Free-Will.sodapop

火女


無 火

「ふざけんじゃないわよ!!」
 女は、火を放った。

――“文字通り”である。

 “火を放った。”

 右手に生まれた炎を正面に立つ男に向かって放った。 ――しかし、そこは“長”というか。彼は向かってくる火を四散させ吸収した。
 この男、他にないめずらしい力。炎を吸収する力があったからこそ“長”になれたと いっていい。外見は若い。――中味は? ………聞いてはいけない。
 結構歳だったはず。―――ああ!! ご説明がまだでしたね。というか、何の事だかもわからないでしょう。まずは、そうですね。何から、行きましょうか――?


火女


 このお話の主人公は“絽火(ろか)”【女】歳は十九。髪の色は、赤。これぞ赤!! って いうくらいの赤。周りが白とか黒ばかりだと、目立つね!! って色。目も赤。ただこっちは、赤黒い感じ。イメージ血の色。髪は長くて腰に届く。本人はまだまだ伸ばす予定。
 この世界。自然の力を操る術師がいるんです。いわゆる元素。でも、少し違う。

 火 水 土 風 森 それに、少数だが雷とか。

 ここは、“火谷(かこく)”火の力を持った一族が暮らす谷。一族の頂点は“長”。 なぜ火の力が使えるか、それは、純粋に“遺伝”。では、一番初めの術師は――

「ねぇ“長”。なんか言った?」

 ――どうやら、“絽火”がしゃべりたいらしい。
 じゃますると、私が炭にされかれないのでこの辺でっ!! 続きは、二人の会話でも聞いてやってくれい!

「………だから、絽火。王都に行って来てくれって言ってるんだよ。」
「なんで。」
「国王陛下から火術師を一人よこせとの書が来てね。」
ちなみにこの国は王政だーーー。

「“火谷”で一番の術師を御所望なんだ。仕方ないだろう?」
「まぁ。一番の術師が私であることに間違いはないにしても、」
 ――え? ……ごめんなさい。
「金髪に興味はない。」
 そっち?

 それぞれの術師は自身の持つ術の種によって髪の色が変わるんだ。
 火は赤髪。水は青髪。土は茶。風は銀。森は緑。雷は黄。術者じゃない 人々は主に金髪とか黒髪とかとかとか。
 ――ちなみに、三ヶ月前に即位した国王は金髪だ。それがまたこの国王様の即位にも、いろいろゴタゴタがありまして――

「とにかく行ってもらうよ。今は特に優れた術者が少ないし。 国王の庇護がなくなれば、火術師(わたしたち)は迫害の対象になってしまうのだから。」
「……。」
「今からね。」
「早!!」
「術服で行ってね。一応、絽火。君の行動一つで火谷の命運が変わってしまうから。」
 笑顔で言い放つ“長”に、呆然とした絽火は部屋を追い出された。

目次


第壱火 ふざけた王都

やあやあ皆さん「今晩は」
え?? 「こんにちは」だってぇ?
そーーんな。得に重要でもないこと、つっこんではいけません。
さて、谷を追われた絽火は――……危ないあぶない。それでは話が変わってしまう。
さて、99.9%の不満と、0.1%の火谷の命運を背負って、すでに絽火は王都にいます。
まぁ、それまで何をしでかしたかは……
――ふ! 普通にっ!! 乗りあい馬車を三つほど乗り続けるだけですよ!!
前にも話したようにこの国は王政。そして自然の力を操る術師の一族が住んでいる。
大陸が一つ。王族と民と術師が住む。
とても大きな大陸さ。
え? 海の向こうに国はないのか? さぁねぇ。たとえあったにしたにせよ、この国の技術じゃ行けないし。

「あんたらの王様が来いって言うから来てやったのよ!!」

……ああ、女のヒステリーが聞こえる……
――では、皆さんまた今度!

「確かに、火谷より使者が来ると言う連絡はある。しかし、」
 門に立つ男は絽火をもう一度見直す。
「お前なわけがあるまい。」
……外見。わがままそうな娘。
ぴしっっっ!
 絽火のほおが不満そうにつりあがった。
「その手の込んだ変装をといて自分の職に戻れ女。」
「そう。そ~~なの。――っいいわ! 後で後悔するのは お前よ!!」
 と、言いつつ。右の手に火を生み出し出したその時。
「何事だ?」
「隊長! いえ、この娘が、自分は火谷の代表だと申すので……」
 言葉を途中から聴かずに、目の前を見下ろした。不機嫌そうに立つ女は横に伸ばした手をもう下ろしていたが、不振そうに見下ろすとさらに気に入らないのか睨んできた。
 服装は、黒。すっぽりと黒いマントに体を覆われているので、他にないが、とりあえず、武器を持っているようには思えない。不自然なふくらみもない。髪と目は赤い。こちらでは見ない火族の色。
(――これが?)
 本当に火谷一の術者か?
 門番に置いた兵士も、陛下が火谷一の術者を指名したのは知っている。――だからだろう。現れたのがこんな小娘であるなら普通は通すはずもない。
 ―――だが、しかし、だ。
 はっきり言ってわがままを言っていられる状況でもない。
「……―来い。」
 長く沈黙した後言うと、怪訝そうに首をかしげた。そして一言。
「帰れると思ったのに。」
「「………」」
 こいつでないことを祈るばかりだ。
「陛下は今お会いできない。」
「はぁぁあ?」
 静に言うと、聞きとがめたのか声のトーンが上がる。
「なによそれぇ!! そっちが呼んどいて会わないですってぇぇえ?」
 ――今、“会えない”だけで、“会わない”わけではない。
「数日は忙しい。――あと一日。早く着ていればよかったのにな。」
「どういう意味かしら?」
 無視して、歩いた。

「城での滞在はこの部屋を使え。食事は朝と夜二回。風呂は一階だ、誰かに聞け。」
 大まかに必要な所だけを案内しながら、こぢんまりとした部屋へ案内された。その部屋は、特別広いと言うほどはない部屋。でも、一人で生活するには十分な広さの部屋。ベッドと棚とテーブルと椅子。
 あとソファ。とりあえず最低限必要そうな家具はある。
「最低でも一週間は滞在できるだけの準備はしておけ。」
「最低?」
「最低だ。」
「何か必要なら――」
「それあんたの?」
 財布らしきものを取り出した男に問う。
「――? そうだが。」
「いらない。ってか、あんたに払ってもらう理由がわからない。」
「何も必要ないわけではあるまい。」
「違う。そういうのは国王が用意するべきでしょ。」
 ――あんたの命令じゃない。
「まぁ。その国王が用意していないからあんたが払うのか知らないけど。」
「こちらが呼んだのだから。」
「違う。呼んだのは国王であってあんたじゃない。王であって、臣下じゃない。」
 もらうなら、王にもらうわ。だから、いらない。
「……で、どうするのだ。」
「べつに。」
 開かれていた扉をくぐり部屋の中に入った。そして振り返る。
「今日は疲れたからもう寝るわ。夜の食事はいらない。」
 ――じゃぁね。
 バンと勢いよく閉じられた扉の前に、立ち尽くす男の光景は、さぞやめずらしかっただろう。


 ――女!?
 女だと!?
 なぜ、女なのだ――?
「火谷は落ちた。」
 ざわめきを沈めて、ひときわ傲慢そうな男は立ち上がった。
 ―火谷は落ちた!!―
「火谷などとるに足らんと言う事ではないか!」
 女性には、なぜか優れた術師は生まれない。遺伝的にもっていたはずの力を、使うことができない。――そのかわり、子へと引き継がれる。出産と共に力を失う術師は多い。ただでさえどの種族でも少ない女術師は、優れた術を扱うものにとって取るに足らない存在だった。
 例え、力を使えても、子を産めば消える。術の質を失う。力が衰える。
 息子を産んだ女は受け入れられるが、娘を産んだ女は冷遇される――。
 いかに、力のある子供を生むかが問題だ。
「しかし、それでも陛下の命令ですぞ? 火谷の“長”もよほど勇気がある。」
「あの娘より強いものがいないとはね。」
 どうせ女の力が衰えようがたいした問題じゃない。どうせ元から相手にすらならない。だからこそ、女の術師なんて――
「勝利の扉の開ける音に。」
―音に。―
 酒で満たされた杯があがって。音がはじけた。

「……。」
 ゆっくりと、杯を空にしながら思考する。
(――なんだ?)
 この底知れぬ不安は?
(計画は万全だ。コマも、状況も。)
 そして、確実にこちらによい方向に風が吹く。
 しかし、
(なんだ――?)
 離れることはない。不安。
 何に? なぜに?


「あーーーーふざけてる。」
 朝起きた瞬間から文句を言っていた絽火は、通りを歩く今も文句を言っている。
 何にってすべてに。
 いやもうねぇ、“長”がふざけてるだの。呼んどいて現れないのはどうかしてるだの。だいたい追い払おうとするなんてどんな忠誠心なわけぇえ!
 ……絽火の余波がここまで……

「はぁ。」
 一通り叫んだ後。(←すれ違う人々は驚いた。)
 絽火は、階段に腰を下ろした。
「おなかすいたーーーー」

 そりゃ、あんだけ騒げばね。

 露店を眺めて、財布に手を伸ばしてやめる。どちらにせよ、こちらでは火谷の硬貨は使えない。希少価値はあるにしてもお金として使えない。どこかで換金しなくては。
 ――絽火は立ち上がった。

「いらっしゃいませ。」
 人のよさそうに見える、店の主人がカウンターの後ろにいる。
「こんにちわーー」
 やる気なく返事をした絽火はカウンターの上に、左右の耳につけていた耳飾を置いた。
「換金してちょうだい。」
「これは………“火揺石(ひゆせき)”。」
「有名なの?」
 表情の読めない主人の反応に、絽火は火揺石(これ)が高く売れないのかと思った。
 主人は、そんな絽火の反応を注意深く観察した。
 ――この娘。田舎者? まるでこの石の価値を理解しているふうではない。――ならば、相場のより安く換金できそうだ。
「これだったら、6000ククだ。」
「その値段でどれぐらい使えるのか具体例で示して。」
 にやりと、主人は心の中で笑った。しめた、これなら安く払ってもわかるまい。この娘王都の貨幣価値を知らないようだ。
「それが本物なら10000ククはくだらない。」
 第三者の声に二人は入り口を見た。
「もし本当に売るのなら俺に売ってくれ。そこの主人より見る眼はいいと思うが。」
 ブーツの足音をきつく響かせて、男がカウンターに歩み寄る。
 主人が見るからに青ざめた。ただ、絽火は男を振り返ってみているので気づいていない。
「?」
「あまり評判のよい店ではないが自業自得か。」
「お客様、何をお探しで?」
 主人はなるべく平静を装って答えた。
「火揺石。」
 男は答えた。
「っ……。」
 主人は沈黙した。
 男はカウンターにのる石を手に取った。

 火の揺れる石――火揺石(ひゆせき)は火谷の石。火術師が術を使うとき、回復するとき使うもの。中に火が入っていて、絶えず揺れることから名がついたといわれる。いまでは火谷でも貴重な石は、大きなもので手のひら大。小さなもので小指の爪くらい。
 どこで、どう取れるかは、谷の中でも機密事項だ。
 もちろん、他の種族でも存在する。それぞれの種族に力を与えたとされる原石は、大きさが大人と同じくらい。それぞれに特徴があり、いまも、格種族の“長”が引き継いでいる。
 特徴? そんなの火が入っていたり水が入っていたり、森を見たり、照らしたり。使えたり使えなかったりするんだよ!! ちなみにどれも人間にとったら貴重だからね。質の問題もあるけど、絽火から安く買い取って、うまく高く売りつければ、当分は遊んで暮らせるよ。

「これなら9000クク払っても問題はないと思うが?」
 ごまかして、金を騙し取る気か? そんなことがばれたら国王の律を破ることになるな。――縛り首か。

 笑顔の下にそんな脅しが見える……都会は怖い。

 ぐっと押し黙った主人。
 満足そうに見下して、男は絽火に向き直った。
「俺に売ってくれ。」
「売らないわ。」
 は?
 この場にいる人の行動が止まった。
「誰にもね。」
 固まった男からひょい! っと石を取り上げて、絽火は振り返ることなく店をあとにした。
 残された男二人は呆然だ。

「おなかすいたーー……。」
 公園のベンチに座って、絽火は伸びながら空を見上げた。空腹感が襲うらしい、さっきからそれしか言わない。――だから、換金しに行ったのでは?
「……。」

 お金なきゃ何も買えないよ! あってもこっちじゃ使えないよ!

「はぁ、」
 ため息をついて、遊ぶ子供を眺めはじめた。

 どうやらそれから数日は、昼食は抜きで過ごしたらしい。朝と夜は城の食事を平らげて。昼間は部屋にこもったり廊下をうろついたり。すれ違う人の歓迎しない、不振な声は聞こえなかったわけじゃない。
 なんとなく食事の量が増えていた気がしたときには、服装を正し謁見の間に向かえと言われた。

目次


第弐火 ファイアー・バード

 訪問を告げる声と共に、目の前の扉が開いた。“服装を正せ”と、言われても、術服しかないのだから関係ない。新品は、先月用意させたばかりだ。入り口での簡単なチェックでは、武器の所有の有無を確認させられた。――私の“武器”は、あなた達とは違うのよ。という言葉は飲み込んだ。
 部屋は広く長かった。壇上にいる国王の顔は見えないし、顔が見える位置まで着たら今度はひざをついて頭を下げた。――“挨拶”を、するために。
「………。」
 沈黙しかない部屋で、私は周りにいた者共のことを考えた。

 水族。地族。森族。風族。……雷族はいないようだった。あとは、兵士と、じじい。まぁ、役職で言えば大臣だろう。王政といっても、それを補佐する宰相と、五人の大臣がいる。さらに、格種族の“長” が政治にかかわったりする。ただ、火谷の“長”のように、ずっと自分の谷を守る“長”もいれば、常に王の隣に控える“長”もいる。――まぁ、いろいろ。
 左右を埋め尽くす人々の流れに、うんざりと目をそらした。

「お前が火谷の術師か?」
「――はい。国王陛下。」
 その確認するような疑問形な聞き方に怒りを燃やしつつ、絽火は言った。
「火谷の術師“絽…」
「谷で一番の術師を連れてくるように命令したはずだが。」
 ――お前が?
 周りが、あざけるように笑う音がした。

「………。」
 名のろうと思ったが中断。どうやら私の名前に興味はないみたい。――そう、ならこっちだって考えはあるもの。
 ゆっくりと顔を上げて、自分を見下す者共の前に立ち上がった。視線を、国王に、次に私をあざける者共に移して、そして――
「リプライド!」
 高く詠唱を響かせた。

「赤き炎よ舞い降りて、我に手をかせ永遠に。
日高く輝くこの時間。
炎よ我に従いて、呼び出し現れ燃え上がれ!
我の歩みを照らしだせ!!
現れよ火鳥(ファイアー・バード)
パラ!!!」

 女が立ち上がった瞬間、剣に手をかける鮗(このしろ)を押さえて、目の前の光景に見入った。一瞬にして舞い上がった炎が、水平に伸ばされた女術師の左腕に絡(から)み、上に向いた手のひらに集まる。
 はじめてだった。火術師の術を使う様子を見るのは。他の術師は前王の取り巻きとして、そして、今なお俺の監視としてこの場にいる者共だ。
 ――前より数が増えているのは、どうやら俺が玉座(ここ)にいることが気に入らない奴が増えたということだろう。 萩(はぎ)が偵察に行っているが、この状況を見ればほとんどのことは 推測できる。しかし、詠唱を始めた女術師を、その左上に燃え上がった炎が中に四散すると共に現れたものを、呆然と見る父上の回し者を上から眺めるのは、久しぶりに面白かった。
 現れた火鳥。赤い羽根の“ファイアー・バード”、赤い炎をまとって。
 女は機嫌よさそうに、こっちを睨んだ。――思わぬ誤算だ。そして、予想し得ない事態だろう。

(――っまさか!!!)
 種獣を呼び出した!!?

 こんにちわーー!! 絽火の機嫌がいいので炭にされることはないでしょい!!
 ここでは“種獣”の説明を。

種族の獣――種獣
格種族に存在する第二の守り手。火なら炎を、水なら水を、地なら大地を。 それぞれを操る術師と共に、それの間に入る存在。
いうならば、力の源が石。守るのが獣。使うのが術師。
簡単にいきましょう!! 人々に力を与えるのが神様なら、その神の使いが“獣”。
力を与えられたのが、“術師”ということになります。
“石”。火族なら火揺石。谷のどこかに、すべての力を担う石が隠されている。
あとは、それを授かったものがその力を凝縮して小さな“石”を生み出す。
発生する。
つまり、間に入るべき種獣を従わせることのできる術師は、神の使いを従わせるだけの力量を持つということだ。格種族でも、種獣を呼び出せるのは数人。“長”と、それに近い力 を持つ者。
まぁ、強いねぇ! って感じ。
どうやら、絽火の力がなみなみならないって、回りの人たちは理解したみたい。それぞれ目配せしあってる。もちろん、好意的とは言えないね。まぁ、そんな感じ。

 押し黙った周りを面白そうに見ていた国王は――。隣の臣下と会話して、はじめて絽火と向き合った。
「それが――お前の力か。」
 ゆっくりと、絽火は不適に笑った。そして、火鳥が頭上を旋回し、鳴いた。
「聞いていると思うが、」
 国王は、本題を切り出した。
「お前には俺の護衛をしてもらう。」
「は?」
「………。」
 国王は、黙った。
「書状を送ったが。」
 ―――聞いていないのか?
「………パラ!!!」
 少し考えたらしい女術師は、火鳥を呼んだ。
「“長”に詳細を――事としだいによっては、炭にしてきてかまわないわ。」

うわぁ~~ぶっそうだーーー……

「………おい。」
「はい?」
 にっこりと、笑顔な絽火。
「………。」
 国王は止めようとして、やめた。
「というわけで、国王陛下、“火鳥”パラが帰ってくるまでこのお話は保留に。」
「なぜ目の前に依頼者がいるのに確認をとる。」
「私はその依頼状を見てないので。」
「………。」
 ―――あっそ。
 国王が、信用に値するか観察しているとき、開かれていた窓から出て行った火鳥が帰ってきた。
「パラ?」
 ずいぶんと早い帰りに、絽火が怪訝そうに振り返った瞬間。
「キェエエェェェェーーーー!!!」
「イタ!! いたいた!! 痛い痛いぃ!」
 突然現れた蒼い火鳥に、絽火はつつかれた。――激しく。髪を引っ張られ頭皮につつかれ…………あ~~ぁあ。
「――っっこんの~~!」
 一瞬にして、切れた絽火は蒼い炎の火鳥の足を掴んだ。
「割くわよ!!!」
ぶす!
 足を掴まれた火鳥は、それでも絽火を攻撃した。
ぶち!!!
 うわ、不吉な音………。にげよ~~とっ。
「ファイアーインパッ!!!」
 詠唱の途中で右手の火の塊を火鳥の頭に………あ! 逃げられた。
ドゴーーン!!!
 床に穴が開いた。
「「「………」」」
「~~っっつこんの~~!」
 目の前に下りてきた蒼い火鳥が、いきなり手紙を加えて絽火に突きつけた。
「???」
 ピタッっとそれまでの暴れ具合が嘘のように絽火は止まった。
「何これ?」
 受け取って、何も書いてない封筒の表紙を眺める。

(あれは………。)
 見間違うはずもない。数日前、火谷に送った自分の手紙。王は現れた火鳥が持ってきたことを理解した。

 ぺらっと、裏側にして、押してある印を見た。
「どっかで見たことあるわね~~~。」

 この国の印だよ!!!

 キュピーン!! 蒼い火鳥の目が鋭くなった。
「イタ! イタイタイタ!!!」
 またはじまる攻撃。
「この!! オルト! いい加減に~~~しろぉ!!」
 先ほどの術を今度こそ命中させて、絽火は手紙を開いた。
「…………。」
 静かになった謁見の間。絽火の周りはぼろぼろだ。
 がさがさと乱暴に紙をめくる音。――破くなよ?
「……燃えろ」
 絽火は短くそう言って、手の中の手紙を消し炭にした。まぁ、灰も残らない。
「「「―――」」」
「証拠隠滅。さ!! 帰ろパラ!」
 用はないというように絽火は出口を振り返った。――もちろん、そのまま 謁見の間を後にしただろう。蒼い火鳥が壁のように燃える火を出さなければ。
ゴオォ!!
 突然絽火と出口の間に炎が上がった。
「――っ!!!」
 絽火は驚いたようだ。
「………絽火。」
 ゆっくりと揺れる炎の中から、人の声と姿が浮かんだ。
「“長”」
 絽火は炎を睨みながら、炎の向こうを睨んだ。

目次


第参火 セイズ・オブ・ファイア

「こんなところから申し訳ありません国王陛下。」
 “長”は、何よりもまず先に国王に断ってるよーーー。絽火無視って。
「いや。」
 でもさーー面白そうに国王様ひじをついて、眺めてるんですけど。

「何をしてるんだい?」
 私に向かって、明らかにわざとらしくため息をつきながら“長”は言った。
「帰る。」
「……書は見ただろう。」
「で?」
「よろしく。」
「何で!!」
「仕方ないだろう。私は忙しいし、第一、国王様の期待には添えないだろう。」
「忙しいのは自分のせいでしょうが!」
「申し訳ありません陛下。口は悪いしこんな性格ですが、力のほうはありますし、やるときはやりますから。」
「そうだろうな。」
「何!? 決定? 第一! それをすることによる私にとってのメリットがあるとでも!?」
「まぁ、今度の儀式で、舞うのが君じゃなくなるだけだよ。」
「何で私が舞わなきゃなんないいのよ!!」
「君しかいないだろう暇人は。」
「はぁ?」
「皆忙しいし、修行で。」
「それはあんたの監督不行き届きでしょうが!!」
「だから、忙しいんだよ。」
 笑顔で、言う“長”。
「第一、君みたいなじゃじゃ馬がこれ以上谷にいたらどうなることやら……」
「あ゛?」
「じゃあね絽火。まじめにやるんだよ、谷の術師が消されないように。それから、壊したところは弁償するように。君がそっちで、“お金”に困ることはないんだ から。」
「ってちょっとぉ!!」
 ひらひらと手を振りながら、“長”は消えた。燃えていた炎も四散した。――壁のように燃え上がっていた炎は、特に何かを燃やしたようではなかった。下に敷かれた絨毯は、どこも焦げていない。
「あのじじい~~」
 いつの間にか握っていたらしい床の破片が手の中で砕けた。
「――逃がすかぁぁ!!」
 鋭い目をして突然振り返り、窓の外に飛び立ちそうな蒼い火鳥に炎の塊を投げつける。
どごーーーん!!
「「「「……」」」」
 窓が割れて、壁が砕けた。
 ぱらぱらと、破片が落ちてくる。しかし、火鳥は無事飛び去った。
 周り呆然パーート2! 破壊神復活!!
「……」
 絽火が肩でしている息はずっと荒い。
「話はまとまったか?」
 国王は事無げに言った。
「まとまってない!! ぜんっっぜんまとまってないわぁ!!」
 絽火は叫びながら振り返った。
「明日から働いてもらう。」
「なんで!!」
「お前の意見は聞いていない。俺は火谷の“長”と話をつけたのだから。」
 絽火は絶句した。――かに見えたその瞬間!!

ざっ!!
 突然天井から降りてきた兵士。周りに立っていた兵士が皆剣を抜いて絽火に襲い掛かった。
「ファイアーサッシュ!!」
 絽火は、容赦なく全員に帯状の炎で攻撃した。
ダァァッァァン!!!
 いくつもの壁に叩きつけられる音。うめく兵士。謁見の間は静まり返った。 ――もちろん。絽火の力を図るためのテストだ。
 絽火はゆっくりと国王を見上げた。
 国王が送った合図に、隣に立つ男が動いた。顔を隠すように巻かれた布が邪魔で、何者か判別がつかない。――まぁ、国王の側近というところだろう。
 剣を抜きながら階段を下りる――男?
 絽火は、右腕を水平に伸ばした。
「リプライド!!!」
また、“呼ぶ”ために。

 ――女がまた詠唱を始めた。――長い。術師が戦闘する時の欠点だろう。詠唱に時間がかかることは。まさか、待ってやる必要もない。 剣を構えて、走り出した。
――瞬間! 音にならない音が、空気を震わせた。
「――っっな!!」
 あせって、反応が遅れた。
 女が呼び出した火鳥が、いきなり襲い掛かってきた。ただ襲い掛かってきたわけなら驚かない。――しかし、自分に向かって降りてきる火 鳥の大きさが変わっていくとこに、剣を構えなおす暇もなかった。
 ファイアー・バード……
 誰かが、呆然と言った。
 天井から一直線に自分に向かって降りてくる。その大きさは、はじめは人の頭より大きいくらいだったのに、目の前に現れたときには、自分よりもで かくなっていた。
―――!!
 耳にきつい音が響く。まるで、邪魔をするなというように。

(――なるほど。)
 側近が火鳥に襲われる様を、国王は納得してみていた。
(だから、火鳥を先に召還したのか。)
 そして、次の詠唱で邪魔をする者の足止めを。……よくしつけられている。面白そうに国王は笑った。まさか、鮗(このしろ)の驚いた姿が見れるとは。
 ……久しぶりだ。さて、どう出る――?

