答えはすぐに見つかった。
「これ……か」
カイルの探し物。クォーツがそこにはあった。
まるで、幻のような場所だった。上は何かで仕切られるように、深翠の水が揺れる。その下では、カイルの足元に七角形で先の尖った水晶(クォーツ)が、底の白い砂から生ずる。同じところから何本も生じるすがたは、遠くから見ればただの針山にしか見えないだろう。そのクォーツから、まるで呼吸するかのように泡が生まれ昇っていく。それが、上に境目を作っているとカイルは判断する。一定の量が地上に上がるように調節されているのであろう。もちろん、水の中であることに変わりはない。カイルの髪が、服が、水によって揺れる。
しかし、底に足をついて歩き回っている事も事実だ。カイルの周りの水は透明感ある薄翠なので、遠くまで見渡せそうな気がする。実際には水の揺らぎのせいで、距離が遠いか近いかは簡単にわかりそうもない。
「見える?」
ここは光の届かない湖の底。――クォーツの光に照らされる。
周囲の状況を整理したカイルは、近くのクォーツに手を伸ばす。
……ピタ
伸ばした手が、あと少しでクォーツに届くというところ。本当にすぐそこだ。あと5cmもない。
「……これが見つからなければ……」
カイルは自分の口から出た言葉に息を呑んだ。
「……諦めが悪いな。俺も――」
カイルは、自嘲気味に笑った。
――(「貴方と一緒に行ってしまえば、私の願いは叶わない」)――
*
「俺と来ないか?」
――伸ばした手は掴まれなかった。
ずっと続いてきた街道は、無惨にも道を二つに分ける。
「じゃあね」
「ああ」
一人となり、別々の街道へと進む。
二人は振り返ることなく、自分の道へと進んだ。
*
「なんで、今になって……」
(「あんた一年あったんじゃないの?」)
リールの言葉だ。
「だからだよ……」
別れて帰って来た。そして、一人で帰ってきた事を見て、母親はティアイエル(婚約者)を連れてきた。彼女(ティアイエル)と話をしていないのも事実だ。いや、話したくないと言ったほうがいいだろう。だが、いつまでもこの状態を続けるわけにも行かない。
一年。諦めをつけるのにちょうど良かった。
「……本当に、なんで今になって」
カイルはクォーツを折った。
「で、この中何があるのよ?」
翠の水を、湖を指差す。
カイルが沈んでからリールに何か言いたそうなセイファートは、リールの問いに少なからず驚いたようだ。
「リール、お前知らずについてきたのか?」
「話さないんだから仕方ないでしょ」
両手を広げて御手上げだ。
「この湖の下で、クォーツが生じている」
「ふ~ん。で、それ何?」
「水晶だ」
「この国の特産物~」
「聖魔獣それぞれに自然に与える影響がある。その力が集中した所に何かの 産物が生まれる。それがここでは、いや、我等……ルチルクォーツではクォーツだった。そして、その力はエルディスの土地に影響したようだ。そして、一番力が強いのはここだ」
「あんたら(ルチルクォーツ)の名前に由来でもするわけ? この森の水がおいしいのもそのせえ?」
「この湖全体が、力を持っている」
「ふ~~ん」
また揺れ出した湖を眺める。
「生きてるみたいね」
――ザバァッッ
リールからさほど離れていない所に、カイルが顔を出した。
「おかえり~~!」
ひらひらと手を振るリールのほうに、カイルは泳ぐ。
「よっっ!!」
岸に上がったカイルは服を絞る。
「見つかったん?」
「ん」
カイルは手に握っていた物を渡す。
「へ~~」
頭の上に持ち上げ、光に透かしながらリールは水晶を見る。太さは親指と人差し指で輪を作ったくらい。長さは10cmくらいの物が二本。リールの手の中にある。
「行くか」
「いってらっしゃい」
服を絞り終わった後。着替えたほうが早いと思ったのか(そりゃそうだろ!)。どっかで着替えてきたカイルは戻ってきた。(帰る用意までしてきた)ここにいる用のないカイルは、リールの返事に驚いてリールを見る。
「私は残るわ」
カイルを見ながら言う。そして振り返って、セイファートに言う。
「メルトネンシスの使い方を知りたいでしょう?」
「おしえてくれるのか?」
セイファートは驚き、そしてほっとしたようだ。できる事なら、これ以上同族を失うわけにいかない。そのために、リールの子獣を助けた治療法が知りたいと思っていた。
「もちろん。できたら子獣の倒れる原因も突き止めたいし。私の教えは厳しいわよ~」
「そう……か……」
カイルはリールをずっと見ていた。わかってはいた。もう、あのころに戻る事はないだろうと。だから、ここに来て採ったクォーツを加工して、ティアイエルに渡す予定だった。別れて一年目、区切りをつけるつもりで。
「これを加工する時は、最後にこの水をかけるように」
いつ持ってきたのか。いきなりセイファートがリールの投げ捨てた皮袋を湖の水でいっぱいにしてカイルに渡す。
その袋をカイルに押し付けた後。手を二人の前に出す。
「何?」
さらに何か出てくるのだろうか。リールはわくわくしている。
(なんでお前がそれを持ってるんだ!)
カイルは突っ込みたくてしょうがない。
二人の目の前でセイファートの目が金色を帯びる。差し出した手の上に手のひら大の球体が生まれる。中にはカイルが湖の底で見た水と同じ色の炎が燃え、揺れる。
「あとはこの火を使え」
「キレ~」
水を見ていないリールは、ひょいっとそれを手に持つ。
「お前のじゃないだろ」
さらに上からカイルが奪う。
「え~~」
リール不満そう。
クォーツと球体をしまったカイルはリールに言う。
「じゃあな」
「……うん」
声はいつもと違いかすれるようだった。なぜ違うか、リールは知りたいとも思いたくなかった。
「タキスト。森の外まで送ってやれ」
……ガザッ
恐る恐る現れたのは、タキストに他のルチルクォーツ。さっきの親子だ。話している間に追いついたのだろう。
「……ぅ~~乗れ」
(さっきまでの勢いは?)
リールはタキストの勢いのなさに驚く。王の言う事は絶対のようだ。
「この場所を離れたらお願いする」
カイルはセイファートに向き直る。
「助かった。ありがとう」
「我はカイル。お主のためでなく、リールに礼をしただけだ」
素っ気無いというか。
ふっと笑ったカイルは、リールを見る。
パチッと視線の合った二人だが、カイルはもう何も言わずリールに背を向けて歩き出す。タキストはセイファートに一礼し、後ろに続く。
「……ぁ……」
小さくリールが声をあげた事は、気付いていたかもしれない。
(……当分は森での生活……か……)
どんどん森の木々の間に消えて行くカイルの姿を見つめながら、リールはぼんやり、そんな事を考えていた。
数ヵ月後に行われたエルディス国第一王子の婚約の儀。そこでの民の喜びの声は、深い森の奥の奥まで、響いてきた。
***
部屋の窓のカーテンの隙間から、日の光が、そしてガヤガヤとした人の声が聞こえる。ここは町の大通りに面した二階建ての宿屋だ。その中にある小さめの一人部屋で、窓が一つ。もう昼すぎだというのにまだベッドで寝ていた人物は、町人の活気ある声に起こされ、大通りに面したこの部屋に案内した宿の主人を軽く恨んだが、起き上がった。
窓を開けると、人の声が風となり髪をゆらす。
窓の下に広がる景色を、窓際にひじをつき眺める。あえて、振り返るのを避けるように。
ずっとそうしてもいられない。伸びながら振り返ったリールは、ベッドのそばにある小さなテーブルに置いてあるペンダントを眺める。小さな水晶の光は、リールの心を晴らさない。
あの後。カイルと別れて数日後、レランが馬を走らせ森の前にやって来た。
「エアリー・リール。出てこい」
「……何しに来たのよ」
レランの声を聞いたルチルクォーツに、自分の呼びだしを聞かされてやって来たリール。レランはその言葉を聴く気はないのだろう。いきなり紙袋を投げつける。
パシッ
なんなく受け止めたリールは、ガサガサと開けて中身を出す。
ジャラッ
取り出したのは片手ではあまる大きさの布袋。紐で口を縛ってある。中身が何か考えなくても、リールにはわかる。
次に出てきたのは半分に折りたたまれた紙。丁寧な筆跡で一言。
【どうせ万年金欠だろ】
グシャッッ
勢いよく紙を握りつぶしたリールは、ポイッっと後ろに投げ捨てる。
最後に出てきたのは小さな袋、手のひらに乗るサイズの紙の袋だ。
開けてみれば、先に水晶がついているペンダントが入っていた。
「あの時の……」
石の光を見ればわかる。カイルが湖の底から採った水晶が、リールの手の中にある。
しばらくペンダントを見ていたリール。そのせいで、レランが馬を走らせて帰って行く姿に気づいた時には、もう遅かった。
「……返品不可?」
すでにレランは豆のようだ。
(あれ(レラン)もつくづく苦労性ね)
リールが中身を確認するのは見ていたはずだ。そして、リールにこれを渡すためだけに、ここ(デンスネス)まで馬を走らせたのだろう。命令で。きっとカイルは、普段とかわらない口調で言ったはずだ。
それこそ、「渡してこい」の一言ぐらいだろう。
そしてセイファート。彼はリールが森を出るとき、人差し指の先に生まれた光を水晶の中に宿した。
「ヴォルケーノにあった時、渡してくれ」
「……」
普通に道を歩いていて、聖魔獣にあうことなど皆無だ。
捨てるに捨てられない水晶から視線を外し、服を着替える。剣を刺し、ネックレスをかける。今日この町を発つ予定だったが、とりあえず食事だ。持っている荷物をすべて持ち部屋を出た。
――階段の踊り場にあった小さな鏡に映る自分を見たとき、リールは水晶を服の下にいれていた……。
一階の酒場は、昼は食堂となっている。昼の修羅場の時間は過ぎたらしい。誰もいない食堂の中、宿のおばさんはカウンターで一人葉巻を楽しんでいる。
「なんだい。今頃起きたのかい」
宿のおばさんは、昨日遅くにやって来たリールをおぼえている。
「おなかすいた。安くて、量があって、おいしいもの」
「今はもうお昼の時間は終わったよ」
「……料理なし!?」
昨日は夜遅かったので、食事にはありつけなかった。それを楽しみに下りてきたリールは固まった。
「冗談だよ。あまり物でいいかい?」
葉巻の火を消し、おばさんは立ち上がる。
「いただきま~す!!」
「……」
宿のおばさんは言葉を失った。
「ここは開いているのか?」
外から宿に入ってきた男が言う。対応に行ったおばさんが、今日の料理は終了した。正確には、あそこの彼女が食べているので最後だと、男に告げる。
「……」
入り口に背を向け、テーブルの上に並ばれた鍋に直接スプーンをつっこみながら、ちゃくちゃくと中身を平らげる女剣士を見て、男は何を思っただろうか。
「ごちそうさまでした」
何も余すことなく残り物を平らげたリールは、手をあわせる。
コトッ
その目の前に、デザートとしての甘いものが置かれる。
「たのんでないわよ」
持ってきたおばさんに言う。残り物でない事は確かだ。
「あそこのお客さんが出してくれって」
おばさんは入り口近くのテーブルに視線を向ける。リールも振り返る。しかしそこには、お酒のグラスと支払いのコインのほかは、何もなかった。
「ん~~……」
大通りは夕方ともなり、また人が増えていた。小さな露天が並び、あちこちから値切りの声がする。この時間帯は、馬や馬車を走らすのは禁止のようだ。馬を連れる人は手綱を引き歩く。
とりあえず一晩分しか宿代を払わなかったので、リールは宿を出るしかない。歩く足は町の中心部に向かう。ここは、エルディスの西側から船を出したとき、一番初めに着く島だ。コリーク島には山が一つあり、その南側と北 側に一つずつ町がある。{北の町―オル}にリールは入った。
道の先の広場にリールは出た。その向こうにある山の中腹に{オル}の領主の邸がある。広場にいる人の分類はいろいろだが、ある種の集まりが一つの看板に集中していた。
「なんだ?」
特に剣士や傭兵など、戦う術を持つ人がいる。看板に貼られた文字はまだ新しい。
リール風で簡単に書いてあることをまとめると、「今日これから、邸で腕の立つものを集める」ようだ。
集合は日が沈んでから少したった、灯の光が必要な時間帯だ。邸の門をくぐったリールは、すでに前庭に多くの人がいることに驚く。
人々を見渡した後、リールは真っ直ぐ、古いマントを着た男に近づく。
「ごちそうさま」
突然の声に振り返った男は、リールの言葉に驚き唖然としている。
「お前……」
声を出したその時、
「静粛に、旦那様からお話がある」
門を閉じる音がする。庭にいる人たちの視線は、バルコニーに現れた男に集中する。
現れた領主は周りの者を沈めるような行動の後、話しだした。
「お前たちを集めたのは他でもない。私が仕事の依頼をしたいのだ」
ざわつきだした群集を一瞬にして黙らすつもりだろうか。
「しかし、私は使えるものしか雇うきはない。無駄に報酬を払う気もない。そこでだ、今からお前たちの採用試験を行う」
リールが黙って話を聞く中、抗議や非難の声が上がる。
「内容は簡単だ」
自身に向けられた言葉を、いや、騒ぎ出す者たちは必要ないとでも言いたげに、声を荒げる者たちを相手にしない。開いた手を上げる。
「五人」
何のことだかわからない者共は唖然としている。騒ぎの声はおさまり、静まりかえった。
「今から、立っている者が五人になるまで戦ってもらう。殺しは禁止だ」
集まったものは軽く三十人くらいになるだろうか。
「使う獲物は個人の物だ。ただし、邸を壊したら損害額を払ってもらう。時間制限は私が見て決める。――質問は。……ハジメ」
キィンッ
ガンッ
あっけにとられている場合ではないようだ。周りではすでに行動を起こしたものばかりだ。皆一様に得意技を使い、近くの者同士斬りあい、打ち合いをする。中には、飛び道具使用者がいたようで、リールの横を一本の矢がか すめ通る。
「オリャァ!」
なぜだか複数人の的になった(お前ら初対面だろうが!)リールは、とりあえず襲ってきたものをたたき倒す。
ゴッ スッ ドガッ
自分に向かい攻撃してきた者を昏倒させ、飛んでくる矢をかわし。男はあせりながら振り返った。
(さっきの娘は?)
複数の人物に襲われていたようだったが。
チャキ
「……」
何の心配もいらなかったようだ。さらに襲われてもいいように構えている。一箇所に積んである人の山は、リールが叩きのめした者共だ。
パン。パンパン。
「すばらしい」
旦那様と呼ばれた領主は、終了の合図と言いたげに拍手をする。
「君たちで五人だ」
「あ?」
リールは振り返った。
広い庭に立つもの。剣士が二人、弓使い、チャクラム使い、そして槍使い。計五人。ただ、槍使いはチャクラム使いを今にも倒しそうだが、つまらなそうに手を引いた。
ガクッ……ドサッ
「入りたまえ。合格者達よ」
バルコニーの下の正面口が、中から開かれた。
「呼び名だけ聞いておこう」
案内された先は食堂。丸いテーブルに椅子が六つ。領主の前で食事会となっ た。
「つまり、明日お嬢さんを[南の町―ネイ]につれて行けと」
静かに食事をしていた弓使い・センが言う。
「そうだ。ここ数ヶ月の間、山を越え[ネイ]に向った者から狼に襲われたという報告を多々受けたのでな」
(護衛しろと~)
「馬車で行ってもらうので、一日で行けとは言わない。だが、二日あれば十分だろう。もちろんお前たちを雇うのだから報酬は払うが、私が払うのは前金だ。残りの報酬は[ネイ]の領主に同じだけもらえる」
(ふ~~ん)
ぱく。
黙って出された食事を食べながら、リールは耳を傾ける。そして隣に座る剣士のおじさんは、自分の見ている光景が信じられない。さっき宿屋であんなに食べていなかっただろうか?
剣士・ラバリエは、リールと名のった少女をあらためて見る。あの時、宿屋で彼女は自分の事を見なかったはずなのに、自分に礼(?)を言ってきた。そして、あの試験にも実力で受かった。周りに積んでいた者共は、剣で斬りつけずに叩きのめしていた。
(おもしろい娘だ)
のんびりと気の進むままに食事をする。
ぱくぱくぱく。
話は聞いているが見られていることは全くきにせず、リールは食事を平らげ続ける。
「海路を使えば早いのではないでしょうか」
震える手でグラスをテーブル上に置くのみ。隣の男の顔色を窺いながら、チャクラム使い・レステッドが恐る恐る提案する。
「今、海流は年の内で一番荒れる時期だ。島の周りに九つの渦が生まれ、通れる海路は二つしかない。島の周りを回る事は、渦に呑まれる危険がある。それに、向こうの海域には怪物が出るのでな」
「えぇ!? そうなんですか……」
レステッドが沈黙すると同時に、食事をする音、ナイフとフォークの重なる音しかしなくなった。椅子には、入り口の正面に領主。そこから時計回りに、セン、レステッド、ガドル、リール、ラバリエの順に座っている。
「部屋の準備はしてある」
領主は、質問のない事は当たり前のように話を打ち切り、部屋を出た。
槍使い・ガドルは、食べもせず、飲みもせず、ずっと領主を睨んでいた。
ガラララ……
(なんだかな~)
領主の用意した小型の馬車が山道を進む。小さな馬車は四人ほどしか乗れない。しかし、中には三人しか乗っていない。手綱を握るものが必要なので、六人全員が中に乗る事はないが。
チラッ
ひじを突き見ていた青空から視線をはずし、正面を見る。
(「嫌ですわ、こんな狭い中にぎゅうぎゅうづめなんて!!」)
領主の娘セラセニアは、二人は座れる椅子を一人で悠々と座っている。
隣のガドルは目を瞑り、微動だにしない。
(はぁ……)
心の中でため息をついたリールは、ほとんど景色の変わらない森の木々を見る。時間は、もうすぐ昼になるだろうか。
ギイィィッ――
「よかったと思いません?」
邸にいた奥方は領主の執務室に入るなり、窓辺に立ち外を眺める夫に近づきながら話しかける。
「なんの話だ」
「何をおっしゃいますか。いくら雇われているとはいえ、殿方ばかりの中にセラセニアを置くわけにはまいりません。御一方、女の子がいたでしょう。それに、これで[ネイ]とのゴタゴタも一段落するでしょうし」
「……重要なのは馬車が向こうに着くことだけだ。あれ(セラセニア)がどうなろうとも」
「は? 何かおっしゃいました?」
やっと声が普通に届くほど近くに、隣に立った奥方が聞き返す。
「いや。――何事もなければよいが」
「昼夜を問わず、獣の群れに襲われると言いましたよね」
「生き残りの報告ではな」
「なぜ突然このような事に、無事であるといいのですが」
「そのための護衛だ」
「それはそうですけど……」
(そのための、護衛だ)
館の後ろに広がる山。どこかで馬車を走らす者達の安否を祈るのは何のためだろうか。
馬を休ませる事意外は休憩を挟まず、ずっと道を進んでいる。相変わらずセラセニアはこちらを見下しているし、ガドルはまるで眠っているようだし。リールは手綱を握る事を替わるつもりだったが、(「嫌です、殿方のみとこんな狭い中にいるなんて」)セラセニアの一言で目的地に着くまで座っているだけとなった。
それにレステッドはガドルと一緒にいることを拒んだし、センは狼が現れた時、自分の力がいると言う。結局、手綱を握るのはラバリエとセン。後ろの、人が座れなくもない台に座り込んだのはレステッドだ。
そして結局のところ、何事もなければ元から護衛など不要だ。
リールは剣を抜く。ガドルは馬車の中の狭さに悪態をつく。
「な! なんなのよいきなり!!」
セラセニアは突然沈黙を破った二人の行動に驚く。
「黙ってろ、死にてえのか」
「な!」
バァンッガンッ
セラセニアの非難の声より先に、馬車は激しく揺れた。
外でも、何かの気配を察した三人は動く。
「私がやる」
握っていた手綱をラバリエに渡し、センは進む先に矢を向ける。近づいてくるものは狼。群れを成し一斉に近づいてくるが、センは先頭に立つものに弓を引いた。あっという間に多くを殺す。しかし、積み重なる獣の死体を避 けるため、おびえる馬を抑えるために、馬車は街道を離れるしかなかった。
(しまった)
街道を離れ、今や道なき森を馬車で無理やり走り進む。センが弓矢で、レステッドがチャクラムで獣を殺していくが、いかんせん数が減ったように思えない。
(このままでは……)
ラバリエは自分の剣を見る。それに、中にはもう一人剣士と槍使いがいる。この三人は馬車が走るこの状況では本気で戦えないだろう、どこかで停まったほうが自分たちも応戦できる。しかし、隣で矢を射続ける男を見る。
プライドの高そうなこの男は、はたしてこの提案をうけいれるだろうか。
バァンッ!
馬車が左に傾いた。
「!」
驚いて振り返ると、数匹が馬車の横を走り入り口に体当たりをしている。
「ガウァアッ」
一匹がもう一度体当たりをしようとした瞬間。
バン! ザシュゥザンッッ
開いた入り口から出てきた剣に切り裂かれた。
「ちょっと! いつまで走ってるのよ! いい加減で停まりなさいよ!」
顔をだしたリールは前に向かって叫んだ。
「そのとおりだな」
馬車の中ではガドルが槍を取り出した。短く折りたたまれた槍は、引き伸ばして使う。セラセニアは何が起こっているのか理解できないのかしたくないのか、悲鳴を上げた。
「停まってしまったら食われてしまうわ!!」
「アホか。このままじゃどの道お陀仏だよ。死にたくなかったらおとなしくここにいろ」
外では馬も逃げ出しそうだがそれをラバリエが押さえる。森の切れ目、少し開けた場所。切り立った崖の下で馬車が停まる。
「出番だ」
ガドルはさっさと出ていった。リールは震えているがこちらを睨むセラセニアに言う。
「雇われているんだから仕事はこなすわ。ただし、勝手に外に出ないでね。あなたが逃げ出して殺された事にまで、責任持てないもの」
「見捨てるき!?」
「ちがうわ。護衛してやるからここにいろってこと。勝手に動かれるとこっちが迷惑なの」
返事を聞かず馬車を出る。そして外から入り口を閉める。鍵をかける事が出来ないので、紐で持ち手とその下の車輪を結ぶ。
「これでよし」
きつく紐を結んだリールが振り返ると、ドコかで見たような光景が。しかし、あの時のほうが迫力あったなと、のんびり思う。
馬車を取り囲むように並ぶ五人の人物に、狼は一斉に襲い掛かった。
「チッ」
センはここに来て初めて不機嫌そうだ。
(なんだってこんな事に)
そう、自分の弓の腕前を持ってすれば、こんな獣などに苦戦する事などないはずだった。しかし、今ではなれない接近戦を行うほかどうしようもない。鏃を直接額に突きつける。ちなみに、矢は領主にこれでもかというほど用意させた。
「しつこいんだよ!(……は!)」
気付いたら、左から狼が襲ってきていた。
(しまっ――!)
ザンッ
横から、ラバリエが応戦する。
「これを使え」
センが受け取ったのは、剣というには短い、しかし、短剣よりは長めの剣だ。
「……」
「もうおしまいか」
がばっ!
