終章
「お話して!」
「「おじい様とおばあ様のお話して!!」」
真実を、一番近くで見てきた男。
「……またですか?」
「「うん!」」
「あのねあのね!おじい様の告白した時を!」
「聖魔獣だ!!」
「………」
「ねぇ「早く!」」
「……わかりました。フォールス王子。ライネア王女。」
別に、後ろめたく思う必要はない。――事実は、真実だ。語られることを嫌う方じゃないし。もう一人は知らんが。
それにすべてを、はなす必要はない。
いくつもの話を、――主と、小娘の。
もう、剣を持つことはない。歳をとった……いくつも。いくつも。
「フォール、ネア。いつまでレランに話をせがんでいる」
「ぇえー!」
「……ライドレンド王」
そろそろ寝かし尽かさなければいけないので、正直ほっとした。
「やだー!」
「やだ、じゃない。ほら、もう寝なさい」
「お父様のばかー!」
「ばか……まったく、そんな言葉ばかり覚えて。レランも夜遅くまですまない。早く休め」
「お気遣いありがとうございます」
緩やかに進む時間に、衰えを確実に感じていた。
ゆっくりと進む時間は、回りとは確実に違っていた。
扉の外で直立する影に視線を向けた。
「頼んだぞ」
「「はい!」」
金色の髪に、深い緑色の瞳。あのサボり魔の面影を引き継いだ双子が、今の王子と王女の護衛だった。
「レラン! まだ起きていたの!?」
「ティクレイヤ様」
「もう、あの二人。お仕置きしなくちゃ」
「……お手柔らかに」
「いいのよ。お兄様の子ですもの」
「なので余計に」
「失礼ね!」
ころころと笑う。その姿。先日娘を産んで、母になりつつある顔が美しかった。
「それじゃぁまたね! リティアが寝ているの!」
「はい。ティクレイヤ様」
リィンティト王子は、自分で言っていた通り薬師になると言って再びシャフィアラに行っている。
時々届く手紙は、とても楽しみだった。
月の明るい、今宵。
自室ではなく、足を向けた場所。
風が、吹いた。
「お父様のばかー」
「ばかー!」
「この……」
「まぁ。王。執務はすみましたの?」
「ぁあ、ティエル」
「お母さんー!」
「さぁさぁ。もう眠りなさい」
「「はーい」」
この、違い。
カーテンをはためかせて、風が舞い込んできた。手が止まる。
「……王?」
妻の言葉も、聞いていなかった。
この、予感。
「――レラン?」
「ふふ。ただいま」
子供が嫌いだという夫に子供の世話を押し付けて、散歩をするのが楽しみのひとつだ。
「その性格、変わりませんね」
「どういうことよ」
「そのままの意味です」
ゆりかごに眠る娘の頬に口付けして、微笑む。
「ねぇ」
言葉を遮るように、風が舞い込んできた。カーテンと服と、窓を揺らして、去っていく。
「――いまの、うそ――」
「リィン、体に悪いわ」
「すみません。でも」
「でも、じゃ、な・い・の」
「すみません」
にっこりと圧力をかけてくるウィアの言葉に、なぜか背筋を流れる冷や汗。
書類を片付けて寝台に上がって、布団をかぶる。もう子供じゃないというのに、ウィアはいつものように歌い始めた。
それは、忘れかけていた子守唄で、最初、とても嬉しいと思った。
うとうと、心地よい眠りを誘う、瞬間――
飛び込んできた風が、整理した本や資料を吹き飛ばして舞い上がらせた。驚いたウィアの声。何が起こったのかわからずに、ただ目を見開く。
しかし、それは一瞬。
床中に広がった紙の山。
ふと、よぎった。
「――レラン……?」
『――いいわ』
『………』
『これで、カイルより長く生きられる』
『約束よ。二度と、私をエアリアスと呼ばないと――』
『…………』
言葉に、目が細められた。
『なんだって………』
『私を、不死にしろ』
『なんで』
『主より、先には死ねない』
『そんなこと――』
『できないはずがないわけなかろう。エアリアス・リーグラレル・リロディルク』
静かに命を全うした王の墓の前で、膝をついた。王の命は、決して、長いものではなかった。
――王。あなたが選んだ娘は、――それこそ普通じゃありませんでしたが、……嫌いではなかったと、今なら言えるでしょう。
まぁ、ふざけた小娘にかわりありませんが。
――幾年。とても、長かった。
日に一度、毎朝訪れる墓。今日は、月明かりが照らすこの時間に。
―――王。
静かに、顔を上げた。まるで、声が返ってきそうな気がして。
私は―――
月明かりが雲に隠れていく。
静寂の中、静かに、目を、閉じた――
語り継がれよう、書き残されよう。
歴史を揺るがした女性と、歴代の中でもっとも危険な王。――そして、その護衛の話を。
翌朝になっても、レランの目は開かれなかった。
やって来た人々は、あまりの穏やかな表情に、彼を移動することをためらった。
数日後、エルカベイル王たっての命で、彼は王と同じ墓に、墓の中に埋葬された―――
真っ白な世界を歩いていた。
真っ白な道。空。
いや、何もない。道も、空も。
どこまででも広がる白。どこまでも、どこまでも。
しかし、進む方向は間違っていない。そう、思えた。
やがて、道の端に見えた、あれは――
それは、大きな扉で。とても頑丈そうで。とても、大きくて。浮き彫りに施された文様は、どこか懐かしい。
閉ざされた扉であるにも関わらず、迷わず、進んでいた。
進む道は、迷わない。
そして、その手前に、岩があった。
そこには、片ひざを立てて座る女の姿と、その傍らに立つ男の姿が、見えた。
そして、足を、止めてしまった。
「遅い!! 待ちくたびれたわ!」
「なんだ、もっとゆっくりして来ても良かったのに。」
……その、正反対の言葉に。
不機嫌そうな女(リール)と、不服そうな男(カイル)。
いつもなら、そう、眉間にしわを寄せている。
しかし。
口元が、笑う。
レランは、ゆっくりと微笑んだ――
旅の途中で
おしまい