「紅蓮の炎よ燃え上がれ! この場を蹴散らせ焼き尽くせ!
闇夜を照らす月の様(よ)に、その刃(は)で照らせ映し出せ!!
光あるべく場所には力を、光見えない場所には灯(あかり)を
火の神ファイア! そして炎の見使いよ
すべての力の源よ、変わらぬ力を我に与えん我の願いを聞き届けん
我は役目を果たし続けん
火谷の術師、絽火が呼ぶ
燃える炎を糧としてこの世に生まれしその姿
我の行く手を阻むもの、すべてを切り裂く力を持って
現れよ火の鎌  セイズ・オブ・ファイア!!
ダイン!!!」

 火の柱が、女術師の腕を囲むようにあがった。長い髪が中に浮かぶ。こちらの視線に気づいた女術師は、笑った。――自信ありげに。
……目が合ったわけじゃない。
 柱の炎が一層大きく立ち上り、ゆっくりと床に渦巻く炎から柄が現れる。――どうやら、正位置とは逆に出てくるようだ。伸びてくるように現れる鎌の柄は、女術師の背を越えた。――黒い柄に、大きな赤い刃。三日月を描く鋭い刃――これも、赤く染まっている。赤と黒で彩られた女は、鎌の柄をつかんだ。
ぱし!
「……久しぶりに、腕がなるって?」

「――!!」
「――っっ!」
 ようやく、と言ったところか。火鳥の羽根を切り裂くと、思わぬ攻撃に空へと飛んだ。――やっかいな。弓でも用意させておくべきだったかと考え。また降下してくる火鳥に構えなおした。――もう、その攻撃には驚かない。
「パラ」
「――!!」
「なっ!!」
 声に火鳥は反応し、一瞬にして向かう先を変更した。――自分に用はないと言いたげに。振り返ると、大鎌の先を床につけた女が火鳥に手を伸ばしている……
「チッ!!」
 あまり舌打ちはしないほうなんだがな。

 私に向かって飛んでくるパラの羽根に、切り裂かれた痕がある。……ふうん。
「――っっっ」
 申し訳なさそうにうなだれるパラが、私の横に降りた始めた。手が届くところまで着たら、手を伸ばして傷にふれた。
「ありがとう。パラ。」

 女術師が火鳥の羽根の傷をなぞると、傷が消えた。それから、ゆっくりと火鳥の大きさが変わる――はじめと同じ大きさよりも小さくなり、ついにもえる炎が四散した。
 ……逆に出てきた鎌を、――持ち上げて、構えた。
(今度こそお前が相手になると。)
 思った瞬間。相手が走り出した。
ガキィィーーン
 剣と鎌が交わって、金属音が響く。
キン!!
 距離をとった絽火は持ち方を変えて動き出す。
 鎌を振り下ろした瞬間を狙って、男は絽火に切りかかる。
 絽火は鎌を引いて男の足を狙うが、後ろに飛んで、かわされた。
 追いかけて着地の瞬間を狙い、鎌を振るえば男の姿が消えた。
「こっちだよ。」
 そういって、横から絽火の首を狙うが、今度は絽火の姿が消えた。
「遅い!!」
 絽火が鎌を斜めに振るうのと、男が射程距離を離れるのは、空ぶった空気の音で区別がつくだろう。
――どれも、一瞬。目まぐるしく情景が変わる。
クス
 離れた男に、絽火は満足そうに笑った。――うつむいた影の中で。
「ファイアー・ケージ!!」
 瞬間。男の周りに仕掛けておいた火種が燃え上がる。床に手をつき呪文を入れた先が男の四方を囲む箱となり、上に天井を、回りは上から下に伸びる縦の格子となる。――どの場所も、炎が燃え上がる。格子を通るように炎が流れ、天井には今にも捕まえた者を燃やそうとうごめく。
「な……」
 突然の状況に男は絶句した――させられた。
 絽火は、他の種族の者たちを一瞥してから、国王を見た。

 うわぁ~嬉しそうだな~~よくもやってくれたわね~って感じだし~~でもさ、叩きのめしといてそれはないでしょう。

 何かに満足したらしい絽火はくるっと振り返って、指を鳴らした。
 格子の一部から炎が流れ、男の顔を隠すように巻かれていた布だけが灰も残らず燃える。いきなり火のついたことに驚いた男は、しかし動くことができなかった。
 現れた“顔”に絽火の表情は変わらない。――そう、それがたとえ火揺石がほしいといった男でも。
「――名は。」
 一番初めに名乗ろうとして邪魔しなかった?
「絽火」
 国王の問いかけに、絽火は火の檻を消しながら振り返った。
ざぁぁぁぁぁ――
 空気が流れる。
「……っげほ!! はぁはぁ……」
「苦しいでしょ? 回りが炎だから、“中”の酸素は燃えることに使われるわ。調節はしてあるから、徐々に減っていくようになってるけど。」
「「「……。」」」
 ゆっくりと死に向かわせていた――それで、男が抵抗らしい抵抗をしなかったのか。動くことも困難なくらい、酸素を減らしていたのか?
 沈黙が降りた謁見の間。絽火のテストは終了だ――

こつこつこつ
 ひとつ、靴音がした。首を回せば、私が壁にたたきつけた者共の治癒をしていた森族の男が、壊れた窓に向かう――
こつ!!
 ――止まった。
「修復」
 次の瞬間。時間が戻るように窓が直った。元に戻った。
「――!」
 近づいてきて、同じように穴の開いた床を直した。
「“修復者”なんて、はじめて見る――」
 男は、私の言葉に微笑んだ。

“修復者”
 さてさて皆さん森族に、“治癒”の力があることは、納得しといて下さいね。
植物を生育させる者は“生育者”
人の傷を治す者を“治癒者”
回復させる者は“回復者”
建物などを修復させる者は“修復者”として、力が上がっていくんです。

 特に、もともと治癒能力のない建物や物を直す力“修復”を、持つ者は特に力が強い。上の力が仕える者は下の力も使えるから。
 ――この男、兵士を治癒して窓と壁と床を直したんだね。

「はじめまして火谷の術師。私は森族の術師“樹木(じゅき)”。主に城の修復をさせていただいてる者です。」
「……つまり、あなたに弁償すればいいのかしら?」

 あ! “長”の言うこと聞くんだ!! いがいーー

「と言っても、これしか今はないのだけど……」
 言いながら、絽火は耳飾を取り外した。――両方。
「それはどうも。“森”では火はとても貴重なものですから。二つともよいので?」
「だって、ねぇ。これ対となって使うものだし。……貴重?」
「ええ。“火”は、森を簡単に“灰”にします。森族(わたしたち)には、恐れの対象ともなり、何があっても怒らせてはならない“神”に等しいですから。」
「………。」

――君の行動一つで火谷の命運が変わってしまうから――
――谷の術師が消されないように――

 “長”は、知っていたのかも知れない。いつのまにか、火族(わたしたち)が、恐れと、畏怖の対象になっていたことに。それと同時に、この世で一番、憎しみの対象となっていたことに。
 私に、“忠告”を促す森族の男の目を見て、小さくなずいた。
「時に、お聞きしますが、」
「はい……?」
「記憶にある中で、物を“壊さなかった日”は?」
「……ないわね。」
「私は言ったとおり主に城の壊れた所の修復に参ります。が、」
 あまり暇でもないので――
「……努力するわ。」

 基本としては、各種族の人々は、用がない限り王都にはこない。自分たちの住むべきところで、生活してるよん!!

「……。」
 そんな二人の会話を聞いて、国王が“後悔”という二文字を思い出すのも、そう遠くない事実にならなければいいね。

目次


第四火 そんな王都でご生活

「――どういうことだ!!」
 ガシャン!! と、壺が割れた。
「なんなんのだ! あの娘は!!」
「……つまり、女性でも知識と修行によっては、優れた術師になれると。」
「そういうことを言っているのではない!! ――大体!! お前はどちらの味方なのだ!!」
 そう言って、男ははっとしたように黙った。
「……言ったはずですよ、森族(わたしたち)は“中立”だと。」
 声が低くなる。
「ああ、そうだった……」
 暴れていた風族の男はしずかになった。
「雷族は、今日はなぜ?」
 茶色い髪をした男が進み出る。
「“儀式”の準備だと。」
 風族の男が苦々しく言う。
「それはまた、文句を言うわけに参りませんねぇ。」
「森族の代表よ。席を外してもらえるか?」
 ぎろりと、風族の男が睨んで言う。
「ええ。かまいません。それでは。」
 一礼して、森族は帰った。
「はぁ、」
 風族の男は疲れたように椅子に乱暴に腰掛けた。
「あの男は気に入らん。――とにかく、“飛針(ひしん)”様にご連絡を――」

(――この事だったのか。得たいの知れない不安は。)
 わめきたてる男のこれ以上無様な姿を見るつもりはない。早々に椅子に腰掛けて外を眺めていた。――水族の男。
(力はある。)
 それは、認めざるをえない。――あの娘の。“攻撃”としての力は、もともと火術師にかなうはずもない。“防御”や“保護”。“守り”に関しては、まだ見込みはある。――たが、喧嘩をしてかなう相手ではない。
(“計画”を狂わすには、うってつけの女だ――)
「とにかく、監視は怠(おこた)るな。」
「……ああ。」
 命令するような風族の言葉に頷いたが、……無駄な気がした――

※  ※  ※

 やっほーー皆さんお元気で?
 さあさあ。王都に入って国王様の目の前で、床を壊すわ、兵士叩きのめすわ、窓大破。
 ついたあだ名が破壊神? ……今に始まったことじゃねぇ。
 そんな絽火の、王都での新生活が始まろうとしていた――?

 この窓から見える景色は、あまりにも違いすぎて。
「おい!! おい! 起きてるか?」
ココン! コンコン、ゴンゴン
ガチャ
「何?」
「朝の食事だ。」
「……誰あんた。」
「お前もの覚え悪いのか?」
「敗者なんていちいち記憶してない。」
「しっかり覚えてるじゃねぇか!!」

 そうだねーー王様の側近らしくって、さらに絽火の術にまんまとはまって火の檻で死に掛けた男のことなんて、いちいち覚えていられな いよねー
 ……ん? あれ?

「~~まぁ、いい。自分は、鮗(このしろ)。当分お前の面倒を見ろと陛下のお達しだ。」
「何のために。」
「お、ま、え、が!!! 陛下の護衛をするために。」
「監視?」
「どちらかといえば、お前が信用に値するか計るために。」
「似たようなもんじゃんーー」
「ちなみに、お前は今のところ、この城で一番階級は下だぞ。と、言うことで、言葉遣いに気をつけるんだな。ああ、何なら“様”でもつ けて呼んでくれていいぞ。」
「あっはははーーー」
ガン!!
「ちょっと!! 暴力に訴えるの?」

 お前がゆうなーーー

「……。」
 似たようなことを思ったらしい鮗も黙った。
「……行くか」
 あきれて歩き出した。ため息をついて絽火もついて行った。
 部屋は、はじめにこの城に来たときに案内された部屋をそのまま借りていた。

「食堂はここだ。日に三回。お前の時間割り当てはもう少しでくるだろう。自分の割り当てられた時間内にすませておけ。」
「うわぁ……」
 広い食堂は、ざわざわと沸き立っていた。おいしそうな香りと、そこにいる兵士の活気ある声に、思わず絽火は目を輝かせた。
「あっ!!」
 何かに気づいたように鮗が声を上げた。
「?」
 入り口で立ち尽くす二人、そのうち、兵士の一人が二人に気づくと、青い顔で後ろに倒れた。
ガダーーン!!!
 入り口付近で起きた音に、それぞれ話すのに夢中になっていた兵士が何事かと振り返る。――そして、絶句した。……絽火を見て。
しーーん……
 そんな音が聞こえるくらい、食堂は静まり返った。
「あちゃーー」
 鮗は片手で顔を覆った。
「だから、なんなの!?」
 絽火の低い声に、食堂全体が震えた。
「……お前……いや、なんでもない。」
「???」
 中に、入って食事を取りにいく鮗。絽火も後からついて行く。見渡せば、みな視線を外す。

 気づいてないんだよねーー絽火。君が謁見の間で叩きのめした部隊だよーー……

 食べなれない食事を取るのにも、いい加減あきらめるしかない。
 もくもくと口に運ぶ絽火と、食が進まないのか一向に減らない鮗の食事風景。 ――奇妙だ。
「隊長」
「ああ、なんだ。」
 端のほうの席にいた兵士が一人やってくる。
「今日の予定は………」
「ああ、そうか。」
 そう言って、鮗は立ち上がった。
「皆聞いてくれ。」
 怖いものでも見るように恐る恐る振り返っていた兵士はみな振り返った。
「当分。自分は用事がある。――まぁ、何があるかは予想つくだろう。」
 いまだに食事をやめない絽火を見る。――耳を引っ張った。
「いた!!!」
「人の話は聞け。」
「――はい」
 素直に言って食べるのを止めた絽火に、その場のみなが感心した。
(――なにか? 珍獣扱い?)
「日の予定と訓練は、すべて“趣示(しゅじ)”に言っておくから。――サボるなよ。」
「「「「は!!!」」」」
 それを言って座った。趣示と呼ばれた男が席に戻りだすと、やっと鮗は食事を噛み砕きだした。


「当分は、これをやってもらう。」
 食事のあと案内された部屋には、周りにぎっしりと本棚のある部屋だった。つまり、史書室。主に歴史関係の本を集めている部屋らしい。両隣何部屋かそうらしい。すべて本で埋まっている。ほかにも、階を変えたところにもあると。真ん中に机と暖炉がある以外、あとはすべて本棚だ。絽火の背の三倍はありそうな本棚が、左右にずらっと。
「……なに?」
「歴史だ。この国の。」
「はぃ?」
「まぁ、軽くこれだけ暗記してもらえば問題ない。」

 辞書と同じぐらい分厚い本が……いーーち。にーー。さーーん……
 じゅうにーー…うん。やめよう。

「マジ?」
「できないのか?」
「そうじゃなくてーーー」
 めんどーー
ごん!
「てーー……。」
 後頭部を殴られた。
「読んで、暗記しろ。質問があれば聞く。」
 そう言って、絽火の前に座る鮗。
「それだけ!?」
「自分はそうした。」
 あほかーーーー!!!
 口をあけて呆然とする絽火に、さっさと読めと視線を送ると、鮗は別の本を読み出した。
「……」
 まぁ、歴史は嫌いじゃないけど………さ……
 深呼吸して、絽火は本をめくった。――逃げるのは簡単だけど得策ではない。……と、知っていたから。

※  ※  ※

「……ありえない。」
 夕食を済ませて、お風呂に入った。部屋に帰ってきて、ベッドに倒れこんで第一声。今日一日は、ずっと本を読んでいた。昼食と、三時ごろ飲み物を飲む 以外ずっと。夕食は遅くにしてあったのか、ずいぶん暗くなってから取った。
 ――だからこそ、食事のあとは本から開放されたのである。
「……はぁ。」
 盛大にため息をついて、うつ伏せから仰向けに。
「……。」
 外から、夜間訓練の声が聞こえる。
「……よし!!」
 飛び上がるように起き上がって、絽火は部屋を出た。
 すれ違う兵士はまばらで、とりあえず軽く会釈していたからか呼び止められることはなかった。……変なの。
 少し早足で向かっていた。昼間嫌というほどいた。史書室に。

がちゃ
 取っ手は、あっさり開いた。――いいのか?
「失礼しまーーす。」
 まぁ、おそらく誰にも聞こえることはない声で、挨拶してから入った。
 ――暗い
「……ぇ~~?」
 ゆっくりと、鮗が持ってきた本のある場所に向かう。
こつ
 小さく、足音が響いた。
こつ
こつ
「……?」
 火の明かりを見つけて、そこが目的の場所だと思いついた。
こつこつこつ
「……国王陛下?」
 暗闇の中、蝋燭一本の灯だけで本を読む国王の前に、現れる形となってしまった。
「――何している?」
「いや、こっちが聞きたいし。」
 本から目を離さない国王に、あっさりと聞き返した。――まずった?
「ではなくて!! え~~と本! を読みに!」
 いまさら取り繕ってもね~~絽火。謁見の間の行動が消えるわけじゃないよ? ……ひーー睨むなーーー
「そうか」
 国王はまったく聞いていない。本から目が離れない。
「目。悪くなりませんか?」
 蝋燭一本。暗闇。心なしか、肌寒い。
「慣れだ」

 それ違うでしょーー

「………」
 絽火は考えた。思いついたのは、この城の兵士が減っていたことだ。初めて王都に入った時、城は人間と、術師が守っていたが、私の謁見が終わってからは、人数は半分に減ったといっても過言じゃない。人間だけ。たぶん術師達は、謁見のときにいた各種族の代表を守護するものたちだ。だから、彼ら帰ったあとにはいない。
 ――それに、この城には灯が少ない。夜だというのに、廊下は薄暗く、城壁を照らす明かりもない。この部屋だって、国王がいるというのに、暖炉に火が入ってもない。――財政難? ……違う。そんな簡単な事じゃない。
 今目の前にいる王が王位に就くとき――起こった騒動のうわさは、火谷にも届いた。どれも、うわさに過ぎないが、“何か”あったのは事実だ。
 ――そして、これからも。
「……不思議か?」
 国王は止まっている絽火に聞く。絽火は答えない。
 お前は、……俺の見方になりえるか?
 その言葉は絽火には届かない。
「……パラ!!」
 路火が蝋燭の火を消すのと、火鳥を呼び出すのは同時だった。
 ――部屋は、明かりに満ちた。
 突然の明るさに、国王が目を腕で覆った。その光は、暗闇に蝋燭一本ですごしていた者には明るいが、昼を思わせる明るさではなく。夜を明るくしている光だった。――明るすぎわけではない。でも、本を読むにはちょうどよい。
 広い部屋を一瞬にして明るくしたパラは、絽火の肩に止まった。
「――驚いたな。詠唱は?」
「だって、あのほうが雰囲気が出るでしょ。」
 ――つまり、必要ないと?
「私は、ね。」
「あの鎌もか。」
「さあ、どうかしら。」
 そう言って、鮗が用意した二冊目の本を手に取った。
「これ、借り手もかまいませんか?」
「それを読む必要があるのはお前だけだ。」
 この城の者は皆暗記している。
「……あっそ。」
 二冊引き抜いて、抱えた。
「陛下。」
 国王は、またも本に視線を落としている。
「パラをお貸ししますから。暗いところで本を読む必要はありません。」
 国王が顔を上げると、絽火はパラを呼んだ。
「よろしくね。」
「――!!」
 空気を震わせて、火鳥は絽火に答えた。
「おい……。」
「失礼します。」
 国王の言葉に火術師がとる正式な挨拶をして、絽火は背を向けた。
 残された国王は、自分の隣で丸くなる火鳥と、絽火が消えた本棚の先を交互に眺めた。
「陛下?」
 角に控えていた鮗と嗄が出てきたとき。ふと自分の周りが暖かいことに気づいた。――冷えはじめていた指先まで温まるのは、もうすぐだろう。

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第五火 灯す

 うなずくと、鮗が動いた。

 重い本を片手に持って、片腕だけ伸びた。
「ん~~んん……。」
コツ
 足が、止まった。
「……」
 背の高い壺が、廊下の隅においてあった。花を活けるためだろうか? いや、花はない。
 絽火はじっと、壺を睨んでいた。

 その後ろ、鮗が追いついて、中庭に面した反対を壁に、反対が柱で、中庭に降りられる廊下で、立ち尽くす絽火を見た。
(……何を?)
「燃えろ」
 鮗が不振がると同時に、絽火は一瞬にして壺の中の水を蒸発させた。

パン!!
 棚に収めてあった小瓶が中からはじけて割れた。
「―――っ!!」
 驚いて、振り返った。
「なっっ!!」
 粉々に割れた小瓶。……何を示すかは明かだ。
「……もう、ばれたのか――?」
 その声は、驚きながらも。どこか、納得しているようだった。

「ずいぶん――敵が多いのね。」
 絽火は声に出した。――誰かに、聞かせていた。
「“水”はどこにでもあるから、監視にはもってこいね。」
 それだけ言って、また、歩き出した。部屋に帰るために。

「あーーやっちゃったーー……」
 国王にパラを貸して、水族の監視を邪魔して。
 “長”と国王公認の話なら、話をおじゃんにするのは簡単だ。――ようは、自分が護衛に使えないとすれば、お払い箱で帰れる。
 が、だ、
「あーーもう!!」
 イライラを壁にぶつけて、
「っっと……」
 修復者の言葉を思い出した。
「……」
 そして、“長”の言葉も。
 まさかねぇ。だって、まさか自分が王都に来る羽目になるなんて。


 おはようござまーーす!!
しーーん。
 あれ? 誰も突っ込んでくれないの? 一人でボケるのはキッツイナーー
 は? この前と言ってることが違う? ――ふふん。やっと突っ込んでくれましたね。
 そんなもん。気分に決まっているではないですか!!
 え? けんか売っているのか? って? まさか、皆様こそ私の神様ですのに! なぜ!! 私を疑うので!!!
 信じられない!? そんなバカなぁぁぁああーー
 ……さぁ、突然の破壊神の登場は、一瞬にして城の者に広まって――

「なまるのよね。」
「何が」
「体」
 もくもくと歴史書を読んでいた鮗は、わざわざ本を閉じてこちらを見た。
「……走れ」
 そんなわけで、日が暮れるまで走らされた。所有時間五時間。よくまぁ走ったものよ自分――

「疲れる……」
 ばしゃっと、お湯が跳ねた。髪を湯船に浮かばせて、端にある段に座っている。――近くに源泉があるとかで、お湯だけはいつも張ってある。というか、使い流し? でなければ、ほとんど女性のいないこの城で、女風呂にいつも湯が張ってあるはずもない。
 数えてみれば、この城の兵士は200人に満たないようだ。――仮にも、国王の護衛が。
 草が茂るに任せた庭。灯の灯されない廊下、暖まらない部屋。回りきれない、人手の足りない警備。
「……」
 ぶくぶくと、口を湯の中に入れていた絽火は、ゆっくりと立ち上がった。
 見える星空は、谷と違って。――でも、だけど。
 ……今度は、星座の本でも借りようと思う――

ぼぉ!!
「……」
「「「「おお!!」」」」
 目の前の兵士は炎の術に意外なほど驚きを示す。
「こんなもんか。」
「「へぇ~~」」
「便利だ~」
「……まぁ、普段はこんな事にしか使えないし。」
――火付け――
「ああ! あっちもいいですか!?」
「もちろん――」

「――なんだこれは?」
「……」
 その沈黙は、誰しもが不思議に遭遇して言葉を失ったようで、特別、嫌なものではなかった。自分を諭すように行われるものではない。戒めるためでもない。口を閉ざさせるものでもない。
「おい!」
 と、嗄が声を張り上げて、いつになく上機嫌な兵士を呼ぶ。
「――っ!! はいぃ!!」
 苛立ち声に驚いた兵士はあたふたと、あせってこちらに近づく。
「これは、なんだ?」
 松明の木々の上で、揺れる炎。燃やすための木は、まったく燃えていない。どこから現れるのか? 絶えず炎がゆれている。ついでに言うならば、周りはとても暖かい。いつもなら、照らされた顔は熱いが、足は寒いくらいだ、ついでに言うなら、いつもは、ここに火は灯されない。
「これは、あの破壊神――……っと、」
「破壊神ね。」
 繰り返すように言うとあせったようだった。
 ――まぁ、事実だろう。
「名前は確か……」
「絽火」
 はっきりと言うと、それですと答えた。
「彼女が、灯して回っているのですが――……」
「他にも?」
「なんでも、普段はこんな事にしか使えないと。」
「……言ったのか?」
「たまたま、聞こえただけです。」
 ――そんなに、悲観的な女か?

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第六火 不可解

 国王が、執務室を出て、城の廊下を歩く中、見つけた明かりは灯されて。いつもの暗い夜を照らす。最低限必要な灯りと、薪。それが日常。しかし今や、城の明かりは全て灯された。
 一人の火谷の術師によって。

「ねぇ! お城に明かりが灯ったよ!!」
「――本当に?」
「本当だよ!」
「……まぁ、いったい何事かしら? ――再び、“洸源”の異名を持つ城の明かりを、こんなに早く見られるなんて。」
「“こうげん”?」
「“光照らさん洸明の城、新たな主を迎え入れ”――現陛下が即位してから、初めてのことね。」
 窓の外にそびえる城の明かり。城下の人々はその晩、誰もが一目見ようと窓を開け、通りに現れた。

「――」
「?」
 広い机の端に丸くなって、羽を休めていた火鳥が首を起こす。揺らめく目が――そう、何かを心配するような、咎めるようでもあった。言い表しにくいが。
「――どうした?」
 こちらの言葉を、“理解している”と、考えるべきであろう火鳥―パラは、またもとの姿勢に戻って眠り始めた。
「……」
 しかし、ここ数日でずいぶんとなれたようだ。最初は、あの棚の上で丸くなっていた。
 ――かろうじて視界に入る本棚の上。だんだんと近づいてくる火鳥との距離。今では、手を伸ばせば羽にふれられる。
「……」
 ――そろそろ行くか。
 眠る火鳥を抱え上げ、部屋を出た。

きぃ
 小さな音とともに扉が開いた。中に入った人物は、さらに気配を消している。照られた部屋は、暖かかった。
「……」
 その暖かさにぼんやりと、眠気が襲ってくるのがわかった。振り払って、進んだ。
「……」
 案の定だ。
「――何をここで?」
 陛下。
 何でまた、私の欲しい本のある棚の目の前にいるわけ?
「……ここは城だ。」
 国王の住まう。
「……そうですね。」
 私がいることのほうが異状だった。
 照らす光は、いつも傍にいたパラで。ここのところ一緒にいないのが不思議だった。――そりゃ、いろいろ考えはあったけど。
 国王の隣で眠る火鳥。赤い輝きは光と暖かさを運ぶ。
「――優秀だ。」
「――もちろん。」
 照らすにはもってこいよ。
「……」
 ――帰ろう。さっさと本棚の中にある本から、目的の本を探す。
 が、
「……」
 嫌な予感を感じて、視線を巡らして見た。
「何読んでいるのですか?」
「本だが」
「それは、続きなんですけど」
 私が読みたかった。
「へぇ」
「――嫌がらせ?」
「そこまで暇人ではない」
「ああ、そう」
 国王が本を閉じて上を見た瞬間に、本を手から奪って歩き出した。
「優秀だ、だが、」
「?」
 何か、パラに問題でもあるのだろうか。
「こちらから何も出来ないのか?」
「褒美でもあげるのですか?」
「……何も口に運ばないが」
 お前と違って。
「……」
 なんか、バカにされたような気がするけど。
「……だったら、――でしたら、朝水でもあげて下さい」
「水?」
「食べる物、体内に必要な栄養は他で摂っていますから」
「――ふぅん」
「それでは」
 よし、さっさと帰ろう。
「……」
 意味深に追われる視線は流して置いといた。

 ――止めるか、止めないか。
「いいんですか」
「いいんじゃないか」
「……」
 なんだって、この国王は。ここ数日間、これだけのためにこの棚の前にいたのだろうか。
「行くぞ」
 不思議がる鮗のことは気にならないらしい。国王が立ち上がるのと同時に、火鳥も起き上がった。……飛び上がった。
 独特の火の粉が空に舞う。国王の上げた左上、手の指に下りた火鳥。

 ねぇ皆さん思いません? 火鳥は絶対絽火といるよりも、国王様といるほうが、絵的に様になるみたい?
 さて、どうも、ご挨拶が遅れまして。お久しぶりですね~~……いやぁ……本当に。
 あ、そうそうさっきの話。こうね、手の指に火鳥を止まらせた国王様。いやぁ~~様になりますね~~持ち主より……
 さて、そろそろこの場が灰になると困るので、とりあえずいったん打ち切りで。
 早速国王陛下は次の日に、パラに水を与える気のようですから。

コトッ
 何で与えればよいのかわからなかったので、グラスと皿と、深さの違うものを三つずつ用意して見た。
「……くくく……」
 ――何をしているのか。
 目の前に並んだ六つの水の入った器。よくよく見て、笑えて来た。
バサァ――
 棚の上から下りてきて、水を飲む火鳥を見てまぁ、よしとするか。
 最初に口をつけて水を飲んだグラス、次に口をつけた皿……つまり、第一の希望と第二希望か?