勢いよく顔を上げたセンの見たものは、狼の群れに突っ込んでいく二人の人物と、援護すべく構えるレステッドだ。
「おりゃぁ!」
「は!!」
槍使いと女剣士。ガドルとリールは、狼が近づく範囲を徐々に遠ざける。二人の攻撃範囲に入らない場所を、レステッドがチャクラムで補う。広い範囲というよりは、大きな群れから外れた狼を主に攻撃の対象にしている。
「気を抜いている暇もないと」
ラバリエは馬に噛み付こうとする狼を切り裂く。そして、五人に聞こえるよう声をあげる。
「どこかに群れを引き連れてきた頭がいるはずだ」
「知っている」
「探してはいるんだけどね」
「ごめんなさい。わからないです!」
「……」
「簡単にわかるところにはいないようだな」
「どっちにしたって、ザコより前に出てくるはずないじゃない!」
リールは向かって来るものの相手をしながら、自分から正面に突っ込んで行った。
「じゃまだ~~!!」
どうやら、群れを成す狼も底を突きはじめていたようで、突然、リールの前にこれまでの狼の三倍はありそうなのが現れる。だがしかし、そのサイズに見慣れていたリールは……
ザアァンッ!!
「ギャゥウッ!」
首元に斬りつけ、すぐに距離をとる。
ピクッ
「!!」
「なっ!」
「ほぅ」
リールが最後に切りつけたのが頭だったのだろう。群れを成していた狼の勢いが消えた。
自分を切りつけた人間を睨みつけていたような狼の頭は――仲間をつれ走り去った。
――後に残された人間は、セラセイアの怒鳴り声を耳にした。
「何処に行ったんだ」
薪を集めに行っていたセンは、帰ってきた所に二人しかいない事を不審に思い、食事の用意をしているラバリエに聞く。
あの後、とりあえず馬車の中から救出されたセラセニアの一言目はこれだった。
「なんなのよこれ~!!」
「お風呂に入りたいんだそうなんです」
水を汲んできたレステッドが言う。
とりあえず狼の死体で埋まった崖下を離れ、また馬車を走らせてきた。ひとまずは落ち着いたのか、その後襲われる事はなかった。
日も暮れ、もう馬車を走らせる事が出来ない。少し開けた場所にとどまり、今日の夜はその場で野宿(セラセニアは馬車の中だろうが)になった。
まぁそこでもまた騒ぎ出したわけだ。
「なんですって?」
最年長のラバリエは、今日の野宿の場所を決め、センに薪集めを、ガドルに獲物を捕らえるように言った。ちなみに、夕食に狼を食べよう! という リールの案は却下された。二人が行動に移った後、どうやらやっと話が理解できたらしく、セラセニアが聞き咎めた。
「ですから、今日はここで寝る事に……」
「ありえませんわ!! どこでどう寝ろと言うのですか! それに、お風呂はありませんの!?」
「……。レステッド、水を探してこい」
「聞いていますの!?」
「リール」
「ん~?」
「人の話を聞きなさい~!!」
「セラセニア様」
ラバリエはセラセニアを正面に見て、小さな子でも諭す様に言う。
「私たちは貴方の護衛をするということで、{オル}の領主様に雇われました。しかし、ここは貴方のいた邸ではない。貴方の望む事すべてが、ここでは叶うわけではない」
「……う~~……」
セラセニアは不服そうだ。
(いったいどれだけわがままに育ったんだか)
「あの~……」
「なに?」
料理用に持ってきた鍋を水でいっぱいにしたレステッドが帰ってきた。
「あっちに温泉が……」
……どうやらつきはセラセニアにあったようだ。
「………」
ガラァッ
センは集めた薪を、火をおこす用意をしているラバリエの横に置く。
「何処へ行くのだ」
もう薪は必要ない。明日の朝の分まではあるだろう。背を向け歩き出したセンにラバリエは声を掛ける。
「護衛がいるだろ」
「リールさんが一緒に行きましたから。それに、覗いたら怒られますよ」
センは呆れ顔で振り返る。さもお前は馬鹿かと言いたげに。
「な! なんですか!?」
レステッドは抗議の声を上げる。
「行ってくる」
「リールさんが一緒なんですよ! 見ましたか!? 群れの頭を切り裂いた彼女の勇姿を!!」
「お前より役にたったりしてな」
木々の間から、仕留めた鳥を五匹持ったガドルが現れる。
「いや、彼女が接近戦に向いているだけで、センにはセンの戦い方がある」
ガドルのほうに腕を差し出しながら、ラバリエは言う。
「そうかい」
ぽいっとガドルはラバリエの前に鳥を投げ捨てる。
「え~~鳥ですか~」
いやそうに声を出したレステッドは、ガドルの睨みに短い悲鳴を上げる。
「地を駆ける獣は食われたのだろう」
荒れ狂う狼の群れに。
そして、また襲われないとも限らない。忘れてはいなかったが、思い出したくもない。
ざっ
センはまた歩き出す。
「……そっちじゃないですよ」
――ピタ。
「僕も行きます。」
弓使いとチャクラム使い。センとレステッドは森に消えた。
――忘れてはいないだろうか? 狼を食そうとしたのは、彼女(リール)である事を……
話は戻るが、レストッドが余計な一言を(リール談)言ったときだ。
「温泉!! 今すぐ案内なさい!!」
「ぅええ! えっと、こっちです」
「行きますわよ!!」
グイッ!
「え! 私!?」
「護衛は必要だろう。リール、お前に任せた」
「まじ?」
「お風呂に入れない生活なんてありえませんもの。リール、早く動きなさい!」
「~~ちょい待って」
ごそごそと荷台の下から、替えの服とタオルを取り出す。
一人分。
セラセニアはそんな用意は当たり前だと言いたげに、レステッドを追い立 てる。
「……はぁ」
リールは頭を抱えつつ威勢よく歩いていく人物についていく。
「リール」
「ん?」
ひゅっっ
突然飛来した、自分の荷物を受け取る。
「持っていけ」
料理の手を止めたラバリエは、また鍋をかき回しはじめた。
(……なんでまた?)
「リーール!!」
「ああはいはい……」
何で荷物を投げつけたのか、セラセニアの性格を考えれば、理由は考えられる事だった。しかしリールが気づくのは、目的地についてからになる。
「入りなさい」
セラセニアのわがままっぷりは、とどまる所を知らないようだ。
「は?」
「聞こえなかったの? 入りなさいと言っているの」
「……」
目の前にはこぢんまりとした温泉が、もくもくと湯気をあげている。とりあえず先客もいない。レステッドは目的地に着くなり、水汲みがあるからと早々に引き揚げた。というか、セラセニアに追い返えされたと言ったほうが正しい。セラセニアは体にタオルを巻き、すでに湯の中だ。
「……護衛がありますから」
なんか変な言葉だな。それに、また襲われた時温泉の中じゃあなんとも……。
「いいから入りなさい! 誰が護衛させてやっていると思ってるの!!」
「……(えー! ぇえ~……)」
これ以上話がこじれる、もとい噛み合わなくならないうちに従っておこう。
(すでに手遅れに近い)
ごそごそ服を脱ぎ始めるリール。
――ピタッ
首にかけている物を見たとき、なんとなくあれ(セラセニア)には見せないほうがいい。――見せたくない。リールはそっと首からはずし、服の中に忍ばせておこうと決めたその時。
「何かけているの?!」
目ざとい! リールは口の端を歪めた。
背を向けて着替える人を観察でもしていたのだろうか。いや、視線は感じなかった。たまたま振り返ったときに、目ざとく見つけたのだろう。
「見せて~見せろ~~!!」
また始まった。
(……はぁ)
正直、リールは疲れてきた。
「はい」
「すっご~い! 何これ!! きれ~~初めて見るこんなきれいな水晶!!」
リールから奪うようにネックレスを取ったセラセニアは騒ぐ。
「ねねねこれ! エルディスにいたんでしょぅ? エルディスのでしょぅ? ドコで買ったの??」
「もらい物よ」
行っても売っていることはない。リールの知る限り、カイルが採ってきた二つしか存在しないはずだ。キギロン王が採った可能性はあるが。
(でも量的にはもっとあるはずよね)
残りが何処に行ったかは、考える事ではなかった。
(ってあたりまえか。ここにあることがおかしいぐらいだし)
思い出して、セラセニアからネックレスを取りあげる。
「何するのよ!!」
(ほしがられる前に回収しとかないとね)
リールの予想はすぐに的中する。
「ちょうだい」
「無理」
「ちょうだい! ちょうだい! ちょうだい!!」
「……」
無視だ。
「う~……」
バッシャァァア!!
リールに飛びかかる。
スッ ざばっ
あっさり避けたリールは温泉を出る。
「そんなにほしければ、領主様にお願いすればそんな貧相なのじゃなくて、もっと立派なのが手に入るんじゃない? あなたを[ネイ]に連れて行くだけなのに、こんなに護衛を用意して。もちろん狼の所為所為せいだけど、あなたのために雇ったのだから」
つまり、わがままを聞いてもらえると。というか、こんな性格に育った原因だ。
「……お父様は、私のためにしたわけじゃないわ」
「はぃい~?」
何を言い出すのだろうか。リールはあきれて振り返る。セラセニアは本気だった。
「私が行くのは、……私が行くのは建前だわ。あっちの息子と婚姻関係を結ばせて、両家の間を取り持とうって。よくある話だわ。――でも、本当は違う。聞いてしまったもの、私じゃなくてこの馬車が向こうに着くことが重要なんだって」
「馬車?」
「そうよ! そのために、今じゃなきゃダメだって! 狼はしょうがないから護衛を用意しようって。でも、怪しまれると困るから傭兵とか旅人にしようっ て!!」
「……。(馬車~? それはないでしょう。……積み荷、ね。……ふぅん)」
確かに、領主からは娘の婚約を祝っているような感じは受けなかった。
(裏ありか)
啜り泣きを始めたセラセニアを眺めながらリールは考える。
(なんだって訳あり業が多いの? 最近)
何かあるのは確実だろうが、自分は旅人で、ここはエルディス国の領地内だ。――正直、拘わりたくない。
(首をつっこむのはやめよう)
自分は雇われた護衛の一人だ。領主の真意は聞かなかった事にする。さて、目の前で泣く少女はどうしよう。
ぐぅうぅぅ~
「……」
「な! 何か言いなさいよ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るセラセニアを前に、あっはははは……と笑いながら、リールは自分の心を覆った。
夕食は、当然のごとくセラセニアが文句を言ったが、それしかないとあきらめると口にした。そして、邸の料理よりおいしいとラバリエを称賛した。
実は今までの態度ほど、セラセニアはわがままでもないようだ。ただ、不安だったり、恐ろしかったりしていたのだろう。なにより、父親に捨てられているようなきでいるのだから。強がるあまり態度が傲慢になったのだろ。
(あんがい普通かも?)
リールは、セラセニアを少し見直した。そして、センとレステッドもセラセニアに接する態度が柔らかくなっている。
それはそうでしょうよ。温泉での会話が聞こえる位置に潜んでいたんだから。先に着替えたリールは、二人に視線を送り、先に戻るように促した。
食事の後は男共も温泉に入ることになり、一人ずつ交代で向かった。時々、誰か(主にレステッド)が話を始める以外は静かなものだった。明日早く出発する事として、早めに就寝を迎えた。その間は交代で見張りだ。馬車の中にリールとセラセニア。後は外に寝る事となった。危険なので焚き火は消した。
リールは交代の見張りを一番初めにすることとなった。
――夜の空、月と星明りの中。一人膝を抱くリールは、心を空(から)にした。
次の日の朝は、夜明けとともにほとんどが行動を起こした。
もう一度温泉に浸かりたいな~と思ったセラセニアだが、声に出す事はなかった。狼の問題が治まれば、いつでも来られるのだから。
朝食は干し肉と木に生る果物ですました。セラセニアは初めて食べるようで、肉の硬さに苦戦していた。その後、すぐに出発となった。
皆、異様な静けさを持つ森からは早く離れたかった。
もう、狼に襲われることはなかった。なぜかはわからない。だが、その事は喜ぶ事にした。[ネイ]の領主はセラセニアを喜んで迎え、五人の護衛に報酬を払った。セラセニアは五人に礼を言い。リールに温泉での事は忘れてほしいと言ってきた。話すつもりはないので、リールはお願いを聞き入れた。(後でセンとレステッドに言うのも忘れない)案外すんなり婚姻の話を受け入れたなと思ったら、どうやら領主の息子は好みのタイプだったようだ。 つまり、一目ぼれ。それでいいのかナゾだが、それでいいのだろう。セラセニアは開き直る気のようだから。
心配はいらない。リールはさっさと[ネイ]を後にする。セラセニアが結婚式に出ないかと言ってきたが断った。
後で思った事だが、エルディスを出たいがために申し出を断って出発の一番早い船に乗った事が、間違いだった。
***
「なぜお前がここにいる」
言葉は、低く、深く、きつく、強く、硬く、重く、その場に響いた。
――言葉に籠められたのは、大きな、怒り。
自身に向けられた。その場の空気おも巻き込む響きに、言葉をはなった人物の大きなる怒りを、女は軽く流して溜息をつく。
そう、あれから――
……セラセニアを送り届けた後。一刻も早くエルディス国を脱出せんがために、次に一番早く出航する船に乗り込んだ。
……ただそれだけ。
なのに、なぜこのようなことが。
どうやら、その選択は、決してとってはならない行動だったようだ。
――あの時、乗らなければ……
甦り始めた思い。襲われる失望感。
始まりの鐘の音は、すでに鳴り響いている。
*
旅人を乗せた船が、海を渡る。
波は穏やかで、風は甲板にたたずむ人に塩の香りを送る。船の先端に向かい歩く人物は、短いオレンジ色の髪。
耳から上にあたる部分をまとめ軽く束ね、すっきりとした髪が潮風になびく。
出航した船は順調に海路を進んでいる。このまま行けば、特に問題もなく進むはずだった。
真上にある太陽は、乗客を皆部屋へと追いやった。照らされる暑さよりも、海の水による光の反射具合に目を細めたリールは、何処までも続く海を暇そうに眺め、早朝の騒ぎを思い出していた。
「信じらんない」
その場にいた全員がセラセニアを見る。
「しかたないわ。お風呂に入れないにしても。でも、なんだってそんな飾り気がないのよ!」
朝、一番後に起きだしたセラセニアの言葉がそれだ。レステッドが水を汲んだ小さな泉にやって来たまではよかったとしても。
ビシッ! っとリールに向かい指を突きつける。
「……はぁ……」
明らかに自分一人にしか言ってない。あきれるというよりは、むしろ何を言い出すのか。見当もつかないことをいきなりしゃべりだすのはやめてほしいが、リールはとりあえず話を聞く。
「あなたね~もっとオシャレとかしないわけ?」
「……」
突拍子もないことを。いったい、どんな基準で人を見ているのか。
「そうだわ!! 試しに髪型でも変えてみましょう!」
(――勝手に解決?)
結局のところ、ただの暇つぶしだ。
――幸か不幸かその髪型は、気に入って。今もそう。クスッっと笑って、髪の結び目にまた手を伸ばす。
しかしリールの髪の短さに、さらに騒ぎ出したのは言うまでもない。
……自然と視線が海に向かう。波に自分が映るように。
――広く穏やかな海は、どうやらきまぐれがお好きなようだ。
突然、船は海路を見失う。波を越える船は、今にも大きな海に、うねりに飲み込まれそうになっている。いや、そうではない。引きずり込まれる。すべては――船の正面に現れた怪物のせいだ。
「はぁ!!」
リールは勢いよく、目の前にひろがるものを斬りつける。
ザァンッ!!
(チッ! なんだってここに~……にしても本当に出るってどうなのよ!)
船の甲板には他に人はいない。もとからほとんど人のいなかった甲板で、リールは剣を振るっている。
この時期、いや、最近この海流では一定の回数で船が怪物に襲われる、そうだ。襲われる船はさまざま、豪華客船だったり、一人乗りの釣り船だったり、漁船だったり。つまり、なんでもいいのであろう。だいたい、襲われる回数は百回の出航に対し一回程度だそうだ。まさか都合よく自分の乗った船には現れないと踏んでいたらこれだ。
(ま、いいわ。軽く怪我でもして慰謝料をふんだくろう)
船着場でそんなうわさを聞きつけたリールは、そのせいで帰ることをためらっている新婚夫婦にであった。
「は!!」
腕を斬りおとし、敵の背にあるものを斬る。リールが相手にしているのは、怪物。と、いうだけでは事足りない。大きな肉の塊のようで、かろうじて二本の腕、足があることがわかる。伸び縮みする首、背中に突き刺ささり広がる板状のもの。肉の表面がうごめき、血管のようなものが浮き上がる。急所は何処だろうか。……首を切り落とそう。
板状のものと片腕はすでに切り落しとた。伸び縮みする首を斬りつけるのは困難だが、近づく。広い塊の一部、例えるなら腹に当たりそうな所を、剣を深く突き刺し横に引く。その痛みに唸る間に、剣を引き抜き首元まで上りつめ、一気に剣を振るう。
「ぴぎゃぁああっ!」
なんだかよくわからない悲鳴? を残して、首を落とされた怪物は沈んでいった。
「ふぅ」
剣を収めたリールは、甲板を去り、夫婦の元へと向かう。が、甲板には、切り落とされた腕と、板のようなもの。怪物の体液に染まったリールはそれを見て不快だった。
じ――……ゲシッ!!
蹴り飛ばして、海に落とした。
(……体流したい)
体も着ている服も、ぬるつく体液に染まっている。
理由を話さずとも、リールのなりを見た船員はすぐにリールを真水のあるところに案内してくれた。服も洗っておくというので、行為に甘えることとした。怪物の体液に汚れた甲板の掃除は、船員が行ってくれていると聞かされる。
(……もっと手際よくできたらな)
甲板に広がった体液のことを考え。リールは自分の剣術の腕を思う。しかし、そんなリールの反省は、案内した女性によるこれで怪物に脅えなくてよい、という感謝によって打ち消された。女性の感謝っぷりにむしろ驚いてしまったリールだが、そんなに自分を崇めないでほしいと言う。しかし、女性の感謝は止まらない。まるで、自分のことよりもほかの人のために感謝しているような。リールが違和感に気づいた時はもう、女性は仕事に帰って行くところだった。
(……!)
洗い流した髪を乾かし、前の服に着替える。それから客室の廊下に下りてきたリールは、雇い主の夫婦を見つける。ただ、夫婦は青年と話をしていた。
(お呼びでない~)
リールは死角でもないが視界に入るか入らないかの所で、壁に背を預けようとした。しかし、怪物を退治したという女が現れたのだ、たちまち、リールは船の船員、乗客に取り囲まれる。いくつもの賛美の言葉を耳にする。
「エアリーさん」
その騒ぎに気づき、こちらを向くように立っていた婦人はリールの姿を見つけ呼ぶ。その瞬間、話をしていた青年は勢いよく振り返り、リールのほうに歩き出す。夫婦もあわててついてくる。
(なんだ?)
リールが首をかしげた瞬間。
ガシ!
「は?」
「こい」
青年は、リールの腕をつかんで引っ張って行く。
「って、え!? なんなの!」
人々に取り囲まれる状況は脱したが、いきなり引きずられて行くのも困る。困惑したリールはあわてて夫婦に助けを求める。
「それがね~。この方がぜひとも貴方を雇いたいって」
婦人の明るげな声がする。
「もし、雇わせてくれるなら、今までの護衛代も替わりに払うって言ってくれているので」
夫のほうが補足をする。
「だって、貴方が怪物を倒してくれたので、もう襲われる心配はいらないでしょう」
婦人の声は明るいが、いけしゃあしゃあと、貴方はもう用なしよ。と言っているようなものだ。
「はぁ? 報酬はどうなっ」
「だからその方が全額お支払いになるそうなので」
にっこり。後ろに花でも咲かす勢いで、夫婦は二人微笑んだ。
(主変更~!? 失敗した! こんな事になるなら前金をふんだくっとくんだった)
睨みつけると、さわやかな笑顔でハンカチを振る婦人。そのそばに立つ夫のこれまたさわやかな笑顔に見送られて、リールは前の人物に引っ張られる。……捕まれた腕。ついていくしかない。
(なぜに?!!)
呆然としながらも、半分見上げるように男を見る。金色の髪。マントをしているが、船員じゃないのかとリールは思う。
そういえば、操縦室は甲板の上にあり、リールが怪物を退治するところはよく見えたはずだ。というか、援護とかないわけ? 何だって私一人で叩きのめさなければならなかったのだろうか。半ば引きずられるように連れて行かれるリールはだんだん怒ってきている。
――しかし、男の歩みは止まらない。
バン!!
どうやら目的地らしい部屋のドアを、青年は勢いよく開け放った。
リールの正面に、高い場所に作られた舵がある。半月上にかたどられた部屋は、大きな窓で埋まる。窓の前には同じく半月状に椅子と机が並ばれて、船員が地図を見たり、正面を観察したりしている。どうやら、ここは操縦室のようだ。
「船長!」
ざわっと部屋の中に声が湧き上がる。
(船長~?)
そりゃぁもうなんだかよくわからないリールは、あきらかに不信そうな顔をした。
「やりましたね船長! これで準備はばっちりです!!」
大きな瞳をもった活発そうな少年が走りよる。
「ああ」
「野郎共! 凱旋だぁ~!!」
リールから見て左に座っていたがたいのいい男が立ち上がり、その場の指揮を盛り上げる。
(――だからなんなの)
いまだに腕をつかまれたままのリールは、そりゃぁもぅ盛り上がっている男共を、これでもかというほど冷めた目で見ている。
「感謝するわ」
隣によってきた女性が二人。双子だろう、同じ顔で言う。
(んな言葉いらないから説明しろ!)
その後もろくな説明もなく、私は操縦室にいる羽目になった。
……予感はしていた。なんだか嫌な感じ。
――たったこれだけの事なのに。
どうやらその時の不安は、これからくる大きな流れの、ただの前触れにしかすぎなかった。
――船はその後、順調に海路をとり、目的地の港へと入った。
船の整備や次の航海の準備、乗客の降りた船の中で繰り広げられる戦争に突っ込むことはしない。リールは一人仕事の報酬をもらってないので脱出しようにもできず、とんだものに捕まったと思っていた。
「どうしたんだ。不機嫌そうな顔をして」
(いやあんたのせいだから)
新しいリールの雇い主、そしてこの船、ファンドリスの船長。ヨクトはリールに飲み物を持ってきたかと思えば、出かけるからついて来いという。
「……」
以下、二人の会話抜粋
「あのさぁ、報酬は?」
「お前何も仕事していないだろうが」
「怪物退治をしたんだけど」
「それは前の仕事だ」
「あんたが払うって話だろうが!(とっとと払いやがれ! この男!!)」
「ああ。俺の用事が住むまでは無理」
「何しろってのよ?」
「――今はおしえられないな」
「…♪…♪…♪」
隣を歩く男は、歳の割には子どもっぽいところがあるのだろうか。さっきから、「うきうき」だの「わくわく」だの。様子を一言であらわすなら浮かれていると言える。
「ドコに行くのよ?」
そんな男の行動にさらに怒りを覚えながら、棘のある言葉で問う。
二人は今、町の大通りを歩いている。さすが港の大きさに比例してか、通りの活気具合はエルファンに勝るものがある。船でエルディス国に向かう者達の仲介地点として、この島には多くの人が入り乱れ、広く他国の文明、文化。狭く道具、方言、生活などにふれられる。いろいろな国の住人が住まう町は、それぞれの国の者同士が決まった区域で生活をしている。
生まれ育った国を遠く離れ住む人に、自国のような安らぎを与えられることから、仕事、学業、研究など、さまざまな事情で自国を離れ暮らす者が、時に足を運ぶ場となっている。もちろん、文化意識の違いから、争いが起こることがある。しかし、それを解決し、他国の文化を受け入れてなお島の状況を健全に保つ領主がいるからこそ、人々の生活がなりたっている。
そのため、ここの領主は一目おかれている。もちろん、エルディス王にも。――そう、まさにエルディス国と深い友好関係にある。
記憶を起こして考えれば、他に方法を考えられる最後の機会となっただろうに。突然の主の変更と、払われない報酬。仕事の内容ですらまだ告げられていないリールはいらだっていて、冷静な判断を失っていた。……いや、あれから、リールは冷静な判断を下しきれずにいた。――いつも、よぎることは同じ。
――エルディス国・エレンド領。そしてその島一の港町マランタ。
リールがいるのは、そこだ。
二人は相変わらず大通りを歩いていたが、ヨクトはこの港に詳しいのであろう、途中で裏道に入った。人気のない道は寂しいというよりも、大通りとは違う雰囲気で、この町の本質を表しているようだった。――穏やかな町。
「彼女に会いに行く」
そんな道を歩きながら、ヨクトは特に話すわけでもない。呟きと言ったところだろうか。口を開いた。
「恋人」
しかし、しっかり聞いていたリールは言う。
「恋人~」
(は!! やば!)