「案外、選り好みするのか」
「は?」
 またまたいきなりやって来た国王。人がねぇ、鮗の目の前で黙々と本を読んでいるときにさぁ。
「……」
 ――おい!!
 言うだけ言って、どこか遥か彼方を見ている国王。ってかお前、執務は? とある種呆然としだした絽火。ふと見ると、苛々と鮗が“私”を睨んでいる……ついでに言うなら国王の後ろの男………確か嗄? も……
 ……――ぁあ!
「パラ?」
「そう言っただろ」
「……そうでし……た!」
 ――そうでしたっけ?
 胡散臭そうに絽火が視線を向ければ時遅し、すでに国王は部屋を出ていた。
「……なんなの?」
「……」
 何か言いかかった鮗は、だがしかし、黙った。彼も国王の行動が、不可解極まりないみたい?

 ――気に入ったの? 気に入られたの?
 ……あなたはとても鋭くて、人を分けて見ているし。

「行って来い。」
 もう、日常の光景となった。“絽火が一人で走ってる”

 ――寝不足?
 いつもより疲れるのが早くて、いつもよりどこかだるい。
 気にならないと言ってしまえばいいもので、気にしなければいい事で。
 違和感の感じる身体に、絽火は見向きもしなかった。

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第七火 襲ってきたのは、疲れ

 いやーーいい天気ですねーー
 雲行きは怪しいですけど。
 え? なんなのかって?
 それはさっしてくださいヨ。
「天気はいいけど雲行き怪し」
 いわゆる、嵐の前触れって奴ですかね。
 え!? そんなんないんじゃん!!?? そんなバカなぁーーー……
 ……ふふん。いいですよ。皆様さすがにお久ぶりですから。零下2℃にはたえましょう。
 さてとどこまで行きました? そうそう城が明るくなって、絽火が焼死体を1つも積み上げて――いませんね。
 つまんねぇーー……いいえ何も。


「――ねぇ。あれ何?」
「――」
 廊下を歩きながら、絽火は一転を指差した。もう、幾度目かわからない質問に機嫌悪そうに振り返って眺めた鮗(このしろ)は、さらに不機嫌になった。
「――泉だ」
「泉?」
 絽火の指した一転。森の中がぽっかりそこだけ空いている。木がない。
「ふ~~ん」
 気のない返事をしたのは、少し前。言ってしまえば、最初に城の中を食堂に向かったあの日。

「――今日は、休みだ。」
「休み?」
「自分は、隊の指導に行くから。お前は、休みだ。」
「――あんたは?」
「は?」
「休み」
「お前の相手をしているのは休んでいるようなものだ。」
「……あっそ」
 なんかムカつくーー
「明日はいつもの時間に書庫だ」
「はいはい」
 歩き去った鮗を目で追うこともなく、絽火は歩き出した。
「暇だーー」
 と言いつつも、向かったのは例の泉だった。

「ここね~~」
 泉を、見るのは初めてだった。湖とか、池とか。水の流れを持つものは火谷にはなかった。井戸と、川。一つ家が沈んでしまうような水のたまり場はなかった。
 だから、とても珍しかった。
「……」
 風にゆれる水面が絽火の顔を映す。しばらく見て、離れた。
 ――水面に残った絽火の顔が、わらった。
「―――!?」
バシャァァ!!! ザバァ!!
 静けさに、一瞬力が抜けた。振り返った絽火の背後で、水面が津波のように盛り上がり、絽火を襲った。
 絡み付く水に引き釣りこまれて、絽火の姿は泉を映す森から消えた。水面はとぷんと波打って、また、静かになった。


「――!!?」
 それは、突然だった。いつものように棚の上で丸くなっていた火鳥―パラが頭を上げた。
「――陛下。」
 珍しかったので、書類を運んだ嗄(かる)を見ていなかった。いぶかしんだ嗄が首を傾げるより先に、羽根を羽ばたかしたパラは開いていた窓から飛び立った。
「―――」
 考えていなかった。気がついたら二階から飛び降りてあとを追っていた。
「陛下!!?」
「どちらへ!?」
 もとからいた嗄と、タイミングよく入ってきた鮗の声が重なって、続いて地面に着地する音が二つ聞こえた。


「……」
 今は、昼間だと言うのに、この部屋は、いや、ここは地下だ。窓もなく、天井には洞窟を思い浮かばせる岩が並んでいる。
コォォォ―――
 人の頭と同じくらいの大きさの球体が、男の手の前で光っている。中に水を閉じ込めた様子を思い浮かばせる球体は、時折、泡が浮かび、沈み、消える。水面がゆれているように波うち動く。
 絽火が水に引き釣りこまれる様を映し出す“水凝石(すいこせき)”はまた光り輝いた。


「………っ!」
 苦しい。
 なんで!!
 見た目よりも深くなっている泉に引き釣り込まれる。意思を持った水の縄が足を縛る。――確実に、どこかで誰かが操っている。
(こんなもの………)
 力を使おうとした絽火を、脱力感が襲う。
(なんで……!!)
 力が出ない。苦しい。纏わりつく水がうっとうしい。身体が、重い――
「……かは……」
 水の中を沈みながら、絽火は意識が遠のき始めていた。


「――」
 空を飛ぶ火鳥の行く先がわからない。追いついた鮗と嗄が同じように走っている。
「いったい――?」
「陛下! 何か心当たりでも?」
「ない」
「でしたら何で……」
「まぁ、そう言うな」
「この先は……」
「何か思い当たるのか」
「あ、いえ、たいしたことじゃありません。」
「なんだ。」
「――泉が、あります。」
「ぁあ、あそこか。」
 そう、だいぶ前に、火谷の術師があそこはなんだと聞いた……

ザァァァァァ――――バン!!!
 そうこうしている間に、火鳥は森の先に消え、目の前には泉が現れた。
「……」
「「……。」」
 何もない。
 水面は穏やかに、心地よい場所である。時が、ゆっくりと進む。
「……」
―――!!
ぼぉ――
 そこまでならとてもいい景色だった。森の中に現れた泉。あびる光。和む時間。ただし、空を下りてきた火鳥が炎で水面をわりさえしなければ。
バジャァ―――ジュウゥゥゥ―――
 飛び散った水で雨が降る。
 火の渦が泉に襲い掛かり、中心から水を蒸発させ、そして空に巻き上げた。深い亀裂が水に起こり、水を割る。そして、ゆっくりともとに戻る。
「………」
 呆然と目の前で水が蒸発する様を見ていると、固まっていた。
「――な!! いったい何を!?」
 剣をぬいて止めにかかろうと進み出る鮗を止めた。
「な……陛下!?」
「まて……」
バシャァ!!
「!!?」
 大きな火柱が水の中から現れて、水の青に火の赤が映り美しかった。今度は、火鳥ではなく、泉の中からだった。火柱が収まって、水と火の粉が散る中、
がっ!!
 泉の淵に、手が現れた。


(……パラ!!)
 気を失いようになった意識が、パラの力を感じて目を見開いた。相変わらず足には水が絡んで、目には水面独特の揺れが映っている。
 こぽこぽと、空気が上がってゆく。いくら絽火でももう息が続かない。
(上(地上)へ!!)
 絽火は目を上げた。
(――よくもやってくれたわね……)
 足元を振り返り、この力を操っている人物を思う。
 水を引き裂いて送られた力。――ここを、出る。
――ファイアー・ピラァ!!
 円を描いた手を上に伸ばして、火の柱を起こした。


ピシィ!
「!!?」
 小さく、水凝石に亀裂が入る。
(――まずい!)
 このままこれを割られ、力の抵抗を受けるなら――
 男は、操っていた水を自身から切り離した。


ざばぁ!!!
「――げほっ!! ……がほっがほっ……」
 泉から身体を引き上げて、岸に上がった。座り込んだままの絽火は激しくむせこんでいた。
「……っ――げほっ!!」
 上がったままの息が荒い。――正直、怖かった。
「――」
 きゅるきゅると、雑音が起こる。ノイズのように耳を痛めたあと、パラが目の前に降り立ち、羽ばたいている。
【――主よ、だから言ったであろう】
「聞いていたわ」
【理解しろ】
「それは――」
【ここは、火谷ではない。あそこでは火の加護がある。だが、ここにはない。ここは、火の力はほとんど影響していない。】
「なんで、火族があんな辺境に追いやられたのか、わかるような気がするわ。」
【向こうのつもりで力を使うことも、いずれ叶おう。だが、今ではない。火谷と同じように力を使い放出すれば、この場になれないうちは倒れよう。】
「倒れるって……」
【現に、今逃げられなかっただろう】
「……それは……」
【夜な夜な灯りを灯すのも確かに悪いとは言わない。だが、その間力を出し続けなければならないのを忘れたか。いくら火谷で常識であり、当たり前のことが、ここでは身体を蝕むとわからないのか】
「パラ」
【主よ、主の力を疑うわけでも否定する事もない。ただ、今は駄目だ。この火の力ではなく、別の種族の力が場にあるここでは、軽率な行動は控えろ。――いつの間に、王都はでも種族の力に浸食されたのか……】

 火 水 土 風 森 雷 これらの力は特にその一族に与えられた地に濃く、逆に、王都は何にも侵略されない中立であったはずだ。それが今や、どうだ。

 火谷では火の力が強く、水海では水の力が強い。これは変わらない。しかし、王都を取り囲む風と、水の力。――そして地。森族は中立を守り、雷族はそれどころではない。
【火族が力を使うには、とても不利だ。……主よ、とにかく身体が慣れてきた今、何も考えずに力を使ってはいけない。】
 例え、火谷でなんの抵抗もなく行ってきた術であっても。
「~~」
 水が滴って、纏(まと)わりつく長い髪が邪魔。
【ここに来て違和感がなかったわけじゃあるまい。】
 どことなく、だるくて、眠い。何度か、鮗の前で眠りかかって、怒られた。
 そう、今も……
 返事がなくなったので、いぶかしんでパラが目を向けると、絽火は半分目を閉じていた。
【――主!! 主!!】
「眠い…」
【また水に襲われたらどうする!!】
「大丈夫よ、もうあきらめたでしょう……ってか、手を引いたんだから……」
 向こうが。
「眠い……何かあったらよろしく。パラ……」
【主!!】
 力を使って疲れていて、身体の調子が悪くなると今言った手前、眠るなとは言いがたいパラ。
 ――しかし、
【主、帰ってから……】
 泉から上がって、そのまま。芝にうつ伏せるように伏せて、上に上げた腕に頭を乗せて、絽火は眠った。

 ――ぅわぁ~~暴れるだけ暴れて眠りましたよあの女。そうだったんですね~~彼女。どうやら力の使いすぎ? なまじ敵なしなだけに。たちが悪い。うんうん。
 ってかお二人さん? 残り三人の存在忘れてません?
 おいおい火鳥のパラさんってば~~絽火の服を乾かしてる場合じゃないですってば!! 国王が見てますよ。最初から。
 気付かなかったんだね~~絽火。それどころじゃないって~~?
 いやぁ案外ぬけてる……さてと、悪口にだけは敏感なので、わたくしが燃やされたら困るなぁ~
 え!? 困らない!? そんな殺生な皆様~~………

目次


第八火  寝てる間に…

「……さて、」
 どうするか。
 泉と森とを分かつ場所。一歩踏み出せばそこは芝で、木はなくなる。淵で眠り込んだ女と、隣でおそらくため息をついたであろう火鳥。嗄は呆然としているし、鮗にいたってはどうやら思い当たる節があったようで。
「「……」」
 ここ数日、彼女は夜この城のすべての明かりを灯していたらしい。なぜそうなったのかは知らない。――しかし、彼女の意思だけとは言いがたい。
 あのやる気のない女が、ただで行うはずもない。

 ですよねーーーよくわかっていらっしゃる国王陛下。
 え? また出たって?
 なーーにをおっしゃいます。わたくしいなくしてどうなさるのですか!!
 それで、

「――おい」
「――!?」
 声をかけられた、火鳥がさほど驚かず振り返った。羽根の羽ばたく音と火の粉が舞った。

 わたくしがいるのにーーー……

「――!!」
「なんだ? 何を言っているんだ?」
 わからない。さっきまで、絽火との話は聞こえていたのに、あの頭の中で反響するような言葉を拾って、全貌をつかむのは大変だった。
 ――聞こえていた?
 いぶかしむような火鳥の表情に、頷いた。どうやら今度こそため息をついたらしいパラは、また、話し出した。
【聞いていたのか】
「知っていたんだろう?」
 “いた”ことは。
【――そうだな。声が聞こえるのか。】
「……なんとか。言わなくて良かったのか?」
【……主には、それ以前にもっと考えてもらう事がある。しかし、そうか。主の影響か?】
「?」
【さっき、火の力を撒き散らしたからな。残留力はあろう】
「そのせいか」
【もう主も眠った。いずれ消えよう】
「そうか」
 二人の前で眠る絽火。国王は静かに笑って、絽火を抱き上げた。
「――帰るぞ」

 ※  ※  ※

「……ん……?」
 絽火が目を開けると、部屋にいた。しかも、すでに日は暮れて外は真っ暗。
「……」
 確か泉にいたような……
「ま、いっか。」
 そのまま、気にした様子もなく絽火は寝た。

 なんて図太い女なんだ……わたくし嘆きますよーー
 話を聞いて喜んでいたような笑っていたような国王様。絽火をわざわざ自分で運んだみたい?

「――」
 ふっと、火鳥が顔を上げて、宙を舞った。窓辺に行って窓をくちばしでこつこつとつつき、また、棚の上に丸くなった。しばらく見ていると、どうやら本格的に眠ったようだ。
「おやすみ」
 私室の机の書類の最後の一枚を積み上げて、自身も寝台に入った。
 明日にでも、呼び出してみるか――

 ※  ※  ※

「――ん~~~」
 開いていたカーテンから入る日差し。絽火は、目を覚ました。
「朝か………………ん? ……………」
 沈黙が長い。
「……寝るか。」
 ぱふっと、起き上がったシーツに再び身体を沈めた。

 ちょっとちょっと絽火。いくら今が真っ昼間で、約束させられた時間を過ぎすぎていて、なおかつ誰もおこしに来ないしいくら行く気がないからって、また寝るのもどうかと思いませんかぁ!!?
 ――ごめんなさい黙ります……
 いくらうるさくて寝れないからって、手元にあったもの投げないでくださいよねーー
 え? なんであの鮗さんがおこさなかったのかって?
 それはもちろんこれからに、ご説明させていただきますよ。

 数時間前――
 イライラと、鮗は机の上を爪で叩いていた。――来ない。
 ゆうに、三十分はたったらしい。
「~~」
ガダン!!!
 苛立ちを押さえもせず不機嫌顔で、鮗は廊下へと続くドアを開け放った。
「あの女ぁああ!!!」
ドガン!
「――どうした。」
 少し、驚いたように廊下を歩いていた国王が言う。
「――陛下っ!?」
 さすがに、嗄とパラを引き連れて歩く国王に鮗は焦った。
「どうかなさいましたか?」
 今さっき叫んだばかりだが、極力平静を装って鮗は言った。
「通りかかっただけだ」
「……。」
 そうらしい。
「で、どうした」
「いえ……実は……」
 黙ってはいけないのはわかっていたが、言いたいとも思わない。
「来ないんです……」
 あの女。
「――寝ているか」
 国王の的確なまとめに、後ろで羽ばたいていたパラが落ちた。落下寸前に持ち直したが。鮗は頷いた。

 ――だって、それしか考えられないじゃないですか!!!
 現に、寝てるし絽火。

「それでは陛下。」
 そう言って、鮗は礼をとって国王に先を歩かせ、自分は叩きおこしに……
「――お前に、休暇を与えればいいのか」
「……は?」
「そうしよう」
「へっ! 陛下!!」
「一日休め」
「………」
 呆然と立ち尽くす鮗を置いて、国王は歩き出した。まるで頭を抱えるかのような火鳥と、嗄をつれて。

 ちなみに、突然休みを貰った鮗さん。話についていけなくて、通りすがった部下に声をかけられるまで、その場に立っていたそうな。――バカだねーー

※ ※ ※

「ぁふ……ぁ~~よく寝た」
 次に絽火が目を覚ますと、またも外は真っ暗。日暮れと、真夜中の中間だった。

 当たり前だよーーー簡単に一日は寝ているよ絽火――

「おなかすいたーー」

 現金な女だーーー

「……」
 暗い。
 時間としては、まだ夕食のために与えられた時間である。が、
「………」
 行ったら、会うか? ――鮗に。
「……。」
 しかし、空腹にはたえられないらしい。着ていた術服を変えて、絽火は部屋の扉を開けた。
「よっと!」
がちゃ! ――バン!!
がっ!!
「「……」」
 しばらく、二人は睨み合った。
 絽火が誰もいないだろうと思って恐る恐る開けた扉。しかし、すぐ脇に鮗がいたので勢いよく閉じようとしたら、向こうのほうが早かったらしく、片足を扉の下に、片手で閉じないように押さえつけてきた。――鮗。

「「…………………」」

「……」
「……。おい」
「何!?」
「いい加減にしないか?」
「……」
 仕方なく、絽火は閉じようとしていた扉から手を放した。
「――まったく。」
「……ちっ」
「……」
 嘆息した鮗は舌打ちした絽火を睨んだ。なんだこいつと言いたげに。というか、いい加減で怒りが爆発しそうに。
 不機嫌さを、まったく隠すことなく。鮗は絽火に紙を渡しつけた。
「――なに?」
 負けないくらい不機嫌な絽火が受け取る。
「これまで暗記した歴史事象の中で、主だった事件と、政策を一つずつ上げ二千字以内でまとめろ。」
「はぃ?」
「提出は明日。“約束の時間”に書庫に来た時! だ。」
 強調して、鮗は絽火に背を向けた。
「今度こそおきろ」
 一言言い残して。

 ちなみにその後の食堂で、いつもの倍近くやけ食いしている女がいたそうですよ。

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第九火 呼んでない男

 いやぁーーいい季節ですねぇーー
 なべがおいしいですよ~~
 ――え゛!!? まだ早い!?
 そんなーー気にしなさんでくださいよぉ
 は? お前がなべで煮てもらえ?
 火は絽火に任すから!!?
 皆様! それじゃ揚げられるのと同じくらいですよ!!
 天ぷらが食べたい!?
 フライでいい!?
 ひでぇーーー……

「陛下、本日はお日柄もよろしゅう……」
「……」
 くだらない時間が過ぎる。なんだ、初めから話をする気もなく自分の意見だし押し付けてくる者達。

 うわぁー国王って大変なんですねぇーーぁあ、今日はいい天気ですよ! そりゃぁもう! 物がよく燃えそうな……

 謁見室では最後の訪問者が訪問していた。風族の者である男は、また自信の一族びいきをしていた。どうしてくれようか、実際にこちらに拒否権はあるようでないものだ。ただ結果の変わらない話をずっと自慢していたのだろうか。
「――それで、なんだ」
「陛下、聞いていてくださいましたか?」
「……」
 こんな調子だ。そういえばずいぶん前から怒鳴り声が聞こえなくなっているが、問題は解決したんだろうな。
 ふと、城の中で騒ぎ立てる女を思い出した。――あの、赤。
「以上です陛下」
「思うようにしろ」
「ありがたき幸せ」
「……」
 どうせ、何を言っても結果は変わらない。一つだけだ、先が決まっていなくて、まるで決められた道を通らない事は――
「……?」
 今、声が?
ヒュォォォォ―――ダン!! ズザァァァァアア――
「絽火ぁ!! どこだ!!!」
 隣の机に丸くなっていたパラが身体を起こした。
ざわぁ―――
 突然、開いていた窓から入ってきた男。謁見室にどよめきが走る。

 入ってきた男の正体とわ!? 呼びつけた絽火との関係は!? どう動く国王! どうなる、火谷の運命は!? そしてはじまるラブ・ロマンス……次号! 乞うご期待!!?
 なーーんて嘘ですよ。ページ? 余ってます余ってます。絽火が燃やしても困らないくらいには。
 ラブ? ロマンス? 駄目ですよーーこの話に期待しちゃ
 絽火のはちゃめちゃ破壊談紀伝なんですから。
 さて、まぁ解説入れますと、開いていた謁見室の窓(一階)に、いきなり男が飛び込んでまいりましたーーみたいな(事実)。
 臙脂(えんじ)色の髪、赤い瞳。誰がどう見ても火谷の火術師。はいけってーー

「何者だ!?」
「絽火ーー? ……。」
 剣を持って嗄が問いかけるにもかかわらず。まったくの無頓着。しかし、
「なんだ?」
 間抜けな声をあげているあたり、たかが知れる。どうやら、ここが謁見室だと気がついたらしい。
「……いない……」
 不思議そうに声をあげて、何か考え込み始めた。
――ドガン!
「でぇ!?」
 羽ばたいて飛んでった火鳥が男の後頭部に激突する。
「何しやが……」
 言葉を聞かずに、ついて来いというようにパラは飛び去った。
「ちょっと待てよ!」
「……」
 あわてて追いかける男の後ろを、ついて歩き出した。まだ、何かいい足りないらしい風族の男には、帰ってもらうことにした。

※ ※ ※

 時間は戻って本日明朝。
 ほらほら、覚えておりますか? 絽火の提出物!

「再提出」

 うっわーーようしゃねぇーー

「……なんですって?」
「再提出」
「二回も言わなくても聞こえてるわぁ!!」
「……」

 だったらなんでまた聞き返すんですかーー? ………っと。

「事件は、まだいいとしても。政策は点も付けられない」
「だって、反乱とか革命とかのほうが楽しそう」
「……期限は明日」
「早!? ――ちょっと負けなさいよ」
「なぜだ」
 なぜこの女のために譲歩してやらなければならない。
「面倒だからに決まってるでしょ」
「……期限は明日。」
「このドケチ」
「……字数は四千」
「はぁ!? ふざけんじゃないわよ!!」

※ ※ ※

 前を羽ばたくパラの後ろから、さっきの男と俺。それに嗄と鮗。そういえば、なんでお前ここにいるのかと聞いた時、あの女には文章を提出してもらうので今日はほっておくとか行っていたな。静かになったあとで。
「陛下」
 こそっとどころか堂々と耳打ちしてくる鮗。
「よろしいのですか」
「見たとおりだろう」
 火族の男。そして、火鳥―パラが自ら案内をかってでている。
「なんにせよ、あの男から話が聞けるとは思えないからな」
「……」
 なぜ、火谷の術師はこうも話を聞かない者達ばかりなのか。

 ――ちょっと待ってくださいよーーそれじゃーー他の術師さんがかわいそうですよ~~
 まぁ確かに、話を聞いてるようでまるで無視筆頭は絽火でしょう……ぎゃぁ! 枠が焦げる!?

※ ※ ※

「あーーめんどーー」
 うだうだと愚痴を洩らす絽火。

 さてさて、またまた話は戻って絽火の事。え? やけどはしてないかって? 皆様、皆様にもお優しいお心はあったのですね。大丈夫です! 皆様のお気遣いのおかげで怪我ひとつなくっ!! ――は? いっそのこと入院して代理人よこせ?
 っそれは皆様の愛情ですかーー!?

「やってらんな~いしーー」

 藺志(いし)? ぉおっと、番組が違う。

「――まったく」
 史書室をあさりながら、絽火は手ごろな本を持ち出していた。
「なんだっけ? 政策?」
 そんな楽しい政策なんてしてないじゃないのーー
 数代前の歴史書を開いて、閉じて。
「これでいいか」
 数百年前に行われた、税金の徴収の仕方についての政策だった。

 数分後
ぐーー

 ……寝ましたよ皆様。あの女。どう頑張ってもただの長いすにしか見えない椅子の手すりに腕を乗っけて、頭を置いて。頭が右に傾いているので、穏やかな眠り顔が見えますよ。珍しい。
 眠ってれば静かですけどねーー
 しかも、城の廊下の端の長いす。反対側は中庭ですね。

※ ※ ※

 ―――?
 “気配”は、途切れる事がない。
 よくもまぁ。
 さすがというべきか、それとも――

ばさぁ―――
「!?」
 羽ばたきの音で我に返ると、鋭い目でこちらを見る種獣。―――どうやら、扉が開けられないらしい。
 おそらく外につながっているのであろう扉は、案外重かった。
ギィィィイイ―――
 開ききった扉の先に――見える“赤”。長い髪の先が、宙の上で音なくゆれた。
「「「「………。」」」」
 遠めでも見れば、わかる。寝ているらしい。
ゴキッ!
 後ろで、鮗の指がなった。呆然と立ち尽くす男と護衛を置いて、距離を縮めようと歩き出す。
「……?」
 やって来た男が怪訝そうにこっちを睨みつけてきた。――何だ。
 敵意が表れる瞳と、見下すように睨む視線がぶつかって、沈黙する。しばし呆然と立ち止まる? 羽ばたき止まる? っていたパラが、動いた。
バザァ―――
 速いスピードで絽火に近づいたと思ったら。
「絽火! 勝負だ!!」
 いきなり男が叫びだした。
ぐーーー
「「「「……」」」」
 一瞬、行動が止まったパラは、気を取り直した。
ばさっ
 絽火の肩に止まり、腕をつつく。――最初は、弱かった。
「……ん~~? なに?」
 うっとうしそうに手で振り払って、絽火が声をあげる。が、止まらない攻撃。
「だから、何?」
 突っ伏したまま絽火は言う。
ぶす!!
 後頭部に刺さった。
「っだぁ!!」
 がばっと跳ね起きた絽火から、パラは離れた。
「何するんよパラ!!」
【………】
「絽火! 勝負しろ!!」
 怒ってパラにつかみかかろうとしていた絽火はその声にゆっくりとこちらを見た。
「……火緒李(ほおり)?」
 何してんのあんた――?

目次


第十火 2385戦目

「……! あんた、また負けに来たわけ?」
 火緒李と呼んだ男に、絽火は思い立ったように声をかけた。
「今度こそ勝つ!!!」
「あのねぇ、あきらめってものを知れ。だいたい、私がに……二千……いくつだっけ?」
「二千三百八十四戦中・二千三百八十四勝だ!!」
「……で?」
 自分の負けた数を律儀に数えているわけ?
「勝負だ!!」
「あんた……確か修行の途中じゃなかった? ってまさか途中で放り出されたわけ?」
「ぐが!!?」
「やっぱり」
「うるせぇ!」
「だいたい、なんだってここに?」
「ぁあ、洞窟から叩き出されて“長”の所に行ったら、王都にいるって言われたから」
「……」
 あの男……
「はっはっは! 修行の成果を見せてやる!」
「途中でレベルに達してないって放棄されたんでしょうが」
 聞こえていなかった。
「なんだ、怖気づいたのか?」
 ――冗談。
「結果のわかってる勝負なんて面倒。忙しいんだから邪魔しないで」

 さっき寝てた人のセリフですかねぇーー

「だいたい、こんな所で物燃やしたら弁償よ?」
「はぁっ!!?」
「……」
「だったら、訓練場が空いているだろう?」
 言葉に驚いた二人は、同じタイミングで振り向いた。見慣れなかった“赤”が二つ並ぶと目を引く。
「王様?」
 絽火が見たのは、面白いものでも発見したように、さらにそれをどう利用しようか考えている性質の悪い国王だった。
「どこだ!? 行くぞ絽火!」
「なんでよ」
「面白そうだな」
「……陛下?」
 嫌そうに国王を睨みつける絽火。しかし、まるで意味がない。
 そして、傍観し切れなかった国王が“負けに来た”の意味を知るのは数分後。

 ざわざわと、城の中はざわついていた。訓練場にいた兵士は皆訓練を中止させられて、中央にいる一組の“赤”を眺めていた。
 性質の違う二つの“赤”を。
「なんだってこんな事に……」
 火谷だけでなく、こんな所でもあれと勝負をしなければならないのだろうか。
「行くぞ絽火!」
「はいはい」
 始まりの合図はいつもの通り。
「しょうがないわね……」
 久しぶりに呼ぼう。
「――リプラっ」
「っっちょーーとまったぁ!!」
「!? ――何?」
「セイズ・オブ・ファイア使用禁止」
「なんでよ」
「お前に武器なんか持たしたら勝てるわけねーだろ!!」
「……戦う前から負けているって自覚ある?」
「うるっせーこのでたらめ女!」
「なんですってこの惨敗男!」
 ぎゃぁぎゃあと、二人は騒ぎ出した。――うるさいうえに騒がしい。

 イタイですねぇ惨敗男。ま、事実だし。

「面白いな」
「この状況で楽しめておられるのは陛下だけだと思いますが」
「暇つぶしだ」
「……」
 なんで、不機嫌なんですか? 声の調子から受け取る印象。一番赤の二人がよく見える場所で、国王とその護衛は会話していた。

「……まあいいさ。――リプライド! ――こい、ソード・オブ・ファイア!」
 前に聞いた詠唱の声に注意を向けると、火緒李と呼ばれた男の目の前に炎が燃え上がる。人の顔と同じくらいはあろうかという大きさの火球が揺れ上がり燃える。
「ガバス!」
 燃え上がった球体から剣の柄が見える。右手でつかみそして真横に引き抜いた。
 刃が赤いのか、燃え上がる炎で赤く見えるのかわからない。装飾といえば炎としかいえない剣が、切り裂いた空気。そして奇跡に火の粉が流れた。
―――チャキ
 火緒李が剣を構えて、絽火は背筋を伸ばした。
「「イグニション」」
 距離をとった二人の間に、二つの炎が生まれる。手のひらサイズの炎はぶつかり混ざり合う。完璧に混ざりきらず、赤と橙の炎が交互に揺れ動く――
ふわぁぁぁ―――
 やさしく吹いた風に吹き消されそうにゆれる炎。
ふっ!
 燃え尽きて消えた瞬間が、合図だった。

ゴォ!
「ファイアー・シールド!」
 風を切って剣が切り裂く。燃え上がる炎を正面で受け止めた絽火は、さらに言った。
「ファイアー・ボール!」
「おそい!」
「――っ!?」
 火の玉が火緒李に向かう前に、ひらめく切っ先。剣をよけたが、絽火の髪が舞う。空中で燃え上がり静かにと灰とかす。
「ブレイク・バースト!」
「ファイアー・グラウンド!」
 二つの術がぶつかる。
ズザァァ――
 後ろに押し出された絽火を、火緒李が追う。
「もらっ」
「イグニション!」
 絽火を切り裂く予定の剣がはじけた光に宙を切る。目をくらませながらも火緒李は言う。
「ファイアー・バースト!」
タンッ! ドゴォンッ!
 火緒李の術が地面をえぐった。空中に逃げた絽火は再び炎を弾けさせた。
「ファイアー・レイン!」
 一瞬。降り注ぐ炎に火緒李が顔を下に向けた。そこを見計らって空中で回転した絽火は、そのままかかとを火緒李の肩に振り下ろした。
ダァンッ!!
「だぁ!」
 右の肩にかかった力に逆らえなくて、火緒李は仰向けに倒れるように後ろに倒れた。
すとっ!
 火緒李の頭の上、顔を覗き込むように着地した絽火。そして、
ひゅ――ザシュッ!
 弾け跳んだ火剣が火緒李の首筋をかすめて地面に刺さった。
 誰が見ても、勝敗は明らか。

 あれま~~お強いことで。っち! つまんねぇーーな~~
 すべては二人の間で燃え上がった炎が消えた一瞬。ものの数分。

「久しぶりね。二千三百八十五勝」
 絽火は剣の柄に手をかけて声をかける。それから火緒李を見て言った。笑顔で。
 いやな笑みだ。

「――で、あんた」
 ざ――っと火緒李の顔から血の気が引いた。
「まさか、これだけのために来たわけ?」
「あ、そうだ。“長”から預かり物」
 と思いきやぽんと手を打って、火緒李は手紙を取り出した。しかし、絽火の足に胸倉を抑えられていて、起き上がれない。
「あの~~絽火さん?」
 いい加減で立ち上がりたいんですけど……
 言葉を無視して、絽火は封筒を破った。
 確かに、“長”からの手紙だった。

【やぁ絽火。元気だろうね。君がいなくなってからこっちは静かだよ。静か過ぎるくらいに。
 どうしようもないから、誰かでからかおうか迷っていたら。ねぇ。うるさいのが修行を中断せざるを得なくてねぇ。レベルが低いから。彼。まだ、谷での事は任せられないね。
 で、開閉一番「絽火はどこだ!?」だからねぇ。どうやら、また輝かしい二千敗記録を更新したいみたいだったから。ついでに手紙を持たせてみたよ。
 あ、まだ燃やさないでね。一応最後まで読んでからにしなさい絽火。普通、人は前書きってものを書くのだよ。そして本題。前書きまで読んで燃やしてしまったら、意味がないだろう?
 さて、そろそろ怒りが頂点に上がってきたかな。ああ、本題? 火緒李だったらいくらでも殺してしまってかまわないから。
 じゃぁねえ絽火。】

「何書いてあんだ?」
 いつの間にか絽火の足下から抜け出した火緒李が、横から覗き込む。
「燃えろ」
 一瞬にして絽火の手の中で灰になる紙。完全に燃え尽きる前に炎を手で握り締めて、絽火は言った。
「ねぇ」
「?」
「一回死んできて」
「――っ!!? ぎゃぁ!!?」
 反論を叫ぶ間もなく、黒こげ物体が転がった。

 ――普通、一回死んだら生き返れませんってのーー

「……」
 憤慨して訓練場を去る女のあとに、黒焦げの男が転がっていた。
「――あ、忘れてた。」
 と、絽火が帰ってくる。
「ちょっと!」
ドガ!

 うわ、いやな音が。

「でぎゃ!?」
「全部、埋めといてね」
「は?」
 ぼこぼこな周り。火緒李が地面に向かって術をはなったせい。

 確かに、光を遮断するには適切かもしれませんけーどねぇーー

「一緒に埋まってきていいから」
 満面の笑みで、絽火は歩き去った。
「ま、また負けた……」
 ガクっと、男は力尽きた。


「なんだったんだ?」
「さぁ?」
 もっともな疑問が、訓練場にいた兵士達に広まった。

 そうして、笑い話になっていく。

目次


第十壱火 森の長と森の人

「しかし、まさか花がいけてあることがこんなにも役に立つと思わなかったな」
「そーうね」
「窓は全快風が吹く、か」
「………」
「よくもまぁこんな所で眠れるよなぁお前」
「火谷一の術師の部屋に偵察送り込むほど馬鹿じゃないでしょ」
「……命知らずだな。まさしく」
 城中にいけられた花。赤、黄、青、紫、白、黒、橙。上げだせばきりがない。浮き彫りがされた花瓶。焼き物、ガラス。
 ――すべて、“水”が監視を行なう城――
 感じる力、明確な意思。誰が、どこに、どこで何を。すれ違う人ですら。会話、集会。すべてが、一人の監視。吹き付ける風は絶えず、一箇所に留まることを許さない。吹き付け、吹き抜け。そして運ぶ。
「恐ろしくはない……だろうな」
「何が?」
 与えられた部屋で、火緒李(ほおり)は見た。こちらに背を向けていた絽火(ろか)が振り返って笑っているのを。
「で」
「ん?」
「何しに来たの?」
「……」
 寒い……おかしい、おかしいぞ。晴れているぞ今日は。いい天気だろいい天気。――寒い……
「何か言え」
「いや!! 長が様子見てこいって」
「建前で?」
「……」
『まぁ、疑ってくるだろうけどね。心配なんだよ。私だって。』
 といった長の言葉のどこまでが本心か……
「ま、頑張れよ」
 それだけ言って質問に答えることなく、顔を引きつらせたままの火緒李は帰ってしまった。


「ただ今戻りました。“長”」
「おかえり樹木(じゅき)――報告を」
「先にこちらを」
 ふところから取り出した赤。絽火に渡された弁償品。少し離れた森族の“長”でさえ、その輝きに目をみはる。
「火揺石(ひゆせき)? しかも、このように上等なものは見たことがない」
「陛下が王都にお呼びした火術師のものです」
「……それは、ずいぶんと他の種族は狼狽しただろう」
「ええ、見ていて楽しいくらいに。それに、とても可愛らしい方でしたので」
「可愛い?」
「ええ、赤髪の……」
 とても気の強い女性でした。
「女ぁ!?」
 驚愕したのは、“長”ではなかった。数人いた他の森族。
「はははは……それはまた、火谷の“長”も思い切ったことをする。――強いのか?」
「とても」
「そうか……」
 それきり、言葉を切った森族の“長”。
「……見てみたいものだな」
「連れてきましょうか」
「できるのか?」
 さすがの“長”も、息子の一言に驚いた。
「たぶん、彼女なら――」
 私(修復者)を気づかった彼女なら。


「おはようございます」
「あ、久しぶり」
 朝早く、いい加減あきてきたがしかたなく鮗(このしろ)の所へ絽火が向かう途中。いつからつけていたんだお前? と、問いかけたくなるくらいいいタイミングで現れた森族の代表。
「えっと……樹木、さん?」
 それとも様?
「おきになさらず。種族の代表という立場からすれば、あなたと私の立場は同等です」
「呼び捨て?」
「かまいませんが」
「私も別に気にしない。で何か?」
「私の――森族の“長”が貴女に会いたいと」
「物好き?」
「そうですよ」
 いや、肯定していいのか? ふと絽火が首をかしげた瞬間。
「陛下には進言しておりますので、数日後には命が下るかと」
 絽火は勝手に城を抜け出して言い訳ではない。まして、他の種族のもとに行くなど。
「……根回しはばっちりなのね」
「ええ。ですが、貴女にお願いを」
「……」
 強制でしょ?

「どうするか――どう思う?」
「森族は……とても特殊ですから」
「火族と同じでな」
 今の王政下で、“中立”を保っている森族。ある意味で一番扱いにくい。
「敵となり味方となりうるもの」
「彼らはどちらにもつかないでしょう」
「本来、種族間の交流には関与しなかったが……」
 そこを、逆手に取られて今がある。
「陛下、彼女を、どう思われますか?」
「あの女か――?」

「森族の“長”がお前に会いたいそうだ」
「それで?」
「……」
 話は、聞いたのか。
「俺の護衛をしてもらう者が王都を離れるのはありえない」
 国王がどこかに訪問でもしない限り。
「だが行ってもらう、例外だ。パラは」
「パラは置いていきます」
「……大丈夫なのか?」
 連れて行ってもかまわない。必要と、あらば。
「私はパラの主です。必要とあれば召喚します。それに、こんなに長くこちらにパラをとどめているのは初めてだしって言うか――陛下」
 声が低くなって、少し引いた。
「私が、パラを召喚しているのであって、パラが私を召喚しているわけではないんですけど?」
 嗄(かる)よりも鮗のほうが、口調に礼がなくなっていくこの女術師が気に入らないようだ。


「どうぞ」
「………」
 って、言われてもねぇ……
 用意された馬車の前で樹木に手を出されて、絽火は久しぶりに困っていた。
「以外に、陛下の行動は早かったようで嬉しく思います。」
「あーーそう」
 相変わらず術服に黒いマントを来た絽火。樹木の促しで馬車は道を進み始めた。
「……」
 ガラガラと馬車が走り、ゆれる。椅子の対極に座った二人は各々好き勝手をしている。話をしているわけでもない。樹木は取り出した本を読んでいる。絽火にあたってはうとうとと睡眠……
 ―――!?
 ふっと、絽火は顔をあげた。目が合う、二人。本を読んでいたはずの男と目が合うとは、つまり、
「ようこそ、森帯(りんよ)へ」
 ここは、森族の領域だ。
 窓にかかっていた布を少しだけ開くと、鮮やかな緑があとから後からついてくる。絽火が目をみはり、そしてそのまま見入った。
「美しいでしょう? ここは、一年中葉の落ちる事のない常緑樹の森です」
 かつてないほどの緑。その美しさに、言葉を失う。まるで、違う。炎と。重い、威圧感。確かにそこにあるという存在感。時間を、感じさせる木、木々。ほかに何もないほどの森。太い幹、はえる葉。
「きれい……」
 純粋な賛辞の言葉。樹木は驚きながらも頷いてくれた。

 そして、一段と大きな木の前で馬車は止まった。その木といえば、再び絽火から言葉を奪い去るにはぴったりだった。一本の木が、城の塔とさほど、むしろ変わらないほどの太さと大きさを持っている。階段がかけられ、入り口が作られている。どうやら、この中で森族は生活しているらしい。幾人か、上からこちらを窺(うかが)っている。再び馬車を降りる絽火に手を貸した樹木が、そのまま階段を上がっていく。いや、窺うならばならばむしろ、この領域に入った最初から――

「――しまった」
 そんな光景を端に映しつつ、先の見えない木を見上げていた絽火が声をあげる。
「どうかしましたか?」
 何か、心配そうに樹木が言う。
「失敗した。パラを連れてくるんだった」
 絽火はまるで独り言のようにつぶやく。
「種獣を、ですか?」
「だって、ここの美しさを帰って伝えるには、私が知っている言葉では無理」
「……そう、深く考えなくてもいいと思いますが。森を見るのは初めてですか?」
 思い立ったように樹木は問いかける。
「火谷にも木はあるわ。でも、こんなに美しい森は見たことない。王都だって、王都に来る途中だって」
「そうですか……」
 いまだにしまったーと頭を抱える絽火を、どこか嬉しそうに見ながら、樹木は先を促した。
「っはーー」
 さっきから絽火は、まぬけな声をあげてばかりである。
「そこまで、珍しがられるとは思いませんでした」
「珍しいわよ」
 即座に、絽火は言い切った。
「……ぅわぁ……」
 角を曲がると、天井の広い廊下に出る。上から照らされる光のやわらかく、明るい事。窓の外には緑と、遠くに彩が見える。いくつか上がった階段、いっそう輝かしい光。
「こちらへ、“長”がお待ちです」
 新緑のマントに身をつつんだ術師が扉を開く――
「――っ!」
 眩しさに右腕で目をかばう――輝かしい太陽を感じながら、目を細めて前を見る。
 まぁ、予想はしてたわよ。だって、一度も他の術師と会いもしないのよ? すれ違わない。ここが“長”の住まいなら、確実に術師がたくさんいるはずだから。
 その部屋には、森族の“長”と、部屋一面を埋め尽くすように森術師がいた。
「……」
 足下には深緑の絨毯。足首をかすれて心地よい。窓のカーテンは開け放たれ、先に見える景色。一望できる森。
「絽火?」
「――はぃ!?」
 あぶ、危ない。帰って来られなくなるところだった。
「“長”はあちらですので」
「ええ」
 先を歩けって?
 左右を埋め尽くす森術師。絶えない警戒の視線。片手には武器を持つ者、盾を持つ者。
「……」
 ゆったりと椅子に腰掛けている“森帯の長”の前に来ると、ひざをついた。
「火谷の術師、絽火と申します」
「よく来たね」
 案外、言葉を返されるのは早かった。
「顔を上げろ。――驚いただろう。本当は、樹木と三人だけでお茶にしようと思っていたのが、皆が強く反対するのでな。不自由かもしれない」
「……は?」
 なんか、こういうタイプの男を一人知ってるぞ。一人!
「火術師だというだけでここまで警戒する必要もないと思うが」
「“長”!! 何を言われますか! 相手は火の術師なのですよ!」
「だが、何もしていない。聞いただろう」
 彼女は森を見てなんと言った?
「……」
 もしかして、ここに来てからの会話って、筒抜け? そう思い樹木を睨むと、ごまかす様に笑われた。
「森族の長様」
「何かな、火術師――絽火」
「気にしないようにしますので、本題を」
「そうか。本題?」
「……私を、呼びつけたのは……?」
 わざわざ呼んだのはいったいなんで?
「ぁあ、いや、見てみたかったのだ」
「それだけかよ」
 この世の中、変人はいっぱいいる。この方は“長”と同類だ。誓ってもいい。
「そうだな、それだけだ」
 呆れて地が出た私に対して、特別怒るわけでもなく森帯の長は言う。もちろん、周りには緊張が走った。
「小娘……礼をわきまえろ!!」
「――ぁ、やば! ごめ、申し訳ありま」
 頭を下げようとあたふたしていると、声をかけられた。
「やめよ。誰であれ意味なく呼び出されれば困惑しようぞ」
「“長”! そのような問題ではありません!! この小娘は、よりにもよって“長”に礼を欠いたのですぞ!!」
「少し黙れ――いや、場所を変えよう」
「……」
 どこでもいーし。邪魔が入らなければ。
「外に、お茶を――食事を、用意させているのでな」

「いただきまーす」
「はいどうぞ」
 にっこりと微笑む女性。どうやら、“奥方様”。森族の慌てふためきようを一喝し私を外に連れ出した森帯の“長”の妻。樹木を連れて三人。木の中をぬけて、広葉樹の森。色とりどりの葉が足下で鳴る。舞う。ふり積もる。目の前に舞い散った葉をつかむと、おそらく目的地だろう所に、人影が見えた。
「お名前は?」
 ためらうことなくお茶を口にして、出された軽食に手を伸ばしていた絽火は、ふと女性を見た。
「絽火です」
「そう、……私は葉木(はぎ)よ」
「葉木……様」
「いやだわ“様”だなんて! 本当に樹木の言った通りかわいらしい方。こんな娘がほしかったわ」
「葉木……」
 森帯の“長”がうめいた。
「まぁ、だって息子は――誰に似たのかかわいさのかけらもないわ」
「母上……」
「……親子?」
 目の前の三人は。言われれば似ているよな。
「ゆっくりしていってね」
 そう言って奥方は立ち去った。
「まったく、母上も……」
 初めて感情的な樹木の声に、絽火は驚いた。
「どうかされました?」
「いいえ――“長”」
「何かね」
 ゆったりとお茶を口にしていた“長”は絽火を見た。
「興味があるのは火谷ですか?」
「……」
 ほんの少しだけ上げられた眉と、笑みの消えた口元。――十分だ。
「そうだな」
「なぜ、ここは中立を?」
「矢継ぎ早だな。もう少し慎重にくるのかと思った」
「たぬき合戦がしたいなら“長”同士でどうぞ」
「そうだな……そんな機会があればの話だな」
「会いたいなら会わせますよ。火谷の“長”に」
「そんなことできるはずもないだろう」
「どうとでもなります。火谷が見たいなら私が案内しますし、こちらに連れてくる事も」
 呆けたように親子は私を凝視する。
「ただ、すぐには無理ですね」
 今が一段落したら。それは、おわかりでしょう? 絽火は、にやりと笑った。
「今でない“今”。先の未来で」
 その声は透き通って、森をざわめかした。

「面白い娘だ」
「そうでしょう」
「まさか、火谷の“長”に会えると思うか?」
「彼女は、できないことは言わないはずです」
「案内すると」
「陛下が呼び出したのは、火谷一の火術師」
「不思議な娘だ。あれを育てたのが火谷の“長”ならば、火谷は王についたままだろう」
「……」
「いずれにせよ動き出した。どうなるか、見届けるのも一興だな」
 森は中立。では、中立とは何か。種族はみな、王に付く者ではなかったか――?


「たーだいまー?」
「おかえり」
「ぅわあ!! 何よ誰よ!!?」
「……」

 はいはいこんばんは皆様! よく寝ておいでですか? え゛!!? わたくし?
 いやぁ、安眠ですよ。最近はとてもよく眠れているので、むしろねぼ……
 いえいえ! なんでもないですよ!
 いやぁ面白い事になってますねぇ~ぁあ、その場にいて突っ込めなかったのが悔やまれる。
 誰です!! わたくしの目覚ましを止めたのは!!!
 そんな器用な事できるか!!? ですよねぇーー
 ああ安眠。いい言葉ですよねぇ。そうそういい夢を見ていたはずなんです。たしか、赤い髪と、燃え上がる炎と焼死体が……
 さて、では皆様おやすみなさい。

目次


第十弐火  騒がしい偵察者

 さて、今日も王都では、
 絽火が叫び、怒り狂う。そして負けないくらい怒り狂った鮗さんと鬼ごっこ! に、ほぼ城の兵士全員が慣れ親しんだ頃――事件は起こった。

 ――なーんて書いてあると、ミステリアスですよねぇ~~~
 ぇえ!? なんですと!? 「お前少し黙れ」と!!?
 ひ、ひどすぎですよ皆様! わたくしになんの怨みがあってそのような仕打ちをぉーー……


「行ってくれるな」
「もちろん、小父上様」
 闇夜にとける銀髪をなびかせて、女性が一人、馬車に乗り込んだ。


「なんか用?」
 所変わって王都では、絽火が国王様に呼び出しくらってました~~。数日前から。ようやく謁見の時間に間に合ったみたいです。そうですよね~絽火と違って暇じゃないですから国王様。あの方は一国の王様ですよ。見えませんけど。対して期日に間に合うように課題をこなさない絽火なんて、比べ物にならないほどあほじゃないですか!!
「……」

 あれ、今日はおとなし……ぎげぎゃ!!?

「……ぁあ、お前か」

 どうやら前の謁見での会話が、国王様を放さなかったようで。嗄に呼ばれてようやく絽火に気がついたようですよ。

「帰っていい?」
「それは困る」
「なんで」
「そうお」
「へい!」
「飛晶(ひしょう)!!」
ばぁぁん!!
 派手な音を立てて扉が開かれる。ような勢いに見えるだけで、実際は扉の横にいた兵士が大慌てで開けていた。謁見室に堂々と入ってきた女性。数人の兵士は目を見張り、嗄ですら、驚く。さらにあわててやってきたらしい鮗が入り口で固まる。
「――“のえ”?」
 なんじゃそりゃ?
 国王の言葉に絽火が小声で突っ込んだ。
「まぬけな声をあげるんじゃないわ」
 ころころと笑いながら、ずかずかと女性が中に進んでくる。一瞬、絽火に目をやり、視線が絡む。
 ――。
 視線がそらされると、絽火は表情を消した。
「久しぶりね」
「……ずいぶんといきなりだな。次からは事前に連絡をしてくれ」
「あら? だって近くに寄ったのよ。それに、私は驚かすのが趣味なの」
 趣味悪。

 悪趣味ですねぇ~~この女性。―――は!!? 初めて絽火と意見があった!! まさか!! 絽火にまともな思考があったと――ふげ!

「……。そうか、それでいったい、何用で?」
「別に、ただちょっと遊びたくなったの」
「何日いる気だ?」
「何よ。私がいたらいけないみたいに言うわね。気がすむまでよ」
「……宿の手配をしよう」
「いらないわよ」
「は?」
「だって、今は女性もいるんでしょう?」
「そうは言っても。第一、あれは女性に数えるわけにいかないだろ」
「どういう意味?」
 なんですって?
「聞こえたままだろ」
「何よ」
「いいじゃないの」
 国王の言葉を聞きとがめた絽火が声をあげた。それに返された言葉に苛立って、でも言い返せない。それを遮って言うのえの声によって。
「だめだ」
「何よいいじゃない飛晶のケチ」
「誰がケチだ」
「それにもうすぐ収穫祭でしょう? 楽しみだわ」
「行く気なのか!?」
「何、その驚き方」
「どんな気まぐれだ?」
 誰よりも自分は優れているとし、万人に混ざる事を嫌う女が――
「ねぇ、飛晶。それよりもこの無礼な方はもしかして」
かっちーーん

 どうも、この女性。絽火に喧嘩を売りに来たみたいですね。

「そうだのえ、これは見ての通り。火谷の術師だ。ぁあ、絽火。これは俺の従姉妹だ。のえと言う」
「噂どおりね」
「ふぅん。私が気に入らない種族の回し者?」
「……」
 ばちりと火花が散る。そうか、知っているのか。国王がそんな二人を珍しげに眺めた。
 そんな中窓の外で風が泣いた。それを確認したかのように、のえは絽火を連れ出した。
 半分、風の力を感じさせる女、のえはしばらく、この城に滞在するって。って、結局私何のために呼ばれたのよ。


「あ、」
「どうかしましたか? 陛下」
 隣にいて国王の書類処理を手伝っていた嗄が問いかける。
「いや、結局本題を切り出すのを忘れた」
「……」
 それは、のえ様に連れ去られたあの術師のことですか?
 目の前の書類を見つめて、国王は頷いた。もうすぐ、“収穫祭”だ。
 それぞれの種族を感じさせる土地とは違い、王都では四つの季がある。生の春季、長の夏季、収の秋季、蔵の冬季。一年は四季に分かれる。毎年秋季に行なわれる収穫祭まで、あと一週間。
 のえ、いったい。何をしに来た――?