「そうなんだよな~」
(のろけ話が~~!!)
遅かった。語りだした恋人の自慢話は止まらない。
「キレイな子なんだ。なんだこう~儚いっていうか、けなげで」
(ああ、はいはい)
「始めてあったあの日、彼女と僕は親の決めた結婚だったけど。僕は彼女に恋をした」
(多いな~政略結婚)
これで関わるのは三回目だ。
「細い金色の髪、伸ばしてたたずむ姿はまさに女神のようで」
(あ? 金髪? よくいるよくいる)
「彼女の藍色の瞳はおびえゆれていたけれど、もう僕の思いは決まった。僕は彼女を誰にも渡す気はない」
(ってじょうだんじゃない。関わってたらろくな事にならないじゃない!)
「頻繁に彼女の元へと通い。僕の心を打ち明ける」
(どっかでとんずらしないと。ああでも、報酬が! あんなになってまで怪物を叩きのめしたってのに)
「だんだんと僕にも心を開いてくれたアイエは、ついに、ついに僕と一つに!」
いつの間にか大通りの先の領主の邸に足が向かっていて、裏道よりも人通りの多い道に出ていた。周りにはいかにもこの町の住人しかいない。その住人達はヨクトを見ると、決まり悪そうに視線を外していた。
しかし、一人自分の世界を語っている男。いらだち、どうやってこの男から報酬をひったくろうかと考えている女には、周りの住人などまるで目に入らない。
「……ならなかった」
ガッッッ!!
おちつき!? 古風に階段につき落とすか~などと、殺人でもおこしそうな事を考えていたリールは自分が階段を踏み外した。
「はぁ???」
「正確には愛の試練! 僕たちを待っていたのは、悲しいかな家の仕来りだった」
「あっっそっう」
「両家の間では、始めから僕が仕来りをこなしてから彼女との婚約をとり行うつもりだったらしい」
「……」
「僕は彼女に帰ると約束し、船を持ち旅に出た。そして二年後、帰ってくれば今度は怪物退治をせよとの命令が。それが終えるまで帰ってくることは許さないということだった」
(それってもしや……うわ! やな予感)
「前者は僕の家の仕来り、後者は僕の実力だめし。あわせて愛の試練!」
(ああうるさい)
「君のおかげだ」
突然リールのことを見る。
(あっちゃ~余計な事しちまったよ)
「怪物はなんだかわからない肉の塊という外見。いつ何処に現れるか見当もつかない。しかし、船が襲われることは事実。僕らはどんな手がかりも逃さず、怪物を探した。しかし、現れるのはいつも違う所ばかり。しかし、ついにチャンスが!」
(ただの偶然じゃない)
「僕はチャンスをものにしたんだ」
なにか、自分に言い聞かせるような響きだ。
「……」
どうやらそれ以上続かないようだ。
(終わったよのろけ話)
興奮していたのか、緊張していたのか、まくし立てて少しは落ち着いたようだ。立ち止まって手を握り締めながら、前を、先を歩くリールを見る。
「会えるんだ。彼女に」
さっきまでの暴走っぷりはどこへやら。
「ありがとう。君がいてくれてよかった」
「……」
おいて行くわけにいかないリールも立ち止まる。
「正直、あんなのが相手で立ち向かって行けるか不安だった」
「……いいんじゃないの。退治すればいいんだし、私は貴方に雇われてるんだし。貴方の手柄でしょう?」
ヨクトは驚き、リールを見つめる。
「さあさあ。会いに行くんでしょ。立ち止まらない立ち止まらない。胸張ってればいいのよ。船長さん」
言いながら、振り返って前を歩く。
「……そうだな」
「――で、ドコに行くわけ?」
リールは目的地すら知らなかった。
そして、たどり着く先は、領主の邸だ。
「ヨクトがやって来ている!?」
とある部屋の一室。自分の前の男の情報に領主は動揺を隠せない。
「なんと! あの怪物を倒したのか?」
「いえ、報告によると、倒したのは女剣士と……」
「女に倒せるわけがなかろう?」
扇で顔を隠しながら、奥方は報告をする男を睨む。
「だから殺しておくべきだった」
「あの怪物を倒すと。食われてしまう事を期待していたが」
「追っ手を差し向けろ! とにかく、時間をかせぐ」
わかっていない。確かに、ヨクト自身は船員で陸の戦いには慣れてはいない。が、一緒にいるのは怪物を斬り捨てて沈めたリールだ。
「お久しぶりです」
領主の執務室の中。ヨクトは机の向こう側で、立ち上がり背を向ける領主に声を掛ける。
「……」
ヨクトはまだ頭を下げたままだ。リールは入ってすぐの扉の脇に立っている。
――部屋の沈黙は、まだ破られない。
「もう、やってきたというのか!?」
足止めはすんだとばかり思っていた奥方は、庭園のテーブルで飲む午後のお茶を気に入らず、召使に入れなおさせに行かせていた。椅子に座り、優雅に持っていた扇が、黒い手袋をした手からおちる。
「なんと」
ガタッ
立ち上がり、足早に領主の執務室に向かう。
「会わせていただけませんか」
一向にこちらを向かない、何も言わない領主を前に、ヨクトは思いを口にする。――期待と不安と願いを込めて。
バンッ!!
急に固く閉まっていた扉が開いた。
(あ、あぶなっ!)
もう少しでつぶされるところだったリールは、ドキドキしている。
「貴方!」
そんなリールに目もくれず。いや、リールの存在に気づいたかどうか。入ってきた奥方は領主に走りよる。そして、そこで二人はひそひそとささやきあう。
「奥方様?」
ヨクトは、自分に目もくれず領主と話す突然の来訪者に驚きを隠せない。
てくてく
……リールは静かにヨクトに近づく。
話がまとまったらしく、領主がかすかに頷いたとき。
「アイエに会わせてください」
ヨクトは二人に聞こえるように言う。――返ってきた返答は非道だ。
「「やれ」」
低い声と高い声がきれいに融け合った。
バンッ
天井が開き、二人の男が全身を覆う格好で降りてくる。――持つ剣はヨクトに振り下ろしながら。
ザンッ!! ザシュウゥゥ!
男が剣を振り下ろす瞬間、重力に従い地に足を着く前に、リールは二人の男の腕を切り落とした。
キンッ
軽く響く音をたて、剣を鞘に収める。痛みに唸る男を静かに見おろして言う。
「早く治療なさい」
「何者だお前!!」
奥方はヒステリックに声を荒げた。
「私は彼に雇われたものです。もっとも、彼を前に剣を振るのは二回目、ですけど」
二回目を強調した事により、奥方の顔色が変わったのは領主にもわかった事だろう。
「お前か」
領主は震える奥方に冷えた視線を送ると、腕を組み、口を動かした。どちらかといえば、非難的な雰囲気をまとって。目の前で痛みに唸る男に目もくれず、リールに視線を向ける。いや、役立たずと言いたげに見たことは見た。
「海で怪物を退治したのは」
奥方ははっと驚きの顔を見せた。リールは否定も肯定もしなかった。
「ただいま帰りました」
ヨクトは、一歩前に進み頭を下げる。
(殺されかかっても、まだそれ?)
リールは表情こそ冷たいものの、ヨクトの礼儀正しさにほとほとあきれ返っていた。
「たいした戦力だ」
「恐れ入ります。領主様の命令を遂行いたしましたので、帰館の挨拶に。それと、」
「あの子はいない」
その言葉は知っているというように。ヨクトの言葉を遮り領主は言う。
「……」
いないとは、どのような意味だろうか。
「……それは。……それは私をティアイエルに会わせたくないという事ですか」
「ティアイエルぅ?!!」
「!!?」
リールは、周りが驚くほど素頓狂な声をあげた。
「ちょっと待って。おちつけ」
開いた手、腕。二つをうろうろさせながら、リールは情報の整理だ。
(は? え? なんだと? まったまったまった)
「金の髪……藍色の目……」
ヨクトの言った特徴をあらためて思い出す。
(健気で儚い? ……まさか!)
リールの中に該当者が一人。
(――そりゃ言えないわな)
すでにここにいないうえに結婚している。
「お前! アイエを知っているのか!」
ヨクトはリールの胸倉をつかみ引き寄せる。
「知らないわよ! 第一、金の髪で青い目なんてありふれてるでしょうが!」
とりあえずしらばっくれる。
「ティアイエルの名を持つのはこの国に一人しかいない!」
そう、エルディスでは王族などある身分以上の子に名づけられた名は、以下民は名乗ることを禁じられている。
それは仮に同じ名を持つものに起こった事が、誤って、別人の事として広まるのを防ぐためだ。そのため、民はいくつかの予備の名を持ち、万一名がかぶった場合はその名を名乗れない。
「私じゃなくて、あっちに聞け!」
軽く息苦しくなったリールは、領主を指して言う。
「船長!!」
またもバンッと扉が開かれた。
「大変です!! せ、せ、せ、船長の墓が!?」
閉じた扉を押し開けやって来た少年は、息を切らしながら妙な事を言う。
『ヨクト・ノーザン 眠る思いは愛する人にこめて』
墓石に刻まれた文字をヨクトは何度も目で追う。リールはこの言葉を考えた奴の顔が見てみたかった。
ここはマランタの教会にある墓地だ。領主の家からさほど離れてなく、皆でやって来た。リール、ヨクト、領主、奥方。それに部屋に飛び込んで来た少年、名はワンド。
「――どういうことですか」
見つめている墓石から目をそらすことなく、ヨクトは冷ややかに言う。言葉の向けられた先は、領主だ。
「お前が行った後、エルファンより王子の相手を選ぶとの書状がきた」
奥方はカタカタと震えていたが、領主は思い出したことに興奮を抑えきれない。
「王子の相手は決まっていたと思っていたが、まさかまだだったとは。次の王妃となれば、エレンドはさらに繁栄を増すだろう」
自身の繁栄。すべて富を私中に。権力を追うものに、欲が尽きる事などない。
「しかし、ティアイエルのお前への思い入れは、特別に深かった」
ヨクトは何も言わない。ただ、聞く。リールは丘の斜面にある墓地の眼下に広がる海を、まぶしそうに見つめた。その方向の先が、エルディス国であった。
「だから、お前には死んでもらった。抜け殻となったティアイエルを送りつけるのは簡単だった。そして、私が望む地位についた。そしてお前は実際に、殺すつもりだった。ああ。怪物は私が用意したわけではない」
さすがに、そんな事は出来ないな、と領主は笑う。――楽しそうね。そう思ったリールが視線を向けた先。
どうやら奥方が震えているのは、ヨクトがここに現れただけが原因ではないようだ。
(ここに来て怖気付くくらいなら、最初からしなければいいじゃない)
リールは奥方への興味を失った。目線をはずし、領主を見る。
(これが――ティアイエル(あれ)のね)
いつの間にか、辺りは暗くなっていた。雲の流れは早く。まるで悪夢を運ぶような雲が、どんどん重なり合い、厚く空を覆う。雨こそ降らないものの、いつ降ってもおかしくなかった。
(雨か……いや。これは……)
吹きつける風は激しさをます。
――嵐が、きていた。
スタスタスタ……
領主の語りが終わると、ヨクトはさほど興味も示さず領主に背を向けて歩き出した。リールはここにいる理由もないのでついて行く。おたおたとしていたワンドだが、領主に挨拶をしてヨクトを追いかける。
――その時、領主の目が怪しく、何かを期待するまなざしをワンドに向けていた。
一人で勝手に先を急ぐヨクトを追いかけながら、リールは空を見上げた。……島に嵐が近づいている。それは空を見ていればすぐわかった。ヨクトは黙ったままだった。顔は下を向き、手は握り締められている。一歩一歩進むたびに、まとう雰囲気が険悪になっていく。真っ直ぐに船を目指すヨクトから少し離れた場所を歩きながら、リールは港の様子を観察する。港に近い民家の住人はすでに避難したようだった。ドアに木を打ちつけた家ばかりが並ぶ。
「船長~」
リールの乗っていた船。ファンドリス号の船員は、なかなか帰らない船長の帰ってくる姿にほっと息をついたが、どこか違う雰囲気に戸惑うしかなかった。
「船長?」
「出航までどれくらいかかる」
「今からですか!?」
船員は皆驚いた。しかし、ヨクトのただならない雰囲気に、皆行動を起こす。
「出航の準備はほぼ完了です。しかしながら、この中に出て行くのであれば、外装を補強しなければなりません」
「それはわかっている。どれくらいかかるか」
「……これまでの中でも、かなり規模の大きいものと予想されますので、少し念入りに補強いたします。……二時間ほど」
「そうか」
今から来る嵐を前に出航する準備を進める船員。少し離れたところで眺めていたリールは、すっと路地に消えていった。
二時間後。
「出航」
(……あれ?)
出航するファンドリス号の船長席の隣に、リールは立つ羽目になっていた。
港町の住人は、ヨクトに関わりたくないようだった。それは、一緒に歩いていたリールにも同じ事だ。まるで、いや確実に領主のせいだろう。ヨクトはすでに存在のない人物として、この町で扱われていたのだから。
町の中で宿もとれず、激しい雨風の中、リールは、ヨクトの命令でやって来たワンドとベイズンに捕まった。
暗黒の嵐の中、船は一路エルディス国に向かっていた。
(勘弁しろっての!)
左右に揺れる船の中を、リールはなんとか体制を保ちながらあるく。波は荒く風は強く。ときおり雷の音が響き、光る。その光が周りを照らす唯一の手段だというのだから、感謝すべきかもしれない。
操縦室は修羅場状態で、リールがいても邪魔なだけだ。しかし、そこを抜け出したからと言って、リールがこの船を降りられるわけではない。外は嵐だ。小さな船はあっという間に飲み込まれるだろう。それがわかっているからこそ、ヨクトはリールが部屋を出る事を止めなかったのだろう。明かりといえば雷。揺れる足元に気をつけてリールはあてなく進む。
(チッ仕方ないわ、船が陸についた時点で逃げないと)
普段なら船で三日はかかるだろう海路は、嵐の風を受けて、普段とは比べ物にならない速さで進んでいる。
(いい人材が揃っているのね)
船は嵐の中を確実にエルディス国に近づいていた。
あてもなく、狭い廊下を歩いていたリールは、前方に感じた違和感にふっと気配を殺した。
目線の先の通路を、一人の少年が進んでいる。薄暗い中でも足取りはしっかりしていた。
――あたりまえか、この船で暮らしているのだから。リールはそう思う。
(あれってワンド……?)
少年は、狭い階段を下っており、船底へ向かっている。手にはランプがを持つ。しかし、照らしているのは足元のみで、表情まではわからない。
キィ
少し古びた扉、それが、この船の年齢を表しているようだった。あちらこちらへと続く道。階によって違う場所にある階段。ワンドは迷わずこの船の底の階へと降りてきた。この階は海の中だ。窓もなく、ところどころに扉があるだけだった。
ぼぉっ
暗闇でかろうじて足元を照らすランプを持ち、ワンドは部屋の中に入り進む。薄くあいた扉の影となる向こうに、リールはまるで亡霊のように立っている。外は激しい雨風に船を左右に揺らされているが、船底はおとなしいものであった。ただ、波に上下される事はあった。ワンドは今だけといわんばかりに、廊下の蝋燭に火を灯していた。
小さめの部屋で、ワンドはランプを左右に動かし照らす。……――何か、探している?
――目的の物を見つけたのだろう、低く積みあがった木箱の上にランプを落ち着ける。
ギィィ
真新しい木の箱の蓋をずらし、中にある……
「それでどうするつもり」
バッ!
ワンドは後ろを振り返った。まさかつけられているとは思いもしなかったのだろう。しかし、廊下の蝋燭に照らされているのがリールだとわかると、肩の力を抜いた。
「お前……」
「それで、どうするつもり」
ワンドの言葉を遮って、リールは薄暗い中、見た箱の中身を指して言う。ワンドは口を噤み、不満そうにリールを見たがすぐに明るい調子で言う。
「見ればわかるだろう」
少年の体とはおよそ不釣合いの斧を、箱から出す事に成功する。
「お前は、エルディス国には行きたくない。そうだろう」
ワンドは、斧を引きずり横の壁に向かい移動しながらも、確信のある口調で言う。
「その願いは叶うよ」
ちょうどよい場所を見つけたといわんばかりに頷いて、重心が下の斧を右下から滑らせるように前に振る。
ガキィィンーーッ
リールの剣が床に刺さり、斧の軌道を遮る。リールの剣と斧の刃のすぐ下の柄が交差する。
「……邪魔をするんだ」
「ここに穴が開いたら船は沈むでしょう」
「領主様に言われたんだ。今度こそ殺してこいと。ティアイエル様に会わせるわけにいかないからね」
「やっぱり、貴方は領主と関係があるのね」
裏切り者。
「あるもなにも。……なぜ願いが叶うのに邪魔をするんだい?」
不思議そうなワンドの声が響く。
「何を……」
「きみはエルディス国に行きたくない。よかったじゃないか、船が沈めば誰も国に着かない」
リールの言葉を遮って、ごくあたり前に少年は言う。
「……死ぬき?」
「死ぬんじゃないさ、捧げるんだ」
誰に、何を。
「……今度こそって、前にも何か貴方が手引きしたの?」
捧げると言った少年の言葉に驚きながらも、平静を装って言う。
「いちおできる範囲で殺してくるようには言われていた。でも、まさか怪物を倒して帰るなんて思いもしなかったんだ」
襲われた船はほとんど沈んでいるからね。
まるでそうなる事がすべてというように、楽しそうに言う。
「この嵐じゃどっちにしろ無理だとは思うけど、念のためね」
斧を持つ腕に力が入ったことなど、リールにはお見通しだ。
ガッ
リールはいきおいよく斧の柄に足を下ろし、ワンドの手を離させる。ついで腹にひじをくらわせ気絶させる。
「お前があがいたところで、この船は目的地に着くでしょうよ」
暗くなる視界の先に成る音は、――聞こえていたはずだ。
「……どうすればいいのよ」
リールは気絶したワンドを前に、誰かに聞かせるように問いかける。
「――! 驚いたな、気付いていたか」
扉が大きく開き、廊下の蝋燭の明かりがいっそう光る。低い入り口を潜り抜けて入ってきたのはベイズン。凱旋の合図と、リールをワンドと一緒に捕まえに来た者だ。
「さすがだな」
ベイズンは二人のやり取りを初めから見ていたのであろう、リールの腕前に感心している。
「眺めるぐらいなら助けろっての」
今の事ではない。甲板での怪物退治だ。小さく、しかし近くに来たベイズンには聞こえる声で呟く。
「気づいていなかったのか?」
何を、リールは不機嫌そうにベイズンを眺める。
「援護しようものならこっちが殺されそうだった」
「は?」
「お前は何に対して剣を振っていたんだ。まるですべてが気に入らないかのごとく、すべてが敵であるかのごとく、怪物に向かって剣を振っていた。邪魔をしようものなら、こちらが食われるのではないか、と。俺たちはただ立ち尽くした」
「なによそれ」
「まるで、何かを振り切ろうとしていた」
「――っ!」
リールのベイズンを睨む視線が、いっそう険悪になっていく。
「原因は、この船の行き着く……」
「黙れ」
ベイズンはおっと驚いたが、軽く受け流す。
「そうカリカリするなっての。別に俺は喧嘩を売っているつもりはないから、剣を握りなおすのはやめてくれないか」
「……」
リールが剣を鞘に収めると、ベイズンはワンドの手と足を縛り肩に担ぐ。リールは斧を箱に戻し蓋をする。
キィー パタン
扉が閉じると、二人は上に向かい歩き出す。上に向かえば向かうほど、船の揺れは相変わらず嵐の激しさを物語っていた。
「なんだって、あんたの所の船長は私を雇ったのよ」
この船に乗っているのはただの船乗り達ではない。剣でなくとも、戦う術を持つものはいる。例えば、目の前の人物。ただの船員にしてはまとう雰囲気が重い。
その言葉にベイズンは、目をしばたたせた。
「やっぱりお前さんただの旅人じゃぁないね。うまく隠したつもりなのに」
「そんだけ隠していれば上出来でしょ。それに私は、旅人でありたい」
それは、どの旅人を指すのであろうか。
船の上ではいまだ止まない嵐の中。進むべき道を目指して船員は皆苦戦していた。
「こっちだ~こっちを持ってくれ!」
「おい! 窓が割れたぞ!」
「浸水が起こった~!!」
「早く留めろ!」
上にあがればあがるほど、人の声はせわしない。船の揺れは一段と激しく。波は壁となり、渦となり、船を飲み込まんと口を広げる。
ワンドを物置に突っ込み、ベイズンが向かったのは甲板。そこでは、力のありそうな船員たちが風になぎ倒されそうなマストを、必死に支えていた。
「気を抜くな~! 俺が来たからにはもう大丈夫だ! なんとしても死守するぞ!!」
ベイズンの呼びかけに、疲労の見て取れる男共はおうぅ!! という声のもと、もう一度力を振り絞った。――力強く、紐が引かれる。
ぐいっ
後ろから力の加わった事を不思議に思いベイズンが振り返ると、リールが紐を引いていた。
「お前」
「……」
リールは空を見上げたまま何も言わない。
「いいのか?」
ベイズンの問いにリールは顔を向ける。そういえば、こいつはワンドとの会話を聞いていたんだっけ。リールは気づかうような視線に納得し、答える。
「たとえこの先に行きたくなかろうと、嵐を乗り越えないと進めないの」
その答えを聞いたベイズンは、さっきのリールの言葉を思い出した。
(「お前があがいたところで、この船は目的地に着くでしょうよ」)
あきらめたような口調だったが、実際にあきらめているのだろう。
(……なぜだかわからないが、彼女が言うと本当になりそうだな)
大雨の中薄く笑う男を見て、リールが不審に思ったのは無理もない。
空の先の雲の切れ間の一筋の光は、何を照らし始めたのだろうか……
エルディス国は、もうすぐそこだ。
(……で?)