「それで、のえ様。私に用事でも?」
「あなたに用事? うぬぼれるのも大概にしたら?」
「そのうぬぼれやを連れ出したのはそちらですが?」
「そうだったかしら」
「そうですか、では帰ります」
「何、それは」
「あなたと私じゃ、利害が合うと思えませんから。それに、私が今従うのはあなたじゃありませんし」
 ただ王の従姉妹だというだけで、力を振りかざすような女に用はない。
「なっ」
 それに、
「“風”の香りがしますよ。隠すつもりがないのかもしれませんけど」
 水族と一緒だ。風族も味方にはならない。火谷の外に、味方なんていないのかもしれない。
 呆然と立ち尽くした女を置いて、絽火は来た道を帰った。後ろではのえが、ひどく屈辱を受けていた。しかし同時に、まるで意を効したというようにその顔が歪み始めた。


「陛下は、今お会いできない」
「だから、さっき間違って出てきただけって言っているでしょう!」
「謁見の時間は終わった」
「融通のきかないわね」
「例外を認めていては切がない」
「ぁあ、そうね」
 苛立ちの収まらない絽火は、謁見の間の前から兵士に追い出されようとしていた。
「おい」
「はぃ?」
 低い声に振り返る。
「鮗様!?」
 その姿に兵士があわてふためいた。
「どこに行っていた!」
 あ、忘れてた。完璧。存在を。

 ちょっとちょっと絽火。君のための貴重な時間をさいている鮗さんに対してなんという扱いですか。彼は今日も、絽火を探して四苦八苦。

「だいたい、あの歴史書をいつまで読む、」
「読み終わったけど?」
「そうか、ならば“本当”にそうか筆記試験だな」
 ――まじ?

 試験はさんざん? そんなはずないでしょ。
 受け取って眺めていた鮗の顔が青ざめたので、絽火は問題ないと確信した。
 こんなもの、余裕よ。
 日も暮れて、―――そう。長い一日はまだ終わらない。


「どうするべきだと思う?」
 ここは、執務室。最後の政務の最中の国王。今日の謁見時間は終了していた。
 さらに言うなら国王の、独り言。ではなく、パラに話しかけていた。
「今日は、来るのか――?」

「飛晶!!!」
「のえ……」
 夜も更けていく。遅くなってしまったが書庫に向かう途中で呼び止められる。銀髪をなびかせて、昼間よりも豪華に飾られたドレス―――どこで費用を出す気だ?
「ようやく見つけたわ! ねぇ、夜会に行きましょうよ!」
「公式なものではないだろう? 断る」
 どうせ、どこかの貴族の道楽だ。
「そんな事いわないで! せっかくなんだから!」
 正直、そんな暇があれば収穫祭のための準備をしたい。
「おじ様に言いつけるわよ!!」
「……」
 どうしたらいいのだろうか、このわがまま女は。まだあっちのほうがかわいく見えてくる。


「――あれは」
 何?
 こっそりとひっそりと、裏口から出て行く馬車。近づいて止めるべきか迷う。そうこうする間にパラの気配が近づく。目の前に飛んでくると同時に「あれは何」と問いかける。答えは、あの中に国王がいるって。
 驚いた瞬間、走り出した馬車。ひっそりとした雰囲気にあわず、早く、荒れ狂うように。
「パラ、追いかけて。すぐ追うわ」
 暗闇に輝く赤の羽根。火鳥は飛び去った。


「はぁ」
「ため息なんてつかないで頂戴よ」
 どうしたものか、嗄はまだいいとしても、鮗に黙ってきてしまった。いや、話をするものなら反対されただろうが。しかし、後が怖い。のえと共に来ていた供の者達に連れられて、馬車に乗り込んだ。行き先は、どうやら……
 困ったことに、あちら側と手を組んだ貴族の屋敷だ――
「ね! これが似合うわ!」
 ご丁寧なことに、仮面舞踏会だと。


「―――ぁああ、もう!」
 馬上で、絽火はいらだたしげに声を荒げた。パラの気配を追えばいいから、どこに行ったかわからなくなることもない。しかし、出かけた人物二人が、二人だ。
 走って、追いかけるわけにもいかない。兵士を捕まえれば、鮗は出かけているって、それに嗄って人も……。ずいぶんと、丁度いいタイミングじゃない?
 馬屋から一頭、一級の馬をかっぱらいたかったがばれると困るのでそこそこな馬を拝借した。

 たどり着いたのはなんとかって言う貴族の屋敷で。なんでも、今日は仮面舞踏会を開くって。表向きは夜会なのに、やってくる馬車はそれに似合わず異質だわ。ずいぶんと、楽しそうじゃない?
 警護たちの目を掻い潜って屋敷の窓下を、腰を低くして進む。簡単ね。あいていた窓を覗き込めば、丁度中の婦人が選んだドレスに着替え出て行くところだった。
 国王と、のえは中。
 さっき少しだけ会場を窺がった時、ずいぶんとこった仮装や仮面が多かった。自ら髪の色を色粉で染め上げる女、色とりどりのドレス。笑顔の張り付いた仮面が、向かい合って踊る光景。
「………」
 少し考えて、絽火は部屋の中のドレスを物色しだした――


「―――」
 何を、楽しめというのか。
 張り付いた仮面の下にも張り付いた笑顔を振りまいて、女共がよってくる。のえははじめこそダンスの相手をせがんだが、頑なに断っているとあきらめた。そして、こういった派手な空間が好きそうな男の誘いに乗って、広間の真ん中で踊っている。さすがと言うか、ダンスの姿は目を引く美しさがある。
 目元を覆う仮面。大きく開いた胸元には幾連もの宝石。切り裂かれたように背中の開いたドレス。舞う羽根。広がってゆれる銀の髪。そして、赤い唇が作り出した笑み――
 吐き気がする。
 くるくるくるくる女性が回る。めまぐるしく人々が動く。沸き立つ声。咲き誇る夜の華――
「おや、あんたは踊らねぇのかよ。あんな美人をほっといて」
「……」
 こういう、輩も多い。
 無言で立ち去ろうとすると、前を塞がれる。最初よりも近づかれて、小さく囁かれる。
「そう警戒するなって。――なぁ、あんたいい所の出だろ?」
「……何が目的だ?」
「いや、ちょーーっと出世に手を貸してほしいなぁって」
「断る」
「え? ちょっとにーさん。知らないのかよ。俺は使えるぜ? なぁ、一つ話しにのらねぇか?」
「間に合っている」
「そんな事言うなよーー。今、一番高く売れる情報を教えてやろうか?」
「買う気はない」
「そういうなって、聞いとけよ。今一番よく売れるのは、火の女の情報だぜ?」
「―――」
「もし、心当たりがあるなら手を貸してほし……」
「消えろ」
 短く行って、足早に立ち去った。男は、舌打ちをしてその場を離れた。別の客を見つける気だろう。
 ――不愉快だ。
 元々、こういう場にはなれ切れない。香りたつ香水の香り。昼と違い、女達はめいめい飾り立てる。夜にあわせて。
 速いテンポの曲がそれに拍車をかける。せわしなく動く人の動きも。
 今は、男も女も髪を染めて色を変えるのが流行らしい。種族に合わせて。多いのはやはり、水族の青、森族の緑、風族の銀。それに、火族の赤――
「?」
 はっきりと目を引く赤い髪が、視界に入った。その髪に栄えるような黒のドレスを着ている。独りのようだ。しかし、とある男のダンスの誘いをやんわりと断って、こっちにくる。
「――探しましたわ」
 そう、少しだけはぐれてしまっただけのように、何てことない会話。を、すればよかったんだ。
 だが、
「……ろ」
「楼璃(ろうり)をおいて、どなたと踊るつもりでしたの?」
 にっこりと、笑顔の仮面が笑う。まぶたから鼻の上までを覆う仮面をかぶって、絽火が苛立っていた。
「いや――すまない。そうだ、とりあえず外に出ないか?」
「そうですわね。少し、熱くなってしまいましたし」
 その手を取って、バルコニーに出た。

 バルコニーでも、隅のほう。人気も人の視線も見えなくなった頃に絽火は自分から手を放した。と言うか振り払われた。
「なんだってこんなに考えなしなのよ」
「それは、だな」
「何かあったらどうするつもりよ! しかも、あの二人はいないっんぐ!」
 高くなった声が漏れると困るので、手を伸ばして口を塞いだ。
「俺だって来たかったわけじゃない。のえの付き添いだ」
 胡散臭そうに見上げる視線、手を放した。
「それで、独りで、誰にも言わずに、ここへ?」
「……そういうな」
「まったく」
「――その服は?」
「服? ぁあ、忍び込んだ部屋にまだ封もあけられていない包みが十はあって。一つ拝借」
 強奪と言え。
 黒い、黒いドレス。のえのように露出が高いわけでもない。それでも、目を引く。赤と黒と言う対照的に華やかな色合い。横で高く一つに結い上げられた赤い髪が流れ落ちる。あらわになった首元に装飾品は何もなく、白い肌が際立つ。
「似合うな」
「ごまかさないでくれる?」
 ははっと、笑った。どうやら、彼女は俺が一人で行動しているのがお気に召さないらしい。
「ま、いいけどね。他に誰か護衛がついているならなおいいけどね」
「唐突すぎたからな」
「そう、丁度二人が城の外にいる時」
「……そうだな」
「誰の差し金?」
「さぁな」
 どこ吹く風の国王に、ごまかされた。
「……まぁいいわ。とにかく、あとは好きにして頂戴。一応、見させてもらうけど」
 ふと、風に乗って曲調の変化が聞こえた。
「――踊らないか?」
「はぁ?」
 人の話聞いてる?

「まぁ、見て、あれ」
「?」
 感嘆の声を漏らす婦人の視線の先を追って、絶句した。あそこで踊っているのは――飛晶と、火族の女。なんで、いるの――? 優秀な護衛たちは足止めしたって言うのに、なんてこと!
 人々が踊りの美しさに目を奪われている。ダンスを断られただけに、何よりもそのことが悔しい。持っていたグラスを、乱暴にボーイにつき返した。声をかけてきた男を睨みつける。――計画は、失敗だ。
 それに拍車をかけるように、その一曲が終わると二人は会場から姿を消した。


 なんかシリアスちっくですよ!!! 絽火がいるのに!!
 何の間違いですかこれは!?

目次


第十参火 その炎に弾かれる

「陛下!!」
 馬を走らせて城に帰ると、息を切らせて鮗がやってくる。
「鮗」
「どちらまで! いったい何が!!」
 小さく二人は舌打ちした。もうすぐ鮗が帰ってくるだろうから、その前に帰ろうと飛ばしてきたのに。
「いや、のえに夜会に連れて行かれただけだ。大丈夫だ」
「のえ様に……この収穫祭の準備で忙しい時期になんという軽率な」
「収穫祭?」
 何のことかと言いたげに、絽火は問い返した。国王が体の位置を少しずらした。
「っ!?」
「? 何よ?」
 思いがけず絽火のドレス姿を見て、不覚にも鮗は一瞬言葉を失った。
「ぁあそうだ。そのことで話があったんだ」
「いつの話?」
「言っておくが、数週間は前から話す予定だったんだ」
「言い訳はいいから」
「………ほとんど、お前が指定時間に来なかったせいなんだが?」
「忘れて」
「……いいだろう」

 寛大ですねぇ国王陛下。私だったら、最初から絽火と付き合えなんて、死んでも御免ですよ~
 ぇええ゛!!? 殺してやるからありがたく思え!? いやいやいや、そんなお手を煩わせるわけには……は? 暇だから気にするな? しかも半分だけだからっって!! それは無理であるはずでーー……

「収穫祭があるから、お前にも外の見回りに行ってもらう予定だった」
「だった?」
 嫌な予感。
「その日は城にいるつもりだったが、のえのおかげでそれもすみそうにない」
「どうなさるおつもりですか?」
「知れたこと。どうせ、大通りを少し歩けば満足するだろう」
 どうせ、一般市民と同じ場所にいられないとか何とか言い出すのが関の山だ。
「それを護衛しろって?」
 以外にも、鮗の批判はなかった。――ってマジ?
「そうだ、誰かのえを迎えに行ってくれ」
 勝手に出てきてしまった。探していると困る。ついでに、費用は出すからなんとかして長く留めておいてくれ。そう思い出したように、国王は言った。

 ぁあ、あぶなかった。そうだ。どうも、国王様は従姉妹が苦手のようですね。


 怒り狂うことなく、むしろこっちが怪しく思うくらい、帰ってきたのえの機嫌は悪くなかった。
 ――何を、企んでいる?
 いつもよりおとなしすぎるのえに、国王も城の兵士達ですら狼狽する。そんな日々が続いて、明日は収穫祭。
 “何が、起こるのだろうか?”
 不安に駆られたのは、国王とその護衛たち。


ヒュ―――ぱぁん!
 絽火の力で、空に白く花火が咲く。経費削減の対象であった花火の復活。
「――って、なんで私が」
 “働け”と、鮗の一言。
「そりゃぁね、得意だけどね!」
 そう言って、ひときわ大きな音が立った。
 さぁ、今日は収穫祭。奇しくも――人々の記憶に残るものだった。

 わぁっと、城下の大通りには人々が集まっていた。屋台に踊り。舞台に活気。
 今年は例年並みに食物の収穫が行なわれ、人々は安心した冬を越せると沸き立っている。踊る娘、歩く夫婦。物売る男に歌う鳥。人通りは動いて、群集は絶えない。王都の端から端まで、人々の喜びが満ちていた。
 ここ、一点を除いて。
「きゃっ!」
「大丈夫か」
 ほぼ、棒読みである国王の声。
「なんなの!? あの子ども!!」
「……」
 走って横を通っただけだろ。
「狭いし」
「これだけ人がいればな」
「うるさいし」
「歌が聞こえるな」
「どういうことなの!? この騒々しさは!!」
「……」
 それは、活気だっている人々のことか?
 どちらかと言うと、無礼講といった感じの祭りだ。優雅さを求めるのは無理だろう。だからこそ、この祭りを貴族達は嫌う。
 しかし、貴族達の娯楽にはこうやって素直に喜びを表現するものはない。何かした含みを持って、飾り立てられたものばかりだ。その点、この収穫祭はただ喜びと感謝がこめられている言ってしまえば単純なもの。
 まぁ、羽目を外しすぎる事もしばしばあるが。
 それが気に入らないのえの悪態だって、人々の喜びに掻き消えるくらいだ。

「ねぇお母さん! あれなぁに?」
「あら? 何もないわよ?」
「赤かったよ!」
「まぁ、でも空は青いわね」
「本当だよ!! 赤い鳥さんがいたんだよ!!」
 そう言って、子どもが空を指した。

バサァァ――
「まったく、のんきなものだわ」
 子どもの視線に隠れるように、屋根の中央に移った絽火が言う。その伸ばされた左手にパラがとまった。通りを並ぶ家々や店の屋根伝いに、絽火は国王を追っている。護衛するために。
 鮗もいるはずだが、彼は他の場所にも行かないといけないそうで。
「――はぁ。……?」
 国王とのえを追う黒い影を見つけて、絽火は口元を上げた。
 にやりと笑うのは、どうやら刺客だけでないらしい。

 ぁあ、やだやだ。黒い人々より黒く笑うのがお似合いの主人公なんて、わたくしの神経はすり減るばかりですよ。もとより細いのに!
「あ、元気そうだな」なんて! さすが皆様! 嬉しいですねぇ。しかし、どうして呆れ気味なのでしょうか?
 あ、大丈夫です! 生贄は別にいるんです! それこそ身代わりです!!
 ぎゃーーわたくしの等身大抱き枕が!!


「……」
 ふと、吹いた風が完了を告げる。――ふふふっと、笑った。
 何が気に入らないって? 気に入るも何も、私は小父上様の計画に乗っただけ。なのに、今ではそれを通り越して憎らしい。
 何に? そんなもの、私のいない間にあの場所に居場所を見つけたあの女が気に入らないのが一番だわ。

 うへぇ、嫉妬に狂った女が一人。さらに、放って置くと足あとを残すどころか消し炭にする女が一人。もっとこう、穏やかで自愛に満ちた女性はいないものですかねぇ~あ、絽火が主人公でいる限り望めませんね!
 うぎゃぁーー!! 炎と憎悪が追ってくるぅ~~~……

「ねぇ、あっちの道を行きましょうよ!」
「あそこか……」
 明らかに裏路地。いくら王都でも、いや王都だからこそ。陰と陽がはっきりと分かれていくのかもしれない。敵と味方、奪うもの奪われたもの。
「っちょっと待て!」
 いっそう早足になるのえを追う。
 ――こんなことで、俺をはめようとでも思っているのか?
「――のえ?」
 細い道、高い石の建物。
「こっちよ! 飛晶!」
 声だけが聞こえる。風に乗って。
「こっち、こっち!」
 あちらから、こちらから。

 惑わしの風よ、吹き荒れろ。

「ファイアーアロゥ!」
 絽火が宙に左手で半月を描く、するとその左手に赤い炎の弓が、右手に、燃え上がった炎を中央に当てる。そんな細やかなしぐさを台無しにするように、国王の周りに現れた黒ずくめの男達を刺し貫いて、地に縛り付けた。
 歌うようにつむがれていた風の声が止む。
ばさぁっ
「「………」」
 無言で、絽火と国王は視線を交わした。そこに、パラが飛び火の粉が舞う。
ぐじゃぁ――
 崩れ落ちた黒のローブの者達。その下から現れたのは、どす黒い色をした土。
「泥人形」
 動かしていたのは、“風”。
「「……」」
 もう、何も言うことはなくなった絽火と国王だった。


「――なんなのよ! あの女!?」
「あっけなかったな」
 水と地を混ぜて、風をまとわせた人形達。
「これも、駄目か」
パァン!!!
「「「!!?」」」
 三人を守護していた、石が割れた。
 驚いて一瞬固まってしまった三人の前に、一陣の風が吹いた。
「のえ様! 早くこちらへ! 風の長がやはり最初の計画を実行すると仰いました。非難します。地堺(ちかい)様、流瀬(りゅうせ)様もこちらへ。御身をお運びいたします」
 現れた男は、銀の髪がまだゆれるまま言い切った。
「……その計画だけは、使ってほしくなかったわ」
「へぇ、さすが半分は王家の人間だな。情は捨てきれないか」
 ぎろりと、のえは地堺を睨んだ。睨まれたほうはどこ吹く風で、肩をすくめた。
 風と地は、本来は仲がいいとは言えない。地が欲して止まないものをもつ風。常に上を見て地を見向きもしない風。
「お早く! のえ様!」
 三人は風に運ばれた。


「―――」
 気配が、消えた。
 首をかしげた絽火。
『主、油断するな』
「わかってる」
 違う、もしかして。これは、これは――?
ドォォォオオオン!!!
「「!?」」
 決して、王都の端ではない。むしろ中央に近い場所。
キャァァァーーー!!?
逃げろ! 逃げるんだ!
いやぁああーー
タスケテェ!!
あつい、熱いよぅ!!!
 朱に血の色を混ぜて、固めたようだ。
 赤黒い炎が立ち上った。

「ほ、のお?」
 認めたくなった。あの炎が自分の使う術と同じ炎であるなんて。燃え上がり人々を襲う炎を、あるべきものを灰とかすものを。
「うそ……」
「絽火!」
「っ!?」
「何が起きたっ!?」
「陛下!」
「遅い!」
「申し訳ありません。それが、火の手が城下の東から上がっております。追い風にあおられて勢いが増しております。早く、非難を」
「火、だと?」
 やってきた鮗の言葉に驚愕する。見上げれば、口元に手をあてて絽火が震えている。
『主、呆けるのはあとだ! あれを!』
「え?」
 この場に、相応しくないほど呆けた声をあげた絽火。
 見れば、炎の壁が立ち上っている。いつぞやの、長の術のように。
「……猿真似ね」
 一瞬にして気持ちを切り替えた絽火は、屋根を飛び越えて走りだした。
「待て絽火!」
「――これは種族の問題よ! さっさと人々を非難させて!」
「なっ」
「陛下!」
 合流した嗄の声に、引き止められた。


 スタッと、屋根から絽火が落ち立つ。人々はほとんど非難したらしく、誰もいない。
 目の前に立ち上って、近づいてくるのは、火の壁。一歩一歩進んで、もう、目の前。まるで誘い込むかのように。壁の進みが止まった。
バチィ!!
「――っ!?」
 火に、炎に、拒絶されたのは初めてだった。弾かれた指、黒く焦げてにおい立つ皮膚。
 伸ばした腕のローブが一瞬にして灰とかした。
「……なんで?」
 ひとつ、涙が流れた。
 それは、自分の不甲斐なさか、それとも、火の神への――
「ぅわぁぁああん!」
「――何事!?」
「おかぁさんーー!」
「って子ども!?」

 なんつーありがちな展開ですかねぇ~~うんうん。

「こっち来ないで!
「ふ……?」
「泣かないで。大丈夫」
 空へ、視線を。
「……赤い鳥さん?」
 パラが舞い降りて、子どもを誘導する。――あの時の子、ね。
ごぉっ
 いっそう、火が強く燃え上がった。
「――――」
 “許さない”。そう、口が動いた。
 振り返って睨みつけるその視線、炎の勢いで舞い上がる赤い髪。
 弾かれた腕を、再び火の壁に突き入れる。


「そううまく行くかな?」
 炎は、風によって力を増した。風によって炎を捻じ曲げた。
 風の混じった炎は、その風で絽火を攻撃した。
「さぁどうする? 炎の女」
 風の長は呟いた。


 これは、火。例え誰に操られようとも。
 伸ばした手が弾かれる事なく、その腕に自分の炎をまとって絽火は壁に突き刺した。
「……ぐ……」
 まるで意識が飛ばされるよう。燃え上がる炎と一緒にかき回されるような意識。
 空気を得て燃える炎ではない。空気を与えられて燃える炎。
 ―――泣いている。
「炎よ、我に手をかせ永遠に!!!」
 大きな衝撃音と共に、燃え上がっていた炎が四散した。


「な、どうして!?」
 のえが叫んだ。
 どうして、小父上様の風の力でも及ばないの!?
「さすが、本場か」
 くくくと、地堺が笑う。
 衝撃によって、弾かれて消えた風集石(ふしゅうせき)が、細かい粒となって長のほおを切り裂いた。
「楽しませてくれるな、飛晶」
 風の長が囁いた。


「――今のは」
 忘れもしない、あの男の。
「……絽火」
 地をゆらす衝撃に怯える馬をなだめて、壁の末端に向かった。
「「陛下!」」

 風の力が四散して、火の粉が消えながら舞い落ちて来る。
 それこそ、雪のように。ちりちりと髪を焦がして、そして、心を。
 まるでくすぶった炎。燃え上がる勢いはむしろ増していく。

「火族!」
「火族だ!」
 突然消えた炎、いぶかしんだ人々が舞い戻ってくる。無残にも、絽火の目の前から先。王都を覆う城壁の中の東の地区は燃えて消えた。ほぼ壊滅。あの活気たった屋台も、舞台も。道ですらない。瓦礫の山。燃えカス。
 灰となった場所と、まるで燃えることなかった場所の境界に、絽火は立っていた。ただ独り。動けないまま。
「――お前が!」
 燃やしたのか!
「お前が!」
「火族が!」
 いつの間にか、囲まれている。空を揺るがすほどの憎悪に満ちた声。
がっ!
「――え?」
 額に、当たった焼け石。――熱い。
がっががっ!!
 動けない。
 幾億もの声が、絽火をその場に打ち付ける。
 よくも、家とを、家族を、子を、そして楽しみを――
 “火”を扱うのは、皮肉にも火族だけだ。
 城に来た火族の女の噂は、すでに人々に広まっていた。そして、誰が見てもわかる。赤い髪と深い赤の目。それが火族。
「何をしている!」
 鋭い声が、人々の憎しみをかき消した。
 「国王」とあちらこちらから声がする。
 それでも動かない。絽火。ただ、前を見てもいない。その目に映るのは――
「何をした!」
 ただならない事態に、国王は馬から下りて叫んだ。
「王様!」
「あの女を殺して!」
「な、に?」
「俺達の家を奪った!」
「家族を焼いた!」
「――誰も、死んではいないわ」
「なんだと!」
「はじめて、絽火は言った」
「早く、助けて……」
 瓦礫の上に、火が燃え上がる。
「なななんだ!」
「あそこに、女性が。子どもも」
 おなかの中に。
「あっちも、向こうも」
 いち早く動いた鮗が瓦礫をどかせば、まるで燃える炎の中にいたとは思えない女性が、丸くなっている姿で現れた。
「なんだとぉ!」
「手伝ってくれ!」
 驚きあわてふためる人々を押しのけて、鮗は兵士に、人々に呼びかけた。はじめこそ驚いていた人々もしだいに、家族を、子どもを、助け出した。
 安堵の息が漏れる。泣き声、号泣。
 ゆっくりと、立ち尽くす絽火に、国王は近づいた。まるでそこだけ、時が止まったように動かない。
 ただ、絽火の口だけが動いていた。
「――い」
「なんだ?」
「許さない」
 ずっと、絽火は呟いていた。人々にかき消されていた、小さな声。
「――許さない。ファイアを、あんなふうに利用するなんて――」
 そこまで呟いて、倒れるように絽火は気を失った。

「――おいっ! おい絽火!」
『やめよ。主はもう限界だ』
「何があった」
『知れたこと』
「何?」
『“風”は時に火に力を与える。しかし、時に、その炎は、火の支配を超える。聞こえなかったか? 荒れ狂う炎の泣き声が』
 そして、“風”の陰謀が。
 人々は、炎を畏怖した。
 こうやって、絽火の立場を悪化させるのが目的だったのか。

 まるで命をあらわした炎のように、瓦礫の上で燃えていた炎が風にかき消された。

目次


第十四火  火が揺れる石

 ふぅ~~危なかった。いやぁ~爆発した炎といっしょに外に弾き飛ばされてしまいましたよ。
 帰ってくるのが大変でした。
 「え? なんで無事なの?」って皆様、それはわたくし、日ごろから健康第一! で生活しておりますから。
 「それは違う」はて、なぜでしょう? 皆様、人間まずは睡眠ですよ!
 「お前人間なのか!?」……はて、どうでしょう? 