一晩。嵐の相手をしたと思えば、リールは馬車に乗らされている。
嵐のおかげか、いつもの倍以上の速さで船はエルディス国内に入ることが出来た。そう、エルファンにさほど遠くない港だ。着いてすぐ、今度こそ脱出を図ろうとしたリールは、一部屋の中に十人の船員が見張り、なおかつ外にも見張りがいるという状況におちいった。
「……どういうこと」
雨に濡れた服を着替えて、部屋を出ようとした瞬間だった。
入り口にもたれかかるベイズンに低い声で問う。
「船長の命令でね。お前を連れて行くそうだ」
「ドコに」
「お前のほうが知っているだろう」
息が止まり、顔が青ざめるリールを見て、ベイズンは少なからず動揺した。
「おっおい! どうしたんだ!?」
「邪魔だ」
息を吐き出し、リールが剣を抜こうとしたとき、
ビシッ すっ カタ
リールの手に糸が絡みつき、剣を抜くのを遮る。
「何するのよ!」
堪らずリールは叫んだ。
「何って……お前はわかっていたんだろう」
この船には、戦人が乗っている。それは、戦人であった者だったり、戦人になれる者だったり様々だ。
「だったらどうして私がいるのよ!」
「それは、――船長に聞いてくれ」
「はぁ?! ……――」
リールが声をあげるのと、首に手刀をくらわされるのは、同時だった。
ガラアアアアァァァ
「?」
ふと気付くと、揺れる台の上に横たわっている。頭がくらくらするのは何か薬のせいだろう。かろうじて起き上がることが出来るように縛られた腕・足。奪われた荷物。どのくらいの間、気絶していたのだろうか。
荷物を積み上げるのに適した馬車は、おそらくこれから二度と出す事のない速さで進む。
(嵐の中の徹夜明けだからな~……)
よく眠れたことだろう。
見ればヨクトと目が合った。すぐにそらされたが。荷台の端と端に二人はいる。手綱を握るベイズンの声のみが聞こえる。
いるのは、三人。
「(……で?)――何で私が?」
問いに答えることはなく、馬車は進む。
周りを流れる木々の間から、夕日に照らされるエルファンの人々の声が、聞こえてくるようだった。
エルファンを守る西方門。サザレンド門をくぐる時には、口をふさがれ布をかぶされた。取り上げられた二本の剣。足と手首を縛る紐は、片方を馬車の下の台に、もう一本をヨクトにつかまれたままでは、飛び降りる事もできない。
何の問題もなく門を潜り抜けた馬車は真っ直ぐ、城門に向かった。
「……っちょっと待ちなさいよ!」
だんだん近づいてくるグランディア城の開かれた門。白い壁の城全体が夕焼けに染まり、つかの間の幻想のようだ。と、風景に感じ入っている場合ではない。
「いったいどうする気よ!?」
リールは叫んでいるに等しい。
ヨクトは見据えていた城から目をそらす。ゆっくりリールに近づく。
馬車は、門が近づいているにもかかわらず。
――どうやら、スピードを上げたようだ。
リールの叫びに対して容赦なく、馬車はグランディア城の城門に最大のスピードで突っ込んだ。
ドガン!! ガシャン! ガコガゴドガ! ――……。
止める兵士をあっさりひいて。城門をくぐった馬車は、止めようとした兵士のせいでバランスを崩し無残にも大破。松明に突っ込み火をもみ消した。しかし、馬車がバランスを崩す瞬間。船長と乗組員、紐の解かれた雇われ女は飛び降りた。
着地したのもつかの間。
「何者だ!?」
と問う兵士を片っ端から切り捨てる。放り投げる。気絶させる。ふっとばす。
「アイエにあわせろ!」
女は一人、兵士に囲まれ逃げ場を失い。自分の剣をどう取り返すか、どうやって逃走経路を確保するか思案中。
すでに日は暮れていて、松明の明かりが消えかかる中。人の顔を判別するは難しかった
「侵入者だと」
男は正面口で暴れる賊が出たという報告を受け走り出す。目に宿る意思は、ほとんど殺気に近かった。
(やばい。やばい!)
だんだんと多くなる兵士。松明をもち明るくなる周囲。リールは危機感を感じている。
(早く! 見つかる前に逃げないと!!)
もう一度、リールの剣を振るうワンドを見ると、覚悟を決めて兵士の少ないほうへ後ずさり始めた。
ガッッッ!
「きゃっ!」
どれほど動揺していたのだろうか。足元の何かにかかとを引っ掛けしりもちをつく。
ガラァンッ!! ――ドサァッ
音に驚くと、ワンドとベイズンが、突然現れた者に一撃で気絶させられていた。
じゃり
二人を気絶させた男が、リールに近づく。その後ろに松明を持った者が続く。
(やば!!)
体勢を立て直そうとリールが腕に力を加えたとき、
ザク
「――っ!」
声を抑えるのに必死だった。
リールの真横に、ワンドの持っていた剣。――リールの剣が突き刺さる。斜めに刺さった剣は、後ろに手をつけていたリールの手首を、切り落とさないのが不思議な位置だ。ある意味で自分の剣が返ってきたことになるが、動くなという牽制だ。
――現れた男が、剣を残った賊に向け投げたのだ。
(来ないでよ!)
近づいてきる明かり。足音。
顔を隠しても無駄だ。……リールは思う。
「なぜお前がここにいる」
剣を投げ近づいてきたのはレラン。
その横から兵士の持つ松明に照らされても、リールの顔は夜より暗かった。
炎が揺れる。
何も、誰も言葉を話さない。
シャラァァァ……
レランは静かに剣を引き抜く。
ピタ
リールの首筋にあてた。
言葉の中身を感じていたリールはため息をつく。
「……カイルは?」
一通りの思案は終わったようだ。
――長い沈黙が表す。レランが答えを返すか、返さないか考えている事を。剣を引き、答える。
カチッ
剣は鞘に収まった。
「……王子は領土の視察に行った」
「なにあんたまた置いてかれたの?」
ピシイィィッ
空間にヒビが入った。周りの兵士は引いている! レランの表情は変わらない。リール! 頭の上にハテナマークを浮かべている場合じゃないぞ!?
「……これを牢へ連れて行け」
「!? はぃぃぃ?!?」
ガシ――ずるずる……
「え? マジ? ちょっと! なにすんのよ! ってオイ!! ちょっちょっと待て!! えっっと……じゃ! じゃぁ王妃様は?」
「国王様、王妃様もいらっしゃらない」
「は?」
「なんでも、これで小言を聞くことなく、を思う存分旅を満喫できると。連れて行け」
何が!? と聞く暇もない。つまり、この国には今、国王も、王妃も、王子もいないと。
(やってけるのか……?)
やっていけるのである。
(あ、ありえない)
話に呆然としていたリールが我に返れば時遅し。
「って! 行くなよ! 聞いてるの!? 放せっての! ドコ連れてくき? 人の話し聞いてるの!! っ~この人でなし~!」
頭を抱えつつ背を向けるレランに、引きずられていくリールの叫び声がこだました。
リールの声が遠のくと、遠巻きに騒ぎを眺めていた男がレランに近づく。
「いいんですか? 王子にばれたらまずいと思いますけど」
城の兵士がリールの言葉に固まる中、一人笑いを噛殺していたセイジュは言う。
「侵入者の排除は俺に一任された事だ。お前は自分の仕事をしろ。おい。何人かあれを牢の前で見張っておけ」
近くのメイドに何と言うことを言うのか。
……牢屋に入れたというのに、さらに牢屋の前に見張りを置くものだろうか。
「……っっま、いいわ」
薄暗い石牢の中で、連れてきた兵士の足が遠のくとリールは言った。
(いなかった事に感謝)
リールが一番会いたくない人物が。
「……はぁ」
石の台に、リールがやっと包まれるほどの古びた毛布がある。その上に座り片足を立て、頭を下げる。やらなければならないことが、一つだけあった。
カタ。コンコン。ペタペタ
石を一つずつ丁寧にリールは調べる。
(抜け道は~?)
地下にあんなにも巨大な迷路を隠しているグランディア城である。牢屋に仕掛けがあってもおかしくないはずだ。地上と地下の境目のような場所にある牢屋は、高い位置に小さな窓がある。頼りになる明かりといえば、その窓からゆれる松明の火。
ガタガタ……ぴた
石を調べる手が止まる。感じた気配は二人。リールがこの石牢の回廊で目隠しをはずされたとき、周りに囚人は、人の気配はなかった。この牢の階の囚人はリールのみだ。なのに、廊下の先から明かりが見える。
(ちっ)
リールは手を止め。台の上に座りなおす。
「この方を見ていろと?」
「あ~あなんだってこんな事」
「しょうがないわくじ引きなんですもの」
(――ふぅん)
リールは顔をあげる。
「きゃ!?」
「どうし……あ!! 起きていたんですの?」
二人のメイドはおたおたとうろたえる。
「……(寝よ)」
古びた毛布に包まって、リールは寝ることにした。
リールが眠ってから、さほど時間はたっていない。めったに人の来ない石牢に、四人目が現れた。
「……」
「セイジュ様!? なぜこのような所に!」
メイドの驚きなど目にくれず。セイジュは石牢の中を凝視している。
メイドはこんなにも薄暗い石牢の中で、蝋燭の明かり一つで手に針を持っている。――それよりも、気になる事。見に来た者。ここに来た目的。――閉ざされた牢の中でこちらに背を向け眠る女。
「寝ているのか」
「は? え? あの!」
「そうなのです。私(わたくし)たちが来たらすぐお眠りに」
(ということは、それまでは起きていた。それにしても……)
……こんな状況でよく眠れるものだ。
驚きに声をあげたメイドの頬は赤く、それでも、目はしっかりとセイジュを見ていた。
(こんなに近くで見られるなんて)
自分から近づけるような方ではない。
(でも、……)
メイドの思考は、自分の横をすり抜け石牢に近づいたセイジュの行動によって、止まった。
(……試してみるか)
マントの下から取り出した一本の鍵。それを……
「…うるさいんだけど」
声をあげるのが先か、起き上がるのが先か。――同時だ。
鍵を開けようとしたセイジュの手が止まる。ふっとリールに視線を向けた後、鍵をしまった。
(なるほど、さすがに気配を読めなくはないか)
一つ、リールを試す予定だった。
「一度会っているな」
「……」
会ったというか、すれ違ったというか、見たというか。まるで、眼中になかったというか。見覚えはあるが関わりのなかった男を前に、リールは警戒を怠らない。
「なんの御用」
囚われた牢の住人だ。そこまで、警戒する理由があるのか。
「すでに逃走をはかっているものだと思っていたが」
特に悪びれた様子もなく。幾分楽しそうに言う。
「そのつもりだったけど」
「捕まっているというのにずいぶんと余裕だな。ここにいれば殺されるかもしれないのにか」
「!?」
セイジュの言葉に過剰に反応したのはメイドの二人だ。
――クスクス
殺されるという言葉に一瞬視線を外したリール。だが、すぐに忍び笑いに変わる。
「殺すのはムリね。消えてほしい。と考えているのは事実でしょね」
誰の、考えか。
クスクス
石牢に、リールの乾いた笑い声が響く。セイジュの言葉に驚いたメイドの二人は、リールの様子に寒気を感じる。
「殺すつもりならこんな所にいれない。あの場で切ったほうがよっぽど早い」
クスクス
笑いを漏らしながらも、リールは話す、
「私だったらあれが帰る前に国外に追放するわね」
セイジュは黙って聞いている。それを不敵な態度でリールは眺める。
――本当に、彼女は囚人なのだろうか。むしろ質問をしたこちらが見透かされているようだ。
「まぁそんな事しなくても、私はここにいたくないの。さっきも逃亡の途中だったのに」
はぁ。
きわめて残念そうなリールのため息は石牢ににつかない。二人のメイドは、雰囲気に飲まれ、おびえている。
「ここから逃走するのは簡単だわ」
「ここは、エルディス国のグランディア城だ」
セイジュはリールの言葉に反論する。自分達で警護する城だ。侵入者に簡単に逃げられるなど、
「簡単よ」
セイジュの言葉などまるで耳に入らない。およそ牢の中とは思えない不敵な笑みをリールは向ける。
(――剣を取り戻すのであれば話は別だけどね)
「……」
つまりいつでも抜け出せる、と言っている。
「だから、ほっとけば私は消える。それが困るから、彼女等をよこしたのでしょうよ。奴は私に用がある。(……利用しようとしているとも言うけどね)だったら変に逃走を図るより、向こうの出方を待つほうがいいわ。余計な事しなくていいし。それに徹夜明けなの。眠いから邪魔しないで」
――もし、リールが自分で起きなければ、目の前の男はどのような行動に出ていたのだろうか。この女がどのような力を持っているのか計ろうとしたセイジュは、試そうとした事を後悔した。
(それで、睡眠。――関わらないほうが身のためだったかもしれないな)
セイジュの表情は変わらないから、何を考えているか知るのはムリだ。リールはごそごそとまた毛布に包まる。
メイドは、特にセイジュに思いを寄せる女はリールの行動を見て怒りに燃えてい。
(私だって話しかけられたことすらないのに!!)
メイドにしてみれば王と王子の側近は、王族と同じく雲の上だ。側近になるには腕と、知識に加え、少なからず容姿との関係もあるはずだと云われる。特に、エルカベイル王子の側近に思いを寄せる侍女やメイドは多い。王の側近より比較的若い人材が揃っているからだ。その中でもセイジュは特にファンが多かった。爽やかで愛想もよく、穏やかに笑う。それに剣術、政治に関する知識もある。
余談だが侍女達の恐れる存在となっているのはレランだ。王子にいつも付き従っているが、侍女達と親しく話している姿などまるで見かけない。あまりに主に忠実なため、他に関心がないとも言える。
「……」
セイジュは何か言いたげに口を開いたが、声を発しない。この階の入り口から、一人の兵士が近づいていたから。
「セイジュ様!? なぜこのような所に」
やって来た兵士はセイジュの姿を前に驚く。
「お前が口を挟むことではない」
「申し訳ありまっ」
「謝罪はいい。要件を済ませろ」
「は! ――娘」
セイジュを前にあわてていた兵士は、リールを呼ぶ。だが、リールの返事を待っていたわけではない。
「隊長が呼んでいる」
リールの口元が笑った事に、セイジュは視線を送った。――そう、すべてが彼女の思いのままだ。
閉ざされた視界の中連れ引かれて歩く。背後で扉の閉まる音と共にはずされた目隠し。前にある手首の枷。膝を突くように床に座らされると、周りの兵士は壁際に移動する。
小さくも、大きくもない部屋。
リールの目に相変わらず不機嫌そうな男が入る。黒い服に、巨大な剣。黒いマント。この部屋の中で一番偉いだろうレランには、前よりさらに疲労が見て取れた。
(苦労~しょ~ぅ)
同情? ――いや、この後に及んでいやみだ。
「なぜお前がここにいる」
尋問か、あるいは……。いずれにせよ、リールは不法侵入者だ。レランの問いに対してしばし考える。答えるべきか。だが、相手の意図がわかるまでは従ったほうが無難だろう。まさかここで斬り殺される事はない。
「簡単に? それとも事細かに?」
「簡略に」
「ん~~。そうね……。肉斬って沈めて、のろけ話聞いて、嵐越えてきた」
「――詳細を述べろ」
もともと低いレランの声がさらに険悪になった。
(チッ)
「注文多!」
ボソッと呟いた声は、静かな部屋に伝わる。
チャキッ
レランの手が剣にかかった。
「はぁ……」
リールは盛大にため息をついた。
部屋の温度はリールが入ってから確実に下がってきている。
「――コリーク島」
はっきりと響く声に、ひとまずレランは手を離す。
「海に怪物が出るって知ってる?」
「報告は受けた」
「……とある新婚夫婦が『怪物がでたらどうしよう』って心配してたから、出る可能性の低い怪物なんて相手せずに、身分のありそうで世間知らずそうな夫婦だったから護衛分相場の二割り増しくらいで報酬をいただこうと思って近づいて~」
レランの口元が引きつったのは無視だ。
「失敗したわ。あの時前金をふんだくっとくんだった」
とても残念そうにリールは話す。その言葉に、レランは頭を抑える。
(やはりこの娘は疫病神だ)
「なんでも怪物が百回に一回現れるとか言う話で。まさか大当たり! って事はないっしょ~~。って思ってたら出てくるんだもん。ありえないわよ。まぁそれはそれで、軽く怪我でもして治療費上乗せすればいいだけだけど。っていうか怪物つーわりには何かの失敗作って感じだったわね。ああ、まぁたたっ斬って、沈めたけど。まずそうだったし」
(((((((まずそう!?)))))))
おいしそうだったらどうするつもりだったのか。周りの兵士の心は一つだ。考えたくない。
「で、本当に現れて退治したんだし、報酬に上乗せしようと新婚夫婦に会いに行ったら、何を血迷ったか、雇われ先が変わっちゃって、はぁ? 勘弁してよ!? って感じだったんだけど、なんでも護衛分……怪物退治分、も新しいほうが払うってことで、夫婦が契約取り付けたらしく。……ん? そういう条件をだしたのか、新しいのが。ほんっとに前金をふんだくっとくんだったわ。最初に~」
「それが何だと言うんだ」
苛立った声がする。聞いていると、リールのたちの悪さがよくわかる。
「だ・か・ら、その新しい雇われ先が問題なのよ」
思い出したのか、疲れたようにリールは言う。
「船が着いたのはエレンド領の港町マランタだと気づくべきだったわね。……それは置いといて。新しい雇い主は私が支払いのことを聞いたら、報酬は自分の仕事が終了したらって言うわけよ。でも、何をするのか言ってない」
今も知らない。
「なんか婚約者に会いに行くとか言い出して。あの時も失敗したわ。黙ってればよかったのに突っ込んだもんだから、のろけ話? っていうか暴走してるわけ一人で。金髪で儚い女とかいわれても、ああよくいるよくいる外見ね、みたいな。んなことどーでもいーから、報酬払えと思ってたんだけど。やっぱりあそこで突き落とすべきだったわね」
物騒な事を言い出すリール。兵士たちはあきれたり、信じられなかったり、恐れたり。人それぞれだ。
レランはリールの性格を知ったのか、知らされたのか。そんなに驚いてはいないが、考えが時々犯罪風味であるたびに、この場で斬り捨てたい衝動に駆られていた。
(落ち着け)
セイジュはそんなリールの後ろ。扉の端で面白いものを見るように、レランとリールのやり取りを眺める。――時には笑いを噛殺して。
「って前ふり長いなぁ~」
(((((((お前が勝手に話したんだろ!!)))))))
エルディス国兵士の団結力は強そうだ。
(だからさっき聞いたが)
さらにレランの眉間のしわが増えていく。
「――でまぁその婚約者とやらの家に行ったら、その女の子は、どうやら親に裏切られたらしく、別の所に嫁いでいたと」
ピタッ
リールが話し出して、始めて皆が次の言葉を待った。
「私の新しい雇い主はそれを聞いて怒り狂い。嫁ぎ先に単身? 乗り込んだと。――その女の子の名は、ティアイエル・レティシャ・エレンド。……話はつながった?」
周りの兵士がざわつく中、レランは、納得していない。それもそのはず。
「なぜおまえがここにいる」
また、レランは同じ質問を繰り返す。
それで、おとなしくこの娘が従っただろうか。
「……領主の邸で話を聞いたとき。新しい雇い主はここに乗り込む気だった。私は来たくなかったからさっさと逃げようとしたら、嵐が来ているから、町の門は閉じられていたのよ」
マランタは、港以外場所は高い山に囲まれていて、町を出る道は限られてくる。そこには門があり、嵐が近づいている中町民を外に出す事などしない。たとえ、旅人であろうが。
「宿に入れば、町人たちは領主の行動に非難的なのか、脅されているのか、関わろうとしなかった。……泊めてもらえずうろついていたところを、捕まったのよ。――まぁ雇われの身だからね~~。――まさかあの嵐につっこんで行くなんてね。ただでさえ嵐で大変なのに、裏切り者が船を沈めようとするし。な~にが『貴方はエルディス国に行きたくないのでしょう。この船沈めますから。願いは叶います』よ、そのために死ねるか。――そして、船は嵐の風の力で港に到着。普段の倍は早かったんじゃない」
(この国のために海に沈んでくれ)
レランは切に願った。
「陸に着いたら今度こそ逃げようと思ったら、……油断してた。気絶させられた上に睡眠薬。やることこってるわよ。ドコに着いたのかは知らないけど、馬車を飛ばして半日で行ける範囲。取り戻しにきたのかどうしたいのかは知らないけど。気がついたら馬車の上。エルファンはすぐそこだった。――手首と足の紐と、人の剣突きつけてくる奴がいなければ、飛び降りでもしたんだけど。――とにかく今度こそ脱走図ろうとしたら、速度あがってね~まさか城の正面から強行突破するなんて。――とまぁこんな感じ」
真面目に話し出したと思えば、最後はあきらめの声が聞こえる。
しばらく、誰も声を出さなかった。……静かなものだ。
(あ~~早く帰りたい)
帰る場所がどうこうではなく、ただエルディス国にいたくない。
(――会いたくない)
リールの心に広がる不安。
レランは何かを考えていた。閉じた目を見ても、考えている事がわかるはずもない。
「……あの男は何者だ」
「飲み物」
「………あの男」
「ケーキ」
「……質問しているのはこちらだ」
「しょーくじ~」
「……(ただではおしえないと)」
部屋の中は猛吹雪。一介の兵士はこの場から去りたくて仕方ないのだろう、皆顔が引きつっている。
「いっただきま~す!」
グサッ
目の前にやって来たテーブルに並ばれた約二人分の食事を前に、リールは機嫌よく食事の挨拶だ。
ぱくっ
「……」
突然訪れた女の影響力を兵士は感じている。レランは初めから穏やかでない。
(……こういう娘だったな)
哀れレラン。諦めが肝心だ。――いまさら?
もぐもふ……
相変わらず周りの存在を無視してリールは一番手前の皿をきれいに食べる。
ごっくん
給仕が皿を片付けると、二前目の皿を引き寄せる。
サクッ
「名前は、ヨクト・ノーザン。ノーザン家は現エレンド一の貿易商。ノーザンは次男ながらも知識と才能と行動力を評価されている」
カチャ
話しているのは実際にリールとレランだけだから、レランが話を聞いている今、リールが黙れば食器とナイフ、フォークのこすれる音しかしない。
「一時期、時期当主が次の当主は次男だともらすぐらいだから、能力とそれに見合うだけの仕事もできるんじゃない。家族は五人。父と母と、兄と弟」
もとより並ばれた皿と運ばれる皿。並ばれた皿はほとんど下げられた。
「性格は温厚で、真面目。人望も厚い。今の船員は……ああヨクト(かれ)の船は[ファンドリス号]。すべてヨクトが集めたようね。果たすべき仕事はこなし、他国でも自分の才能を発揮できる。功績としては、アストリッドとの宝石、香辛料の貿易海路を一つ増やした」
エルディス国の特産品は水晶。そして温和な気候のため、香辛料の栽培には適していない。
「ノーザン家は代々貿易商で、前に一代事業を成し遂げてから飛躍的に地位を得た。周りがあまりの発展の早さに警戒して、いつ没落するか計っているうちに、ノーザン家は安定した地位を確立し、今ではエレンド一となった。誰しもが急激な発展を懸念する中、まったく落ちぶれる事なく今の地位を落とさなかった事は、一族の努力の賜物でしょね」
とある料理を口にする。リールはかみ締めたあと少し満足そうに微笑んだ。――どうやら気に入ったようだ。
これだけ見れば、普通の娘に見えなくもないような気もしなくもないようで、まるでしない。
「ティアイエルとは、始めてあったのがそのままお見合いみたいなものね。領主と当主間で話は終わっていたみたい。――あ! これおかわり!!」
給仕が皿を下げる前にリールは空皿をつきつける。
(食べるのか!?)
兵士はリールを前に動揺しない事はない。
(小娘)
レランは、予想が当たる気がしていたが外れてほしかった。
「まぁ本人。あああの船長……ヨクトのほうは、どうやら一目ぼれらしく問題ない、みたいね。ティアイエルも押しに負けたのかどうかは知らないけど、町で評判になるほどのバカップル……ゲホゲホッ! え~激甘? まいいわ。のろけ話も出会いから語ってくれたわよ。ちなみに、ヨクトはティアイエルが関わると暴走するそうな。これには全員賛成意見だったわよ。一番治してほしい事だと。っとにはた迷惑な」
(お前が言うな)
(((((((お前が言うな!!)))))))
王がいなくてもやっていけそうだ。――実際にやっていける。さすが団結力。
ザクゥッ
そろそろ二人前は軽く平らげただろうか。リールの手を動かす速さは、むしろあがっている?
「それでもおちがつくところは尊敬してもいいわね。言ってしまえば捨てられた」
誰が。誰に。
「ノーザン家の仕来りとして、能力を持ちえた時点で、船の船長として他国で貿易・商売を行う。ってのがある」
手に持つナイフをつきつけて言った。――行儀悪い。
「ノーザンは異例の若さで自分の船を持ち、アストリッドの商人との貿易経路確保と、販売。……あまり細かくなってもしかたないわね。とにかく、二年間船で商業人として大半を船の上ですごしたと。ようはこの時に貿易海路を増やしたのよね」
ゴクゴク――コト
グラスの中身を飲み干すと、すぐに次が注がれる。
「さてさて、一方そのころエレンドの領主。エルファンからの書状に目を輝かせていた。自分の娘が王子に嫁げば、エレンドンの繁栄はますます広がる。――権力者の欲望は絶えないわね」
あきれ返って、冷ややかに。リールは言う。
その冷ややかさに含まれるもの、レランは何か今まで聴いたことのない響きを感じた。
「しかし、目の前には恋人の帰りを毎日毎日祈り続ける娘!」
ビシッっとレランにフォークを突きつける。今度は口調に力が入った。
「さてどうしたでしょう? 答え!! 殺した。――ご丁寧に墓まで作ってね」
質問したと思えば、考えるまもなく正解を言う。最後の一言は冷め切っていた。兵士はその言葉に身が凍る思いだ。
「いったいこの国の花嫁を選ぶ基準はなにかしら? 実の親に抜け殻と言われた女が……関係ないわね」
(私に)
静かに問いだした疑問を飲み干す。
「おいしいわねこれ」
半分に減った三皿目。おかわりした皿を指し示す。
「……」
周りの兵士が落ち着いてきたのは、リールに慣れたのか飲み込まれたのか。
ふとレランは食料庫の在庫の量を思う。心配する。
「実際に本人を殺す予定だったんだけど、刺客はすべて返り討ちにあったらしく。そうこうしている間にご帰還~。強引に怪物退治に行かせて時間を稼ぐ。本人が言うには『愛の試練』だと。試すも何も捨てられて殺されてるっての」
身も蓋もない。
「やっとノーザンの近くの者を、自分側に引き寄せた領主が息をついたのもつかの間。怪物は倒され、ノーザンがやって来た」
(……お前の所為か)
レランはリールを刺した。――向ける視線だけ。
「ていよく追っ払おうとした領主の思惑はあっさりつぶされ、開き直って邪魔者あつかいだからね」
(お前の所為だろう)
レランは確信している。
「で、暴走してやってきたと。――こんなもん。はい、質問は?」
「いったい誰からその話を聞いた」
「話? まぁ何人かに聞いたけど……え~となんだっけ? あの、ティアイエル……様のお付の……?」
「レレル嬢」
「そう! それ!!」
(((((((それ!?)))))))
「彼女の双子の姉がいて、なんでもヨクト様がティアエル様をおいて死ぬわけがない、と一人で熱く語っていたわ。質問する手間ははぶけたけたし、置いてきたけど」
(((((((置いてきた!?)))))))
情報提供者に対してあつかいがかなりひどい。
(双子。そのような報告は受けていないが、)
そこまで詳しく調べるべきかどうか。――主と相談するとしよう。
「領主の館で働く者と、町の者。六、七人かな」
「……」
レランは考え込んでいたがふと思う。
(いつの間にこんなに調べた)
話を聞く限り、短い間にめまぐるしく話が変わっている。
「まだ何か?」
どうせ黙っていても状況が変わるわけではない。頼んだデザートを食べながら、リールは聞いた。
「この女を牢に戻せ」
「はぁぁあ???」
容赦ないレランの一言に、リールはあわてた。
「ちょっ……ちょっちょっと待ちなさいよ!!」
リールの話など聞いていない。わきからやって来た兵士に腕を捕まれながら、リールは叫びだす。テーブルクロスを引っ掛けグラスや皿がひどくきつい音を立てる。まるで、出迎えの鐘のように。
「情報提供者にそういうあつかい?」
「不法侵入者」
「……」
レランのすっぱりとした訂正に、リールは怒りに震えた。
「こっ……こっ……この! ……この人でなしーー!!」
部屋の外に引きずられて行くリールの絶叫が、騒がしく人の動いていた城の中に響き渡った。その様子を見ていたセイジュは肩の振るえを抑えられなかった。
(あ~の~や~ろう!!)
すでに、夜は深い。地面すれすれにある小さな窓は、月の明かりを送る。光がぼんやりと石牢の中を照らす。
(もういいわ!こうなったら何が何でも逃走してやる!)
不吉な音を立てて閉まった牢の向こうには、メイドが二人。暗闇とかしていく石牢の中の見張りとして。
――そんな見張りをすでにリールは気絶させていた。手招きして近づいたところにガッっと一撃。
リールは壁のように積み上げられた石を一つ一つ丁寧に調べる。
「……!」
「……ん……」
くる
驚いた。目を覚ましたのかと思い振り返ると、どうやら熟睡し始めた。
(驚かすな! 疲れでもしてたのか?)
あっさり眠ってしまったから。……しばらく、メイドを見ていたリールだが、また石を調べようと……。
ぐるぅ!
もう一度振り返り、違和感の正体を探す。
牢の中の床は、石畳を敷き詰めたようになっていた。その石と石の隙間に、針があった。廊下と平行に並んだそれは、奥にいる囚人に目が行っていれば、普通気付かないだろう。中の者でも、気付くか気付かないかは本人しだいだ。しかし、
(……へぇ)
いつの間にか、石牢の中は暗闇に襲われていた。
ズズズッッ
入り口に蓋をしていた石を一人分ずらす。
「よっと……」
リールは身一つだった。あのままここにいるくらいなら、たとえ身一つでも早々に立ち去る必要があった。
「……あんたの差し金?」
暗闇の一部が動いたと思えば、建物の影から現れたのは、レランだった。
「……」
「牢の中に針を落として、メイドに睡眠薬をもったでしょ。兵士の数も減っていた」
ただ単に減っているなら城を守るものとして行ってはならない行動だ。しかし、この場に導くかのように厳重な警備に隙を作ってあった。
レランは何も言わなかった。ただ、リールに向かって剣と荷物を投げた。
「!」
リールは驚きながらも、弧を描いて落ちる自分の荷物を掴んだ。
剣を持ち、荷物をかけて、レランに背を向けようとしたその時、レランは投げ捨てるようにリールに向かって布袋を投げつけた。
パシッ!
「それを持って消えろ」
「……」
ジャラァ
ゆっくり、手の中のものを傾ける。
「報酬がほしかったのだろう」
(まぁ……そりゃぁ……)
「お前がいると、ろくな事にならない。特に王子は」
「……」
ヒュッ
リールがレランに向かって投げ返した袋は、受け取られず、地に耳障りな音を響かせた。
「……どういうつもりだ」
「いらないわ。あなたを護衛したわけでもないのに。それに、あんたから貰うと夢見が悪いから。それに……別にそこまでして報酬がほしいわけじゃない」
「持って行け、帰ってこられると困る。それこそ、死んでもらう」
「言ったでしょう。別に来たかったわけじゃない」
「お前がいると王子は……お前が王子を狂わすんだ」
(そうかも知れないし、違うかも知れないし)
――絶対あれが本性だ。
レランもそれは知っているだろう。ただ、レランはリールに執着心を見せたエルカベイルに危機感を覚えた。何があろうと、この国にはエルカベイルが必要だ。それに邪魔となりそうな娘が消えたと思えば現れたのだから。
レランは恐れていた。主がいなくなることを。
「持って行け」
「いらない」
「持て」
「いらない」
「……強情な」
「そんなのがなくても逃げるし」
「来たかったのでは、」
「来たくなかった」
「では、なぜ来た」
「……」
リールは黙った。本当に、逃げる機会はなかったのか。
「……成行きよ……」
小さな松明の光と、満月には遠い月明かりは、足を囚われもがく二人にとって、救いの光とはならなかった。
暗闇に消える小さな背。
見送ったレランは、動くことなくその場に立ち尽くしていた。
レランは、動かなかった。暗闇に光る小さな松明を背に、立ち尽くしている。
やがて、小さくひずめの音がした。速度を増して近づいてくる音。闇夜に浮かぶ人物。硬く閉ざされていた目を開けば、主がいた。
「いったい何事だ」
エルカベイルは馬上で見おろす。頭を下げたままの護衛に問う。
「まずは中へ」
「ティアイエルの元婚約者がやって来たと」
「はい」
「どうりで、あれには内密に早馬を飛ばしてきたわけだ」
「うまくいきましたか」
ティアイエルと一緒にいたはずだ。突然土地を離れる事の説明をどうつけたのだろうか。
「問題ない」
特に動揺した感じもなく、エルカベイルは突然の訪問者の部屋へと向かう。
「しかし、単独で突入して来るとはな。連れもいるのだろう」
「はい」
――嘘は言っていない。連れがいることは事実だ。
「そうか」
エルカベイルはそれきり、口を閉ざした。
廊下ですれ違う兵士に目もくれず歩き続ける。
――主からは何も感じない。
主は目の前に存在するのに。――何時からだろうか、何も感じなくなったのは。王子として確かに存在している。人の期待に答え、それ以上の働きをしているのに、そこには、何もないようだった。人としての感情を感じない。それはレランにもいえる事だが。特に、あの娘がいる時といない時の差が……そこまで考えて、レランは考えを打ち消した。
軽くノックした部屋の扉が開けられる。エルカベイルは無表情のまま部屋へと足を踏み入れた。レランは後ろに続いた。
来客用の部屋で、ソファに腰掛けていた男とその後ろの男が、入ってきた男に刺すように視線を向けた。
ヨクトの乗り込んできた時の気迫・態度は落ち着き、今では静かに、燃えるような冷たい視線を向けてくる。
部屋の中には、憎悪と無関心が渦巻きだした。方や怒りに身を任せる事を嫌い、方やまるで人事のように関心を示さない。どちらとも、話を始めるわけではない。ただ視線が交差する。口を開かない。動かない。
時は進む。人がそれをどう感じようが。人が何をしていようが。
――もうすぐ、夜明けだ――
カップの中身は冷え切っている。
広い、広い部屋に沈黙が降りてどのくらいの時がたっただろう。テーブルの上に置かれたお茶は、手をつけられる事はなかった。空が明るく、カーテンを開けられた窓から日が射しても、部屋の中は静かなものだ。
どちらとも、話し始めるわけではない。
初めこそ敵意むき出しで睨んでいたヨクトは、時にエルカベイルを睨む。
特に興味もなさそうに、エルカベイルはソファにひじを突いて座っている。
結局、一晩中。
来客用の部屋なので、特別外の喧騒は届かない。
ソファの中央に座るヨクトとは少しずれた端にエルカベイルは座っていた。レランは後ろに、ベイズンは、いつの間にか横に来ていた。
そんな中、突然ざわめきだした扉の向こう。せっぱ詰まったような侍女とメイドの声。
普段ならあまり気にする所ではないが、沈黙に支配された部屋。静けさになれた耳。エルカベイルはうっとうしそうに目を細めた。
それが、ヨクトが自分に向けられた敵対心としてとった事などお構いなしに。
どうやら、騒ぎは近づいてきているようだった。
だんだん近づく足音。もうそろそろ、耳がなれたエルカベイルに、人の声が判別できそうだった。
「ティアイエ、……様!!」
「エルカベイル様!!」
バァン!!
普段なら想像もつかない大声で、話の中心。ティアイエル・レティシャ・エレンドが現れた。
「ティアイ、」
「アイエ!!」
動揺は押し隠し座ったままのエルカベイルとは違い、ヨクトはティアイエルに駆け寄った。
エルカベイルしか見ていなかったティアイエルは、立ち尽くした。
「よく……と……?」
驚きに目を見開き、それからゆっくり涙を流し始めたティアイエルを、ヨクトは抱き寄せた。
「ほんと……に?」
「ここにいる」
小さく方を震わせて、声を漏らして泣くティアイエルをヨクトは静かに抱いていた。
突然の来訪者に驚かされたレランは、すぐ扉の前に移動し、おびえておろおろしているメイドに、周りに群がる兵士に向かって睨みつけた後、扉を閉じた。
「アイエ。綺麗になった」
髪にキスしてヨクトは言う。
「でも、こんなに悲しい顔をして……」
「何を……?」
「大丈夫、こうなった原因は、俺が殺す」
最後の言葉はティアイエルの耳元に、小さくかすかに聞こえた。ハッと顔を上げたティアイエル。ヨクトは、頬に流れる涙を拭いて微笑んだ。
振り返り、後ろにティアイエルをかばうようにエルカベイルに向き直る。
エルカベイルは、相変わらず座ったままだ。やって来たティアイエルに特別関心を持ったとはとうてい思えない。いったいさっき叫びかけた言葉は何処へやったのか。――内心何を考えているのか。あくまでも、表情は変わらない。冷め切ったお茶を口に運んでいる。
「……」
「……」
それでも、視線を感じたのだろう。カップを受け皿に置き、ゆっくりとした動作で振り返る。
どちらをどちらとしても、歓迎されているとは思えない。――二人の視線がしばし絡んだ中、
「エルカベイル~なにかしら? 見せたいものって??」
バン!!
新たに荒々しく扉が開かれて聞こえた声は、まったく場の雰囲気にそぐわない。明るく、うきうきしている。
今は、久々の旅路を満喫していたのではなかったのではないだろうか。エルディス国王妃フレアイラは、驚いて部屋の中の人物が振り返る中、部屋の中に入る。
しかし、王妃は部屋の中で、一番堂々としていた。進むたび部屋の中を観察する。
そこには、湯気も立たずおそらく冷め切ったであろうお茶を飲んでいる、同じように冷め切った息子。目の前には自分の現れにあまり表情を変えない男の動揺。そして、今や娘となった女性と、それを守るように立つ男性。もう一人は気に留める必要がないと判断した。
部屋の真ん中、エルカベイルの前に立って、王妃は言った。
「エルカベイル。説明なさい」
説明を求めたいのはこっちだ。
――エルカベイルは、内心ため息をついた。
「あなた(ティアイエル)の婚約者だったのね」
「はい。……ただ、亡くなったと聞かされて……」
思い出したのか涙ぐみ始めたティアイエルだが、今は王妃の前だ。質問に対するはっきとした答えだった。
部屋のソファの片側に王妃とエルカベイルが、反対側にヨクトとティアイエルが座る。
カチャッ
冷え切った二つのカップは下げられて、メイドが、新しく温かいお茶を五つ持ってきた。
レランはエルカベイルの後ろだし、ベイズンもヨクトの後ろにいる。これは変わらない。
「でも、生きていた」
「……っ! ……」
王妃の手前、どうしたらいいか悩んでいたティアイエルは、その言葉に震えた。必要な事を聞き終えた王妃は静かに思案する。
「アイエ。何処にいたんだ」
とりあえずティアイエルが王妃にした説明が一段楽するまで待っていたヨクトが、自分に顔を向けるようにさせて聞く。
「えっと……」
「会いたかった」
また引き寄せて抱きしめ始めるヨクトに、ティアイエルは少し顔が赤い。
「エルカベイル様が呼んでいるという事でしたので……」
「誰だ」
「えっとー……」
気まずそうに視線を外すティアイエル。しかし、ヨクトは自分の手で、優しく顔を自分に向けるようにしていた。
はっきり言って、見詰め合う二人に興味ない。エルカベイルは、ティアイエルの言葉に心の中で不信そうだ。
(俺が呼んだ?)
「そうですわエルカベイル」
王妃はエルカベイルの心の声に答える。王妃も、同じように呼ばれたのだから。
(……! あの小娘!)
レランの心中は穏やかであるはずがない。主が二人を呼ぶわけがない。わざわざ呼ぶなどあるはずがない。二人をこの場によこそうなど、城の兵士がそんな事思いつくはずもない。侍女もメイドも同様だ。セイジュは三の大臣の息子であり、頭も良く、策略を回すが、今回の権に関わるはずがない。少なくとも、公での自分の立場はわきまえるはずだ。――この二人の存在を知っていて、なおかつ今連れてくるなど、できる事があってはならないが、一人、あの小娘なら出来てしまうようだった。問題は、主はそんな事知らない。まして、この国にいた事すらも……。
「……そうでしたね母上」
主の口をついて出たのは、普段と変わらない静かな口調。レランが内心の焦りを隠すまもなく、エルカベイルは一瞬だけ視線をレランに向ける。その視線に飲み込まれて、レランは何も考えられなくなった。
王妃は含みのあるエルカベイルの視線に、気付いていた。もちろん、目の前で見詰め合っている二人は、気付くはずもなかった。
――話は夜に戻る。
「よっ……と……」
スタッ
城の塀を乗り越えたリールは暗闇の中を目的の場所まで移動する。
ここはまだグランディア城。闇夜は降り立った。時はもうすぐ、エルカベイルが城の門をくぐる所だろうか。
スタスタスタスタ……
荷物は外に隠してある。一本の剣を持ち、リールは早足で進む。
ふと、リールが顔をゆがめた先、
「何をやっているのかと思えば」
開かれていた扉から、セイジュが現れた。
スタスタスタスタスタスタスタッッッッッッ……
心なしか、さっきより足早だ。
「……ここの兵士だからお前を捕まえなければならないんだが」
自分の前をあっけなく過ぎ去った女をあわてて追いかける。それにしても、警備の兵士はどうしているのか。
この女の前では、完璧な警護を誇るグランディア城の名は簡単に破壊された。セイジュは逃げるのは簡単と言っていたことを思い出した。逃げるのが簡単なら進入するのも簡単。――警護状態の見直しを明日にでも提案しよう。とセイジュは心に誓った。
セイジュの言葉など、リールを止める事に役立ちはしない。
「あんたは不法侵入者の処理係じゃないでしょ」
「……(それはそうだが、)」
セイジュは少し口を噤んだが、あきらめず話しかける。
「いったい、あんなに帰りたがっていたのにどうしてまだここにいるんだ」
「……」
もう、逃がされた事は知っているようだ。
「また見つかれば、今度こそ殺されるな」
奴(レラン)は容赦しないから。
――まるで人事だ。
ふとセイジュは思う。あれだけここを出たがっていたにも関わらずまた帰ってきたのだから、よほどの理由があるのだろう。ここで問い詰めても、口を割りそうにない。質問の傾向を変えよう。
「で、何をする気だ?」
進みが変わらない女は口の端を吊り上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「……あの二人じゃいつまでたっても話は終わらない」
驚いた。まさか答えが返ってくるとは。真っ直ぐ前を見て歩く女の話された言葉に疑いはない。
「……」
この女は、来訪者の用向きを知っているのか。
「だから、戦局を変えるものがいるわ。それに、ゆるぎない権力を手に入れて自信満々なところを、容赦なく叩き落すのも面白いじゃない」
前者は城にある部屋の中、沈黙部屋で一晩過ごす二人に、後者は自分の娘を抜け殻とまで言ってのけるエレンドの領主に。
「……何を送り込む気だ?」
セイジュは一つ理解できたが、もう一つはなんだ。いったい誰を叩き落すのか。容赦などしそうにない。聞かないほうが身のためだったか、自分より年下の女に不安を覚えた。目の前の女は何をしでかすきだろうか、それは、確かにはたから聞けば面白そうな事である。しかし、やってのけようとする意思が恐ろしくもある。
この質問はお気に召したらしい。うつむいているのでセイジュには良く見えなかった。屈みこんでのぞいたら、リールの顔が何かを企むように黒くなっているのが見たのに。
「それだけじゃ話がこじれるのが落ちだから、おさえる物、仲裁が必要ね。あれの権力を持てばヨクトを切り捨てるのは簡単だから、あれよりも発言権のあるもの……」
「今、王と王妃のいる場所は違う」
なぜこんな事を言ったのか。ただ、あれと称されたのは誰かわかったから。
隣に人がいることなど微塵も感じていなかったリールは驚いた。
(……そんな今存在に気付きました風な目で見るなよ)
王子の護衛として、仕事もこなし、メイドの間でも評判のいいセイジュとしては軽くへこんだ。しかし、この女の前では自分の存在がまるでないようだとも思う。
「ふぅん」
リールが思案したのは一瞬の事だったが、セイジュにはとてつもなく長い長い沈黙のように感じた。
「王妃……ね」
「――何をするきだ」
「簡単よ。ティアイエルのほうは[あれ(エルカベイル)が呼んでいる]の一言ですむわ。王妃様は……そうね。見せたいものがあるとでも」
リールが足早に向かった先、情報を伝える早馬がいる。鳥を送る事もできたが、あいにくリールは鳥小屋の場所は知らない。
だんだん近づいてくる小屋を見ながら、リールは考える。
(さて、どうするか……)
いかに自然に情報の伝達を図るか。
選択肢はあまり多くない。それに、誰かに話されでもしたら厄介だ。それにティアイエルは別にしても、一国の王妃がそうそうだまされるとは思わない。
――小屋を前に足取りが遅くなったリール。
城からは見えない死角の場所に立ち止まり小さく火の揺れる小屋を見る。
「ここにいろ」
声に驚くと、セイジュは一人中に入って行ってしまった。
――数分後。話し声が止むと同時に走り出した二頭の馬は、ひそかに暗闇に消えていった。
「どういうこと」
小屋から出てきたセイジュに、木から下りてきたリールの声が聞こえる。
セイジュは突然振ってきたリールに驚く。それに気がついたのか、リールは言う。
「警備の兵士が回ってきたのよ」
それで、木の陰から上に移動したのか。
「なんで手伝ったのよ」
「さぁ?」
「……」
簡単にはぐらかす。――そういえばこいつは何なのか。しかし、服装から判断するに、たぶんレランと同じ役職であろう。――それでか。得たいの知れない所や、ともすればこちらを見透かされそうになるのは。ここで時間を食う事も、あまり首ばかり突っ込むのも得策ではない。第一の目的を果たそう。
「……ありがと」
大きくも小さくもない声。何の含みもない声。歳相応の声をリールはセイジュに感謝として送る。
セイジュはふと初めて彼女が城を訪れた時の事が頭をよぎった。城を前に王子に食ってかかる女。まるで何も知らない女。――まさかここまで謀る女だったとは。人は見かけによらないというか、さすが王子が連れてきただけあるというか。
くるっと背を向けて、リールは塀に向かう。ゆっくりと、乗り越えてきた位置へと戻るリール。その背中を追っていたセイジュは、闇に消える様をずっと見ていた。
(……敵に回さないほうが、いいみたいですよ)
誰に言っているのか。
(あれが――エアリー・リール)
――そろそろ自分の主がやって来ている事だろう。もし、彼女の言うとおりなら、面白くなるのは二人が来てからだ。セイジュは闇に背を向け、歩き出した。
にっこり。
穏やかに微笑む王妃は心の中で何を考えているのか。
(エレンドの領主も爪が甘いのか)
カイルは領主の思う所をほぼあてた。
権力ほしさに娘を売ったのだから。
(……よくある事なのかもしれないな)
エルディスだからこそ王は側室を取らないのであって、他国では王一人に十人以上側室がいる王もいる。小国が国の存亡をかけて、娘をせめて側室にと考える事も、あるはずだろう。
それを知ってなお取り返しに来た男。――すべて納得がいったエルカベイルが男を見る目の中に、今までとは違う感情が混じっている事など、後ろの護衛にも、ずっとティアイエルを放さない男にも、ともすれば涙が流れそうに笑う女にはわからない。
「そうだ! アイエ。会わせたい者がいるんだ」
すでにヨクトには王妃とエルカベイルの存在など無視している。ティアイエルのほうも、無礼とはわかりながらも話を聞く。ヨクトと会えた、それだけで十分だった。
「私(わたくし)に?」
「そう! おい!! あの女はどうした」
「女……?」
レランはその時、この状況を作り出した女に対する怒りに燃えていた。レランが感情のままにいることなどめったにない。……そのためだろうか、たとえリール一人逃がしても、連れてきた男がいる限り、話に出てこない事があろうか、まして、いまだになぜ雇ったのか知らされていなかったのだから。
「! あれは、」
「短いオレンジ髪に二本の剣を持った女剣士だ。何処に連れて行った?」
(((オレンジ髪の女剣士?)))