「……」
 ふっと目が覚める。もう見慣れた天井。ここは城内。与えられた自室。
ばさぁぁああ――
「? パラ?」
 羽根の羽ばたきの音に首を傾ける。
「いつから?」
 この部屋に?
『――』
 少しだけ、いらだったようなパラは何も言わない。
「……ごめんなさい」
『我は主に従う――だが、この世界で主意外がどうなろうと興味はない。主が気にかけるならば、我もそれに従うだけ』
 種獣が従うのは、自らを生み出した神。そして、自身を召喚した主のみ。
 絽火の無事を確認したと言う様に、パラの信念体が火となって消えた。――おそらく、すぐに……

ばぁん!
「陛下!」
「――っと」
「……」
「ちょっとお待ち下さい」
「……?」
 見たことのない婦人が、国王を追い出して部屋の中に入ってきた。
「陛下も困った事。起きられますか?」
「ええ、まぁ」
「でしたらこちらを」
 湯で絞った厚地の布が渡される。
「本当は湯に入りたいでしょうけども、今だけ我慢してもらえれば。おなか空いてまいせん? あなた、丸一日眠りっぱなしで、」
「えっと?」
「え? あらごめんなさい、私ばかり話してしまっていたわね」
「どちら様で……?」
「あ、ごめんなさい。私は嗄の婚約者の翠(すい)と申します」
 にこりと笑って、翠と名乗った女性がカーテンを盛大に開け放つ。光に髪の色が反射して、黄金に輝いていた。くるりと振り返って、翡翠色の瞳が絽火を見る。
「はぁ」
 “嗄”って確か、よく国王の隣にいる人ね。
「ほら、この城女手がまったくないでしょう? だから、あなたの介抱役にって」
「お手数をかけまして……」
「そんな気にしないで! 普段なら仕事場に来ると追い返されてしまうの。でも向こうから頼んでくるから見ものだったわ」
 笑う翠につられて、絽火も笑った。


「ご機嫌麗しゅう陛下」
 どこがだ。
 国王の隣に立っていた鮗が、ひくりと顔を引きつらせた。
 絽火の部屋から追い出されて不覚にも立ち尽くした国王に届いたしらせは、またも風族の男が謁見を申し出ているという事だった。
「東の復興費か……」
 さて、どこを削るか……
 そして謁見室でその男を前にしても、国王はまったく相手にする気もなく別の書類を見ている。呟きを逃さず聞いていた男が、負けじと声を大きくして意見する。
「幸いにして、あれだけの炎にも関わらず死者は少ないほうです――喜ぶべきか」
「つまり、燃えた民家の分だけ城下の民も燃えていればよかったとでも?」
「そんなっ滅相もない陛下!」
「しばらく、この城内での応接費のうち、無意味な優遇費を削るか」
「へっ陛下!?」
「――去れ」
 いつものように押しかけてきた風族の男を、はじめて謁見の間から追い出した。
「二度と城の門をくぐらせるな」
「はっ」
 足早に謁見の間を去った鮗。それを見送って、国王も謁見の間を出た。そのうしろから、赤い火の粉を舞わせて火鳥が飛び去っていく。
 高く長い回廊を歩く、白いマントをはためかす国王。あとから舞う赤の火の粉。羽ばたいて高く舞う火鳥。

 やっぱり、絽火とより様になる光景ですよねぇ~~
 ……何も、飛んできませんね? 何かあったのでしょうか?

 ――そういう心配?


「ひどいのよ嗄ったら、私が他の誰とも婚約できないように手を回しておきながら、いざ婚約者になったらずっっとほっとかれているの!!」
「はぁ……」
「しかも、いつの間にか回りにいるのは嗄の回し者たちだし、勝手に家を出て出歩く事もできないし!」
「いえ、それは……」
「買い物もいけないのよ!? ほしいものを言えば店がやってくるのよ!?」
 ……恐ろしいな。
「確かに嗄は、王都で五本の指に入る貴族の嫡男だ。その知識を持ってすれば、護衛にならずとも宰相とか大臣とか政務に関係する職に就けただろうに」
「まぁ、陛下」
 勝手に部屋に入ってきた国王に、むしろ絽火は喜んだ。これで、この果てない愚痴を聞かなくてすむ。
 翠は焦ったように長椅子から立ちあがろうと、
「そのままでいい」
「そういうわけには行きませんわ」
 いつの間にか用意させていたお茶や菓子を残して、翠は席を立つ。
「だって、独り占めはできませんもの。また会いましょう」
 ふふっと笑って、翠は部屋を足早に去った。
パタンっ
「……疲れた……」
「だろうな」
「――苦手なの?」
「得意になれと?」
「………」
 扉の外では、また来るわねと翠に囁かれた嗄が頭を抱えていた。
「――もう、いいんだな」
「負傷者は?」
 呟やくような問いかけには、答えられなかった。
「皆助けられた。無事だ」
「そう」
 耳を塞ぎたい。耳の奥、まるで取り付くと言わんばかりに響く、声。
 ――その炎で人を焼いた――
「すまない」
「? なんの話よ?」
 疲れからか、気持ちの沈み具合からか、絽火は力なく笑った。
 まるで何事もなかったとでも言うように、絽火は目の前のお茶と菓子に手をつける。
(――!)
 その、違和感。
「そうだな。これを、」
「? ――っ」
 右の手で受け取れるように、本を突きつける。
バサッ!
 一度は受け取られたはずの本がつかまれることなく、地に落ちた。
「……――っ!」
 一瞬の驚愕。絽火の右の腕をつかめば呻く。
「――傷は癒えたと、医師は言った」
「……まだ少し、時に痺れるだけ」
 離せというように、振り払われる。
 あの時、火の壁に突っ込んだ右腕。――安くはない、代償。
 “風”が邪魔をする―――


「長! 何を仰いますか!!」
「様子を見ようと言っただけだが」
「もう準備は完了に向かっております!」
「あとは出陣を待つだけ!」
「知っている」
 まさか、あの火の女にこんなにも警戒心を湧き立たせるとは思わなかったからこそ、すすめた。
 しかし、
「万一にも、抜かりはない」
「でしたら!」
「……」
 だが最終決定を下すのをためらわせてしまうのは、あの女のせいだ。
「何も計画を破綻させるつもりはない。だが今は、待て」
 その時でないと、風が告げる。

 ただ過ぎ去る時間。確実に、進む時。
 何もなければ、この話はおしまい。
 何もなければ、この話は始まらない。
 だけど彼らは願う。この恐ろしくも保たれる沈黙が、少しでも長く続くように。
 その時が、一時の休息であると信じたいから。


こつ、こつっ
 寝台の端を叩いて、頭を抑える。少し立って、起き上がる。のそのそと術服に着替え。体をほぐす。
 この数日間、寝そべっている事のほうが多かった。
 軋む体をほぐして、手を伸ばす。
 窓を開け、空を見る。夜空に浮かぶ星の名は、数えるほどしか知らない。一度、冷たく感じる空気を吸い込んだ。
「―――我が左手に浮かべ炎――」


「?」
 一瞬、ほんの一瞬の事だった。何かを感じとった火鳥が頭をあげて、そして、羽ばたく。迷わずこちらに向かってきて、睨みつけている――ように思う。
 この火鳥が何かを感じるとしたら、それはこの城に一人しかいない人物の事だ。
 それでもいつもなら、再びもとの姿勢に戻るのに。そんなにも急用だったらしい。


「――我が右手に宿れ炎――」
 絽火の左手で燃え上がっていた炎をそのままにして、次に右手の上に炎が燃え上がる。そして、少しだけ腕を上げる。目の高さよりも高く。
「……」
 息を吸って、吐いて。その炎から手を離す。一度大きく炎が揺らいで、そしてまた燃える。
「――我の――」


「わきゃ!?」
「!?」
 歩き出した廊下の先で、声が聞こえる。一瞬嗄が剣に手をかけて、そしてさらに驚いたように声をあげた。
「翠! ここで何をしている!」
 どうも、隠れようとして逆に壁にぶつかったらしい。
「えっと~~迷った?」
 しまった~と、顔を歪ませて翠がいう。
「ふざけるな!」
 嘘をつけと、国王と鮗が呟いた。彼女がこの城で迷うはずがない。珍しく声を荒げて嗄が言い寄っている。
「何よ……そんなに怒鳴る事ないじゃない!」
 ふいっと顔をそむけて、なんと三人に背を向けて早足で廊下を進んでいく。
「おいっ!? 待て翠!」
「嫌よ!」
「帰ったんじゃなかったのか!?」
「――そんなに私を追い返したいのね!?」
「あのなぁ……」
 そのまま、嗄は翠を追って行ってしまった。
「行くか」
 国王の一言。鮗の頷き。パラまでも呆れたように旋回していた。
 城の中を駆け巡る婚約者同士が交わす喧騒に、他の兵士達までも笑っていた。

 なんという夫婦でしょうかねぇ~~。あ、まだ結婚してませんね。まぁいいか。
 廊下も明るく照らしてあるので、先が見えなくて困る事はないでしょうし。
 と、いうか。彼女少し前までこの城で働いていたそうですよ。あ、前の国王様の時ね。ってことは……結構見かけよりも歳食っているってことに他なりませんね。


「燃えよ炎、我が上で輝け」
 絽火の手を離れて燃えあげる火がこれで七つ。
「―――」
 近づいてくる気配、確実に一人ではない。だけど、邪魔をされるわけにもいかない。
ココココッ
 次に誰が入ってこようとも。
――がちゃっ
「すべての炎よ、我の前に集まれ――“収縮”」

 火鳥に急かされて、扉を口ばしでつつかれて開いた扉。どの場所よりも明るい光。見れば絽火の回りを浮遊していた炎が一点に集まって、見る間に輝きを失う。
 そして瞬間。
 ――!!
 見つめる目を焼き付けるほどの輝き。赤い炎が立ち上ってまるで炎の中にいるような錯覚。ものの数秒。
「――火揺石?」
 絽火の目の前に漂うのは、紛れもなく石。種族の力となる、各神の恩恵。
「何度、勝手に入ってくれば気がすむのかしら?」
 顔色が、さらに悪くなった。それは部屋が暗くなったせいではない。
「……驚いた。そうやって“石”は作るのか?」
「……。石には二つの種類があるわ。一つは、かつて種族の神の恩恵を受けた場所などにできるもの。これが本物。もう一つは、自分の力を削って作り出すもの」
「力を削る?」
「削られた力が元に戻れば、それは新しい力を生み出している証拠。もし戻らないなら、それが自分の力の限界」
「お前は?」
「馬鹿にしているの?」
 かつて、両の耳と首と手首、さらには足首に光らせていた火揺石を、さして言う言葉。
「悪い」
「……」
 だが持っていたものはすべて、あの日、壁と共に四散した炎を一緒に砕け散った。
「絽火?」
 石を握り締めたまま、こちらを振り返るわけでもなく続けられた会話。打ち切られると同時に、いきなりこっちに向かってくる。
「……」
 正面に立たれて、見上げられる。ふと口が開いたが何も言わず、ただ石を突きつけられ宇。
「持っていて、これからずっと」
「……」
 考えて、別に何も問題がないと思う。受け取って見ると――その石の中で揺れる炎が見える。
 鮗が言っていた、上等品。
 受け取られた事に、誰が見ても明らかなくらい絽火はほっとしていた。
「人が燃えて死ぬのは、嫌―――」
 そして再び、倒れるように眠り込んだ。
「おいっ!?」
『―――主』
 パラの声が暗い。
 崩れた体を受け止めて、その熱さに驚く。
「なんだ……?」
『大丈夫だ』
「あ、ああ……」
『その石、決っして身から離すな』
「――なぜ?」
『その石を持つものはその加護を受ける。持っていれば、火によって焼け死ぬ事はない』
「……」
 想像上に、あの一見は絽火を蝕んでいた。


 ……っは!! どうしましょう! あまりの絽火の破壊神からかけ離れてなんか人助けしてますよ慈善行事ですかと驚いて一瞬見た物が信じられず意識がフィードアウトしておりました。
 いやぁ、ようやく帰って来れました。もう皆様、そんなに心配しないでくださいよぉ~
 ――あ、“例のごとく忘れた”!!?
 なんの例文ですか! そんな教科書があるなら持って来なさい!! 訂正文章出します!! というよりも作り直します! ぇえもう最初から、私好みに。

目次


第十五火  この時間は、永遠?

 いい陽気ですねぇ~~これはもうわたくしに昼寝しろと言っておりますよ。
 ぁああ、安眠。いい言葉ですねぇ~
 しっかし風も強いですねぇ~わたくし空気と同じくらい澄んで広い心を持っているので、飛ばされてしまいそうですね。
 何を白々しい事を、と!? 皆様!? どうしてそんなに辛口なのですかぁーーー


 待っているだけでは、物事は解決しない?
 時が来れば解決する?
 そんな、必ず解決する事じゃない。
 誰かが引き金を引くだけ。
 誰も解決させたいわけじゃない。
 ただ、おそらく。
 人は誰よりも高い地位を望むことがある――


「何も、ないな」
「まるで、それが問題だといいたいようですね」
「ああ」
「陛下」
「おかしいだろう? まさか、もうあきらめるわけない。それに、“偵察”も十分だ」
「――彼女が、引き付けているのに?」
「限界があるだろう」
「………」
「また、民を犠牲にするつもりなのか」
 椅子に座ったまま、国王は拳を合わせて握り締めている。
「標的は俺だろう? なぜ、なぜ来ない――」
「ですが……」
「あの男はまた城下を火の海にするつもりなのか!」

「なーーんか。暇ねぇ」

 どうやら、この前までの一件で、絽火は自分の地位を確立したらしいですよぉ。廊下を歩いても睨まれる事もないし、立ち入り禁止だと追い出されることもないし。いやぁ~快適ですねぇ。
 当初の目的どおり、国王様の護衛をすることになりました~拍手~~
 あれ……? これは……焼き石……あつっ!!? 熱う! あついっすよ!? ぎゃーーわたくしに向かって降ってくるぅ!?

「暇なのよ!」
 廊下の真ん中で断言して、腕を振り回した絽火。
「こんなに暇なら、まだ鮗のスパルタを受けているほうがましだわ」
「ほぉ」
「!?」
 タイミングよく、廊下の角の向こうから声がする。
「……ぇ゛?」
「陛下から、お前の仕事を言い付かったのだが、そうか。そっちのほうがお望みとあらば、答えない手はないな」
「いやっお気遣いなくっ!?」
「ならばそうだな、また歴史事象をまとめてもらおうか?」
 冗談じゃないわ! 絽火の叫び声が響いた。そのうしろから追っかける鮗さんの声も。
 廊下を走る影と、追う影。危険を察知して避ける兵士。門番を言いくるめて中に入ってきた人影が、そんな人々を見て声を張り上げた。
「絽火ちゃん!」
「えっ?!」
「何をしているの! まだ安静にしていないといけないでしょう!」
「……こ、こんにちは翠さん」
 廊下を全速力で走っていた絽火は立ち止まった。
「さぁ行きましょう!」
 ……どこに?
「翠! 何をしている!」
 家のものから翠様が塀を乗り越えたー(逃げ出した)と報告を受けた嗄が全力で翠を探していました。
「あなたには関係ないわ。ね、女同士で楽しみましょう!?」
「……あの仕事が……」
「ちょっと来い」
「はっ?」
 と、追いついてきた鮗に引きずられていく絽火。
 角を曲がって、光が当たらない影。向こうのほうで翠と嗄の言い争いが聞こえる。
「……陛下が、城下で買い物をしてこいと」
「何を」
「日用品を」
「……つまり、翠さんを連れ出せ。と?」
「そういうことだ」
「そんっなに国王様は翠さんが苦手なのね」
「……」
 嗄と国王と鮗で話し合った結果らしい。翠が絽火を出しに城に入り浸ろうとしている。と、苦々しく嗄は語った。
 そんなものお前がほおっていた所為(せい)だろうと国王に言われて撃沈したらしい。痴話喧嘩なら外でやれ、終わるまで帰ってくるなといいたいところだが、いつ向こうが動き出すかわからないのにそれもできない。だが、城にいられると何よりもまず嗄の気が散る。ついでに国王も。
 と言うことで、
「私に相手をしろって?」
「仕事だ」
「初仕事!?」
 王都っていったい……。

 ぅわぁ、城では苦手な女性は追い出すらしいですよ。ってそれが自分の結婚相手でもですかぁ~? まぁでも仕事とプライベートは別ですよねぇ~わたくしも、これは仕事です。 休日最高!! そりゃぁねぇ、新婚さんなら休日に買い物とか映画とか遊園地とか行きたいですよねぇ。え? この世界にない? なら公園にでも行くんじゃないんですか?
 それなのに、夫は休日もない! 夜になっても帰ってこない!
 う~~ん。絽火ならきっぱりと夫の存在を忘れそうな展開ですね。久しぶりに早く帰ってくれば「あんた誰?」みたいなね! 夕飯も一人分しかないとね! 「ぁあ食べに行ってくれば?」って感じでしょうかねぇ!


「こんにちは!」
「おや? 奥様?」
「今日はこの子の服を見に来たの! わぁ~ここのお店って初めて!」
 王都でも、一、二位を争う高級呉服店。いつもなら、翠のために嗄が家にやってこさせる店。
「……」
 噂には聞いていた絽火も、実情を目の前にして倒れたくなった。
(服!? いらないし!!?)
 ……それ?

 数分後。
「やっぱり赤髪にはこれかしら? う~ん。でも髪に合わせて赤でもいいかしら?」
「翠さん?」
「何ぃ? どっちがいい!?」
 赤いワンピースと青いワンピース。究極の選択?
「あの、服はありますから」
「あんな黒の術服は可愛くない!」
「……仕事ですから」
「私服でいいじゃない!」
「……」
 すでに、店の中は翠が引っ掻き回したのですごい惨状。かかっていた服はすべて下げられて、畳んであった服も広げられて。もちろん、すべて絽火のサイズにあうもの。ちらりと視線をやると店主は出てきているものの……。コメントは控えたいらしい。
 嗄は貴族だが、翠は城下を離れた違う町の出身だ。いわゆる普通の民である。それなのに家から出られないで人を使う毎日。さらに言うなら夫は帰っても来ない。
 つまらない毎日の鬱憤(うっぷん)が溜まっている。
「でも私お金が――」
「嗄が払うわよ?」
「……」
 半分は国王が払うのか?
「えっと――」
 確実に一着は買わないと帰してもらえない――?
「ほらほら! 着てみて!」
 ごそごそと着替える。色が変わって白いワンピースだった。
「似合うわねぇ~ねぇ!」
「ぇえ奥様」
「……じゃ、これで……」
 もうどうでもいいや、着ないし。
「あら? これがいいのね!」
「まぁ(なんでもいいよ……)」
「わかったわ。じゃ、これ全部!」
 にこやかに、周りを一周。
「はっ!?」
「お城に送っといて! 行くわよ!」
「え? このまま!?」
 ワンピースのまま絽火は引きずられていった。

「ふふふ~~ふ~ふ~ふふっふ~~」
 陽気に歌いだす翠。右手には絽火、の腕。左手には氷菓子。
「………」
「おいしくない?」
「おいしいですけども……」
 火谷では考えられもしない氷菓子。果汁を搾り取って糖を加えたものを固めている。食べやすいように丸く長い棒状で、いくつも味の種類がある。
「あら? ここじゃなかったかしら?」
 道を曲がって、首をかしげる翠。
(迷子?)
 なんだか、いろいろ不安だ。


「行ったか」
 所変わって王城。国王が鮗の報告を聞いて息をついた。
「ぇえ、まぁ」
 沈んだままの嗄の声。
「なんだ、まだ不安なのか?」
「翠は……」
「翠だからな……」
「そのためにあの女を連れて行かせたのでは?」
 不安の消しきれない二人に、鮗が声をかける。
「翠と」
「絽火だぞ?」
「……」
 被害額が高くつきそうだった。


「あら? あのお店!」
「へ?」
「あっちもいいわ!」
「ちょっ」
「きゃーー可愛い帽子!」
「っ!?」
「そうだわ! 洋服棚!」
「……」
「あっちに行きましょう!」
 行く場所があったんじゃないのか――
「あ、ここの店だわ」
「?」
 今度は、髪を切ったり染めたりする所らしい。
「こんにーちわ」
「奥様!」
 ほっとしたように、店の代表のお姉さんがやってくる。
「こちらにわざわざ足を運んでいただきまして」
「いいのいいの。それより、今日はこの子の髪を整えてあげて!」
「「はぁっ!?」」

チョキチョキ――
 見事な赤毛だと賛辞さる――それは地毛だ。短く切るのは嫌だというと、痛んだ毛先だけを切られる。それから真っ直ぐに伸びた髪をゆるく巻かれた。
「――まだ終わんないんですか……?」
 いい加減で、あきた。というか、もういいと思う。
「奥様が、たぶん……」
 ちらりと視線を上げれば、待ち人として他の婦人と会話に花を咲かせている翠。……これで帰りましょうなんていえば怒られそうだ。
「それで、今度は何を始めるんです?」
 時間を長引かせるのも大変だろうと思う。
 すでにまかれた髪が今度はいくつものピンでまとめ上げられている。行く束かはそのまま流れている状態。
「何か、ありませんか……?」
 こっちはこっちで必死だった。


「なんだこれは」
 鮗は、やってきた三台の馬車から下ろされた荷物の量に驚いていた。
「翠嬢からこちらに送り届けるようにと伺っているのですが、いかがいたしましょうか」
「店主!」
「これは、嗄様。こちらを――」
「?」
 金額の書かれた請求書を押し付けられた。
「………今月中には払う……」
「いつもご贔屓に、ありがとうござます」
 そして、店主は帰った。
がらがらがら
 と、そこに別の馬車。
「何事だ?」
「こんにちは、洋服棚をお届けに参りました」
ごとんごとん
「失礼足します。装飾品を運んで――」
「靴屋ですが――」
「メルセーベルの帽子屋で~す」

 ぅわ! 入り口の惨状! 戦争ですね!

「「「「毎度、ありがとうございます!」」」」
 馬車は去った。

「……全部運ぶか……」
 やってきて呆れている国王の一言に。兵士が総動員した。城の部屋は余っていたから。

 何が偉いってこの国の兵士だと思いますよ。すばらしい順応っぷり! さすがなれ!
 ちなみに、請求書の合計金額に嗄が頭を抱えてましたよ~~

「大変! もうお昼をすぎているじゃない!」
「――そうですね」
 あわてて立ち上がった翠に、眠気眼で絽火が振り返る。
「まぁ、かわいい! やっぱり髪型は変えなくちゃ!」
 あの後結局、結論に至った。“大丈夫、このまま待っていればいつか気がつく”。髪がいくつものピンで編みこまれた状態で絽火はうたた寝をしていた。にも関わらず気がつかない翠。
「おなかすいていない? お昼にしましょう!」
「はぁい」
 次は食事か……

 もうお昼というよりおやつの時間じゃないですか。駄目ですよ! 三食きちんと食べないと!! 健康の基本ですよ!!

 そしてお昼。お茶。買い物。徘徊。夕方になっていく。
 日が暮れる――
「日暮れは好き?」
「――? 好きですよ」
 昼が夜に連れて行かれる。流れる雲の色が闇を運ぶ。沈みきらない太陽はいつの間にか、もう見えない。一瞬のようで、昼よりも夜よりも存在感が強い。長い長い影が、ぶつかって進む。
「嫌いなの、私」
「――どうしてですか?」
 聞いてきたのだ、聞いてほしいんだろう。
「……夜は、長いでしょう?」
「短い」
「ぇ?」
「夜中すごしたって――いえ、何も」
 町を照らす灯りが増える。人々が帰路につく。鳥も。
「それより、何か買わないんですか?」
「だって、必要ないものまで嗄が用意しているんですもの」
 必要なものはそろっているらしい。
「ほしい物がすべてあるって、案外つまらないのね」
 じゃぁなんであんなに買ったんだよ……
「夕飯はどうする?」
 食べるのが前提なのか……。
「これと言って――」
「私酒場とか行ってみたい!」
「あそこの店がいいんじゃないですか!」
「ぇえ~あそこ行き着けなのよ……」
「……」
 どう見ても要予約そうな料理店なのに……
「……よく来るんですか?」
「前はね」
 入った瞬間に一番奥の景色のいい場所に案内される。しかも翠さんは手馴れた様子で料理を注文した。
 今日一日の結論。翠さんってもしかして――案外世間知らず?
 聞き出すと地元では女神を崇める神殿に勤めていたと。両親は早くに他界し姉が王都で侍女として働いていて、その稼ぎを受け取っていたそうで。
 その姉が不幸にしてなくなって、代わりに侍女として働くようになったのが十五の時だそうだ……なんというか、特殊環境?

 自分の方だって十分特殊だとわかっておりませんねぇ絽火。なんたって火谷の術師ですよ!
 ぁあ。もっと一般的に常識の通じる女性がほしいですね。
 いないってーー? そうでうよねぇ~~ぎゃーなんかどす黒い物が見えるーーー!!?