それは、少し前場(グランディア城)を騒がせた女だろうか。
「ヨクト……それは、ど……どの……いえ、なぜ、女剣士が……?」
心なしか声が震えているのは、ティアイエルもまたある女の顔が頭にあるからに違いない。
「アイエ。君の護衛にいいと思ったのだが」
「私の……」
なんとなく、ティアイエルの声が沈んだ気がして、ヨクトはあわてた。
「いや、無理にとは言わないが」
「私は、ヨクトが守ってくださるのでは?」
女剣士が誰だかわかったティアイエルは必死だ。あまり、好ましい相手ではないし、会いたいとも思わない。
「アイエ……」
涙を溜めたまま上目ずかいに自分に視線を向けてくるティアイエルを見て、ヨクトはまたティアイエルを抱き寄せる。
はたから見れば、ただの幸せカップルだ。
エルカベイルは今度こそレランを睨む、どうやら、今度こそきちんと説明してもらう必要がありそうだ。
ヨクトの口から出た女の外見を聞いて、王妃は初めて口の端を歪めた。しかしそれは、抱き合っている二人にも、主の視線を受け流せず困っている護衛にも、冷ややかに護衛を睨む王子には気付かれず、ベイズンただ一人が、凍るように身を震わせていた。
(この方が、この国の王妃……)
首は突っ込まないのが正解だ。王妃の内面を垣間見たベイズンは後悔した。
キィー
そんな中。静かに、扉の開く音がする。
「ティアイエル」
王妃はゆったりと微笑みながら嬉しくて、嬉しくて泣いて笑う娘に声をかける。
「はい。王妃様」
驚いたティアイエルは、ここが何処で誰がいるのか、改めて認識して顔を赤らめた。
「貴方はどうしたいのかしら」
そんな娘にほほえましいと言いたげな視線を送って、王妃は尋ねる。
「私は……」
自分を抱きしめていたヨクトから身を放し、ティアイエルは王妃を見つめる。
「私は、」
ふと視線を外し、エルカベイルを見る。この数ヶ月間の間、変わったことといえば同じ部屋に住むようになっただけで、彼はいつもティアイエルより早く部屋を出て、ティアイエルが寝入ったころに部屋に帰るだけだった。前より話す機会が増えたにしても、どちらとともなく打ち切れる。
ティアイエルはヨクトのいなくなった場所の穴埋めにエルカベイルを求めた。エルカベイルは初めからティアイエルを見ていない。
絡んだ視線はエルカベイルのなんともいえない表情に立ち切られた。
そのままヨクトを見れば彼は笑っている。「会いたかった」小さく、声にならないほどに呟く。
「ヨクトともに帰ります」
それは、本人も気付いていないだろうが、ティアイエルがエルディス国に来て初めて突き通した意思だった。
「……ティアイエル」
「! はい」
静かな沈黙にティアイエルはおびえていた。まぁもちろん、ヨクトが腕の中に収めていたが。
「手を」
「……? はい」
王妃に左手を示され、王妃の前に出す。
スルッと抜かれたのは、エルディス国の紋様の刻まれた指輪だ。
「おいきなさい。貴方の本当にいたい場所に」
「!」
また涙を流しだしたティアイエルを抱きしめるヨクト。
ありがとうございます。と、何度も言っていた事は王妃に届いたはずだ。
「よし!! 帰るぞアイエ!」
「はい!!」
「無理です」
ベイズンのあっさりとした声は、二人を現実に引き戻すには少し意地悪だった。
「おい!」
あせったような怒ったようなヨクトの声。
「昨日の嵐の影響で、波は高く帰るのは危険です」
船長の突然の行動にも驚かない船員は、いつでも冷静にいたようだ。
「ですから、帰るには明日がよいのでは」
「……確かにそうだな」
納得したようにヨクトは言う。
「でしたら、今日はぜひこちらにお泊まりください」
「王妃様」
「せっかくですもの、お話を聞かせて頂戴。いろいろと、ね」
にこにこと嬉しそうに王妃は言う。――嬉しそう? ――なぜ……?
「エルカベイル」
「……」
「どうやら貴方は、まだ、勉強不足のようね」
何の。とは聞かないほうが無難だった。
「母上、」
「だから、貴方は勉強していらっしゃい。操りきれない人の気持ちを理解するためにもね」
「母……上?」
「王妃様!!」
あわてたのはレランだ。王妃は、エルカベイルに外へ出る許可を与えている。
「今度は、お主も行けばよいでしょう」
ガタッ
エルカベイルはもう用はないという風に立ち上がり、扉に向かう。
扉に近くの王と絡んだ視線は、一瞬にしても内容は重かった。
「王子!」
一人勝手にさっさと準備して先を急ぐエルカベイルに、レランはあわてて着いて行く。
「どこに行くと言っていた」
いきなり止まったかと思えば質問だ。
「は?」
「もういい」
振り返ったエルカベイルはまた歩き出す。
「王子!! どちらに!」
「追う」
あっさりと紡がれた言葉にレランは呆然としてしまった。こんなにも本音で話されたのは何時以来か。そうだ。あの時以来だ。
追いかけるのが誰でとかいったい何処まで行くのかとか、聞きたくなければ忘れたい。
「待ってください!」
無理やりに引き止めた。
「おい」
「私も行きます」
「……」
どこかで聞いたようだった。
「王妃様公認ですから」
国王もいたぞ。
「とりあえず落ち着いてください。お願いですから」
「……」
止めるつもりはないようなので、エルカベイルは従った。どうせ止まるはずもない。
レランに引き止められた所で、城内にいたのは一時間くらいだろう。部屋に来たティアイエルと会話もしなかった。ただ無言で、セレアのクォーツを差し出した。
「これはお前に」
「いりません」
ずいぶんとはっきりものを言うものだ。顔つきから変わっていた。幸せそうに笑う姿は、エルカベイルに安堵をもたらした。
「これは本当に渡したかった人へ。私とは、もう会うこともありません」
「……すまなかったな」
ティアイエルは驚いて目を見張った。――二人にとってのこの一年は、長くつらく影のあるものでしかなかった。
「もういいですわ。――こちらこそご無礼をお許しください」
ティアイエルは去る。エルカベイルはその背中を見送った。
「王子!!」
「今度はなんだ」
「歩いていかれるのですか」
「他にどうするのだ」
「この国にいる間は馬のほうが速いと思われますが」
「……」
必要なくなったら、誰かに城まで連れて行ってもらえばいい。
「それもそうか」
すっかり高くなった日を浴びて、エルカベイルとレランは城を出た。
出て行く二人を見つめる視線は、一つではない。
「王子! それでどちらに行くつもりなのですか」
あまり、質問したくない内容だ。レランは思う。結局、あの女の行き先を追うのだから。
いくら出て行ったのが昨夜遅くであったとしても、広い世界中のどこかを旅する女を何の手がかりもなしに見つけるなど、いくら時間がかかろうが難しい。
「アストリッドに行くはずだ」
ほぼ確信のある口調で言う。
「たぶんな」
どっちだよ。
確信を持っているようで持っていない。とりあえず行き先は決まっているようなので、レランはそれきり口を閉ざした。
二人は今、馬を走らせながらエルファンから一番近い港町ミガユールに向かっている。
エルファンは海に近い。ミガユールに向かう道を半分進んだ時は、もう昼を回っていた。
林の中で馬に水を飲ませて、エルカベイルは木に背をあずけている。
「……反対すると思っていた」
「貴方がまた行かれるのならば、死んででも御留めするつもりです」
「なぜここにいる」
「貴方が行かれるから」
止めても停まるものではない。――ならば
「貴方がとどまらないのなら、私が追います」
それは――
エルカベイルが口を開きかけたその時
「何者だ!」
レランは引き抜いた剣を木々の間に向ける。
――何か、いる――
ザザァッ!!
突然、レランに一番近い木から大きな獣が下りたと思えば、それは一瞬で人の姿になった。
「……タキスト?」
レランの後ろでエルカベイルが声をだす。レランはその声を聞いたが剣を構えたまま下ろさなかった。
しばらく、誰も何も言わなかった。
ただ林の中は緊張であふれていた。二頭の馬は今にも逃げ出しそうにおびえる。鳥は飛び立つ事が許されていないように立ち尽くす。林の生き物は皆、逃げたい、しかし動く事ができない。
――木々はざわめく。
「……あの娘はアストリッドに行く」
破られた沈黙の先の言葉は、エルカベイルとレランを驚かすには十分だ。
「なぜおしえる」
あんなに、リールと仲が悪かったのに。
「あの娘を困らすならこの方法が一番いい」
「……」
どうやら、リールとタキストの仲は悪いままのようだ。
(俺が行くと困る。……そうかもしれないな)
タキストの言い分だとだ。それでも、タキストの真意をすべて理解する事はエルカベイルにはできない。
「アストリッドに行く用向きは我等が王の依頼だ」
エルカベイルが何も言わない事を不審に思ったのか付け足す。
「……」
信じるも信じないも、エルカベイルしだい。そうタキストは判断を下した。
ヒュッッッ ザッ!
その瞬間、また獣に戻ったタキストは走り去った。
言うだけ言ってあっという間に消えた男。レランは構えていた剣を下ろす。
「あれがルチルクォーツだ」
説明を求めたそうなレランに言う。
――なるほど。
レランは緊張の解けた林を仰ぎ、剣をしまう。
「行くぞ」
休憩は、もう十分だ。
「なぜアストリッドだと」
馬上でレランは質問する。主の言葉を疑ったわけではないが、よもやルチルクォーツに同じことを言われようとは。
「行ったことない国について話をすれば、行ってみたいと思うだろう」
「……」
それで、リールの素性にアストリッドという項目を加えたのか。たとえ行く事はできなくとも、行く先を知れる。
主の人を操作する術を、すばらしいと賛美すべきか、それとも……
考えこむレランの表情とは違い、エルカベイルに迷いはなかった。
さあ、旅を始めよう。……あの時のように――
「王。伝えてまいりました」
「悟られなかったか」
「……ミガユールで船に乗りました」
「……そうか」
セイファートはタキストの報告を静かに聞いた。あれからセイファートはタキストを近くに置いている。リールとの約束。見張るなら身の近くに置くほうが簡単だ。
「あの娘――……エアリー・リールは、ラビリンスの用意した“鍵”だ」
セレアを見つめていた視線を外すことなく言い出す。下がる事を許されていないタキストは命令の深意の一端を知った。
「しかし、今のあの娘の地位では準備は出来ても、実行は出来まい。それがラビリンスの懸念の一つだ」
そう、問題はそこだ。
「だからあれを向かわせる。あの男なら権力的地位は確立している。――よかったな、エルディス国王は后一人しか取らない決まりで。これで王座を争って兄弟争いなど起これば、面倒な事になる」
「これで、計画は実行に近づく」
ふと落とした視線はタキストに痛いくらいだったが、本当に痛かったのはセイファートだ。
「――我等には時間がない。時は、動き出したのだ……(……だが、……一番つらくなるのはお主だ。――ラビリンス――)」
セイファートは、何処までも繋がる空の先を、――悲しそうに、見上げた。
きぃぃぃ――
「あのように扱いにくい娘にしてどうするつもりだ」
部屋にいた侍女をすべて追い払い。広い部屋に入ってきた国王、カルバードは言う。
薄暗い部屋だった。日は暮れ、明かりを必要とする中、王妃は月明かりを浴びていた。
「心配なさらずとも。エルカベイルは帰りますわ」
「それは心配しておらん。――そうではない。なぜだ」
部屋の中央まで来た王の心配は王子ではない。
エルディス国の王は側室を取らない所にある。そのため、王妃はなによりも大切にされる。
困るのだ。あまり発言権を持たれるのは。
政治に関係してほしくもない。
四大大国エルディス国の裏の顔。それを知るのは、一握りでよい。
教養は必要だが、あまり聡いのも困る。
たとえ死しても、自分(カルバード)と后(フレアイラ)の統治の余波がある限り。
表沙汰にしたくない事を知られる。
阻止するために動かれる事。
すべて邪魔となる。
「ティアイエル(あれ)ならば……」
結局、王子の相手を選ぶ権限は、王子にあるはずがない。――王妃にあった。
カタッ
王妃は寝そべっていた長椅子から起き上がる。明かりの灯されていない部屋では月明かりが王妃の背を照らす。
――ゆっくりと、王妃は王に近づく。深い色のドレスがひるがえる。まとう雰囲気も、昼のそれとは違う。
背の高い王の首に、王妃は腕を回す。微笑んでるその顔は、昼のおっとりとした表情からは想像できないほど妖艶だった。
王はぞくぞくしている。それは昼とは違う王妃の表情に、体が歓喜を表している。
静かにゆっくり引き寄せた王の耳に、息を吹き込むように王妃はささやく。
「だって私(わたくし)――“お人形さん”には、厭(あ)いてしまったんですもの――」
***
―砂の商業アストリッド―
熱く広大な土地が広がる。土地の半分を砂におおわれ、半分を畑に。砂の上に人が住んでいる。長く長く昔から、商業の国として栄え、世界との物の 売買を行ってきている。今は、キリング・タイムの終結後、数えていけば97。どちらかといえば短命の多い先代アストリッド王等。97代国王は、首都アスラルの城内で人の行きかう様を見る。
一年を通して熱い土地で作られる香辛料。それは、他国でもことのほか人気のあるものだった。唯一ある高山の雪解け水が、人々ののどをうるおす流 れとなって、一本の大河となって大陸を横切る。
真上で照らす太陽が、行きかう町で会う人々、焼けた肌を持つ人々の活気のよさを表すかのようだった――
砂漠は、昼渡るのに適してはいない。商人は、人々は皆夕方から明け方にかけて、アストリッドの外へ、町の外へと渡る。商品を運ぶ。
商人も、町人も、旅行者も、旅人も同様。熱い昼日の日差しを避けるように、皆一様に影探し。
そんな中、アスラルに近い町の一角。いや、アスラルの玄関口とも呼ばれる町の中。通りの食堂は、にぎやかにわきたっていた。
「かんぱーい!」
「酒だ酒だ!」
「飲め~~!」
真っ昼間からお酒をあおっているのは、どうやら集団旅行のお客のようだ。旅先での新しい発見。喜び楽しみはめはずし。いつもと違う価値観文化。それと同時に起こる不安。緊張と我慢と萎縮……すべてが積みあがって、はめをはずした男どもは、まわりの客などおかまいなしに大声で騒ぎ歌い飲んでいる。
時間帯としては、昼の休息。食堂はすでに部屋に向かった人々と、食事を楽しもうという人々で埋まっている。宿として使われているので、旅行者や旅人が多く入り混じる。
注文や店員を呼ぶ声が、一階をおおう。
「とりあえずそれだけかな」
たぶん、今この食堂にいる旅人の中で一番若い。椅子に座り注文をたのに、真横の集団騒ぎをまるで無視。注文を取った女の子が戻るのを見送って、出された水を飲む。
コン!
テーブルに響く、グラスのあたる音。のどをうるおすと、リールは眠そうに口に手をあてた。
「どうするおつもりで」
熱い昼の日差しの中、ゆらぎの起こる砂漠の中を歩く人影。フードのあるマントですっぽりと体を覆った二人のうち背の高いほう。少し前を歩く男に、自分の主に声をかける。
アストリッド国は、この世界で最大の土地の広さを持つ。何の手がかりもなしに女一人を探すなど、かかる時間に気が遠くなる。小さくても十分な情報を集めて二人は、一人を追っていた。進行路から予測するに、向かっているのは首都アスラル。しかし、首都の中は膨大な情報が飛び交う事となるだろう。首都に入る前に――
言葉をかけられた旅人は、ずっと前を見ていた。前方に、ゆらぐことなくゆらいでいる町が見える。
―砂の腕サルド―
ここが、東から最短進路をとって首都にたどり着く前にある最後の町。アスラルの玄関口とも呼ばれる町が、二人を迎えていた。
「……騒ぎの中心にいるだろう」
それは答えになっているのか。
カイルの言葉に、レランは否定はしなかった。
(あ~~おなかすいた。食べたら寝よ)
食堂のテーブルに右のほおをつけて、突っ伏していたリールは思う。
(は・や・く! 来い!)
横の大騒ぎを眺める。
(二日酔いだな)
夜の出発は見送られるだろう。それぐらい見て取れるほど飲みすぎだ。すでに三分の一ダウン。ずいぶん酔いが回るのが早い気がするのは、まぁ旅疲れがあるからだろう。
それにしても……
(うるさい)
空腹のリールに響く声。
「お待たせしました!」
気絶させても酔いつぶれたと思うよな。と何をする気か危険な事を考えていたリールはがばっ! っと起き上がった。
「ど、どうぞ……」
ものすごい勢いで起き上がったリールに、運んできた女の子はおどろきながらも料理を置く。
「どうも~あ! 水もらえます?」
「かしこまりました!」
明るく笑って、水を取りに戻っていく。
「いっただっきま~す!!」
ぱくっとリールが食事を始めれば、後ろの連中は酔いながらもさらに頑張ったらしく……
「こんどは俺様だ~」
ろれつの回っていない男どもが、
「あそ~れ! イッキ! イッキ!! イッキ!!」
(イッキ飲みかい……)
「おおおお~~~!!」
そしてさらに盛り上がる。
(アホだ)
イッキ飲みで死ぬ事もある。食堂(ここ)で死なれるのは迷惑だ。リールは食べながら、一瞬不愉快そうに顔をゆがめた。
しかし、事態は思わぬ方向に向かった。飲んでいる一行一同)
とある男が立ち上がる。酒をあふれるほどつがれたグラスを持って。
「「「ぅおお~~~イッキ!! いっき!」」」
「まかせろ~~!」
(どうしよう笑いが止まらない)
はたから見れば落ち着いているだろうリールは、内心笑いを抑えていた。
が、立ち上がった男は、どうやら酔いが回ったらしく、そのまま後ろに倒れこんだ。
ガダーン!! ザバシャ! グガッシャーン!!
男が床に落ち、酒がかかり、グラスが割れる。
――……店の中は静まりかえった。
静かな沈黙を破ったのは、地に響くようだが高い声。
「……~~あ~ん~~た~ね~ぇえ~~」
ドガシ!!
ひっくり返って白目をむいている男を、リールは殺す……起きろといわんばかりに蹴り飛ばした。
「なにしやがる!」
起き上がった男はまたもリールに沈められる。
「ああ!? よくも私の食事に酒ぶっかけてくれたわね!!」
……そうなのである。奇跡的? にもリール自身にお酒がふりかかることはなかったが、料理とスプーンを持ってた手にはかかった。
「殺す」
時々思うが、時々か? リールは、食に関しては恐ろしい。まぁほら、空腹で寝不足だったし。
――……フォローにもならない……。
カイルとレランは町の通りを歩いていた。微妙に、レランが後ろを歩くのは変わらない。
町に入ったカイルの結論は、「とりあえず、食事だろうな」と。という事で、二人は食事のできる店を探し、巡っていた。六番目の宿屋の看板が目に 付いて、入り口まであと少しというところ、
ドガシャーーン!
それなりに重量のあるはずである扉が、派手な音を立てつつ突然開かれた。通りを歩く人々はまばらだったが、皆行動が止まり、視線が出てきた男に、いや、開かれた扉の先の影に集中する。すでに男はのびている。投げ飛ばされたか蹴り飛ばされたか突き飛ばされたか。
呆然と、男と影を見比べる。
「な!! なんだお前!」
なんとか気がついたらしく、(いいのか悪いのかすごいのか)男は扉の中に向かって叫ぶ。
「あ!?」
中に見えていただけの影は、不満そうに声を荒げて現れた。
(お前か……)
レランは自分の勘を呪った。
開かれた扉をくぐって女が現れた。――もちろんそれは、エアリー・リール。
「ひ!」
出てきた女の顔を見て、男は短く悲鳴をあげた。
「……なんだって……ああ!?」
低い階段を下りたリールは容赦なく男に向かい進む。正直怖い。
「え? ひ!? ……あ、いや……」
男が取り付く暇もない。
「真っ昼間から酒なんか飲みやがって……まぁそれはいいとして、」
後ずさりする暇もない。
「私の食事を邪魔するなんて……」
「終わったな」
カイルは一人つぶやいた。――レランには聞こえたが。
「そ・れ・で!」
ダン! と男の足を踏みつける。
「あぎゃ!」
「なんだって……? 酒に酔って邪魔しやがって……」
「な! なんかお前に関係あるか!?」
「ないわ!!」
ドゴッ!
トドメといわんばかりにトドメさして、リールは店の中に戻った。
バァン!!
開いたときと同じように、荒々しく扉は閉じられた。
「……」
「……いたな。」
勢よくリールが閉じた扉を見ながら、カイルはレランに話しかけた。
動かない男を前に、通りの人々は閉じた扉を見続ける。――男が二人、入るまで。
気絶した男はほっとかれた。
ガダン
リールは席に戻った。
店の中にいる人々は、呆然とリールを見るしかない。
「……ねぇ」
まわりの沈黙を、さらに緊張させてリールの声が響いた。
「それ」
「え!? ……はい!」
ビ! っとリールは料理皿を指す。それは、リールが頼んだ料理の二品目。
「あ! え!? お! お待たせしました!!」
あわてて女の子が、前の皿を片してテーブルを拭き、新しい皿を置く。
……こぽこぽ…
コップに水足して、戻っていった。
「……いただきます」
――しきりなおし?
ちなみに、騒いでいた団体は早々に退散していた。
(……ほんっっとに……)
スプーンでピラフを口に運びながら、もくもくと食べる。
ゴクゴク
左手に持つコップに力が入る。
ミリッ
不吉な音を立てような……
だん!
コップをテーブルに叩きつけ、一度も放していないスプーンを口に運ぶ。とそこへ……
「あいているか」
聞こえた声の先を無言で睨みつければ……
ガシャ!
落ちたスプーンと皿が合わさって、耳障りな音が響いた。
「……」
右手に持っていたスプーンを取り落として、リールは目の前の人物から目を放すことができなかった。
さっきまでの怒り具合はどこへ? 固まったように動かない。
(……動揺しているな)
(動揺してる動揺してる)
そんなリールを見ているレランとカイル。
――……。
店の中の人々が心配になるほど、リールの行動は止まっていた。
(叫びだすか、切れるか、逃走。まぁこれぐらいだろう)
リールは次にどんな行動を取るでしょう!? をカイルは三択問題にしていた。
「……は?」
あ! 動いた。その場にいた全員が思ったことだろう。かなりまぬけな声をあげていることに気づいているかどうか。
「――ちょっとこい!!」
立ち上がったリールは、レランを強引に引っ張って店を後にした。
……。
呆然と光景を眺める店の中の人々。……残されたカイルは、とりあえず席についた。
「なにやってんのよあれはーー!!」
裏路地の一角で、リールはあらん限りの声で叫んだ。
「ちょっと! 説明しろ!!」
「私にきくな」
「ってゆーか! 説得しろ!!」
――こんなところに来ないように。
「できるなら私がしている」
お前に言われるまでもない。
――じゃぁなんでいるのよ。
「説得して!」
「お前が言うことか」
レランは迷惑そうにリールを見ている、なぜ、お前の相手をしなければならないのかと言わんばかりに。そして、原因はお前にあるとばかりに。
「え~……ぇ……」
「……」
言葉もでないリールを、レランは容赦なく置いていく。
「……」
――モドル。
それしか、リールの選択肢はないように思えた。
「……あんたさぁ。……なんで人の料理食べてんのよ!」
自分の荷の横に戻ったリールが見たのは、注文すべてやって来た料理を食べているカイルだった。
基本的に、カイルは自分から食事をする事はほとんどない。城にいれば無条件で出てくるし、リールといれば目の前で大量に平らげるし。目の前に出されたら食べるだけであって、何もなければそのまま食べずに一日でも三日でも過ごすだろう。さすがに一週間もたてば何か口にするだろうが。独りでほっとけば食生活はどうなる事やら。
すべてと言ったが、ようは適当に皿の中身を平らげているのである。あるものはあと半分、あるものはあと少し。あるものはほとんどある。といった具合に。
しかし、リールの注文した料理の量は、普通なら三人前は軽く超すだろう。カイルだってそんなに食事量が多いわけではない。
(これだけ一人で食べるきか)
レランはあきれを通り越して、無視する気にしたようだ。
ガタン
リールもレランも席についた。店の中の人々は、あまりの目まぐるしさに付いて行けていない。
「あの~……」
おそるおそるといったように、男の一人が声をかけた。
「……」
「なんだ?」
「――」
「これを……」
それは、さっきリールが食べ損なった料理。
「皆さんでどうぞ……」
なんとなく何が起こったか想像したカイルは薄く笑った。
「それはどうも」
それから三人でもくもくと食べ続けた。――誰も何も話さなかったが。
「なにやってんの」
店を出て、歩き始めた矢先。リールはカイルに言った。
「俺がしたいことを」
あっさり返事を返された。
「だから!」
「おい」
口調に力の入ったリールに向かって、レランが声を出した。
「なによ! ――は?」
目の前に突き出された手紙を、リールは意味もわからず受け取った。
「なにこれ――……」
ひっくり返して、誰も何も言わない。まっさらな封筒には、何も書かれていない。
「?」
ぴり
中身を傷つけないように、慎重に開ける。
ぺら
出てきた一枚の紙。カイルはもとより、レランも興味がないようで、二人の視線は夕暮れの通りに向かっている。
「……あのバカップル」
ガグシャ!
破りながら握りつぶした紙を、燃える松明に放り込む。
「あの男もずいぶん燃えていたな」
「心配しなくても、裏表ならあんたの方がたち悪いから」
「あそこが首都への入り口か」
「……自覚なし?」
容赦なく言い放つ。しかし、聞いてない。
「……なにやってんの」
「わかっていてやったんじゃないのか」
あれが解決すれば、どうなるか――
「……」
――それ以上の質問に、疑問に答えられることはないように思えた。
いらだちとあきらめと不安と――……なんだかよくわからない気持ちが混ざり合ってたリールは気づいていただろうか?
夕暮れに人通りの多くなった道通りを歩く三人。
けして近いわけでもない。並んでいるわけでもない。カイルに一歩遅れて横にリールが、二人の間の真後ろにレランが。声が聞こえる範囲。それでも、 通りの誰も、三人の間を通る事はなかった。
――まるで、近づいてはいけないように、三人の事を避けていた事に。
日の暮れた夜の闇を、砂を照らす光が空高くどこまでも照らしていた。
城壁と城壁の間を登り、下り、二つの門をくぐる。ここばかりは人々が、あちらこちらと行きかうようで出るは入るは流れるは。人と人が混ざり合い。物と物とが行き、渡る。
「で、お前は何をするんだ」
「……」
話しかけられた声を無視して。道の途中にある図書館へと足を運ぶ。入り口の階段を二段上がったところだろうか。
「行くぞ」
カイルはレランに声をかけてさらに先へと歩き出した。歩いていく先には城壁に守られた低く広い城が見える。
(逃げたところでまた追ってくるわね……)
己の足で行ける所まで――どれだけ行っても無駄な気がした。
(絶対追って来る)
カイルとレランの姿が人ごみに混じり消えると、リールは裏路地へと身を潜めた――
「どうするか」
「何を悩んでおいでで」
「あそこに行くべきか」
アスリッドの城。―サンディア城―
道の先に見える城壁。砂嵐から守るため。強固な石で積まれている。もちろん、町の城壁も同じ造りだ。
「行きたくないのですか」
「と、いうか……」
エルディス王子として、行きたくないのである。――今は、カイルと名乗るのだから。
「ただ、後でばれたときがな。あの化け狸はどこで情報を仕入れるかわからん」
「そうお思いなら口を慎んだほうがよろしいのでは」
あまり高い建物を好まず。それでも影を多く作るように造られた町並み。ふっと横道に入り、さらに奥へ――
月明かりと、空を照らす松明の明かりを通さない。濃い影の道を、細く入り組む道を歩く。明るい町の活気ある声は、もう、届かない。
一定のリズムの足音は、……止まらない。
止まった。
きぃ
ともすれば通り過ぎる小さな店。いや、看板もないこの店は、はたから見ればただのぼろ家。
「――いらっしゃい」
正面のカウンターの向こうに座る店の主は、自分の店に似つかない客に一瞬かまえるが客は客だ。
こつ、こつ
不規則に、靴音が響いた。カウンターの後ろに並ばれた小瓶が、ここが何の店か物語る。
店の亭主は静かに、入ってきた客をにらむ。
「……――ここに、ある」
「(―――!)……お客さん。ここはしがない薬屋ですよ」
「……」
無言で、小さな小瓶を取り出した。
「……どうやらあなたはお客のようだ」
店の主人はしわのある不機嫌そうな顔を、口調は柔らかく硬い表情で言った。
「失礼。最近うわさを聞きつけた奴が効果に酔いしれて買い占めることが起こっているので」
「そう――」
「ですが、あなたが?」
どうするのですか? そう聞きたそう。
「最近の売れ行きはどうなの?」
「……よく売れておりますよ。ただ、力は薄くなったように思いますね」
頻繁に買い求めるようになった客が多い。と……
「お客さん。本当に買うのかい?」
買えるのかい?
ふっと笑って、リールは重い皮袋を机に落とした。
かさ
小さな紙の袋を開ける。濃い緑の、いや、黒といったほうが早い瓶の中身を眺める。人気のない井戸のそばで、蓋を開けた。
静かに口に含めば、強烈な苦味がおそう。ともすれば麻痺しそうな味の液体を、ゆっくり味わう。
そして――
がほっゲホゲホッッ!!
小さな井戸の枠に手をかけ、飲み込んだものを吐き出すまいと口を押さえつつも、こみ上げる吐き気に、気管に入りむせ返り咳が止まらない。
ゲホゲホッッ!
井戸のふちについた手で、崩れる体を支える。
……っはぁはぁ…
体が拒絶する異物を、無理やり飲み干した。吐き出せずに飲み干した。
「う……く……」
口に含んだ瞬間の感覚。飲み込んで起こった異変。……体が受け付けようとしない。
ゴクゴク
汲んだ井戸水を飲み干して、無理に沈めた息を吐く。
「へたくそ……」
中身の残る瓶をにらんで、重い体を持ち上げた。
歩く二人は適当に、門番をあしらって城の中へ。国王に謁見を求める者の集まる部屋へと向かう。
「国王陛下に謁見を……」
入れ違いに出て行った人を見送って、レランは受付を行った。
「三日待ちになります」
受付を行っている女性は無表情に言った。あれのために三日も待てるか。
身を乗り出してカイルが言う。
「名前だけでも取次ぎを。エルカベイル・ビオレドラル・エルディスと」
女性の顔色が変わって、ああ表情もあったのかとカイルはぼんやり思った。
その場で出されたお茶を飲んでいると、見たことのある顔が扉の向こうからやって来た。
「突然のお越しで何も対処できず申し訳ありません。しかし、先んじて何かご連絡くだされば迎えをよこしましたのに」
「いや、今は私用で来ている」
「……さようで」
(疑ってるな~)
無表情だがあきらかに不信感のよめる男は、ノルラド王の護衛だ。
「王に挨拶を」
あまり深く問いただされる前に。カイルは用件を切り出した。
「突然の訪問の非礼をお詫びします。アストリッド王ノルラド陛下におきましては、息災でなにより」
「たてまえは終わりにしろ。エルディス王子。お前がわざわざやって来るなど、この国がつぶれようとありえない事をしている目的はなんだ」
玉座で見下ろすアストリッド王は、面白そうにカイルを見ている。
「……」
「なんでも、連れがいるそうだが、」
「おりますが」
‘連れ’は、いる。
(どこまで知っているか。どちらにしても、長引くとこちらが不利だな)
簡単には済まされそうもないこの謁見をいかに早く終わらせるか。不敵に笑う玉座の王に、カイルはゆっくり目を向ける。
「……あの化け狸」
「ですから、声に出してよろしいので?」
「今更取り繕っても同じだ」
もう明け方の近い時間だった。
「仕事しろ」
ずっと自分をからかって遊んでいた王に。
来た道を早足で進む。――図書館まで。
ぐ――
「「……」」
さて、どうするか。
広く本棚の並ばれた空間。よくもまぁ見つけたといいたいような、人気のない場所の机に突っ伏して、リールは眠っていた。頭の下にひかれた本と、机の上に散らばった本。……こんなに読むつもりだったのか?
「眠いんだよな」
おなかいっぱい? 食べて。しかしここまで近づいても起き上がらないのはなぜか? ほとんど人が来る可能性もない所だが無防備すぎるのではないか。
「もうすぐ日が昇りますから。どこかで宿をとって休むべきかと」
レランは主を気づかって提案する。これ(リール)はおいといても、王子はずっと国王の相手をしていたのだから。腹の探りあい。誤魔化しあい。やはり食えない化け狸。暑い昼間の旅路は避けて、出発は日暮れにするか。カイルは手ごろな本を手に取った。
「おきろ」
バシッ
重い本で頭をたたく。
「ったーー……あ?」
頭を抑えつつ、リールは顔を上げた。
「行くぞ」
「ん~……」
ガッ!!
立ち上がろうとした瞬間、椅子の足に自分の足を引っ掛けた。
(!!)
危うく倒れるところだったリールはレランに受け止められた。
「何をやって……」
驚いて声をかけたカイルが声を失った。――本人が一番驚いて、驚いたまま固まっていたから。
(……――! っっ)
「おい!!」
まるで動かないリールを、カイルが激しくゆさぶった。
「!」
はっと目を向けたリールは、目をそらした。
「……気をつけろ」
それだけ言って、カイルはリールの腕をつかんで引いていく。
――本はそのままに。
チラッと振り返ったリールだが、
(ま、いっか)
司書の敵だなお前ら。
「……(歴史書。……)」
一方レランはリールの下敷きになっていた本を見る。それは、一般向けに造られたキリング・タイムについてのこの国の見解が載っている。いわゆる、世間一般に知られることだ。それに――他の本は植物事典、医学書、言語 学書、法学書、文学書、娯楽本、はては童話まで。
(いったい何をするつもりだ)
まったく読んでいる本に傾向がない。すべて読んだかも怪しい。なんて考えていたのだが、――主が行ってしまう。当然のごとくおいていたれたレランは、開かれた書もそのままに廊下へと足を速めた。
人気のない机で、……静かに、開かれた書のページがめくられるように動いた。
「寝ろ」
部屋を二つとった宿の奥側の部屋にリールを押し込んだ。
隣の部屋に入って、カイルはベッドに腰を下ろした。
「王子。少しお休みになって下さい」
レランが水を差し出しながら言う。
「ああ」
そう言いつつも、何かを考え始めた。
「何をお考えで」
聞かなくても答えは一つだ。はっきり言って聞きたくもない。しかし解決しない限り主は休もうとしないだろう。……あの娘の存在理由を消し去りたい。
「……調子が悪いように見えたか?」
全然全くありえない。
「そのようには見受けられませんでしたが」
「逃げ出してないぶんおとなしいと思ったが、どうやら何かしていたようだ」
「あれが何かご存知で」
いったい何処から来た者なのか。血縁は。出身は。職業は。歳は。名は――?
「ずいぶんと知りたがるんだな」
「この世で一番信用に値しません」
ははは。面白そうに笑ってカイルはベッドに身を沈めた。
……はぐらかされた。主に休んでほしいと同時に質問の答えを求める思い。
――結局。主を起こしてまで、答えを求めるわけにいかなかった。
「やっっほー」
「……」
間の抜ける声に脱力しながら、まわりに人気のないテーブルへと近づく。そんなカイルを遠巻きに眺める人人人々。
やっぱり。そんな思いが生まれていた。
――目を覚ますと、レランが消えていた。……いや、ありえないだろと思い直し、隣の部屋へと向かう。案の定もぬけの殻と階下の声。――気のせいか。不安を消し去って、階段に向かった。
階下の光景はさすがとしか言いようがない。
遠慮など思いもしないように、メニューを読み上げる女。その向かいで、一向に不機嫌な顔を崩さず酒を飲む男。
二人の間のテーブルの上に、グラスが二つに酒瓶が三本。――あと床に空二本。
いわく、
「このお酒おいしいのよね~~飲みなさいよ一人で飲んでもつまんないじゃない」
まぁ飲みでもしないとやっていけない。
もうすぐ夕刻に近い時間。宿で食事をとっている人々は、そんな二人(飲んで食べ続ける女と不機嫌オーラで飲む男)を避けるように食事をしている。混んでいる店内で、二人のまわりだけ空いている。
階段の手すりを握りながら、下を見下ろすカイルの肩が震えている。自分から見える光景を楽しむように、ゆっくり階段を下りる。自分の姿に注文を増やした女(リール)と、安堵した護衛(レラン)を見ながら歩く。
人々の注目を受け流し、カイルはレランの隣に座った。
――結局、支払うのは自分だ。
「おい行くぞ」
支払いを済ませたカイルが戻ってくる。
「はぃ?」
いったい何処に行く気なんだ? リールが首をかしげた瞬間。またも引きずられるように店の外へと歩かされる。
店の外では、いつの間にかレランが砂漠を渡るために駱駝を連れていた。貸し動物なのだろう持ち主から操り方を教わって、早々に、首都をあとにした。
「ってだからドコに行くのよ!」
夕日を背に。砂よけのマントとフードをかぶり、リールは叫んだ。首都がもう背後で小さくなっていた。
カイルが無言で、リールの前に片手に余る金属片を見せた。
「なにこれ?」
「通行証」
「は?」
「オブシディアンに会うのに、正当法が通じるわけがないだろ」
「……」
どんな不当行動に出たことやら。
レランは深くため息をついた。そのために国王に挨拶に言ったのだから。通行証をほしがったカイルに、ノルラド王は一番腑に落ちなそうだったが、最終的には、通行証を手に入れるまでにいたった。
リールは目の前で通行証を差し出したカイルを見ていた。そういえば、権力地位があったわね、と。
「なんで知ってるの」
話してないし、第一、なぜここにいるのか。小さくつぶやいた言葉に、あっさりと返事が返る。
「タキストが言いに来た」
「へ~(あのやろう)」
――やられた恨みは百万倍返し――どうやら高く売られたけんかを買うようで。
「セイファート王に言われてやって来たと言っていた。どうやら王は約束を守っているようだな」
二度と勝手な行動をとらないように監視――といったところか。
「へ~」
怪しくにこやかにリールは笑っている。
(子供だな)
どっちもどっち。
「なんか言った?」
じろりとにらまれる。
「俺じゃないぞ」
「お前か!」
リールはレランを振り返る。
(……疲れる)
しかしどこか空元気であるような気がするのは気のせいだろうか――
夕暮れの砂漠を渡っていると、月が浮かび上がった。目的地に着いたのは空の先が白く輝きだした時間だった。
「お待ちしておりました」
大きな神殿の前で、紫の衣を着た人物が迎えに出ていた。
「王より来客があるとのお知らせがございまして」
(客ね……)
のちのちに利用されそうなあつかいだ。
「しかし、」
ちらっとカイルの後ろに目を向けた後。
「二名いらっしゃるというお話でしたが……」
「情報のあやまりだろ」
「……」
「それとも、このまま引き返させるか?」
客として迎えたのならば、もてなさないと後で処罰を受けるのはお前だ。今から確認を取っている暇はない。聞いた話は二人だが、本当は三人だったのか?
(うわ~~かわいそうに)
(二人といわれてもしかたないでしょうに)
このまま押し切る気だ。まぁ二人でなければならないと言われれば、置いていくのは決まってる。
「しかたありませんね」
男は、三人を神殿の中に導いた。
「オブシディアンは、この地の下にその身を移されました。入り口はこの神殿。ほかの入り口を私共(人間)は知りません。ここは魔術師が監視しております。しかし、終結後七百年の間、誰も中に入ったものはおりません」
(当然のあつかいだろうな)
――どの国でも聖魔獣の扱いは同じか。かかわることを恐れ、人里から遠ざけ、存在を否定する――
事実、一般市民への歴史の歪曲はすさまじい。何においても、真実を知るのは一握り。
リールとカイルなど当事者から話を聞いているのだ。これ以上貴重なことはない。
一定の間隔で円柱の立ち並ぶ道を歩く。――所々で燃える炎がゆれる。それきり、誰も何も言わない。
「こちらの間です」
別段大きいわけでもないが、すさまじい威圧感のある扉。案内した術師は鍵の束を渡す。
「私(わたくし)は興味などありませんので」
あっさり言い捨てて、案内した術師は離れて行った。頑丈な扉の、鍵を十個ほど置いて。
「……なんか多くない?」
なんかとか言うレベルでない。
「さすが国家機密と言うべきか」
「ただの臆病者でしょ」
リールは鍵の束を奪って、早速一番目の扉を開け進んでく。
――扉はどうやら相当重いらしく、自分一人だけ開き、中に入り進んでいく。
カイルは鍵の開いた扉を、レランが支えるままに入って行った。
七番目を過ぎて、八番目――あと少しか。ふと、同じ扉が続く道を歩きながら……
「きゃあぁあ!」
前方の叫びに、自分で扉を開け放った。
九番目の扉は、木でできていた。大きさも、今までよりずっと小さい。人の背の何倍かはあろうといった扉は、伸ばせば自分の手が届くであろう高さに縮まっていた。木彫りこそ、壮大なテーマで何か模っていたようだが、なぜか、風化のない扉はそこだけ見えずにかすれていた。
「おい……?」
ゆっくりと扉に近づく。
扉の向こうは、何もなかった。一面の闇に、深く深くどこまでも、暗い穴があった。……底は見えない。天井は高く作ってあったが、闇の中ではそれすらもはっきりしない。
「……まて? ……」
――落ちたのか?
「ちょっっ……なにこれ」
あ、いた。……後ろで舌打ちが聞こえたのは忘れてやるとしよう。
かろうじてすぐ下の岩を片手でつかみながら、吸い込まれそうになりながらもリールが壁に張り付いていた。
「まだ九番目でしょうがぁ!!」
鍵の数は十個。扉は九個。
「性格があらわれるな」
――この国の。
とりあえず引き上げるか。身を乗り出したカイルを止めて、レランがリールに近寄った。
「さて……と」
ちょうどリールも壁を蹴って上に上がろうとしたその時。
ガキン
不吉な音とともに、リールのつかんでいた岩が割られた。
「っっっきゃああぁぁっ!!」
遠ざかる悲鳴を残して。リールは落ちていった。
「……落ちたか。……なにもわざわざ岩を砕かなくても」
「斥候ですから」
【斥候】(セッコウ)…敵状・地形等の状況を偵察・捜索させるため、部隊から派遣する少数の兵士。「広辞苑」
よくよく穴の深さを覗き込んで、底までの距離が測れないことを悟る。
「……」
「王子、あちらに――」
「?」
見れば、暗闇に慣れた目の中に石の階段が見える。
「ああ」
納得して、カイルは階段へ向かった。
「……」
いまだかつてないほど、リールは不機嫌だった。あいかわらず悪運はすこぶるよいらしく、さほど怪我がひどいわけでもない。落ちたのは砂のあり地獄で、抜け出すのに一苦労。近くにあった地下を流れる川で、水浴びをしていた。
――当然。暗闇の中。
水音が響く。
底の見えない螺旋の階段を、カイルとレランは下りていた。
「ある意味、落ちたほうが早かったな」
しかし、底がどうなっているかはわからない。――冒険するのは、一人で十分だ。
レランの持つランプの灯が、乏しく足元を照らしていた。
さく
ここが底――?
前にかかげさせた光で見ると、どうやらあり地獄のようだ。
――よかった。落ちなくて。
「死んだかーー?」
見渡して、広い空間に呼びかけた。
「殺すんかいぃ!」
飛んできた荷物を受け交わし、レランが受け止めた。
聞こえた声は頭上から。
「どうした」
「白々しいわぁ!」
一通り叫んで、リールは高い岩から飛び降りて、明かりの照らす二人の前に姿を現した。
水滴が舞って、カイルは目を細めたが、リールの髪がぬれているのを見て、なるほどと納得したように。
「川。か?」
先ほどから聞こえる水の流音。
「ああ。あっち」
目の前の岩の後ろを指す。
「……」
ずいぶんと、度胸があるというか相変わらずというか。
ここに来てあびる殺気を、まわりすべてを覆う気配の中で――水浴び?