 さて食事も運ばれて――またも質問攻め。しばらく、おいしい料理を囲みながら――ふと、“女の友達”と、彼女の事を呼べるのかと思った。

「ぁあ楽しかった!」
 だろうな。絽火は呟いた。
「おいしい?」
「ええ」
 食後のデザートを三品も用意させて、翠はお茶のみ。ニコニコとテーブルに肘をついて、組んだ手にあごを乗せて、絽火が食べる様子を見ている。
「本当に楽しかったわ――これで当分、わがままは言わなくてすみそう」
「……」
「寂しいなんて、軍人の妻が言ったらいけないのかしらね」
 一口、お茶を口に含む翠。
「さぁ?」
「住み慣れた町と違って、もともとここは広い場所じゃないから」
 種族の力を直に感じ、心の奥底で、恐れる人々。自分達の生活を潤させると同時に、言い切れない恐怖心にさらされる。――もし、反発でもされたら――勝てない?
 その力をただ話しに聞いているだけの民とはわけが違う。
「人間は、非力なものね」
「――」
 沈黙した絽火を横目に、翠は通りを眺める。
「聞いてしまったの、何かが起こるって」
 翠は、その翡翠の目を真っ直ぐに絽火に向けた。
「あなたがここに来た事と、関係があるのでしょう?」
「知りません」
「……それが終われば、嗄は帰ってきてくれるの」
 一つ、翠は息をついた。
「生きて、いればね」

「―――陛下!」
「萩(はぎ)!?」
 執務室に、突然入ってきた護衛の姿。
「奴らが動きました! 目標は、王都(ここ)!」

 それは、権力に振り回される人々のお話――

目次


第十六火  私にできる、事をする

ガターーン!!
 突然の事に、誰もが言葉を失った。
 驚愕に震えたままの人々は立ち尽くした。
 混沌の闇。
 見えただろうか、この王都に向かいやってくる術師の姿が。
 目に入っただろうか、彼らの瞳に映る、交戦の意志を。
 森と水と地、風に囲まれた王都を取り囲む。風と水と地、その術師たちを。
 王都に住む人口を易々と超えた術師の、敵意を。
『――この国を、あるべき姿に!』
 簡単な話だった。


「陛下!」
「まったく、しでかしてくれる」
 これなら、まだ、あの赤髪の術師がかわいいものだ。
「人々を城に非難させろ! それから、」
 もう、城下を戦場にしないようにするには、遅すぎる。
「奴らを絶対にこの城に入れるな!」
 術師が、ヒトに術を持って攻撃する事はない、と、思いたい。


『城下の民に告ぐ!』
 空から、声が聞こえた。風の運ぶ声はとてもすんでいて、闇にとける。でも内容は、体に染み込まない。
『あるべき地位を取り戻すまでは、私に刃向かうものは殺す』


「っきゃーー!!?」
「なにっ!?」
 通りに響いた叫び声、人々は外を見て立ち止まる。浮かび上がった影はおぼろげだった。けれど、誰しもが、それが誰だかわかったみたいだった。
「なっ」
 そのあとに、空に浮かんだ光景。きっと、この周りの事。数千ものヒトの群れ、がしゃがしゃと耳障りな武器の音。おそらく、王都に向かっている。高い城からは、その様子がよく見えるはずだ。
「武器を持てないものは非難しろ!」
 遠くから、馬に乗った兵士の声がする。走り出す人々、ただ恐怖に駈られて。
 通りは、子を抱いて走る影、ヒトを蹴り飛ばして進む影。一目散に城に向かう人々。
 呆然と立ち尽くした絽火に、ぶつかってゆくヒトもいた。
「はじまって、しまったの?」
 呆然と、後ろまで来ていた翠が言う。
「あれは誰?」
「あの方は飛針(ひしん)様」
「……?」
「飛晶(ひしょう)陛下の御父上です」
「はぁ?」
 “あれ”は、風族の“長”でしょう?
「どうしたら……」
 そうこうするうちに、矢が放たれた。開戦を告げるもの。
「ここは危ないわね。城に戻って」
「絽火、ちゃん?」
「パラ、国王をよろしくね!」
 ここにいない誰かに言伝をして、絽火は走り出した。
「まって!」
「いいから! 逃げて! 炎の刃よ、降りしきる雨を焼き払え!」
 外から飛んできた矢が消し炭となって消える。絽火の足下に転がる。矢が当たって絶命した命。
「――ひっ!?」
「早く! 死にたいの?!」
「ぁ……」
 叱咤されて、震え上がった体を無理やり城に向ける。翠は走り出した。
 もうすぐそこまで来ているはずだった。飛晶国王を王座から引きずり下ろそうとする術師たちが。
 そんなこと、絽火は知らない。


「陛下!」
「お前は西を!」
「はっ!」
 あわただしく、開戦の合図に動き出す城。まさか、こうも正面から来るとはな。飛晶は笑った。――いつまで、もつか。
 出陣の準備を。
 マントを翻して、飛晶は廊下の奥に向かった。
「鮗様!」
 国王と別れて、鮗は自分の部隊を率いて出陣しようとしていた。
「いそげ! 武器と馬の準備は」
「終わっております」
 走り出した鮗の足が、止まった。
「隊長?」
「――すぐ行く」
 ばたばたと兵士が走り去って、廊下に一人。外からの叫び声や叱咤の声や争いの言葉が、ひどく遠いものに聞こえる。
「どういうこと?」
 静かに、廊下に声が響く。はっきりとした言葉、声。燃える炎のように、触れてはならない声。
「あれは、陛下の御父上だ」
「……あれは、風の“長”よ」
 振り返って、見た。火術師は回廊の窓に腰掛けて、背を空に預けたように、見えた。
 その姿に、一瞬、息を飲んだ。
「っ飛針様だ」
「あっそう」
「前王陛下、那重(なじゅう)様のご意志」
「……つまり、娘の婿じゃなくて血のつながった孫に王位を譲った、と?」
「そうだ」
「で、怒り狂って攻めて来たと?」
「そんなところだ」
「……迷惑だわ」
 しかもご丁寧に、火族と森族以外すべてを味方につけて。
「隊長!」
 鮗が、絽火から目を離したのは一瞬。
「今行く。とにかくお前は――何っ!?」
 その場に、絽火はいなかった。

(なら、一番の狙いは国王?)
 一人、絽火は森に向かった。正面から来る武装した兵士など、囮(おとり)にすぎないはずだった。
(私なら、その間に城にもぐりこむわね)
 そこまでして、“王位”がほしいのだろうか、そうまでして“王座”がほしいのだろうか。
「――くだらない」
 風族の長(あの男)は自分の息子を殺してこの国を手に入れるのだろうか。


 前置きが何もなかったわけではない。誰もがこの事態を予想し得なかったわけではない。
 ただ、戸惑った。
「みなに告ぐ!」
 国王は、兵士達を見据えて言った。
「我が国に平和を!」
 迷いも、恐れも消して、立ち向かってくる敵を倒す。
 堂々と立った国王の姿に、誰もが迷いを捨てた。
 力強く、進む兵士達。
 国王は自分の馬の上で、もう空にはいない父親を振り返った。
 ――父上、私が、一度でも王位がほしいと申し上げたとでも?
 だが飛晶が王である。それは事実。


「うまくやっている」
「当然だ」
 風の“長”の声に、地の“長”が言う。何を当たり前な事を、と。
「息子達に抜かりない。お主こそ」
「心配されるいわれがないな」
「……これから息子を殺しに行く親の言葉とは思えないな」
 そう言った地族の長の前から、風族の長の姿が消えた。
「殺しに行く」それが今更、なんだというのだろうか。
 かつて、目の前で義父の首をへし折ってやろうかと思った日はもう久しい。
 徐々に弱っていく義父。自分で手を下す必要もなかった。だからこそ、安心していのだとしたら、失態だ。
『もう長くはない』
 あの日、寝台に横たわった義父の瞳だけは、昔と変わらなかった。私を警戒したまま言ったのだった。
『義父上』
 心に浮かんでいたのは、人が死を迎える瞬間。
『お前には、渡さない。何も』
『なんのことですか?』
 その時は、戯言(ざれごと)と聞き捨てた。なのに――
『陛下の遺言は―――飛晶様に王位をお継がせになることです――』
 なんのために、あの世間知らずの王女に取り入ったのかわからない。
「王座(そこ)を返してもらうぞ、飛晶」


 絽火は一人、走っていた。周りは暗く、よく見えない。なのに、その足取りに迷いはない。
 今なら、わかる気がする。
 『火術師を一人――“火谷”で一番の術師を』
 『お前には俺の護衛をしてもらう』
 不可解な“長”の行動の意味が。
 そして、城の中の人々の行為が。
 すべてここに、つながっているとしら?
「ここに、来てもらおうかしら?」
 森の一角に、炎が燃え上がった。
「術師は、人の輪の中には、入れないのよ」
 呟きが、火の粉と一緒に空に舞った。

「おやまぁ」
「“長”?」
「さすが、還火(かんか)が選んだだけはあるということか」
 城に向かわせた術師たちは囮――自分が城内に入るための抜け穴に向かう少数の連れ達。
「なぜ、そこを知っている?」


 燃え上がった炎は、祝いの夜に囲む炎に似ていた。
 絽火の背丈を軽く越え、空に、空に。
 円形に広がった場所、周りの木々を炎がゆらす。
 暗い夜を、絽火を照らし、爆ぜる。
 薪もないのに燃え上がった炎が、空に消える。高く高く高く燃え上がる。
 勢いが強すぎて、到底近づけない。
 そんな炎の真横に、立つのは火術師。
 その頬と髪と瞳を、紅く染めて。
「何をしにきたのか――」
「わからないの?」
 火の爆ぜる音が止んだ。
 問に問を返して、絽火はその顔を上げた。
 炎はすぐ傍で勢いよく燃えているのに、まるでそこに何もないかのように、静まり返った。
 絽火は動かない。
 例え、目の前に森族と雷族を除いた面々がいたとしても。
 その瞳は、どこを見ているのか。
 と、低い声がした。だんだんと大きくなり、絽火が眉をひそめる。
 どうやら、男は笑っているようだ。
「お前が“あの”火谷の術師か!」
 嘲笑が、森に響き渡る。
「だとしたら?」
「自分の力を過信しないうちに――消えろ」
 絶対的な権力を持つ者の声――命令。
「嫌よ」
「おかしな事だ、お前になんの利点がある」
「何も。でもそれが、本来のあるべき姿」
 すべての術師は、“国王”に従う。
 すべての種族は、国家のためにある。
 そう定めなければ、人間は未知の力に畏怖するから。
「そんな大昔の決まりごとを」
「でも私は――それでよかったと思うわ」
「ほぉ?」
「……久しぶりなの。本当に本当の力を、思う存分使えるのは、ね」
「若い者は、年長者の意見を聞くべきだろう」
 これが、最後だ。
「忠告は、私が尊敬できる人から聞いているわ」
 何事もほどほどにね、絽火。それは、“真”に必要な時のためだから。
「……」
 風の“長”は、自分の後ろに立つ武装した者達に視線を送った。
 黒の甲冑に身を包んだ者、黒のローブに身を包んだ者達が、一歩進み出る。
「もとより、会話ができると思っていないわ。風族の“長”」
「残念だ。もっと聞き分けの良いものならば――そこをどいてもらおうか」
「嫌」
「……では死ね」
「誰に向かって言っているのかしら!!?」
 絽火が腕を振り上げる。
 それに答えるように、いっそう高く、炎が輝いて燃え上がった。

目次


第十七火 叶わない望み

 はぁ、まったくもう。世の中は物騒でいけませんね。
 どこに行っても戦争、王権、復讐、聖戦、チャンネル争い!
 どうして人間は争うのでしょう?
 え? お前今までどこにいたんだって?
 それはもちろん! 密かに掘った地下シェルターに! ――潰れてしまえぇ!!?
 なぜですか皆様!? 私はそれでもモグラのごとく掘って出てきますよ!? それはもうしつこく!!
 モグラならそれらしく地面の下にいろ!!? う~ん。たまには空に帰りたくなるんですよっ
 ぉおっと。派手な音がしましたよ……まさか! まだ絽火が暴れて……いえ、楽しんでいるのですか?
 それは困ったものです。
 そうですねーーもう少しおとなしくしてますか。
 では皆様! 私再び避難しますので悪しからず! とばっちりいだけは食らわぬように。
 おやすみなさいませ~~


 夜の空に、ふくれて燃え上がった炎。そこだけ、真昼を戻したかのように絽火を照らし、飛針を照らす。そして、もう五人の影も。
 ゆっくりと一歩踏み出す。見据えた瞳はそのままに。
 あとは、動くだけ――
 口元に笑みが浮かぶのを押さえられない。
 大きな音がした。術の放たれる音、そして――風、水、地。三つの力が絽火を襲う。
 溢れる水の気配、纏わりついて自由を奪う。
 揺れる地、足下を崩す。
 そして荒れ狂う――カマイタチ。
 しかし、そう。
 こんなもの?
「ファイアー・バースト!」
 叩き付けた炎と、燃え上がる炎が絽火を守る。
「っダイン!」
 もとより炎中に呼び出した鎌をつかむ。そして構え直す暇もないままに、風を切り裂く。

 五人の人影は驚きつつも左右に散る。
 この人数差、いくら火術師があがこうとも。簡単に終わる。と、思っていた。
「ウォーター・クリエイト」
「バンディング・アース」
 遠慮はいらない。する必要もない。
 攻撃では絶対の力を誇るといわれる火族。一番の、嫉みの対象だった。
 絽火の外見など気にもならない。重要なのは、この術師を殺す事だけ。
 舞台裏の火族の“長”を引きずり出すためにも。
 恐ろしいのだ、自分達を凌ぐ力を持った火族の存在が。
 すべてを無に返す、その力が。

 近づいてくる影を鎌でなぎ払う。向かってくる水は片っ端から蒸発させて、揺れる地面の上を物ともせず進む。
 相手は五人、隙を見せればすぐに――
「っ!?」
 鎌の先端が風の鎖に縛られる。動きを封じられる前に手を離して、鎌が宙に浮く。
「なにっ」
 その行動は予想していなかったのか、地の男が驚く。
 その隙に、地を蹴って鎌を追う。柄を手にとって、重力によって落ちていく。もちろん、そのまま男の首を狙って。
「ぎゃぅ」
「一人」
 着地した瞬間に襲ってくるカマイタチ。しかしダインは優秀で、自ら背後に回って軌跡をずらす。
 間髪いれず降りかかる水。
「遅い!」
 水の柱を断ち切って抜ける。
 穴の開いた柱は、自分の真ん中が抜けていることにしばらく気がつかない。少しだけ間がいて、水が地面に降りかかった。
「っ」
 着地の瞬間ですら盛り上がる大地。宙に浮かび上がるのは得策ではない。
 吹き付ける風に流されて、着地の瞬間を狙う――
「じゃっ」
 “邪魔”よ!
 地に向かって放たれた炎。湧き上がった竜巻。そこから、火の矢が飛び出てくる。
「がぁ!?」
 男の胸に突き刺さって、荒れ狂う。
 ……容赦ない。その言葉、いったい。どちらにとって、か。
 遠距離からの攻撃に加えて、その攻撃ごと突っ込んで来る術師。
 体の中の血管がうごめく。“中”の水を操ろうというのだろうか?
(させないっ!)
 すべてが、一瞬のできごとだった。
 あまりに激しく、あまりに一度に力が爆発してしまったから。
 絽火が三人目を黒焦げにした時、その足下から水が噴出した。
「――っ!?」
 その水が絽火の体に立ち上り、腕をつかむ。
「ほのっ」
 すると足下が崩れ大穴が空く。片足を飲み込まれて態勢を崩した絽火。
「弾き飛ばせ」
「――ぁあっ!」
 猛烈な勢いの風に叩かれて、絽火の体が宙を飛ぶ。あらかじめ用意してあったかのように大きな木の、幹に背中を叩き付けた。

「六人がかりで――三人を犠牲にしてようやく、か」
 そこに、不意打ちを加えて。そしてここは、森の中だ。
 苦々しく、飛針が言った。
 風の鎖が消えて、絽火の体が地に落ちる。かすかなうめき声が、聞こえた。

 長い髪が広がり、重苦しい。
 うつ伏せの体。なんとか腕を立てる。
(な、に?)
 重いのは、水のせいだ。
(水、ね)
 そんなもの、相手にもならない。
「燃やしつくせ!」
 瞬間、力が逆流した。
(――え?)
 絽火の集めた炎の気配が、すべて、風と一緒に四散した。
 燃え上がっていた炎も消える。
 残されたのは、地にはいつくばった絽火と、燃え上がっていた形跡もない広い地。そして、立っている、三人の男。
カランカラン――
 ダインが、地に伏した。
「やってみるものだな」
 かすかな月明かりの下。口の端を楽しそうに歪めた飛針が現れる。
「何を――」
「一帯の風を、消した」
 火が燃えるものに、必要だろう?
「っ」
 確かに、“火”が燃えるために、燃やすために風は必要とする。
 しかし、それは人間の概念であって、火の術師に関係ない。彼らは、自分の力を使って炎を燃やす事もできる。
 その燃える炎に、干渉したのだ。一見よく燃えるだけの風を送り込み、一気にぬく。
 風と一緒に、炎も飛ばされた。
(やってくれる)
 舌打ちした絽火は、迷うことなくさっと立ち上がった。
「様子見は終わりか?」
 からかう様な声だった。

 人数が人数だ。いくら、力があろうとも、限界がある。
 この森を吹き飛ばしていいなら、定かではないが。それなら、もちろん。一瞬で終わる。
 彼らは自分達が骨も残さずこの世から消えたなど、考える間もないだろう。
 だが、それはできない。
 守りの、火は消えた。
(――パラ)
 呼んではいけないとわかってはいても、求めてしまう。
 木を背にして、回りが囲まれていくのがわかる。
 風族の飛針と、地と水の男。
 絽火は知らなかったが、ここにいるのはあの王都で炎の壁が立ち上がった時、地堺(ちかい)と流瀬(りゅうせ)と呼ばれていた男だ。
(ダイン)
 彼は遠い。炎がない今、彼は自分から動けない。
 この場を握っていた炎がなければ、風の干渉にまで対応できない。
 水と地だけならまだ、どうにかなるものを。
 向こうが動かず、ただ回りを囲む事だけに専念しているから余計である。
 こちらから攻撃するのは、得策ではない。
 もう、最初の様子見の段階は過ぎてしまったのだから。
「さて、おとなしくなったな」
 飛針が、功を得たというように笑った。

※ ※ ※

 ただ自分が出て行くことは叶わず、玉座と言うこの世で一番忌み嫌うものに座るしかなかった。
「はははっ」
 前線に向かって行きたい気分だった。
「陛下?」
 もう萩しかいない。
「大丈夫だ。それより――どこまで入られた?」
「すでに、三分の二は……」
 もう、争いの声が聞こえてもおかしくない。
(あと少し、あと少しと持たせた所で)
 何か、変わるのだろうか。
 状況は芳しくない。悪くなる一方だ。
 術師たちは術こそ使ってこないが、纏う物も武器も曰くつきだ。
「――くそっ」
 あの男は人間を認めていない節があった。
 自分がその下に付く事を受け入れないというように。
 城下に押し入った術師たちは――
「……術、師?」
「どうかなさいましたか?」
「そうだ、奴らは」
 “術師”なんだ。
 それこそ奴は、風に乗ってここまで飛んでくる事だってできるはずだ。
 だが来ない。
(俺の首がほしいなら夜に忍んで来ればいいだろう?)
 それとも、この王都を完膚なきまでに叩き潰したいのか?
 飛晶は、少しだけ笑った。
 それこそ、奴の望みそうな事だったから。
 その自身の持つ力を持って、人を配下に置き。自分達を敬わせ、畏怖させたい。
 それは、まるで“火族を恐れる他の種族のように”であったことなんて、人間には知りえない。

「陛下!」
「翠?」
 外で厳重に守られていたはずの扉が開く。
 半ば無理やり飛び込んできた翠。兵士はみな止めようと必死だった。それを手で制して、翠が落ち着くのを待つ。
「どうした?」
「それがっ」
『感謝するよ――開けてくれて』
 翠が言う前に、言葉が響いた。
「きゃぁ!?」
 廊下から押し寄せてきた水が、兵士を押し流して翠を捕らえる。
「なにっ!?」
 萩が剣をぬく。
 飛んできた水の球体を切り裂いても、それははじけて四散するだけ。落ちて絨毯(じゅうたん)に染み込まれていく。
 玉座のすぐ傍まで、水にぬれた部屋。
 異変は、すぐに起こった。
「なんだ……?」
 染み込んだ水がうごめいて、集まっていく。それは翠のすぐ傍で集まり、人の形を取った。
『なぜ? まだ生きている』
 顔の部分、口元までが水で向こう側が透けて見える。
 しかし、はっきりと声が聞こえる。
「どういう意味だ?」
 飛晶の視線が厳しい。
『こちらの質問にだけ答えろ』
 そして腕の部分を締め上げる。翠がうめいた。
「消えろ!」
「待て!」
 水の塊のすぐ傍で伸びていた兵士が剣を振るう。静止は間に合わなかった。
びじゃぁっ
 水が割かれて、飛び散る。しかしその顔が兵士を振り返って、笑った。
「っ」
 兵士の顔が恐怖に固まる。
ドッ
「いやぁぁあーー!?」
 形を変えた水が、兵士の心臓に突き刺さった。
「……ぁ」
 兵士が信じられないというように目を見開いて、その体が崩れた。
『さて、国王。いやもうお前は国王ではない』
 水が再び人の形を取って、言った。
『おとなしくその座を――』
『――』
 高い声が、聞こえた。
 まるで、咆哮のような。存在を示すような、鋭い音。
 何が起こったのかわからない。
 ただ凄まじく熱い熱と気迫に身を震わせた時には、終わっていた。
「――ぇ?」
 翠が、呆けた声を出した。
 それが、合図となって空気が変わる。
バサァァアア――
 羽音に顔を上げれば、火の粉を振りまく火鳥。
 その口から放たれた炎に、水が消されたのだと知るまで、時間がかかった。
「きゃぁ!?」
 目の前を飛ぶ火鳥に、翠が驚いて声を上げる。
「大丈夫だ。その火鳥は絽火の――」
 部下でも、配下でもない。
「絽火、ちゃんの?」
 その名前を聞いて、翠は平静さを取り戻した。
「――“パラ”?」
 そして、翠が導き出した答え。
「友達、か?」
 やや引きつった顔で、飛晶は言った。
『我は主に従うもの』
「しゃべった!?」
 びっくりして翠は飛び上がった。
「驚いたな、ここにも火の力が?」
『主の力はこんなものではない』
「……そうか?」
 まだ、あるらしい。
『お前を――』
「? なんだ?」
 突然、火鳥の声が聞こえなくなった。
『――! ――!』
 何か言っている。だがもう、雑音らしきものも聞こえない。
「――絽火?」
 何か、あったのか?
 どこに、いる? いつから、そうだ朝からだ。翠と共に城下に行かせて。それきり。
「翠、絽火は?」
「それが、その。兵士達と同じで」
 忌々しく舌打ちをした。つまり絽火は、戦いの真っ只中にいるのか。
 無事でいると考えるには、不安をよぎらせる事が一つ。
 すぐにでも主の下に向かいたいが、その主の命で動けないパラが忌々し気に窓の外を睨む。

 深い森の中で、小さな炎が燃え尽きそうとしていた。

目次


第十八火  意外な事実

 っは!? おはようございます。
 いやぁ~熱くって暑くって、なかなか寝付けない日々が続いております。これでまだ夏じゃないらしいですから、おかしいですよねぇ~~
 それでもいい~休息をとりました! レム睡眠ばっちり!
 そしてまた夢を見ておりました。
 城にある抜け道を通る国王様の姿です!! それから鳥と男性と女性です!
 ……あれ? 現実でしょうかねぇ~?
 さて、寝るか。
 お前仕事しやがれ!? なにぃーー暴言ですよ! わたくしの職は特技のツッコミを使える職なんですよ!
 じゃぁ突っ込めと!? 皆様。この話ツッコミ出したら話数超えますよ!!?