「うるっさいわね。砂まみれでいろっての?」
……何も言ってないぞ。ああお疲れ。
「役にたたない」
あっさりレランがつぶやいた。
ふとカイルは思う。――最近口数増えたな。
「待ってたんでしょ。……残りを」
暗闇になれた目で、まわりを一周見渡して、レランに明かりを消すよう言った。
闇に灯る明かりが消えて、響く声も聞こえない。
――静寂と、暗黒――
「「「!」」」
朱い――
次の瞬間。まわりの空間に朱が映し出された。
――暗闇に映る朱い目――
幾億個という目が、……目だけがまわりを取り囲む。暗闇を埋め尽くす朱い輝きは、細められ、そこだけ闇を切り裂いたよう。体にまとわりつくように、視線は三人を放さない。正面から岩の上まで。はては高い階段のような 岩壁から見下ろす。
朱く瞳孔の開いた目が、ギョロリと動いた。威圧の視線が上から下へ、下から上へと這いずり回る。瞬くことなく目が光る。
背中あわせで視線を受けていた三人は、動かなかった。
レランは目が現れた時点で、剣をかまえている。
カイルは手をかけているだけでまだ抜いていない。
リールは……?
あろうことか剣もかまえず、視線の行動がひと段落した時点で歩き出した。
「おいおい!!」
「何をしでかすかわからんな」
王子とはまた違う意味で。……なぜかレランは冷静に分析していた。
カツカツカツ……カツ!!
ひときわ大きく靴音が響いたのは、足元が砂から岩の上に移ったからだろう。
「……聖魔獣がオブシディアン・ヴォルケーノ王に預かり物よ。いらないって言っても貰ってもらうわ」
朱と闇しかない空間に、リールは声を張り上げた。
「……(押し付けに来たのか?)」
「……(まだ途中で捨てなかった分ましだな)」
二人は思う。レランの剣はかまえたままだ。いつの間に抜いたのか、カイルもリールの背後で剣をかまえている。
後ろの威圧と、声を張り上げた本人の度胸? ……どことなく怒りというか、八つ当たりのような雰囲気をかもし出しているのは気のせいか?
「別にいいのよ。このままなら帰るだけ」
――取り次がなくて、後で損害をこうむるのはあんた達なんだから。
はるかに数の多く自分より強いであろう龍に、リールは脅しかける。
「なるほど、面白い者を用意した」
これまでの、まわりと同化するようではなく一つの気配が現れた。静かに地に響く声とともに。
まわりで炎が燃え上がった。――火の玉。……そう表現するのが一番いい。しかし、それよりももっと大きい。一抱えはある炎が、空中で燃え上がっている。
突然の火の光についていけなくて、手で目を覆ったリールが、ゆっくり前をにらんだ。
「なにするのよ」
「……おや? 人間は光あるほうがいいのではなかったか?」
「もう少し状況考えろ!」
「……」
今まさに自分が面白いと表現した娘が、そちらに都合のいいようにしたはずなのに食って掛かる。――よく見れば、瞳孔の開き具合が変わっている。ああそうか、人間の目の調節機関は儂等と違う。思い出したように言った。
「不便な物だな」
「あんた誰?」
「……」
つくづく、面白い。
くっくっとのどを鳴らして笑っていると、不機嫌そうにこちらをにらむ。
後ろの人間は今にも切りかかってきそうであった。
人間にあったのは幾百年ぶりか――
「来るがいい」
背を向けて、歩き出した。
(あれは――!)
突然の光になれた目で眺めると、まわりを埋め尽くす漆黒の龍。硬く光る表皮に、長い尾。尖る皮膚に、鋭い爪。羽こそないものの、発達した足。そして、こちらを睨む、朱い目――正面に現れたひときわ大きな龍の右目に走る傷が、とても印象に残った。その目には何も映すことはないが。
「あれが、オブシディアン……」
つぶやいた言葉に、さすがのレランも驚きを隠さない。
「本当にいたのか……」
「これで二種族目――」
呆然とつぶやきながら、それでも何かあれば切りかかりにいける態勢だった。――さぁ誰にだ?
前方には、さほど驚いた様子もなく不機嫌そうなリール。その目の前に立つ……いや、前例からして(ルチル略)、そしてまわりの態度を見ればたぶ ん……。
短い会話(になってないだろ!!)を続ける二人? ……一人と一匹?
先を行く王(もう決定かよ!!)そして後をついて行くリール。
カイルは剣を収め、自分を避けるように作られた道を進んだ。レランはついて行くしかない。
「して、儂に預かり物とな」
「ああ~え~~……」
大きな洞窟の中、奥には池のように水が引かれている。天井に火を浮かばせた。三段ほど高くなった台座に座り見下ろし、いきなり用件をきりだしてきたオブシディアン。リールは視線を別の場所へと移す。……広い空間だった。照らされた天井は何処までも続き、岩壁の間の鉱物が浮かぶ火の灯に反射している。球状の天井の一部が、ぽっかりとあいている。そこもまた先は見えず、暗い。
一通り見渡してから、ちらっと後ろに視線を向ける。当たり前のようにそこにいる男と、当然のごとく立つ男。……どっちが厄介か。……なんて事を気にしているわけではない。
小さく小さくため息をついて、ゆっくり、首にかかる鎖を引き出す。ふわ! 金具をはずし手のひらにおさまった物は、突然浮き上がり王の下(もと)へと。
カイルとレランは黙って見ていた。
王の目の前にネックレスが浮かびあがっている。漂うにふわふわと。
そして――鎖にかかる水晶から、この場に似つかわしくない翠の光が生まれた。
小さい光が大きく強く――
ぱぁん!!
そして輝いたと思った翠の光は四散し、後には、何も残っていない。
「……」
もともと静かで、話したいことがあるわけもない。リールは黙って前を見ていた。光をあびて瞳を閉じるオブシディアンを眺める。
長いようで短い時間。どれほどだったのだろう。閉じた瞳が開いた。
「――名は?」
今まさに思いついたように問われる。
「エアリー・リール」
隠すことでもないし。問われるまでの過程は忘れる。
「ほう…」
朱い目がなにか見定めるように動く。それから、その視線が後ろに向かったことに気づいた。
「エルカベイル・エルディス」
「レラン・グライン」
本名名のると思わなかった――
「考えたな……」
……何の話だ?
エルディスという言葉に反応を示したらしいオブシディアン。しかし、どこか納得している――?
思いっきり首をかしげるリール。とは言っても、さほど重要そうにしているわけでもない。
――どうやら、儂も何かせねばなるまい。
意を決したように動く目。ふいっとネックレスが奇跡を描き、リールの眼前へとやってくる。
……手を伸ばして、下りてくるのを受け取ろうとすると――
ぼ!
「わっっ!!」
朱い炎に燃やされる。
「って! ……?」
一瞬にして燃え上がった炎は、静かに水晶に引き込まれ、リールの手のひらに落ちてきた。薄い翠に色づいていた水晶が、今度は朱色に染まっている。
「シーネリーに渡せ」
「誰よ」
「ああ……アクアオーラと言うべきか」
「なんで私があんた等(聖魔獣)の仲介人しなきゃならないのよ」
「ほおぉ」
「冗談でしょいかないわ」
拒否するリールを眺めた王は、静かに腕を動かした。
「?!」
リールの手の中のネックレスが浮かび上がって、勝手に首にかかった。カチッと不吉な音がして、王の瞳が金色を帯びていたことに気づいたら、リールはあわてた。
「っ――! ちょっっ!!」
――外れない。止め具が動かない。
「無駄だ」
「外せ」
「そうしたらお前は行かないだろう?」
どこか馬鹿にするように言う。
「行ってもらう。何があろうと」
「……」
カッ!!
怒りにゆれていたリールは、王を睨んでその場を去った。振り向きもせず、来た道を進んでいった。
(……)
自分の横を去っていったリールを見送って、カイルはいろいろと思案していた。持っていたんだ、とか、セイファートは何をよこしたのかとか、目の前の王はどのような者かとか、驚いたり安心したり疑問。……上げた視線で、オブシディアンの王を眺めた。かち合った視線を受け止め、はずし、ひとつ礼をして歩き去った。
「……セイファートめ……」
歩き去った背中をまだ見ながら、ヴォルケーノはうめいた。
「王」
ずっと後ろにいた一匹の龍が現れる。
「大丈夫でしょうか?」
「心配はいらん。あれは何があろうと役目を果たす。……ラビリンスにそう仕込まれているのだろうから」
地下は炎に照らされ、その姿を映し出す。巨大な地下空間は、所々に火が浮かび灯り、明るい夜のように景色が見えた。
岩が山のようにそびえ立ち、個々に洞窟が見える。
ドガ!!
怒りつつ立ち止まり、岩のひとつを蹴り飛ばす。
振動が伝わって、小さな石が転がり落ちてきた。
「?」
泣き声が聞こえたような――? リールは急な岩の斜面を、目を細めて見上げた。
「……いったい何がしたいんだ?」
後ろから歩いてきて、地に置いてある荷を見た。何事かと見上げ、岩壁をよじ登っている荷の持ち主に、呆れ半分に問いかけた。
答えは返らない。……聞いてない。
ザザァッッーーー
岩壁を滑り降りてきたリール。その腕の中に抱えられていた子龍。
「小さいな」
「なんかね」
小さいといっても一抱えはある。しかし、ヴォルケーノの大きさから比べればあまりに小さい。
「こんなにちっさいのもはじめて見るわね」
いいながら、リールはずっと子龍の背中をなでていた。……なぜか子龍は、ずっと震えているから。
「寒いわけじゃないだろ」
地下に収まる空間は、火の光に暖められて、暖かいと感じるくらいだった。
「……脅えてる」
――何に?
答えは、すぐそこにやって来た。
歩き出した三人を追う二つの影、――そう。その背後から、自分の仲間に向かって襲いかかった。
岩と岩の隙間で、一匹で震えていた子龍は脅えていた。小さな小さな気配を見つけ、見慣れぬ自分の姿に戸惑う子龍に、リールは静かに穏やかに話しかけた。そして――いまだ震えていても、子龍は腕の中に、背をなでる手を拒否しない。
「大丈夫」
ぎゅっと子龍を抱いて、微笑んだ。その歩みは止まらない。
同時に、その後ろでリールに向かって飛び掛ってきた二匹の龍が、剣を抜きながら振り返ったカイルとレランに、容赦なく足止めされた。
「「ぎゃ!!」」
大きさで言えば、レランとそんなに変わらない龍は、地面に叩きつけられた。それでもなお、リールに、いや目的は子龍になるのだろう。それに向かって襲い来る。
リールの腕の中で震える体をさらに硬くして、うなり声に脅える子龍。
一方のカイルとレランは二匹の龍をうまく誘導し、正面から叩き合わせることに成功した。
ぐしゃぁっ!
激突し、地に倒れこんだ龍は、ぶつかった相手をにらみながら、――突然、相手の体に食いかかった。叫ばれる声と、血と共に飛び散る肉片。
……どちらかが死ぬまで、共食いは終わらない。そんな光景。
目の前で互いを食い始めた龍を見て、リールは子龍を腕に強く抱く。青ざめた顔をして。引きつった表情のカイルと驚くレランは剣を持ち、強引に二匹を引き離した。一匹ずつ相手にして、行動を止めることに専念して。
(――!!)
リールの背後、二匹が飛び降りた岩の上から一人の男が飛び降りてきた。
男はカイルとレランの剣下に抑えられた龍よりも、見上げた視線に抱えられている子龍を見て、息をのんだ。
「……――何処に?」
「? あっちの隙間に挟まってたけど?」
言いながらあごで方向を示す。……少し違うだろ。
「で、誰?」
ゆっくりと、まわりに現れる龍の数が増えていく、しかし、その大きさは一様に大人であろう。腕の中に抱えるのと、襲いに来た以外、子龍と呼べる龍はいない。
「――これではわからぬか?」
どこかからかうように、男はリールに向かい言った。
「ふざけたことやっている暇があったら、説明してもらおうか」
にこやかににらみあう二人に向かって、問いつめる声がした。
カイルは足で龍の首元を踏みつけ押さえつけていた。抜け出そうと暴れるのでさらに強く押さえつける。
レランは飛びかかった龍を一撃で気絶させ、剣を収めてカイルの後ろに向かった。
黒髪に朱い目の男、頭に二本の角と口元に見える歯。右目に走る傷と、頬に残る傷跡――王は複雑そうに視線を向けた。
「簡単な話だ。――少しいたずらがすぎる」
そんな言葉ですませていい問題か?
「……」
カイルはその答えに対して、信用はしてないがとりあえず黙った。
たぶんここが部屋となるのだろう。三人と王と一匹は、台にのったり、淵に座ったり。――結局帰ってきてしまった。はじめに案内された場所に。
共食いをはじめた二匹は連れて行かれ、死ぬことはないと告げられる。
きーー!!
声にならない高い音が響いた。反応した王とカイルが視線を向けると、リールが子龍を服から引き剥がそうとしていた。
リールは困ったように子龍を見ている。地に下ろそうとしたら、爪を立て自分の服にしがみつく子龍。すでに手を放しているので、ぶら下がっている子龍は必死だ。――取れない。
「――おーーい……」
「よければ、抱いていてくれ」
リールのほうに向かって歩きながら、王が声をかけた。
「……」
まぁ断る理由もない。もう一度腕に抱え、それでもまだ震える体を、ゆっくりとなでる。
近づいてきた王は、その途中で止まり、戻った――
静かに落ち着きを取り戻して――ゆっくりゆっくり、微笑むリールを見ながら子龍は眠りについた。
「……」
無言でカイルは王を睨んでいた。
(さて、どうでるか)
「この種族は飢えたら仲間に食いつくのかしら?」
ひざの上で眠る子龍に自分の羽織をかけて、リールは問う。高く低く現実を。
「オブシディアン、ヴォルケーノ王」
「何が言いたい」
「異常」
冷ややかに言い放つリールの声に、驚いた子龍が目を開けた。
「ってああ~と……ごめん邪魔して。大丈夫だからおやすみ」
そう言って笑いかけると、あ! っと思い出して言う。
「お前母親は?」
その言葉を聞いていたのかわからない。子龍はひざの上に目を閉じた。一瞬目を伏せた王が視界に入る。
黙って、子龍が眠りにつくのを待った。静かな寝息が確かなものに変わり、リールは王に向かって問いかけた。
「母親がいないのね。なんで?だから脅えていた」
そのままでいてほしいという頼みも、あながち納得できた。
「……また、ずいぶんと……」
王は少なからず驚いたようで、感心しているような。
「そして、襲い掛かってきたのは子龍」
「……」
どうやらいきなり確信をついたらしい。王の表情に一瞬ヒビが入った。
(変だ。子供になにかが影響してる――?)
王の表情を見て、リールは自分の考えが確信に変わっていく。
ルチルクォーツのことを考えても、リールは自分の考えがまったく外れているとは思えない。あの後、森では結局、なぜルチルクォーツの子獣が死んでいくかわからなかった。
(なんのための知識よ――……)
たとえ相手が聖魔獣であっても。
「それの母親は殺された」
……話されたのはそれだけだ。
「誰に」
はたして誰という表現があっているのか。
「……食い殺された」
「だから何に!!」
恐ろしく残酷なことを言うヴォルケーノに、リールは叫ぶように強く問う。
「それはまだ幼龍の段階だ」
リールのひざの上を指す。
「食いかかったのはひとつ上、児龍の段階にあった五匹だ。母親は、強い力の持ち主ではなかった」
同族の……――子供に?
「抵抗するには、殺すしかなかったのだろう」
しかし、今の状態で抵抗すれば……。知っていたのだから、母として、子に対する思いを――
「――少し前、に。儂等が見つけたときには、もう遅いというのだろうな」
少し? 具体的に何年ですか?
「肉が少しずつ欠けていく光景。残ったのは小柄な体格をさらに小さくした肉塊。――隠されるように岩の間に入れられていたそれはすべてを見ていた」
ひざの上。小さな体を丸めて眠る。――……一番最近に生まれた命。
「それを黙って見てるわけ?」
「三匹は死んだ。自分より強いものを食い。新しく得た力を手に余らせて」
「共食いして死んでると?」
リールの声は低くなっていく。
「そういう事になるな」
「異状」
「そうかもしれないな」
「?」
「ずいぶんと人事みたいにしているようだな」
「それは、お前たちに他ならないだろう」
――人事?!
「だったら人事らしくしておきたいわ」
「そんなに冷静でいていい事だと」
「……それで、いつまでいる気だ」
(――話そらしやがった!)
(――そうきたか)
「あいにくと、ここにはお前達が口にできるような物はない」
何を思ったのか、言い出す言葉はそれか。
「別に人間二、三日食べなくても平気だし」
「「……」」
確かに蓄えはありそうというか、お前が語るなというか。
「なによ?」
「別に」
「説得したければそれに見合う行動をとれ」
「黙れ」
くっくっくっ……
三人のやり取りを見ながら、王が面白そうに笑っている。
「お前まで笑うんかい!!」
リールは叫んだ。……どうやらなれたらしく、もう子龍が起きることはなかった。
「王」
リールの叫びが落ち着き、ストンと淵に腰を下ろしたのを確認して、カイルは王に話しかけた。
「セイファート王をどうお思いで?」
「それはどういう意味だエルディスの使いよ」
まったく引くことなく言い放ったカイルを見る王の声が、警戒をおび低くなる。
「そのままですが?」
「儂がわざわざ話すと」
さっきとは違う獰猛な笑みで、王はおかしそうに笑った。
(直球勝負?)
(王子。また何かもくろんでいませんよね)
基本として、レランの不安は現実になると思ったほうが早い。
(行動意欲がおありなのはよろしいと思います。が、)
この娘のためであることであれば話は別である。
「たまには、上(地上)の情報も必要だと思うことはおありでしょう」
「……」
うっとうしそうにカイルを見ていた目が、あきれながらつぶやいた。
「上(地上)にはお前のような人間ばかりか?」
「それはないわね」
「王子がもう一人でもいさえすれば、世界が征服されないのがおかしい事かと」
「お前ら俺を何だと思ってる?」
「自覚症状ないあたりがきついわね」
「ありのままを述べるだけです」
「……とにかく、質問に答えていただきましょうか」
何か聞き出そうとするカイルと、話したくないのだろうヴォルケーノが軽く受け流すのが聞こえる。面白そうに眺めていたリールだが、眠る子龍をなでる手の動きが止まる。……うとうとと、眠りの淵に下りてった――
……夢の中で、自分の体に布がかかるのを感じた――
娘は睡魔に襲われている。それもそうだ。消え去ったセイファートの力の場に、儂の力が加わった。体が慣れんのだろう。
受け入れるのは簡単だが、受け入れる対象がかわるきつい。……まぁ、慣れだ。
「おきろ」
突然レランに起こされたリールは、夢が夢であると知った。
(……寝てたのか……)
ぼーーっとしているのは、寝起きだということだけでなく、自分が眠っていたことにも驚いて行動が伴わない。
ひざの上の子龍を抱いてのろのろ立ち上がり、顔を洗いに行った。その時も、子龍はリールから離れない。
カイルが後ろにいたが、なんとも複雑そうだった。まぁきっとうまく話をはぐらかされたんでしょうね。
「やさぐれるな!」
にこやかに、朝の挨拶を。
「寝起きの悪さは世界一だな。やっと起きたのか」
ぴし!
「地上への道はヴォルケーノ王が案内をしてくれるそうだ。もと来た道を通る必要はない」
「あっそ」
徐々に冷えていく空気を感じ取ったのか、子龍が小さく鳴いた。
「名はトゥール」
丸一日ヴォルケーノの背に乗って、洞窟を東へ。神殿以外の唯一の地上への入り口――巨大な石の階段の前で、やっと引き剥がすことに成功した子龍をつまみながらヴォルケーノが言った。
「ばいばい」
ヴォルケーノの爪に首根っこをつかまれて、宙に浮く格好のトゥールに声をかけた。
キーーとかすれる音は、昨日聞いた時より声という音に近かった。
階段といっても、……まあ階段といえば階段よ。でもね、誰から見て階段に見えるかが重要でしょうが!
上がるというよりよじ登って、三人は地下を後にした。
……ほら、利用するのはオブシディアンだし。
三人の気配を見送って、ヴォルケーノは振り返った。
「時間がない――か……」
呟く言葉は少なすぎて、トゥールにはなんだかわからない。
完璧に人とのかかわりを絶った自分には、待つことしかできないか? そこまで考えて、ヴォルケーノは自嘲気味に笑った。たかだか三日でよくもまぁ変わったものだ――それもさだめなら、受け入れてもよいと考えていたのに――……
「あの化け狸といい勝負だな。あの爺」
年齢でいけばいったいいくつか?! 砂漠の空の下、小さな町の露店商路を歩きながら、カイルはずっとぼやいていた。
「あれからずっと問い詰めてたの~? 暇人ね」
どうせ話すわけないじゃない。そういえば、どっかの王は一人で語るのが好きだったわね。
そんなことをいいながら、リールは空の下にあるであろう出てきた場所を振り返った。
「だいいち、仕事しろ」
「王子、少し落ち着いて下さい」
「俺は冷静だが?」
(この人はわかっていらっしゃるのか?)
城にいたうち、わかっていた事だが、どれほどまでに理想的な王子像を作り上げていたのかよくわかる。
「しゃべらしとけば~そのうち話題に詰まって黙るわよ」
「お前もお前だ」
「意味わかんないわよ」
そう、リールが深い眠りに落ちた時。
「そこの娘。あまり一人にさせないほうがいい。……でなければ――……どうやら内に秘めるのが得意なようだな」
「何が言いたい」
言いかけて、はぐらかす。さっきからこれの繰り返しだ。
「そうだな。――面倒な事になる」
「……」
納得のいく説明はくれない王だが、説得力はありそうだった。
「あーー!! あれおいしそう!」
((――いきなりそれかい!))
階段の先の天井をふさぐ石をどけると、そこは海岸の絶壁の下にある洞窟だった。そこからまた上へと上り、眼下に見えた港町へとやって来た。まだ日の熱い時間だが、送られる潮風に熱さも半減される。人々は忙しく露店商 路を歩いていた。
日に何回も何回も通る人、一定の期間ごとに通る人、やって来てまた戻ってくる人、過ぎ去ってもう一度も通らない人。いろんな人が渡り歩く。一本の道を。
昼食は何処か入って食べてもよかったが、並ぶ露店商に食をそそられる。
カイルから財布を奪って、リールはちょこちょこいろいろ買って、戻ってくる。三人でなんだかいろいろ食べながら、またもカイルが愚痴りだす。……よほど、アストリッド王とはあわないらしい。
レランの真面目な突っ込みと、リールのからかいが混じる。活気付く道に溶け込んで、笑い声が生まれた。
……――なんだかあまりに楽しくて、自分が何処にいるのか、何処に近づくことになるのか、そんなことも忘れていた。
――今は一人じゃないのだからそんな思いが心にあった……道を進みながら、常にまわりを警戒することもなく。
……だから、気づかなかった。
前なら絶対、気づいた気配を。
「リーディッ!」
……つかまれた右腕が強く引かれて、体ごと振り返るしかなかった。
→故郷編