「陛下! 陛下っ!」
 二人と一匹のあとを、必死に追いかけてくる翠がかすれた声で叫ぶ。
「なんだ」
 たしいて、国王の声はそう変わらない。
「いったいどこまで行かれるのですか!?」
 もう翠の息も絶え絶えだ。
「知るか」
「陛下!?」
「お前は上には出るなよ!」
「ぇえ?」
 さきほど、翠から絽火の話を聞いて、目を伏せて一時思案した国王。
 その顔が上がると、パラに向かって言った。
「案内、しろ」
 それがどこで、誰の元なのか。
 すぐにパラは飛び立ってあの抜け道を通っている。
「……いったい、何が」
 前を行く火鳥は、あれから何も言わない。――言えないのか。

※ ※ ※

「お前が死んだら、私は火族を殺す事ができたという事になる」
「……」
「風族の、他の種族の力を、証明するにはいい機会だ」
 話を聞きながら、絽火はずりずりと後ろに下がる。背が、木の幹に付いた。
「まだ、力がほしいの?」
 飛針の独白に、絽火はあきれ返った。
「――準備ができたようだ」
 飛針が、術の詠唱に入る。
「銀の風の言葉を捉えよ」
(暁の夜に燃える赤の炎よ、)
 しょうがない、ここら辺一帯が灰とかすのは我慢してもらおう。と絽火も心の中で炎を呼ぶ。
 ざわりと、空気が震えた。
 絽火の髪が少し舞い上がる。
 かすかな変化、気がついただろうか。
「悪あがきは、感心しないね」
「ぁっ」
 何を思ったか、飛針は絽火の回りの空気を奪った。
 全身が空気を求めて喘ぐ――喉に手をあてて数秒。
 思い出したことがある。
 水の中に落ちたことがあった。それは昔、とても昔の事。
 火谷には大きな川も池もない。かろうじて流れる湧き水と、井戸。それが水のすべて。
 だから、恐ろしかった。
 本当に。
 自分をそこに導く水の存在が。
 苦しくて苦しくて、誰もいなくて、何もいなくて、ただ闇ばかり。
 それまでは、闇は照らせるものだと思っていた。
 ごうごうと流れる水と、息ができない苦しさを、鮮明に、覚えている。
 そして現れた。今誰より何より信じられる。助けを呼ぶ声に答えた、火鳥が。
 予期せぬ息苦しさ、体が、すべてが空気を求めて喘いでいる。
 喉を押さえて、空気を求める。
 ぁあ、さっき燃やした男も、こうやって。
 “死んで”行ったのか。
『――!!』
 声が、聞こえた。
「なにっ!?」
 飛針の驚愕の声が、かき消された。
 激しい爆音と共に、絽火の回りを炎が囲った。それは、いつも絽火の傍にいるものの守りの炎。
「――やってくれるわね」
 もう、息が苦しくて喉を押さえていた姿は微塵もない。
 回りを囲む炎よりも、その姿が赤く、燃え上がるようで。
 ひざをついた足を、しっかりと地に立たせる絽火。
 その髪が、炎に舞い上がる。
「ありがとう、パラ」
 飛び込んできた姿を抱いて、羽を撫でる。
『遅い』
「――ごめんなさい。ダイン!」
 ひゅっと、転がっていた鎌が絽火の目の前に飛来する。
 本来の姿となって優に人の背丈姿の二倍はある火鳥と、炎をそのまま刃にしたかのような鎌。
 その二つを手にした絽火。
 とても赤くて、一つの炎のようだった。

 驚愕していた飛針が、絽火ともう一人の姿を認めて口をつぐんだ。
 だんだんとその顔に驚きとも、喜びとも言えぬ物が広がる。
「――よく、来たものだ」
「?」
 その言葉が向けられたのは、絽火ではない。
 パラがここにいる理由を考えれば、すぐにわかったはずだったのに。
「二度と、ここに来るなと言ったはずだが」
 木の陰から飛晶が姿を現す。
「こちらの台詞だ」
「今の状況はすべて、あなたの差し金ですか?」
 こんな事を聞いて、なんになるというのか。
「何を今更。でてきてくれて、好都合だ!」
 風よ、荒れ狂え!
「っ炎よ!」
 風を炎がぶつかって消える。大きな音と煙が消えると、国王と火の術師の姿が消えていた。
 どうやら、周囲を囲っていた水の鎖を引きちぎったらしい。
「行くぞ」
 短く言った飛針の後ろに、水族の“長”が現れた。

「状況はよくはないわね」
 絽火は、パラとダインと自分の力を総動員して、水の鎖を引きちぎって逃げてきた。
 絡んでいた残りを払い落として、ただ森の中を走る。
 ちらりと、絽火は国王を見た。
「一人なの?」
「萩は、付いてくるのを阻止された」
 そこの鳥に。
「パラ?」
『主、ここに“人間”は必要ない』
「そりゃ、そうでしょう?」
「………」
「来たわ」
 地が揺れた。先までおとなしかったのは、飛針の意見を待っていたのかもしれない。
 予期せぬ再会に――どうするか。決定は覆らなかったらしい。
 一瞬にして亀裂の入る大地。
「パラ!」
『大業に出たな』
 火鳥は空高く舞い上がる。
 それが、狙いだった。
「おいっあれは!?」
 飛晶が指差した先、絽火が振り返るより前に、それは起こった。
『あるっ』
 空が金色に光った。
「――」
 いきなり振り落とされて、体が宙に落ちる。
 見えたのは、一直線に向かってきた雷に身を焦がしたパラ。
「パラ!!?」
 自分が落ちていくよりも、飛ぶ力を失って落ちるパラのほうが先に地面に叩きつけられる。
「ファイアー・ピラァ!」
 火の柱に助けられて、地面に叩きつけられるのはかろうじて免れる。
「パラ!!」
 落ちながらその姿を小さくした火鳥は、動かない。

「こううまく行くものか」
 現れた影を、絽火は睨みつけた。
「いくら種獣といえども、あの距離の落雷は耐え切れまい。あれで終わりだと思ったか?」
「ずいぶんと入念な事で」
 雷族までも、連れてくるなんて。
「あれは保険だ。使わないですむと思っていたが」
「使わなきゃならないと思ったから用意したんでしょう?」
 その炎を恐れて。
「――ありがとう、パラ」
 羽の傷に炎を送り込んで、傷を塞ぐ。今は、たくさんの力をわけるわけにはいかないから。これだけ。
 短く、召喚と逆、強制退去の言葉を唱えパラを送る。
 火鳥の姿が、炎となって消えた。
「よくもパラを」
「おやおや、ずいぶんと余裕だね」
 そう言った飛針の手が後ろに振られる。
「――っ!?」
 水が溢れ出して、地面が揺れた。
 自分の周りに炎をはって、地面からの攻撃に耐える。水の波には、一部に穴をあけるように炎を――
「絽火っ!」
 水の波の中から、風の刃が現れる。
「っ炎よ!」
 風よ、阻止せよ。
 短い呪文に、再び炎に干渉される。
 立っていられないほど揺れる大地、そこに襲う水の波。
 術をかき消された絽火と、国王が飲み込まれた。


 もういつだったか覚えていない。
 ただ、風に乗って聞こえてくる声を聞いた。
 怒りに身を任せたあとが一番大変だった。
 史書室の本を自分の手でひとつひとつ戻した時、洗濯物を吹き飛ばして怒られた時。
 だがとても楽しかった。この力がなぜあって、どれほど危険かも知らなかった。
 そして母は、この力を封印する事を望んだ――


「な、に?」
 もしかしたら、一番驚いていたのは絽火だったかもしれない。
 自分の生み出した炎の囲い、その中で国王に後ろから抱きとめられている。
 風と一緒に四散したはずの炎が、どうして燃えているのだろう?
 それより、自分が全く水に濡れていないのもなぜだろう?

「ま、さか……お前」
 そんな二人の姿は予想し得なかったのか、飛針が一歩後ろに引く。
 考えたくない、一つの予想。
 火術師の回りを、“風”が囲っている。
 自分は炎から風を切り離して、消した。しかし風が、炎を受け入れれば、どうなる?
 風は、炎をもっと強く燃え上がらせることができる。だからそれを利用したのに。
「どういうこと?」
「俺には、風の力がある」
「はっ?」
「おそらく、半分受け継いだんだろう」
 風族の男と、王家の娘の出会いによって。
「ただ……」
 どうも、歯切れ悪い。
「ただ?」
 早く言え。
「自分の意思で制御する事ができない」
「なんでよ」
 もしこれが火谷なら、そんな危険な状況はありえない。
「人間として生きるのに必要ないし、母は特に嫌っていたから」
「――まぁ、いいわ。“風”がおこせるのね」
「……お前も吹き飛ばしてしまう可能性もある」
 さっきは自分でも何をしたのかわからなかった。ただ襲ってくる水に対して身を守るために――
 身を守るために、消えかかっていた炎に力を与えたのか?
「上等だわ」
 絽火は、飛晶の腕の中をぬけて立ち上がった。
「殺せ!」
 どこか焦ったように、飛針の声が響く。
「ファイアー・インパクト!!!」
 残って待っていた風と共に、絽火は飛針の後ろに向かって術を放つ。
 その炎は木々も吹き飛ばし、砂が降る。
「邪魔なのよ、あんた」
 その言葉は、かろうじて攻撃を避けた水族の“長”に向けられている。
 その後ろで、地堺(ちかい)と流瀬(りゅうせ)が気絶していた。
「――ちっ」
 かすかな舌打ちと共に、水の“長”の姿が水になって地面に入る。
「どこへ!?」
 あわてた飛晶を制して、絽火は飛針を睨んだ。
「――さぁ、どうするの?」
 笑った絽火の後ろで、風が消えた。しかしその姿は、いまだ炎のように激しい。
 飛晶も立ち上がって、かつて自分が父と呼んでいた飛針を見据えた。
「……」
 一瞬、飛針は思案した。残ったのは、風と、水。
 水の長の力が、地下にある。おそらく、下の水を利用するつもりで――
「世界を駆ける風の刃よ」
 叩き潰してくれる。水と共に。

「……こりないわね。いいわ。もう一度、できるんでしょうね?」
 絽火はちらりと後ろを振り返った。
「どうにか……」
「やれ」
 少し思案したあと、無言で、飛晶は絽火に手を差し出す。
「………」
 不愉快そうに睨みつける絽火。
「このほうが確実だ」
 少しだけ乾いた、音が響いた。
「……赤き炎を糧として」
 つながれた手が暑い。そこから、不思議と力を感じる。
 回りを囲む風の気配を、少し先で荒れ狂う風の気配を。
 驚いたのは、こちらに干渉しようとする風が弾き飛ばされている事だった。
(これなら……)
 風と、一拍送れて火の術の詠唱が響く。
ザバァァ――
 集まって回りだした風の後ろに水が現れる。壁のようになって、風に混じる。
 風の“長”と、水の“長”の詠唱が重なっていく。
「渦となって敵に向かえ、ウィンド・トーネード」
「その力で押しつぶせ、流せ、ウォータ・ブレイカー」
「ふり降りて燃やし尽くせ赤の火よ! ファイアー・レイン!」
 すべてを燃やす炎と風の竜巻、切り裂いて弾き飛ばす風と流れる水。

 すべてがぶつかり合って、森に爆音が轟いた。

目次


第十九火  これが火の力

 パチパチと、燃え残った火が爆ぜる音がする。
 あれだけの水があったにも関わらず、火は燃えている。
 風は、空に帰った。

ざっ
「殺さないようにした――わよ」
 一応。全員。
「………」
「っ殺す気だ、っただろう……」
 荒れ狂う炎に焼かれた火針が、うめいた。
 水の“長”の気配はもうない。――今度こそ本当に、逃げたな。
 焼け焦げた死体(?)がそこら辺にある中、絽火と飛晶は飛針の傍まで来ていた。
 爆発に巻き込まれたのは、どちらなのか、よくわかる。
 しかし絽火は、あまり無事とは言いがたかった。腕に刺さるようにぶつかってきた風、まるで肺を圧迫するようだった水。
 幹に叩きつけられた時の衝撃は、忘れていない。
 国王は本当に軽症で、服や風をカマイタチに切られて、血が出ているくらい。
「さ、すが。火族だな」
「……」
「そこまでして、力を見せ付けたいか」
 力がぶつかり合って、そう。森は消えた――木々は根っこまで燃やされ、森の中の一部は荒野と化していた。
 岩は砕かれ、焦げている。
 おそらく、この荒野の上で生きているのは術師だけ。
「――別に」
 本当は、この力は……
「……パラ」
 うつむいた絽火は、呟いた。
 それを聞いた飛針は、笑ったようだった。
 何を、今更。
「こ、ろせ」
「――」
 絽火は、国王を振り返った。
「私の仕事じゃないんだけど、どうするの?」
「……これは母が愛した人だ。私は母の気持ちを尊重したい」
「綺麗事だな。それですむと思っているのか?」
「いいだろう?」
「……」
 話をふられた絽火は、それこそどうして私に聞くのかと言う顔をして言う。
「勝手にして頂戴。私は国王の決定に従うわ」
「殺されそうになっておいて、ずいぶん寛大だな」
 国王は意外そうだった。
「でも私を“殺せ”なかったでしょう?」
 殺されてなんてやらないけど。
「それで、十分よ」
「……くくくっ」
 そんな二人を見ながら、飛針は乾いた声で笑った。
「何がおかしい」
 勘に触ったのか、国王の声が険悪だ。
「それで勝ったつもりか? 飛晶?」
「その名で呼ぶな!」
「はっのえの言ったとおりだな、名を呼ばれるのを厭う。父である俺の“飛”の字を受け継いだからか? あの女も喜んだんだぞ?」
「黙れ!」
 短く、鋭い声だった。
 重苦しい沈黙。すると突然、遠くから、兵士達の声が聞こえる。
 三人が驚きに振り仰ぐと、人間達の歓声だった。
「勝った、のか?」
「そのよう、だな」
 驚愕に見開かれた飛針の目。それがふっと笑って閉じられる。
「っ」
 何が、言いたいのだろう? この最後の機会に。まるで目覚めなくなりそうな気配に。
 飛晶は、口をつぐんだ。

 静かに、火が燃える。まだ、燃える物があるのかと言いたいくらいに。

 いつの間にか現れた影が言う。
「……派手にやりましたねぇ」
 かけられた言葉はとても呆れていた。
「でなきゃ死ぬわ」
「ぜひとも、砂漠の上で行なってほしいものです」
「どこにいたのよ」
「それは秘密です」
 あっさりと言い切って樹木が近づいてくる。
「兵士達を一人ずつ治していくのは骨が折れますが、まぁ二、三人ぐらいなら――回復――修復」
 目の前で黒焦げの飛針の傷が見る間に癒える。それを確認した頃には――
「絽火」
 真剣な目をして、樹木が絽火に問いかける。
「はい?」
「地の中の芽まで燃やしましたね」
「そこまでやったわね」
 水がいたから。
「……用意しておいてよかったといいますか」
 腰に下げていた袋から、種を取り出す。
「陛下は、風を操ると考えてもよろしいですか?」
「そうだ、な」
 いつから見ていた?
「申し訳ありませんが、手伝っていただけないでしょうか?」
「それ以前にお前は何をしている」
「この森を、元に戻すのですよ。森族として、荒野と化した森など見ていられません」
「……」
 そんな二人の会話を絽火はぼんやりと聞いていた。
 ここにも、この地の下にも。生命が、息吹があったのに。
 すべて、すべて消した――
『そこまでして、力を見せ付けたいか』
 ――どうして。
 かすれた唇の動きを、二人は見ていなかった。
「ですから、この種をまいてほしいのですが」
「どうやって!?」
「振りまくだけでいいのですが、いかがでしょうか?」
 手で振りまくのは時間がかかりますし。何より面倒で。
「うまく行くだろうか……」
「大丈夫です陛下。きっと」
「………」
 曖昧すぎるだろう。
 種の入った袋を持って、飛晶は意を決した。
「……何か言うべきなのか?」
「これと言って、特には」
「そうか」
 さっきと同じ。風を、その力を――
 また、風の動きが見える。
 ふわりと、浮いた袋。はじけ飛んで、中にあった細かい種が荒野となった森の地に降り注いだ。
「成功、か?」
「ありがとうございます。陛下」
 そう丁寧にお辞儀をした樹木。しかし、次の瞬間。
「起きていただけますか? 流瀬」
 いつの間に移動したのか? どすっと、なんだか鈍い音。
「――はっ!? 樹木!?」
「こんにちは」
 にっこりと、妙に寒気のする笑顔で、気絶していた男をたたき起こす。
「よく加減していただいたものです」
 森は、燃やして、人は生かしたのか?
「何よ」
 樹木が絽火を見つめるので、居心地が悪い。
「彼と、もう一人隣で伸びているのは“長”の息子達です。次期長候補とも言うべき者」
「弱かったわよ」
「――!?」
 働いていない頭で、流瀬は絽火の姿を見つけて後ずさった。
「もう、何もしないわ」
「それで、流瀬“様”」
「なっなんだ!?」
「手伝っていただきたいのですが、いかに?」
 後ろに、不機嫌そうな絽火。満面の笑みの樹木。
 水族の男に、逃げ道はなかった。
「その体に生をつめし息吹の種よ、目覚めよ」
「水よ流れよ、つたえ、そして潤せ」
 二人の言葉が重なる。一瞬の揺らぎのあと、足下から地を揺るがすような力を感じた。
「――ぇ?」
 見る見る芽が出て、育つ木、花、草。
 植物は絽火の足下を多い、花が咲く。
 木々は人々の背丈を越えるかと言うところで、成長が止まった。
 火の力とは違う。まるで違う。
 こうやって、何かを育むことなど、できはしない。
「こんなものでしょうか」
 あとは、時間。
「感謝する」
 国王は神妙な顔だった。
「いえ、このくらい――……」
「?」
 言葉を失った樹木をいぶかしんで、その視線の先を見て絶句した。
 絽火は泣いていた。
 声を上げる事も、涙を拭く事もなかった。
 ただ目の前で地に根を下ろし、水を吸い上げる木を見つめて。ただ涙を流した――

 ぎゃーー熱い!?
 なんていう熱さですか!! 焼け焦げるところでしたよ!
 香草と一緒においしく焼けたチキンのように!!
 誰ですか! わたくしの地下シェルターの近くで焚き火でもしているんですかぁ!!?
 お前今出て来るなぁ!? どういうことですかぁ!?
 場の雰囲気を察しろって、わたくしほど的確に雰囲気ぴったりのものもおりませんよ!
 やっぱり少し黙れって!? なぜに!!?


 城は、喜びに満ちていた。突然、術師たちが退却したので。
 だから襲ってきた術師たちに、人間は勝つことができたと言った。
 それは、もしかしたら、自分に与えられた力を私欲に使う術師たちに対する、報いだったのかもしれない。
 国王はすぐに今回関わった種族の“長”を集め制度を変えた。
 王都と、術師たちとの関係も変わり、火と森以外の種族の者達は自分達の領域に帰された。
 人が、術師に頼る事も減っていくのかもしれない。
 特に風族は厳重に監視される事になった。
 それが、後始末。
 飛針は、王家の地位を剥奪された。風族の長も代替わりするらしい。

 城に帰った国王は、術師たちを押さえつけた鮗と嗄の隊を賞賛した。
 その時、どこに行っていたのか厳しく問いただされたらしい。


 鮗さんにしてみれば一大事ですよぉ~勝利して帰ってみれば国王の姿がない!
 まさかっ!? と最悪の事態を想像して必死に探したんですから。
 あと大変だったそうですよぉ~公衆の面前で喜び嘆く翠の姿は。
 いえ、どこでも民達は大喜びで翠の喜び具合もかき消されそうでしたが。
 なんでも、国王様は丁度いいとばかりに嗄に長期休暇を押し付けて、翠と一緒に旅行に向かわせたそうですよ。
 わぁ、ビバッ押し付け! 翠大喜び!


 森に生えた木々を見送って、国王は城のバルコニーから集まった民に声を聞かせた。
 その時、すぐ傍にいた赤髪の術師の姿は、民にとっても忘れられない存在となる。
 日々光に照らされるようになった城は、その名の通り“洸源(こうげん)”と呼ばれ、後世に伝えられる。
 術師の反逆と、王家の争いと、赤い髪の火術師のことも。

 そして、十八年が過ぎた。

目次


終 火

 ぁあーーよく寝た。
 皆様、最近寝ておりますかぁ~? わたくしは寝るに寝すぎて……十八年後!?
 何かの遊びですか!? なんのいじめですか!?
 たくしの十八年分のツッコミを奪ったのですね!?
 禁断症状出しますよ!? 暴れますよ!
 なっお前が暴れても無意味だ!? なぜですか!?
 答え→絽火が暴れたほうが被害は深刻。
 ぁあ! そうですよねぇ~さっすが皆様!
 よくわかっっ!!!? ……あれはなんですかぁ!?
 ぎぃやぁーー燃えた大岩が追っかけてくるぅーーー!!!


 その姿を見た城下の人々は、みな振り返った。

「だ・か・ら! 私のおかげだってわからないの!?」
「ふざけんな! だいたいその言葉通りに行って道に迷わなかった日があるとでも思っているのか!!?」
「なんですってーー!!」

 城の城門を目の前にして言い争う、少年と少女の姿が見える。
 黒いフードから零れだした髪を、左右に振っている。
「……」
「鮗様!」
 どうしたらいいものか悩んだ兵士が、助かったと言うように目を輝かせる。
 確かに、そうだな。――まったく、“また”これか。
 どうあっても、おとなしく門をくぐってはくれないようだ。
 だからと言って、どうして私が呼ばれなければならないのか。
「……何をしている?」
「「!!?」」
 振り返った時に翻る髪、驚いてこちらを見る目。
 どれもこれもが、思い起こさせ、訪問を告げる声、何もかもがなつかしい。
「早く中に入れ」


「「はじめまして!!」
「火谷の術師、火華(かか)と」
「軌絽(きろ)と申します」
 謁見の間に、幼さの残る声が二つ響く。
 一人は髪の短い少年、その身を黒いローブに包んでいる。
 もう一人は髪を肩口まで伸ばした少女、こちらのローブは若干短く、足下の靴が見え隠れしている。
 二人とも、顔立ちはよく似ている。おそらく、双子。
 さらに赤い髪、紅蓮の目。
 今の王が即位して一番の大事となった時、王の傍にいた火術師の証。
「よくきたな」
 対して、国王の声は低く、しかしよく響いた。
 玉座に座った国王の横に、少年がいる。少しだけおろおろとする姿は、まだあどけなさが際立つ。
 国王の周囲にいる護衛、壁際の兵士、そして侍女達ですら、その容姿に目を見張り、歓迎した。
 国王の前で謁見の間だというのに、双子はきょろきょろと落ち着かない。
 どうも、物珍しさが勝つらしい。
「……お前達、歳はいくつだったか?」
 少女には全く聞こえていなかったらしく、無視。少年が振り返って言う。
「はい! 十五です!」
「お前より二つ下だな」
「はい、父上――陛下」
 隣の少年が、あわてて言い直す。いつもなら注意されるも、今日はなかった。
「……?」
 少年が首をかしげるのと、再び、この間に詠唱が響くのは同じだった。

「「リプライド!」」
 二人の声が重なって、高い高い詠唱だった。


「――!」
 はっと、腰元を超えた長い髪を翻して振り返った。
「――“長”? 何か?」
 その様子に、傍にいた男が声をかける。
「あの子達、無事に着いたみたいね」
「なら、そうか!」
「そうよ」


「「赤き炎よ舞い降りて、我に手をかせ永遠に」」
「日高く輝くこの時間、彼の者の力を我らが借りて」
「「我らに力を貸したまえ!」」
「炎よ我に従いて、呼び出し現れ燃え上がれ!」
「「我の歩みを照らしだせ!! 現れよ火鳥(ファイアー・バード)。パラ!!!」」
 舞い上がった炎から、姿が形作られる。
 ゆっくりとその姿を現す――火鳥。
「久しぶりだな」
『――そうだな』
 現れたパラは、迷わず伸ばされた国王の腕に止まった。
 その横にいた少年は驚いて、目をぱちくりとしていた。
「なぁ~んでぇ~」
「やっぱり……」
 そんな様子を見て、ふてくされている少女と、がっくりと項垂れた少年。
「? なんだ?」
 その一言がきっかけになった。
「どーしてぇ! だって私の腕に止まってくれた事ないのに!!」
「……は?」
「どうせどうせ、僕らは借りの者で、ただ呼び出しの仲介をしただけですよぉ」
「おい?」
 双子は、いじけていた。
「……どういうことだ?」
 今度は、国王は火鳥に問いかける。パラはまたかと言うようにがっくりと頭を覆っているように、見える。
『我の主は、一人だ』
「――そうだったな」
 国王は、まるで思い出すかのように、懐かしむかのように。そしてまるで何かを悔やんでいるようだった。
「ひどいくないひどくない? だっていつもそうだわっ! 母様と一緒でも触れさせてもくれないし」
「それ以前に飛んで逃げられるし」
「……お前達」
 ふたちで顔を突き合わせて嘆く双子に、国王は苦笑しつつ声をかけた。
「「はい」」
 どこか元気がない。
「聞いていると思うが、お前達には私の息子の護衛をしてもらう」
「「!」」
 ピンッと、二人の背筋が伸びた。
「「はい!」」
(まぁ、ほぼ遊び相手なんだがな)
 だからこそ、息子に近い年齢の子どもをと、伝えた。
「洸(こう)、挨拶は?」
 その息子はいまだにびくびくしていたが、“話に聞いていた”火鳥には興味があるらしい。
 おどおどとその羽に伸ばしていた手を驚いて引っ込めた。
「はっはじめまして!」
「こんにちは!」
 途切れるような声に、答えたのは明るい声。
「違うだろバカ!」
 焦ったように、少年が押さえつける。
 確か、少年が兄であったはずだ。
「誰がバカよーー!」
 少女は怒った。
「お前だ!」
「ひっどい! 何よそれ!!」
『火華、軌絽』
 こんどは、ビキシと音を立てて二人は固まった。
 その様子を見ながら、国王は笑っていた。
「あまり怒るな」
『そう言われても、ここははっきりとしておかなければならん。遊びに来ているわけではないのだから』
 そう言ったパラの瞳は、穏やかに笑っているように見えた。
「……そうだな」
 一緒になって、そう言ってみた。
「「ぇえ!?」」
 驚きあわてたのは、赤の双子。
「待って! 待ってパラ様!」
「ここまで来てまさか……」
『修行が免れると思っているのか!? 主はお前達と同年の頃は山にこもっていたぞ』
「お母さんと」「母様と」
「「一緒にしないで!!」」
 二人の声が重なって、今度こそ、飛晶は声を上げて笑い出した――


 ぉお! 楽しそうな一面ですねぇ。
 いやぁ。この双子いい性格してますねぇ本人に聞こえたらまず間違いなく黒焦げです。
 なにぉーそれはお前だけだとーー!!
 そういえば、最近ちょっと被害妄想激しくない? と聞かれました。
 何をおっしゃいますかーー!! 事実ですーー事実ですーですーですーー
 国王様も元気そうですねぇ~
 ここだけの話、実は、この人結婚してないんですよっ!
 息子も前の前くらいにわたくしを飛ばしてくれた火事の時に両親を失った子を引き取ったんです! 息子として!
 ゆくゆくは国王ですかぁ~玉の輿ですねぇ~~でもそれはわたくしじゃないんですね……
 なんで結婚しなかったんでしょうねぇ? ふふふっ答えは知らないですけど知ってますよ!
 そうであるとしか考えられません!
 さぁそれでは! わたくしこれにてお話を締めたいと思います!
 では皆様! お手を拝借! 三、三、七びょーしっ!
 なにぃーーわたくしが締めじゃないですとぉーーー!!?


 絽火は歩いていた。それは、上に向かう山道。視線が、目線が高くなる。
 少しでも、近づいて、少しでも、思い出して。
「よろしくね、パラ」
 あの子達を、そして、“国王”を。
 無言で部屋を出て行った絽火を、男は追わなかった。
 歩いているのは、火谷で一番高い崖の上。いつもと同じ、黒いローブで。
 空が近くて、風も吹いている。
 輝く空を見上げて、ある方向を見つめる。
 その先は王都。
 風が、長く伸ばした髪をなびかせる。
 もう一度振り仰いで、閉じた瞳の先に映すのは、洸源と呼ばれるあの城。
 おそらく交わされるであろう会話を予想して、口元に笑みが浮かぶ。
 穏やかな赤の目が宿すものは、あの時と変わらない。
「―――」
 静かに、口が動く。その声は、風に乗って届いただろうか?


「炎よ、我に手をかせ、永遠に」

* おわり *

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